忍辱(にんにく)とは?

今回は、六度万行の3番目の「忍辱」についてです。

忍辱とは

忍辱とは、忍耐のことです。
英語でいえば、「ペイシェンス(patience)」です。

自分の心にまかせ、すぐに腹を立てて、
ふくれっつらをしていたら、誰も相手にしません。

怒りは無謀に始まり、後悔に終わるものだ
という言葉があります。
無謀というのは、無計画ということです。
計画的に腹を立てることはありません。
計画しているのは演技であって、とんでもないことをされると、
本人も自覚がないうちに、腹が立つのです。

そして、この後どうなるのかも考えず、
怒りにまかせて言いたいことを言ったり、
やってはならないことをしたりします。

その結果、投げつけたものは壊れ、ガラスは割れ、
人間関係も壊れます。

怒りは、最後は必ず後悔で終わるのです。

腹を立てて、得をすることは、一つもありません。
感情にまかせて、先のことは何も考えずに、
すべてを焼き払ってしまいます。
そして、後悔に終わるのです。

感情にまかせず、忍耐すれば自分が得をします。
では、何に忍耐するのでしょうか。

何に忍耐するの?

何に忍耐するのか分からないようでいて、
実際は、朝起きてから、夜寝るまで、
思い通りにならないことばかりです。
今まで一日でも、全部思い通りになった日があるでしょうか。

 朝夕の飯さえこわしやわらかし 思うままにはなにらぬ世の中
という歌があります。

「こわし」とは、固いということです。
朝夕のご飯さえ、その日の体調によっては固すぎて、
もっとやわらかい方がいい日もあるでしょう。

「やわらかし」というのは、やわらかいということです。
メニューによっては、逆に固いほうが美味しい時もあるでしょう。
炊飯ジャーを使っても、水の量が問題なのか、
なぜかご飯の炊きあがりの固さでさえ、思うままにはなりません。

水の量なら、計量カップで量ったりすれば一定になりますが、
ましてや相手のある、人間関係などはなおさらです。

ままにならぬとおひつをなげりゃ そこらあたりはままだらけ
という言葉もあります。

まま」というのは、ご飯のことです。
しかも、「思うまま」のままとかけてあります。
かなりクリエイティブですよね。

次に「おひつ」というのは、炊飯ジャーのようなものです。
(本当は、よく旅館で出てくるご飯の入った入れ物です。)
思うままにならないからといって、心にまかせておひつを投げたら、
そこらじゅうご飯だらけになってしまいます。

自分の思い通りにならないと、
あいつのせいで儲け損なった、
こいつのせいで恥かかせられたと、
怒りの炎が燃え上がり、
信用も人間関係も、すべてを焼き払ってしまうのです。

家族と仲良くする方法

ところが、もし世の中が悪人ばかりだと、けんかは起きません。

あるところに、けんかばかりしている家がありました。
ところが、隣の家からは、1回も怒鳴っている声が
聞こえてきたことがありません。

それで、恥をしのんで、
お宅は、大きな声がきこえてきたことがありません。
それはどうしてですか

ときいてみました。

それは、あなたのいえは、善人様ばかりだからでしょう。
うちは、悪人ばかりだから、けんかにならないのです。

それを聞いて、むかっときた。
こちらが恥をしのんできいているのに
そんな皮肉をいわなくてもいいだろう。

そう思ったとき、家の奥から、
ガッシャーンと音が聞こえてきました。

お嫁さんが、そそくさとして、床に置いてあった茶碗を、
あわてて足にひっかけて、割ってしまったのです。

すると、お嫁さんが、
あらおかあさん、私の不注意でお母さんの大切な茶碗を
割ってしまいました。申し訳ありません。

「いやいや、お前が悪いのではないのだ。
私がすぐに片付ければいいのに、後回しにして、
ずっと出しておいたから悪いのだ。悪かったのう」。

いえいえ、私が悪いのです。

それを聞いた男は自分の家はどうかと考えてみると、
あんたがすぐに片づければいいのに、何か他のことばかり
のろのろやっていて、後回し後回ししているいからでしょう。

姑をいびります。

それに対して、姑は、
おまえが注意力散漫で割っておいて、なんだそれは。
とけんかになってしまいます。

腹立ちの原因

なぜこんなことになってしまうのてしょうか。

原因は、「自分が正しい」と思っているからです。

「おれが正しい」
「私が正しい」
と出るからぶつかるのです。

「私が悪かった」
とひっこめば、喧嘩にはなりません。

「こんなに一生懸命やっているのに、
どうして私は叱られてばかりなんだろう。」

「あの人はそんなに頑張っていないのに、注意も受けない。
どうしてだろう、こんなに私は頑張っているのに。」

「私が、私が」
「私が正しい」
という心が腹が立つ原因です。

ですから、心の方向転換が大事です。

心の方向転換をしましょう

ではどのように方向転換すればいいのでしょうか。

私が正しい
ではなくて、
私が間違っていました
です。

「私が間違っていました」
と、自分の非を認めるのです。
するとそこから、
「申し訳有りませんでした」
「ごめんなさい」

が出てくるのです。

自分の間違いを認めて、お詫びしている人に、
腹を立てようと言う人はありません。

「私は正しい」とおもう時、
それは本当だろうか?
と自分の胸に聞いてみましょう。

「私はこんなに頑張っているのに」
と思ったら、
他の人がもっと頑張ってるんじゃないの?
と自問自答してみましょう。

「私は正しい」という立場から、
「私が間違っていました」

「私はこんなに頑張っているのに」という立場から、
「皆さんが頑張っておられる。」

そのように、心の方向転換をしてみましょう。

方向転換したら、腹は立ちません。

「自分が正しい」
「私はこんなに頑張っているのに」
という所から、
怒りが出てくるのです。

しかも、「私は正しい」と思っていたら、向上はありません。
私は間違っていましたというところに向上があるのです。

これは、それだけの精神年齢がないとできることではありません。
子供は、心にまかせます。
デパートでも欲しいものを買ってもらえないと、
人混みで、大声で泣いています。

もうかってもらえないと思ったら、ぴたりと泣きやめて、
後ろからついてきます。
計算ずくでやっているのです。

心にまかせる子供が、
何回も何回も、忍耐することを教えられて、
できるようになっていくのです。

腹が立つことがあったら、
何か私が正しいと思っていることがありますから、
「それは本当だろうか?」と自問自答して、
心の方向転換をするようにしましょう。

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