ぶりっこ・媚びる(綺語)

あなたの周りに上司に媚びる人やぶりっこはいませんか?
仏教では「綺語(きご)」といわれ、十悪の一つです。
一体どんななのでしょうか?

ぶりっことは

ぶりっこというのは、かわいいふりをして
男に媚びる女性のことをいわれます。

ぶりっこは、男の前に行くと、
自分をかわいく見せるために、
態度が豹変します。

純朴そうな表情で、
目は上目遣い、
口はアヒル口、
声はアニメ声で
私わかんなぁーい
へー、そぉなんですかぁー?
すごぉーい☆
と言います。

ところがそれは、男にモテるために演じているだけなので、
裏表があります。

女子の間では、低い地声で、
そんなことくらい知ってるに決まってんだろ
うぜーんだよ
バカじゃねーのか?
と普通に言い放ちます。

もともとの性格は冷たいのですが、
男好きで、男にモテるために、
男の前ではうぶでかわいいふりをしているのです。

しかしぶりっこは男ウケがよく、
本人も高度なテクニックを使っているため、
男にはあまりばれませんが、
女子たちにはバレバレで、嫌われています。

ぶりっこは、口でうまいことを言って
男を自分の意のままにコントロールするための
なのです。

上司に媚びる人

男の場合は、ぶりっこに似た言動として、
上司に媚びる人があります。

上司にいつも近づいて、食事について行ったり、
いいネクタイですねー、イタリア製ですか?
と言ったり、
一緒にゴルフへ行けば、大したことなくても
ナイッショーッ!
と拍手喝采します。

上司に対しては非常に腰が低く、
常に調子を合わせるイエスマンで、
もし何か言われれば、やる気がなくても、
はいッ承知いたしましたッ!全力を尽くします!
と歯切れよく言います。
その上で、できない場合は
あとで何かと理由をつけてやり過ごします。

それでも言われた上司は気持ちがよく、
それほど仕事ができなくても、
媚びる部下を
可愛いヤツだ
と出世させます。

ところが媚びる人が腰が低いのは
上司に対してだけです。

出世すると今度は部下に対して
自分がやってきたような腰の低い態度を求めて
傲慢で偉そうな態度をとります。

出世や権力を求める欲望から
権力のある上司にこびへつらう、
権威主義者なのです。

ですから、媚びる人は、
上司にはかわいがられていますが、
部下からは嫌われています。

ぶりっこや媚びる人の問題

このような、ぶりっこや、媚びる人は、
なぜ嫌われるのでしょうか?

もちろん、相手の幸せを願って、
相手のすばらしいところをほめるのは、
大変いいことです。

ところがそれとは正反対です。

ぶりっこなら、
そんなにかわいい性格ではないのに、
男好きで、男にモテたいという欲望から、
本来の性格を偽って、かわいく演じているのです。

上司に媚びる男なら、
自分にそんな力もなく、上司に対する忠誠心もないのに、
出世や権力を求める欲望から、
心にもないおべんちゃらを言って、
上司を自分のために利用しようとしているのです。

このように自分が得をしたいという自己中心的な欲望で、
相手を自分の思い通りにする下心のために、
本当は心にもないをついているのが問題なのです。

十悪の1つ・綺語とは

このように自分のために心にもないおべっかやお世辞を言うことを
ブッダは「綺語(きご)」といわれ、
人間の作る十悪の1つに数えられています。

そして、人間の口は綺語で燃え盛っていますが、
綺語を言うと苦しみの世界に向かい、
言わなければ良い世界に向かうから、
綺語をやめなさいと『長阿含経』に教えられています。

ところが私たちは、自覚のないところで、
どれだけ綺語のを造っているか知れません。

よくある綺語と対処法

知り合いが赤ん坊を連れているのを見ると、
まあかわいい赤ちゃんね〜
といってあやします。

ところが家に帰ってくると、
夕食の会話で
ねえねえ、あそこの子供見た?
あ、見た?すごい顔だったよねー。
どっちに似たんだろうねー、
あれだと将来どうなっちゃうんだろうねー

と言います。

また、知り合いや目上の方に対しては、
いつもお若いですねー
全然変わりませんねー
いつまでもお元気ですねー
と言います。

ところが家に帰ってくると、
あの人最近急に老け込んだわねー
急に20歳くらい年とっちゃったみたい、
どうしたのかしらー
しゃべり方もゆっくりになっちゃって、
ちょっと痴呆も入ってるそうよ、
もう長くはないかもしれないねー

と言っています。

人間関係をよくしたいという自分の都合から、
思ったこととまったく逆のことを言っているのです。

そんな、自分のために人を騙すのは、悪いことですから、
綺語を言わないように、
相手の幸せのために、相手の本当によいところを見つけて
ほめるようにしなければなりません。

そうすれば、相手をだますこともなく、
人間関係もいい状態に保てます。

綺語なんかやっていない?

このように聞きますと、
自分は正直だから綺語なんかやっていない、
そんなことは思いもよらないことだ

という人がありますが、
それは、自分の心に気づいていないだけの話です。

心がけて相手の長所を発見してほめるようにすれば、
どれだけ自分が綺語ばかり言っているかわかります。

仏教は法鏡といわれるように、
真実の自分の心の姿をうつす鏡のようなものです。
仏教を聞いていきますと、
今まで気づかなかった、自分の心が照らし出されてきます。

仏教を聞けば聞くほど、自分の姿が知らされていき、
最後、自分の姿がハッキリ知らされたとき、
本当の幸せになれるのです。

私たちが本当の幸せになるには、
自分の心が知らされなければ、
幸せにはなれませんから、
ブッダは、このような私たちの本当の姿を
教えられているのです。

ではどうすれば、本当の幸せになれるのかについては、
仏教の真髄ですので、メール講座と小冊子にまとめてあります。
一度目を通しておいてください。

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