煩悩(ぼんのう)とは?

煩悩(ぼんのう)」とは、煩わせ、悩ませるもの、と書きますように、
私たちを苦しめ、悩ませる心です。

どんな人の人生にも苦しみが絶えない

私たちは幸せを求めて生きているのですが、
意に反して、人生には、さまざまな苦しみがやってきます。

欲しいものがあるのに、お金がないので、
我慢しないといけないこともあります。

仕事がうまく行かずに、プレッシャーや不安に
押しつぶされそうになることもあります。

家族と意見が合わなくて、けんかになることもあります。

事故や病気で、体調を崩すときもあります。

私たちはなぜ苦しむのか

私たちは、自分が苦しんでいるのは、
「お金がないからだ」とか、
「仕事がうまく行かないからだ」とか、
「こんな人と結婚したからだ」とか、
「こんな子供を持ったからだ」とか、
「こんな病気を持っているからだ」と思います。

では、仕事がうまく行って、お金があって、
家族がうまく行って、健康なら幸せかというと、
やはり有無同然で、今までなかった苦しみ悩み、
心配が起きてきます。

どんな環境にあっても、ものごとがうまく行っても、
苦しみ悩みはなくならないことが知らされてくると、
私たちを苦しめているのは、自分の外側にあるのではなく、
内側にあるのではないか、と、自分の心に目が向いていきます。

私たちを苦しめている心

仏教では、私たちを苦しめる心を
煩悩」と教えられています。

この自らの煩悩が、自覚するとしないとにかかわらず、
自らを苦しめ、悩ませているのです。

しかも煩悩はどれくらいあるかというと、
一人に108あります。

その108もの煩悩が、私たちを苦しめているのです。

大晦日に除夜の鐘を108つくのは、
「今年も一年間、煩悩に苦しめられてきたので、
煩悩をなくして、来年は幸せな一年になるように」
という願いをこめて、お寺で108回鐘をついています。

しかし、そんなことくらいで煩悩はなくなりませんので、
毎年煩悩に苦しめられ、大晦日に108回
除夜の鐘をつくことになります。

108の中で最も苦しめる3つの煩悩

108ある煩悩の中でも、
私たちを最も苦しめ、悩ませる煩悩を、
三毒の煩悩(さんどくのぼんのう)」といいます。

」といわれるのは、蜂に刺されたくらいなら、
しばらくすれば治りますが、この三毒で相手の胸をさすと、
「もう絶対許せない!」
と一生忘れないくらいの猛毒です。

それが、「貪欲(とんよく)」、「瞋恚(しんい)」、「愚痴(ぐち)」の3つの煩悩です。

欲の心が苦しめる

貪欲」とは、欲の心です。

お金が欲しい、物が欲しい、
あの人が好き、愛されたい、
ほめられたい、認められたい、
眠たい、楽がしたい
もっともっとと限りなく欲しがり続けます。

欲にはこれで満足したということがありません。

どれだけお金があっても、仕事がうまく行っても、
もっともっとと欲しがり続け、
目の前にぶら下がった人参を追いかける馬のように、
欲の心に馳せ使われて苦しむのです。

好きな人、大切な人に愛されたいと思うから、
愛が感じられなくて苦しむのです。

無限に欲しがり続ける欲の心が、
思い通りにならないと、次の怒りの心が起きてきます。

怒りの心が苦しめる

次の「瞋恚」とは、怒りの心です。
欲の心が妨げられると、怒りの心が燃え上がります。

同僚の発言によって、自分の都合の悪い状況におかれると、
腹が立ちます。

挨拶を無視されたり、
メールを無視されたりすると、腹が立ちます。

遅刻しそうで急いで車を走らせているときに、
信号が赤になると、腹が立ちます。

怒りの心は瞬間的に燃え上がりますので、
気づかないうちに、人間関係も、いい話もすべて焼き払って、
気づいたときには後悔にくれています。

どれだけお金があっても、仕事がうまく行っていても、
家族の仲が良くても、怒りの心によって苦しめられます。

愚痴の心が苦しめる

愚痴」というのは、うらみやねたみの心です。

知り合いが、自分よりいい車やいいスマホを持っていると、
うらやましくなって、自分もそれ以上のものが欲しくなります。

大学受験で志望校に落ちたとき、
一緒に受験した友達だけ合格したら、
ますます暗くなります。

同じ職場の友人や後輩が、自分より先に出世したときは、
もちろん祝ってあげるのですが、内心は面白くありません。

一生懸命働いているのに、上司が自分を認めず、
もっと遊んでいる人の肩を持つと、いついつまでも恨み続けます。

このような、三毒の煩悩によって私たちは日々苦しめられるのですが、
煩悩は、まだあと105もあり、私たちを苦しめ続けます。

ではどうすればいいのでしょうか?

煩悩はなくせる?

仏教では、私たち人間は「煩悩具足」と教えられています。

具足」とは、それでできているということですから、
煩悩100%ということです。

ちょうど、雪だるまから雪をとったら何もなくなってしまうように、
私たちから煩悩をとったら何もなくなってしまいます。
煩悩の塊ということです。

では、苦しみはなくならないのでしょうか。
仏教では、苦しみ悩みの根本原因は、煩悩ではなく、
その煩悩ではない苦悩の根元の心をなくせば、
煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)」、煩悩あるがままで絶対の幸福になれる
と教えられています。

その苦悩の根元は、仏教の真髄ですが、
メール講座と小冊子にまとめてあります。

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