仏教と他の宗教の違い

宗教はどれも同じ?

宗教ときくと、「どれでも究極的には宇宙の真理を教えられているのだろう
それをある宗教ではといい、ある宗教では仏といっているのだろう
と思っている人が、日本人にはたくさんあります。

本当にそうなのでしょうか?

仏教の特徴

仏教には、他の宗教にない特徴がいくつもありますが、
まず一番分かりやすいのが、仏教は、因果の道理に立脚しているということです。

そもそもブッダは、
縁起を見るものは法を見る。法を見るものは仏を見る
と『中阿含経』に説かれています。
縁起」とは因果の道理のことですので、
ブッダも因果の道理という真理をさとられて
仏になられたと説かれています。

ブッダの説かれたお経が、七千余巻あっても、
因果の道理に反する教えは一つもありません。
因果の道理は「仏教の根幹」なのです。

因果の道理とは?

因果の道理とは何かといいますと、
道理」とは、いつでもどこでも変わらない、
大宇宙の真理のことです。

そんな、いつでもどこでも変わらないことは何かというと、
それが「因果」といわれるものです。
それは『大乗入楞伽経』に
一切法(万物)因縁生なり」と説かれているように
すべての結果には、必ず原因がある」と教えられています。

特に仏教のテーマは、
私たちの運命についての原因と結果の法則です。

その運命の原因と結果の関係は、
善因善果(ぜんいんぜんか)
悪因悪果(あくいんあっか)
自因自果(じいんじか)
と教えられています。

この中の、「」が行いで、「」が運命です。

仏教の教えは、
善い行いは、善い運命を生みだし、
 悪い行いは、悪い運命を引き起こす、
 自分のまいたたねは自分が刈り取らねばならない

という自業自得因果の道理に貫かれているのです。

他の宗教は?

それに対してブッダの時代の他の宗教の教祖たちは、
因果の道理と異なった主張をしていました。

仏教では、仏教以外の宗教外道といいますが、
たとえば「三種外道」といえば、
1.万物は創造主が生みだしたものだという自在天外道
2.すべては過去の原因によってすでに決定しているという運命論の宿作外道
3.すべては偶然で、何の因縁もないという偶然論の邪命外道です。

四種外道」というと
1.創造主が万物の因であるという邪因邪果の自在天外道
2.死んでも変わらない霊魂が続いていくという無因有果の常見外道
3.死んだら無になるという有因無果の断見外道
4.因も果もないという無因無果の空見外道
となります。

外道の代名詞である「九十五種(くじゅうごしゅ)」というのもそうです。
ブッダの当時、6人の宗教の開祖がありました。
その一人一人に16人の弟子がいて、それぞれ異なる宗教を開いたので、
6×16で96種類の宗教があったと言われます。
その中で一つだけ、因果の道理に似たような主張をしていたので、
96から1を引いて「九十五種」と言われています。

このように仏教以外の宗教には、
必ず因果の道理に外れたところがあります。

それは現代でも同じです。
例えばキリスト教イスラム教は、
創造主であるを中心として教えられており、
人間の運命も、が決めたものですから、
自業自得とはかけ離れたものです。

日本神道も、死んだ人間や動物を、宮を作ってまつると、
そこに鎮座して、生きている人に幸せや不幸を与える力がある
としますから、自業自得ではありません。

また、インドで信じられているヒンズー教でも、
人間の行いをが裁いて、幸せや不幸を与えるので、
への儀式をする宗教ですから、自業自得とは相容れません。

どうしてこのような違いがあるの?

なぜ仏教と他の宗教で、このような違いがあるのかというと、
それらの宗教がどうしてできたかという、成立の目的が違うからです。

普通の宗教の成立目的

普通の宗教は、なぜ世界があって、国があるのだろうということを
説明するため、天地創造の神話を持っています。

たとえば、ユダヤ教とキリスト教やイスラム教に共通する
旧約聖書では、エホバという全知全能の創造主が世界を創造したと教えています。

また、日本神道の『古事記』によれば、
イザナギとイザナミという
混沌としていた海に最初の島を作り、
その後、たくさんの島々を生んだと教えています。

これらの天地創造の物語は、
いつでもどこでも成り立つ真理ではないので、
日本人がアメリカ人に、
原初の世界がまだ混沌としていたとき、
最初の島は、イザナギとイザナミというが作ったんですよ……

と神妙に言っても、
さすがにそりゃ違うでしょ
と言われます。

逆に、アメリカ人が日本人に、
世界はぁ、エホバーのが、創ったので〜す
と明るく言っても、
日本人は冷静なので、
いや?ビッグバンでしょ?
と言って、ほとんどの人は信じないでしょう。

ところが仏教は違います。

仏教の成立目的

仏教がどうして生まれたのかというと、
誰しもぶつかる老いや病や死という人生の問題を解決するためです。

そのためには、まず現実を直視する必要がありました。
事実をありのままに見つめたところ、
発見されたのが、
すべての結果には必ず原因がある
という因果の道理です。

ですから仏教の場合、誰かが創った物語ではなく、
ブッダが発見される前からあった真理です。

それを『雑阿含経』にはこのように説かれています。
縁起の法は我が所作に非ず、また余人の作にも非ず。
しかも彼の如来は世に出るも、及び未だ世に出ざるも法界常住なり

(『雑阿含経』)

縁起の法」とは因果の道理のことですから、因果の道理は、
ブッダが作ったのでもなければ誰か他の人が作ったのでもなく、
ブッダが世の中に生まれようが生まれまいが、
常に存在している真理である、ということです。

ですから、アメリカ人に、
すべての結果には必ず原因があるでしょ
といえば、
そりゃそうでしょ
と言いますし、日本人に同じことを言っても
異論を唱える人はありません。

仏教は、いつの時代、どこの国でも
成り立つ真理が教えられているのです。

西洋の人の反応は?

実際、このような仏教に対して、
西洋の知識人たちも、大変期待を寄せています。

例えばドイツの哲学者、ニーチェは、
「仏教はキリスト教に比べれば、100倍くらい現実的です」
仏教は、歴史的に見て、ただ一つのきちんと論理的にものを考える宗教と言っていいでしょう
(ニーチェ)
と言っています。

イギリスの有名な作家、H.G.ウェルズは、
「仏教の根本教義は、これをその源泉なる原文について研究して見れば明らかなる如く、
決して難解渋晦なものではなくて、いかにも明瞭であり単純であり、
しかして現代思想と完全に調和と密接な適合を示す。

これを世界開びゃく以来最も深遠透徹な智性の人の創造物と讃嘆することには誰にも異存がない」
(HGウェルズ『世界文化史大系』第3巻)
と言っています。

ノーベル賞物理学者のアインシュタインは、
仏教は、近代科学と両立可能な唯一の宗教である
(アインシュタイン)
と言っています。

これから科学の進歩していくと、
他の宗教はどうしても合わないところがでてきてしまいます。
ところが、唯一両立可能な仏教は残りますから、
科学が進歩すればするほど、仏教はいよいよ輝きを放つのです。

さらにアインシュタインは、こういいます。
現代科学に欠けているものを埋め合わせてくれる宗教があるとすれば、それは仏教です
(アインシュタイン)
科学では解決できない人生の大切なことを、
仏教が教えてくれるということです。

では仏教には何が教えられているの?

このように、仏教は、すべての結果には、必ず原因がある、
という因果の道理に立脚していますので、
では私たちが幸せになろうとしても幸せになれない原因は何か、
私たちの苦しみに終わりがない原因は何か、
という苦悩の根本原因と、その解決を明かされています。

その幸せになれない根本原因や、
苦しみに終わりがない根本原因は、仏教の真髄ですので、
小冊子とメール講座にまとめておきました。
以下から一度読んでみてください。

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