ジャネーの法則・光陰矢の如し

ジャネーの法則とは、「光陰矢の如し」のようなものです。
わかりやすく言うと
年をとるほど時間が経つのが早く感じられる
という現象を数式化したものです。
19世紀の心理学者ジャネーの考えた仮説ですが、
みんな感じていることなので、けっこう受け入れられています。

あなたの人生はどのくらい早く終わるのでしょうか?

ジャネーの法則が人生に与える影響

ことわざでは単に「光陰矢の如し」といわれ、
月日の経つ早さを、矢の飛んでいく速さにたとえられていますが、
ジャネーの法則によると、時間の過ぎる速さは、
年齢に比例して加速します。

たとえば1歳のときの1年間を基準とすると、
2歳のときの1年間は、2倍早く感じます。
5歳になると5倍早く感じ、
10歳になると10倍です。

そう言われて見れば、小学校の頃は時間が経つのがゆっくりで、
学校が終わって昼過ぎに家に帰ってきても、
思い切り外で遊んで、まだ夕方でした。
そのあとテレビをたくさん見たりしても、
夜9時には寝られました。

それがだんだん時間が経つのが早くなり、
大人になると1日はあっという間です。
まったく時間が足りません

30歳、40歳と時間の経つ早さはどんどん速まって行き、
あっという間に80歳になって人生終わります。

光陰矢の如し」の矢は、
実はロケットエンジン付きのミサイルのようなもので、
飛んでいるうちにどんどん加速していくのです。

ジャネーの法則の数式で人生の半分を計算

ジャネーの法則の、年齢に比例して感じる時間が短くなるというのは、
1才のときを1とすると、
2才のときは1/2
3才のときは1/3
5才のときは1/5となりますから、
数式にすると、
Y(体感時間)=1/n(年齢)
となります。

これを積分していくと、人生の半分がいつか分かります。

1/nを積分するとlog nになります。
log nに0を入れるとマイナス無限大になってしまって
計算できないのですが、仏教では大丈夫です。
仏教では、お腹に宿ったときが生まれたときですから、
出産の時点では1才と考えることができます。

分かりやすくいえば、生まれた時点が1才の、
数え年」で計算すればいいのです。

その計算で行くと、人生80年の半分は、
40才ではなく、約10歳です。

分かりやすいように図に表すとこうなります。

ジャネーの法則

これは光陰矢の如しです。
10歳を過ぎたらあっという間に人生が終わるのです。

ブッダの教えられた人生の短さ

しかしながらブッダは、
それでもまだ私たちは悠長だと
考えられています。

『四十二章経』でブッダは、
修行者たちに命の長さについて尋ねられました。

1人目が「命の長さは数日間でございます
と言うと、
そなたはまだ分かっていない
と言われました。

2人目が「私は命の長さは食事の間くらいのものと感じます
と言うと、
そなたもまだ分かっていない
と言われました。

3人目が「命の長さは一息つく間もありません
と答えると、
ブッダは大いにほめられて
そなたのいう通りだ
と言われています。

仏教では、
出る息は、入る息を待たず、命終わる
と教えられています。

吸った息がはき出せなければ、
吐いた息が吸えなければ、
そのときが命の終わりです。

吸う息吐く息にふれあっているのが、私たちの命です。
それだけはかなく終わって行く無常の命を持っているのが、
私たちなのです。

では、無常について繰り返し教えられている
ブッダご自身は、 命の消えゆく早さを
どのように教えられているのでしょうか?

命の消えゆく早さ

逆にブッダがお弟子から
命の長さはどのくらいなのでしょうか
と聞かれたとき、
それはとてもそなたに納得できるような速さではない
と言われています。

たとえでなりと教えて頂けないでしょうか
と聞かれて、ブッダは、このようにたとえられています。

たとえばここに、弓を射る名人が四人いる。
1人は東に、1人は南に、1人は西に、1人は北に向かって、
同時に矢を放つ。
その矢が落ちる前に、目にもとまらぬ早さで
4本とも矢をとらえてしまう男がいたら、
この男は足が速いだろう

はい、それは速いです
その何倍も何倍も早いのが、人間の命だ。
 命は実に足が速い

これは、「光陰矢の如し」どころか、
それをはるかに上回る驚くべきスピードです。
このように、人生はあっという間に、かけ足で去って行くのです。

このような、人生の短さを知らされることに、
本当の幸せになる鍵があります。

本当の幸せへ向かう鍵

なぜかというと、仏教では
無常を観ずるは菩提心の一(はじめ)なり
と教えられています。

無常」とは、常が無い、続かないということですが、
続かない中でも私たちにとって最も重大な「」のことです。

命がはかなく、続かないことが知らされると、
菩提心」が起きてきます。

菩提心」とは「菩提」とは、本当の幸せのことですから、
本当の幸せになりたい心を菩提心といいます。
この心が起きなければ、本当の幸せにはなれません。

はじめなり」とは、「はじめ」に「」という漢字が使われています。
はじめ」には他にも、「」「」などありますが、
これらは「始業式」「初場所」などのように、
何回もあるはじめに使われます。

ところが「」は、
一がなければ二がない、
二がなければ三がない
というように、一回しかない始まりに使われます。
ですから、無常を知らされることが、
本当の幸せへの第一歩であり、
その扉をひらく鍵であるということです。

まずはジャネーの法則程度にでも、
命がはかなく短いことが知らされれば知らされるほど、
本当の幸せを求める気持ちが強くなってくるのです。

ではどうすればこの短すぎるほど短い無常の人生で
変わらない幸せになれるのか、
これは仏教の真髄ですので、
メール講座と小冊子にまとめてあります。

光陰矢の如し」ですから、今すぐお聞き下さい。

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