仏教に救われた日本分割統治案

1945年、主要都市すべてが爆撃されて敗北

1945年、第2次世界大戦末期、日本は、
東京をはじめとする、主要都市すべてが
アメリカに爆撃されました。

女性から子供に至るまで、
何百万人もの一般人が殺され、
もう降伏しようとしている日本人に、
さらに原爆を投下、
瞬時に何十万人という人が虐殺されています。

さらに戦争に負け、アメリカに占領された日本は、
その後も、GHQの占領下で、
焼け野原から復興しなければならないという
大変な苦難の道が続きました。

日本分割統治案

それから6年後の1951年になっても、
サンフランシスコで開かれた講和会議にて
なみいる戦勝国が、
「日本に平和や自由を与えることは許されない」
と、日本の主権を制限するため、
日本の分割統治案を出たのです。

それは

北海道東北      …赤・ソ連
関東、中部、関西、沖縄…青・アメリカ
四国         …黄・中国
中国、九州      …緑・イギリス

という過酷なものでした。

日本分割統治案

現実に、ドイツは東西に分割され、
朝鮮も南北に分割されていますが、
日本は4分割される所だったのです。

日本以外に分割に反対した人

ところが、あわや日本が分割されるかという
絶体絶命の窮地に立たされ、
私たち日本人の運命もついに風前の灯というとき、
分割案に真っ向から反対したのが、
約2千年前から仏教国であったスリランカの代表でした。

要約すると以下のような内容です。

「私たちが戦争で受けた天然ゴムなどの被害は、
確かに日本に損害倍書を請求する
権利があるかもしれません。

しかし我国はそうしようとは思いません。
なぜなら私は先週、日本を訪問し、
インドからアジア各国に伝えられた仏教の
共通の文化があるのを見つけました。

また、日本の人たちからは、
今もお釈迦さまの教えが息づき、
その教えに従っていこうとしている
気持ちを感じました。

私はお釈迦さまの
「憎悪は憎悪によってはやまず、
ただ慈愛によってやむ」

という言葉を信じているので、
日本の自由を制限すべきという意見には
賛成できないのです」

このお釈迦さまを聞いた人たちは……

この演説が終わったとき、
会場は賞賛の嵐で、
窓ガラスが割れんばかりであった

と「サンフランシスコ・ニュース」は報じています。

この仏教の精神にもとづいた名演説が
諸外国代表の心をうち、
現在の日本の国際復帰につながったのです。

何と尊いことでしょうか。

2600年前、お釈迦さまがおられなければ、
今頃日本はどうなっていたかわかりません。

このように、日本は仏教に救われたといっても
言い過ぎではないのです。

ただ残念なことには、
それから70年近くたった今日でも、
いまだに仏教を知らず、
苦しみ悩む人は世にあふれ、
世界は混迷を極めています。

今こそ日本の私たちが、この仏教の利他の精神と、
尊い目的を果たすことのできる命の尊厳を学び、
世界へとお伝えするときかもしれません。

そのためには、まず日本の私たちが、
葬式・法事ではない本当の仏教の教えを
しっかりと学ばせて頂きましょう。

関連記事

目次(記事一覧)へ