嘘つきの報い

小さい頃よく「嘘つきは泥棒の始まり」とか、
嘘つきは閻魔さまに舌を抜かれる」とか、
嘘ついたら針千本飲ます」といわれますが、
仏教では嘘を「妄語(もうご)」といわれ、
口で造る罪悪です。

一体どんな結果になるのでしょうか?

嘘をついたらどうなる?

嘘といえば、よく選挙の候補者が、
私が当選したらこういう政策を行います
とマニフェストに公約します。

ところが、当選しても約束通りにやらないと、
公約違反といわれて追及弾劾され、
次回は当選できなくなります。

身近な人でも、困ります。
会社の上司が嘘つきだと、何かその人個人の私利私欲のために
使われているような気がして、やる気がなくなります。

部下が嘘つきでも困ります。
失敗を隠したり、ごまかしたりして、
早く対処すれば小さいうちにおさまるものでも、
甚大な被害をこうむります。

また、恋人が嘘つきだと、
浮気しているのではないかと不安になります。

このように、誰も嘘つきと仲良くなりたいとは思いません。
嘘つきは、信用できないので嫌われるのです。
それを非常に分かりやすく教えられた有名な話があります。

嘘をつく子供

それが、イソップ童話の『嘘をつく子供』です。
羊飼いの少年が、ある日、いたずらしてやろうと思って
狼がきたぞー!」と言って山から走ってきます。

それを聞いたあわてふためく村人たちを見て、
少年は大喜びします。

数日後、少年がまた「狼がきたぞー!」と、
山を駆け下りてくると、村人達があわてふためいて、
またもや少年は大喜び。

ところが、最後に本当に狼が羊に襲いかかってきたとき、
村人たちは「どうせまた嘘だろ」と誰も相手にせず、
少年は羊を全部食われてしまったという話です。

このように、嘘をつくと、信用を失います。
信用を築くには、大変な長い年月が必要ですが、
信用を失うのは、少し嘘をつけばあっという間に崩れ去ります。

嘘をつくと不安になる

そして、嘘をつくと、つじつまが合わなくなりますので、
ばれないように、さらに嘘を重ねなければなりません。
そうするともっとつじつまが合わなくなるので、
さらに嘘をつき続けなければなりません。
嘘を貫き通そうとするほど、話を嘘で塗り固めなければならず、
嘘だらけになっていきます。
そして、バレはしないかと心に気になり続け、
いつも不安でびくびくした暗い人生になってしまいます。
余計なところに精神力を使わないといけないので、
本当にやらねばならないことにも集中できなくなります。
やがてばれたときには、時間が経っていれば経っているほど、
大きな不幸が襲ってくるのです。

仏教では嘘をつくと、死後、もっとひどいことになります。

仏教では?

仏教では、1回でも嘘をつくと、
次に生まれ変わるとき、人間に生まれることはできなくなります。

人間に生まれるには、「五戒(ごかい)」という5つのルールを
生涯守り続けなければならないのですが、
嘘をつかない」というのは、その1つだからです。

また、生き物を殺す殺生罪を造り、地獄へ堕ちる場合は
少なくとも大叫喚地獄以上に苦しい地獄へ堕ちます。

それほど、嘘は恐ろしい罪なのです。

では、そもそも嘘とは一体どんなものでしょうか?
嘘をついていると大変なことになるので、
嘘とはどんなものかを知る必要があります。

嘘とは?

嘘とは、事実と異なることを言うことです。

例えば、酔っ払って帰ってきた旦那が、
奥さんから、「あんた、酔っ払ってるでしょ
と聞かれると、
おらー、酔ってらんからいぞー
と言います。

ろれつが回っていませんから、酔っていることはバレバレですが、
それでも否定したくなって、嘘をつくのです。

また、事実を言っているにもかかわらず、 誤解させる嘘もあります。
たとえば、オレオレ詐欺で、「オレオレ」というのは、
嘘ではないというのかもしれませんが、
明らかに誤解させようとしており、騙していますから悪です。

仕事でも、自分に不利なことは言わずに隠蔽し、
自分に有利なことばかりを強調します。
周りの人が、少しでも自分に都合のいい判断をするように、
誘導するのです。

ストレスのかかる嫌なことを避けたいときは、
少し体調が悪くなりまして
と仮病を使って、
ずる休みをすることもあります。
失敗を追及されると、言い訳したり、責任転嫁したり、
ごまかしたり正当化したりするのも、嘘です。

また、仕事以外でも、
知り合いが赤ん坊を抱いているのを見ると、
まあ、かわいい赤ちゃんねえ
と言いますが、心の中では、
いやーすごい顔だった。どう見てもかわいいとは思えないけど、
どっちに似たのかなあ、かわいそうに

などと思ってはいないでしょうか。

ウソくらべ 死にたがる婆 とめる嫁
という言葉があります。
姑さんは、嫁が自分を大事にしてくれないので、
わしも歳だし、もう死にたくなったわ
と嫁さんに嫌みを言います。
本心はもちろん死ぬ気などサラサラないのですから、
真っ赤なウソです。

ところが嫁さんは嫁さんで、
あらまあお母さん、何を言われますの?
お母さんはこの家の柱じゃないの。
百までも千までもいついつまでも長生きしてくださいね

と言います。

心の中では「いつまで生きているつもりだ。いい加減に
と思っていますから、
役者よりも上手な演技です。
このように、姑も嫁も心にもないウソをつき、
騙し合いをしています。

ウソをつく人間のすがた

このように嘘ばかりついている私たちのすがたを、
お釈迦さま
心口各異、言念無実
と『大無量寿経』に説かれています。

心と口は、おのおの異なり、
言っていることと、念っていることに、まことが無い

ということです。

お釈迦様は、
すべての人は、心で思っていることと、口で言っていることが異なる。
だから言っていることにも、思っていることにもまことがない。
ウソ偽りばかりだ、と教えられているのです。

お釈迦さまのいわれる通り、私たちは、
あまりに平気でウソばかりついているので、
醜いという感覚が麻痺してしまって、
ウソついているという自覚すらありません。
ちょうど、臭いトイレの中にいても、長くいると鼻がバカになって、
臭いと感じなくなってしまうようなものです。

そんなウソ偽りばかりの者が、
そのまま幸せになるには、
仏教を聞くよりほかにありません。

仏教を聞くとどうなる?

お釈迦様は、
仏教は、真実の自分の姿を映し出す鏡のようなものだと
いわれています。

鏡から遠く離れているときは、
あいつは嘘ばかりついて信用できない、自分は正直者だから嘘なんかつかない」とか、
あの人に比べたら、自分のほうがよっぽどましだ」とか、逆に
なーんだ、嘘をついてもいいのかー」と思っていますが、
鏡に近づけば近づくほど、自分の姿がハッキリ見えてきます。
仏教を聞けば聞くほど、知らされてくるのは自分の本当のすがたです。

真実の自分のすがたが知らされねば、
本当の幸福にはなませんから、
心口各異 言念無実
と、本当の私たちのすかたを
お釈迦さまは教えられているのです。

ではどうすれば、本当の幸せになれるのかについては、
仏教の真髄ですので、
メール講座と小冊子にまとめてあります。

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