旦那(だんな)とは?

旦那が自己中心的で自分のことしか考えないとか、
子供(ガキ)のようにワガママだとか、
赤ちゃん返りしたとか、色々驚くことが起きますが、
本来は、ちゃんちゃらおかしなことです。

なぜなら「旦那」の語源は布施ですから、本来与える人であって
もらうばかりの「餓鬼」とは真逆だからです。

旦那はそもそもどんな意味?

旦那」というと、一番多く使われているのは、
奥さんが夫のことを「ダンナ」というときです。
その他にも、執事やメイドが主人を「旦那さま」と呼んだり、
ホームレスの人も「右や左のダンナさま」と言いますが、
もとは「ダーナ」という仏教の言葉です。

ダーナ」は、「布施」のことですので、
ここから英語では臓器提供者を「ドナー」と言ったり、
寄付のことを「ドネーション」といいます。

仏教では、布施や、布施をする人を旦那といいます。
檀那」とも書きますので、「檀家」というのは、
お寺に財施をする檀那の家ということです。

このように、旦那というのは、餓鬼とか自己中心的どころか、
そもそも布施をする人のことで、
布施こそ旦那のあるべき姿なのです。

餓鬼とは

餓鬼というのは、餓鬼道に堕ちた衆生のことですが、
餓鬼道というのは、いつも欲しがるばかりで、
布施することを知らなかった人が堕ちる世界です。

餓鬼というのは、もらうばかりで、与えることを知りません。
いつもくれーくれーと言っているので、「クレクレ星人」ともいわれます。
あれしてくれない、これしてくれない」とも言っているので、
くれない族と言われた時期もありました。

自己中心的で、自分のことしか考えていないので、
他人の気持ちを理解しません。

自分さえよければ他人はどうなってもいい」と思っていますので、
自分が得するとなれば目がらんらんと輝きますが、
自分と利害関係のないことにはサイコパスのように冷酷です。

与えることを知らないので、ケチで、
スーパーの試食や無料の試供品をもらうことは大好きです。

そして「愛してくれない、優しくしてくれない、分かってくれない
連絡してくれない、協力してくれない、プレゼントくれない

自分はしないことを他人に要求し、文句ばっかり言います。

そんな人とつきあいたい人はいないので
類は友を呼ぶ」で、徳のある立派な人は離れて行き、
いつの間にか周りは自己中心的な餓鬼だらけになります。
自分のことしか考えない餓鬼ばかりの集まりになると、
みんな少しでも楽して、他人の力で結果を得ようとする、
奪い合い、盗み合いの壮絶な餓鬼道が出現します。

そして、自分はもらってばかりで、他人に与えていないことに
気づいていないので、なぜ自分が苦しんでいるのか気づかずに、
奪い合い、奪われ合って、苦しみ続けるのです。

それでお釈迦さまは、
もらうばかりで与えることを知らずに
苦しんでいる私たちに、
布施することを教えられています。

旦那とは?

旦那というのは、布施をする人のことです。

布施というのは、もらうのとまったく反対で、
与える、ということです。

影を追いかけると影は逃げていくように、
求めれば求めるほど、幸せは逃げていきます。
求めるばかりで、与えることがなければ幸せにはなれません。

逆に、「光に向かえば影はついてくる」のです。
光に向かうのは影と反対方向なので、一見影から遠ざかるようですが、
光に向かうと影は後から離れることなくついてきます。

ちょうどそのように、
幸せは、欲しがるものでなくて与えるものだから
幸せになりたければ、幸せを与えなさい、
優しさが欲しければ、優しさを与えなさい、
分かって欲しければ、まず相手を分かってあげなさい、
欲しがるのではなく、与えなさい、と仏教では教えられています。

自分はどんなに苦しくても、あなたに幸せになってもらいたい
と相手を幸せにすることによって自分も幸せになる、
自利利他」が、仏教の精神なのです。

これは「旦那」はもともと布施をする人のことですから、
既婚男性に限らず、お釈迦さまは、
すべての人に旦那になるように勧められています。
それによってみんなで幸せになるのが、
大乗仏教の自利利他の精神なのです。

幸せになって欲しい大切な人には、
ぜひ仏法を教えてあげてください。

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