お墓の意味

お葬式戒名以上に大変なのが、お墓です。
何しろ値段が高いです。
墓石は、たいてい100万円から200万円します。
墓地の永代使用料もピンキリですが、東京都内では、
一坪1000万円を超えることがあります。
そして、毎年管理費が必要ですからお墓の費用は大変なものです。

お墓はいらない、建てないという人や、
継承者がいなくてどうするか、撤去・移設費用も高いので、
お墓で困っている人も多いと思います。

一体お墓には、どんな意味があるのでしょうか?

お墓に対する最大の誤解

お墓に対する最大の誤解は、
死んだらお墓に入る」というものです。

よく、墓地の売り出しで、
日当たり良好」とか「海が見える
というものがあります。
死んだ後は、日なたでゆっくり海でも眺めて暮らしたいという思いです。

また、お嫁さんが、「姑さんと同じ墓には入りたくない」とか
夫と同じ墓に入りたくない」ということで、
実家のお墓に入りたい」と「別居希望」の人もあります。

ですから、新しく石材屋さんからお墓を買うと、
魂入れ」とか「性根入れ」という儀式を行う人があります。
開眼法要(かいげんほうよう)」とか「建碑式(けんぴしき)」と言われたりもします。

そして、ご先祖様の霊が墓石に宿ったり、
集まって来たりすると思っている人もあります。

このように、死んだ後は墓に入ったり、宿ったり、
周辺にいると思っている人が増えていますが、
仏教ではどう教えられているのでしょうか?

仏教では死んでも墓にはいられない

江戸末期、四国で仏教の教えに救われたと大変喜んでいた
庄松という人が、最後、病気になって寝たきりになったとき、
友人が「お前が死んだら立派な墓を造ってやるから安心しろ
と言ったところ、
おれはそんな石の下にはおらんぞ
と言って死んでいます。

なぜなら仏教では、
人間は死後、死ぬまでの業(行為)によって、
善因善果、悪因悪果、自因自果」の因果の道理にしたがって、
地獄界へ生まれて苦しみを受けるもの、
餓鬼道へ堕ちて苦しむもの、
畜生界修羅界・人間界・天上界
六つの迷いの世界生まれ変わるのだと教えられています。

ですから仏教では、死後、墓に入ったり、
墓の周辺にとどまることはできないのです。

では先祖代々の墓とは?

ではなぜ墓石には「先祖代々の墓」などという
誤解を与える刻印が多いのでしょうか?
そんなことを書かれたら、
先祖代々そこに入っているのかと思ってしまっても仕方ありません。

先祖代々の墓の起源をたずねると、
もともと墓石自体は、奈良時代に、墓の上に仏塔が建てられるようになりました。
平安時代になると色々な種類の仏塔が建てられ、
鎌倉時代頃に五輪塔も建てられるようになりました。
室町時代には、名号や仏像が刻まれ、江戸時代までは、
墓の上にあるのは仏塔でした。

火葬も30%以下で、埋葬の仕方も共同墓地や、
色々な形態がありました。

ところが明治時代に都市部で土葬が禁止され、
火葬が普及しました。
さらに明治政府が神道によって国をまとめるため、
国民を掌握する単位を「」としました。
そして、天皇を総家長とする家制度を作り、
明治民法で墓を家督相続の特権に定めました。
こうして、火葬した遺骨を埋葬する現在のような家の墓が普及していき、
墓石に刻まれる文字も「先祖代々の墓」「何々家の墓」が広まってきたのです。

ですから、「先祖代々の墓」は仏教の教えとは関係なく、
明治政府の政策よるものです。

では仏教では、お墓はなくてもいいのでしょうか。

お墓はなくてもいいの?

仏教では、墓石がなければならないということはありません。
ですから、納骨堂や宗派の本山などに納骨している人もたくさんありますし、
墓石に合掌礼拝できるように「先祖代々の墓」ではなく
名号などが刻まれているところもたくさんあります。

仏教は、死んだ人を供養する教えではなく、
生きている人が、生きている時に、迷いの解決をして、
六道輪廻を離れて絶対の幸福になることが目的ですから、
亡くなった方をご縁に、「自分もやがては死んでいかなければならないのか
自分の人生は一体何なのだろう」と、自らの無常を見つめ、
仏教を聞くご縁とするのが重要です。

そのような心がけがあれば、
たまには忙しい毎日から離れてお墓の前で手を合わせ、
自分を振り返ることもいいご縁になりますが、
では、どうすれば仏教の教えによって迷いの解決ができるのか
ということについては、小冊子とメール講座にまとめてあります。

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