お経をあげる意味

お通夜や葬儀、法事になると、お坊さんが来て、お経をあげます。
抑揚のないお経読みといわれる棒読みですが、
それはそれは深くて太い、独特の美声です。

それを遺族は神妙に聞いていますが、日本語ではないので、
誰も読まれるお経の意味が分かっているわけではありません。
ところが、お坊さんには巨額のお布施が渡されることもあります。
果たして読経にはどんな意味があるのでしょうか?

読経は死者の供養?

よくお葬式でお経を読まれるのは何のためにあげるんですか?
と聞くと、すぐに出てくる答えとして、
亡くなった方の冥福を祈るため」とか、
亡くなった方が迷わず成仏できるための供養」とか、
亡くなった方へのお供え」と思っている人があります。

また、法事では、仏さまへのお供えとか、
先祖供養と思っている人もあります。

本当にそうでしょうか?
お経の意味を知っていた有名な一休さんに、
目玉が飛び出るような話が伝えられています。

一休さんの読経

禅宗の僧侶である一休さんが大徳寺にいた頃、
近くの檀家さんが亡くなられたので、
お経をお願いします、と言われました。

その方の家を訪ねると、亡くなられた方は、布団に寝かされて、
頭に白い布みたいなものをかけられ、
家族や親戚が集まって、しくしくと泣き声が聞こえてきます。

そこへ一休は、左手にお経、
右手になぜか大きな木槌をもって現れました。
木槌は、建築業界で「かけや」と呼ばれる
長い柄のついたものです。

そして、亡くなられた方の前に座ると、
この人にお経を聞く力があるか、試してみよう
と木槌をふりかぶって、思い切り
亡くなられた方の頭をガツッと殴りました。

びっくりした遺族の方々が唖然としていると、
一休は、とぼけたように
おーい何か聞こえたか?
と再び木槌を振り降ろします。

そしてピクリともしないので、
これは完全に死んでおるわい
と言って、そのままお経を一文字も読まずに
帰ってしまったそうです。

一休さんは、一体何をしているのでしょうか?

それは、みんなが
お経をあげると死んだ人のためになる
と誤解しているので、
一休らしいインパクトのあるやり方で、
たとえ周りの人からどんな事をいわれようとも、
みんなの間違った仏教の理解を正そうとしたのです。

しかしながら、一休さんは独自の解釈をしているかもしれないので、
仏教を説かれたお釈迦さまに聞いてみましょう。

この質問へのお釈迦さまのお答え

約2600年前、お釈迦さまの時代にも、
この疑問を持った人がおり、お釈迦さまに直接質問しています。

お釈迦さま、お経をあげると、
死んだ人が浮かばれるという人たちがいるのですが、
本当でしょうか?

その質問を聞かれたお釈迦さまは、
静かに足もとの石を拾われると、近くの池に放り込まれました。
この池の周りで、石よ浮かび上がれと言って祈れば、
あの石は浮かんでくると思うか

いえいえお釈迦さま、そんなことで
石が浮かび上がるはずがありません

「その通りだ。石は自らの重さで沈んでいったのだ。
どんなに周りで浮かび上がれといっても、浮かび上がることはない。
それと同じように、死後、苦しんでいる人は、
その人自身が死ぬまでに造った悪業によって決まったものだ。
周りでお経を上げたからといって、どうにかなるものではないのだ

お経の中に、お釈迦さまは、このように、
読経は死者のためにならないと教えられているのです。

ではお経は何のためにあげるのでしょうか。
それを知るには、まずお経とは何なのか知らなければなりません。

お経って何?

ではお経とは何なのかというと、
お釈迦さまの説かれた教えを、お弟子が記録したものです。

お釈迦さまの説かれたもの以外はお経とはいいません。

お釈迦さまは、何一つ書き残されなかったのですが、
お釈迦さまがお亡くなりになった後、
500人のすぐれたお弟子が集まって、
お釈迦さまの説かれた教えを確認し、まとめました。

これを「仏典結集(ぶってんけつじゅう)」と言います。

仏典結集は、どのように行われたかというと、
まず、お釈迦さまのおそばにお仕えすること20年以上、
多聞第一(たもんだいいち)」といわれ、極めて記憶力のいい
阿難(あなん)というお弟子が代表して、
私はこのようにお聞きしました」と語ります。

それについて他のお弟子達が検討して、
500人全員間違いないと認めたものが、お経となりました。

このように、お経とは、お釈迦さまが、
生きている人たちに説かれたご説法を書き残されたものです。

お経に何が書かれているの?

お経というと、難しい漢字ばかり書いてあって、
難しいことを「お経のように難しい」といわれるように、
何が書いてあるかなかなか分かりません。

お経はなぜ漢文なのかといいますと、もともとお釈迦さまは、
仏教の教えをインドの言葉で説かれたのですが、
それが中国の言葉に翻訳されたからです。

その後、インドの言葉の経典はほとんど失われてしまったため、
インドの西のほうの言葉のパーリ語に翻訳されたり、
チベットの言葉に翻訳されたりしていますが、
日本で読まれている漢訳経典が、
最も古くて多くの経典が残されています。

しかしながら、
翻訳されたのがどこの国の言葉かということよりも、
お経に説かれている内容が大切です。

一体お経に何が書かれているのかというと、
お釈迦さまの仏のさとりの内容であり、
それは、尊い法です。

」とは、いつでもどこでも変わらない不変の真理です。
そして私たちすべての人を永遠に変わらない幸せに導く力があります。
これを「仏法」といわれます。

この仏法を教えられたのが仏教であり、
それが書き記されているのが、お経なのです。

お経をあげる本当の意味は?

このようにお釈迦さまは、
死んだ人のために教えを説かれたのではなく、
生きている人のために、
生きているときに本当の幸せになれる道
を教えられていますから、
その教えが書き残されたお経も、死んだ人のためではなく、
生きている人のためです。

お経をあげるということは、
自らお釈迦さまの尊い教えを聞かせて頂くご縁ですから、
私たちが本当の幸せになる尊い仏縁なのです。

死んだ人のためではなく、
自分のためと心得て聞かせて頂きましょう。

では、お釈迦さまの説かれたお経には、
どんなことが教えられているのかについては、
小冊子とメール講座にまとめてあります。

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