孤独・ひとりぼっち

愛されたいのに誰も愛情をそそいでくれない
自分の気持ちをわかってくれないとなると、
孤独な気持ちになります。

このような孤独感は一体どこからやってくるのでしょうか?
単に孤独を紛らわすのではなく、孤独の本質に向き合って
完全に癒す方法をみてみましょう。

孤独を感じるとき

この道や行く人なしに秋の暮れ
と松尾芭蕉は晩年、詠んでいます。
短い言葉の中に人生の孤独がにじみ出る名句です。

人生は、時として、耐えられないような孤独感に
押しつぶされそうになります。
誰しも孤独を感じたことがあるのではないでしょうか?

信じていた人に裏切られて人間不信になり、
もう誰も信じない、一人で生きて行く
そして自分を信じ、お金を信じて生きて行く、
そんな人は孤独な人生になります。

お金も地位もあり、一見強そうに思える人でも、
めったに話の合う友達がなく、孤独です。

ある社長は、仕事のつきあいでお歳暮や年賀状が
山ほどきていましたが、引退したら、
手のひらを返したように来なくなり、
孤独な気持ちになってすっかり老け込んだという人があります。

大地震が起きたときも、何秒間か地面がゆれただけで
それまで築き上げてきたすべてを失い、
仮設住宅に住むことになります。

若ければまたやり直せるかもしれませんが、
今さら生きながらえても意味がないと、
たくさんの人が自殺したり孤独死したりしています。

このように、ひとりぼっちの孤独感を
かなり多くの人が抱えています。

星の王子様の孤独

サン・テグジュペリの『星の王子様』で、
星の王子さまは6つの星を旅した後に、
7番目の星である地球にやってきます。

そこは砂漠でした。
人っ子一人いない砂漠に孤独を感じた星の王子様は、
砂漠の花に人間はどこにいるのかと尋ねます。

砂漠の花は
さあ、どこで会えるかわかりませんね。
風に吹かれて歩きまわるのです。
根がないんだから大変不自由していますよ

と答えます。

この砂漠の花は、
人間は、根っこがあるから動けなくて不自由しているのではなく、
根っこがないから不自由しているのだと言うのです。

根っこというのは、拠り所のことです。
自分の居場所がない人は孤独ですし、
居場所はあっても、そこに心の居場所がなければ
孤独を感じます。

つまり、心の拠り所がないことが
孤独感を生み出すのです。

孤独は人の中で感じる

このことを三木清は『人生論ノート』に、
孤独は山になく、街にある
と言っています。

山の中では、ひとりぼっちです。
一見孤独なようですが、案外一人でいるからといって
孤独を感じるものではありません。

街に行くと、人が沢山います。
東京のような大都会で、
人が沢山いるほうが、
人と人とのつながりの希薄さが際立ち、
東京砂漠」と言われる孤独感が起きてくるのです。

そして人は、生きる意味が分からず、
いつまでもたよりになるものがないから、
孤独になり、不安になります。

ブッダが教える孤独の由来

このような孤独な人生をブッダは『大無量寿経』に
独生独死 独去独来
と教えられています。

独り生まれ、独り死し、
独り去り、独り来たる

と読みます。

生まれてきたときも独り、
死んでいくときも独り、
来たときも独りなら、
去るときも独り、ということです。

人間生まれてくるのは一人一人です。
双子でもどっちかが先に生まれてきます。
死んで行くときも一人です。
手をつないで心中してもやはり死ぬのは一人です。
私たちは生まれてから死ぬまで一人ぼっちだということです

私には友達もいますし、夫や妻、子供もいますよ
という人がいるかもしれませんが、
それは肉体の連れのことです。

肉体の連れはあっても魂の連れはない
ということをブッダは教えられているのです。
だからビクビクしながら
不安で孤独な魂をかかえて生きているのが実態です。

魂はひとりぼっち

なぜ魂はひとりぼっちになってしまうかのというと、
私たちの心は、
誰かに分ってもらいたいと思っても、
結局は分かってもらえないからです。

心のうちを全部言うことはできません。
どんなに親しい相手でも、
ここまでは言えるけど、
ここからは言えないというものがあります。

言葉に出したとしても、
全部分かってもらうのは無理です。

私たちはそれぞれ行い()が違うので、
住んでいる世界が違います。
だから、理解しようと思っても理解できません。
一人一人孤独な世界に生きているのです。

もう理解し合うことのできない、
孤独地獄で苦しんでいます。

だから分かって貰いたいという期待感が強いほど
絶望感が大きくなります。
真っ暗な闇に閉ざされて、
孤独で不安な一人旅をしているのが人生です。

その真っ暗な心の闇をぶち破ぶって、
胸の扉を開らいて、なにもかも分かって、
それをそのまま救いとってみせるというのが、
仏様であり、仏教です。

仏教を聞けば、一人居て喜べる
本当の幸せに救われるのです。

ではどうすれば、本当の幸せになれるのかについては、
仏教の真髄ですので、メール講座と小冊子にまとめてあります。
一度目を通しておいてください。

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