仏教とキリスト教の違い

キリスト教と仏教は、どちらも世界宗教で世界の二大宗教です。
神といっても仏といっても、名前は違うだけで同じ大宇宙の力だ
と思っている人が多くありますが、
少しでも学べば「月とすっぽん」くらい違います。

ではキリスト教と仏教にはどんな違いがあるのでしょうか?
その違いを7つの観点から見てみましょう。

開祖と聖典の違い

ドイツの宗教学者ハイラーは
(お釈迦さまは)「確かにナザレ出身の大工の子(イエス)
のライバルに間違いない。彼は極東の偉大な宗教的天才、アジアの光である。
彼は西洋の光、『西洋の没落』の救世主とはならないだろうか?

と言います。

ではその違いをみてみましょう。

約2000年前、
ナザレに大工の子として生まれたイエスは、30才過ぎから
この世の終わりが近づいているから悔い改めて神を信じよ
と説き始め、約3年後に死刑になりました。

キリスト教は、その弟子が、
イエスを救世主と受け入れれば、死後、
この世が終わるときの審判で神の国へ入れてもらえる

と主張した宗教です。

拠り所とする聖典は、
弟子たちのイエスの伝記などをまとめた『新約聖書』と、
もともとあったユダヤ教の聖典を『旧約聖書』と名づけたものの
2冊です。

それに対して仏教は、約2600年前、
インドのカピラ城に王子として生まれたお釈迦さまが、
35才で仏のさとりを開き、
80才でお亡くなりになるまでの45年間説かれた教えをいいます。

教えの目的は、何をしても、何を手に入れても幸せになれず、
苦しみ迷い続けている人たちを目ざめさせ、
この世から未来永遠の救いに導くことで、
45年間の間、相手に応じて色々な教え方がなされています。

その教えを書き残された七千余巻といわれる膨大な一切経が、
仏教の拠り所となる聖典です。

神と仏は同じようなもの?

神の能力と天地創造

キリスト教のは、全知全能の創造主です。
あらゆることを知り、何でもできるので、
旧約聖書』によれば、この世の始まりに、
6日間で天地創造を行いました。
その際、人間の男は土から造られており、
女は男の肋骨からできています。
動物は、人間が食べるために神が造ったものです。

旧約聖書』の「創世記」には、
地のすべての獣、空のすべての鳥、地に這うすべてのもの、
海のすべての魚は恐れおののいて、あなたがたの支配に服し、
すべて生きて動くものはあなたがたの食物となるであろう

といわれています。

それに対して仏とは、永遠の迷いから目ざめ、
さとりを開いた人間です。

キリスト教では、神は人間と断絶しているので、
もともと人間だった仏を、神とは絶対に認めません。
人間は神のしもべにはなれますが、神にはなれないのです。

その点、仏教では、誰でも仏になれます。

そして、仏さまは、
世界を創造した神など存在しない
と教えられ、因果の道理にしたがって、
始まりのない始まりから、終わりのない終わりへ向かって続いていきます。

神の性格

愛の神であるキリスト教の神は、
もともとは戦争の神で、人々が神を信じなくなるとすごく怒ります。

旧約聖書』の「申命記」に、
主はねたむ神であるから、おそらく、あなたに向かって怒りを発し、
地の表からあなたを滅ぼし去られるであろう

とか、
あなたがたが主を怒らせたので、
主は怒ってあなたがたを滅ぼそうとされた

と記されています。

そして、有名なノアの方舟に代表されるような大量虐殺や
民族浄化を何回も繰り返しています。

現実にキリスト教徒は、十字軍で他国に攻め入り、
アメリカ大陸のインカやアステカを滅ぼし、
広島や長崎に原爆を落としています。

それに対して仏様は慈悲の方ですので、
すべての生命は同根であり、上下はないと教えられ、
殺生は罪と教えられています。
もちろん仏さまが大量虐殺をされたことはありません。

仏教の栄えていた国は、
その期間は平和なのが歴史上の事実です。

このように神と仏はまったく違うのです。

科学との関係

キリスト教では、イエスの意義を論じるとき、
復活を頂点とする奇跡の証拠に依存しています。

科学が発達し、ニュートンなどによって、
世界が機械的な法則によって動いていることが明らかになるにつれ、
キリスト教は疑問を持たれ始めました。

コペルニクスの地動説により、
神のましますはずの天とはどこなのか?
分からなくなります。

ダーウィンの進化論によって、
本当に女性は男のあばら骨から造られたのか?
という疑いが起きてきます。

イエス自身についても、お父さんはなく、
処女のマリアから生まれたそうです。
そして、死んでも3日後に復活し、40日後、
肉体を持ったままで飛び、昇天します。

しかも、キリスト教の正統派を自称する
カトリックの三位一体説によれば、
イエスの父はイエス自身だそうです。

その点、仏教を説かれたお釈迦さまには両親があります。
また、死んだ人は仏様でも生き返らせることはできません。

それというのも、仏様は、
大宇宙の真理である因果の道理をさとられて、
因果の道理を根幹として教えを説かれています。
因果の道理を曲げることは仏様でもできないのです。

因果の道理とは
すべての結果には必ず原因がある
という教えです。
奇跡が原因なしに結果が起きることだとすれば、
仏教に奇跡はありません。

ですからドイツの有名な哲学者ニーチェは
仏教はキリスト教に比べれば、100倍くらい現実的です
と言っています。

ノーベル賞をとったイギリスの哲学者ラッセルはキリスト教には手厳しいですが、
仏教に対しては
今日の宗教では、仏教がベストだ。
その教えは深遠で、おおよそ合理的である

と言っています。

20世紀最高の天才科学者といわれるアインシュタインは、
仏教は、近代科学と両立可能な唯一の宗教である
と言っています。

このように、キリスト教の国の人達も、科学とキリスト教は相容れず、
仏教と調和すると考えています。

あなたの運命はどのように決まるのか

運命のしくみ

キリスト教では、運命は神の定めたものです。
しくみは特にありません。

大地震で多くの人が苦しみ、キリスト教の教会が破壊されるのも、
神の意志であり、何か意味のある試練だろうと解釈します。

仏教では、自業自得因果の道理にしたがって、
自分の行いが自分の運命を生み出します。
運命は自分のが作りだしたものです。

罪悪について

キリスト教でいわれる罪は、
アダムとイブがりんごを食べたことです。
これを「原罪(げんざい)」といいます。

そのためにすべての人は死ななければなりません。
キリスト教では、罪は魂の犯すものなのに
なぜ肉体的に遺伝するのかについては、
アウグスティヌスが悩んだ末、答えを見つけられませんでした。

そもそも「なぜ全知全能の愛の神が世界を創造したのに
この世に悪が存在するのか
」は、
キリスト教神学の「弁神論(べんしんろん)」という
一つの大きなテーマです。
弁神論」とは、神を弁護する議論ということで、
昔から色々な説明を考えていますが、
矛盾を解決できた議論は一つもありません。

仏教では説かれる罪悪は、
煩悩によって心と口と身体で犯す色々な
悪業が説かれています。
それが目に見えない悪強力となって
阿頼耶識という自らの永遠の生命におさまり、
縁が来ると悪い運命となって現れます。

仏教には煩悩や心のしくみについて非常に詳しく説き明かされていますが
キリスト教には人間の心についてほとんど教えられていませんので、
人工知能の父といわれるマサチューセッツ工科大学の
マービン・ミンスキー教授は、
人工知能をやろうとすれば、当然ながら人間の知能、
それから心の仕組み、働き方が標的になり、
特に心の研究には仏典が比類なきテキストになる

と言っています。

どのように救われるのか

キリスト教では、救われるのは、
イエスを救世主(キリスト)と信じた人だけです。
それ以外の人は、永遠にハデスやゲヘナといわれる地獄で
苦しみを受けます。人間以外は対象外です。

仏教では、仏の慈悲は生きとし生けるものすべてにかけられます。
すぺての生きとし生けるものが救いの対象です。

キリスト教で救われる条件を満たした人は、
カトリックの場合、煉獄で罪を清めます。
そして最後の審判で肉体が復活して天国に行きます。
プロテスタントの場合、煉獄を認めず、死後、天国へ行き、
最後の審判で肉体が復活します。

肉体は復活のために大切なので、
キリスト教では火葬にせず、土葬にします。

最近では、復活に備えて遺体をセメントで固めるサービスがあります。
肉体が復活した際には身動きできず、すぐに窒息死するように思いますが、
キリスト教では、利用する人が増えています。

仏教では、教えを聞いて、
永遠の迷いの根元が断ち切られると、
生きているときに絶対の幸福になります。

迷いの根元が絶ちきられた人は、
死ねば仏に生まれます。

まとめると、以下の表のようになります。

キリスト教と仏教の7の違い

No. 項目 キリスト教 仏教
開祖 イエス(大工の子・35才) 釈迦(王様の子・80才)
聖典 旧約聖書と新約聖書の2冊 一切経七千余巻
世界観 世界は神の創造したもの。始まりと終わりがある。 因果の道理に従って無始無終
神の力 全知全能。信ずる人を愛ししもべにする。信じない人に怒り滅ぼす。 因果の道理にしたがう。仏の慈悲によってすべての人を憐れみ救おうとする。
科学 奇跡をイエスが神である証拠とするので相容れない 因果の道理に立脚するので調和する
運命と罪悪 神の与えたもの
アダムとイブがりんごを食べた原罪が全人類の罪
自業自得
煩悩によって罪悪を造る
救い 神を信じる人は最後の審判で神のしもべになれる すべての人が仏になれる

このような違いがありますから、ドイツの社会心理学者エーリッヒ・フロムは、
仏教は理性や現実性、現代まで人間が達成した業績に矛盾することがない。
皮肉なことに、東洋の宗教は、西洋の宗教以上に西洋の合理的な思想に
よくなじむことが判明している
」と言っています。

また、ノーベル賞をとった天才科学者アインシュタインは、
現代科学に欠けているものを埋め合わせてくれる宗教が
あるとすれば、それは仏教です

ともいっています。

では仏教で救われるにはどうすればいいのか
ということについては、小冊子と無料メール講座にまとめてあります。

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