生きる意味とは?

生きる意味」とは、「人間に生まれた意味」ということです。
何のために人間に生まれてきたのか。
何のために生きているのか、
なぜ生きねばならないのか、という
人生の目的」のことです。

生きる意味はない?

多くの人が生きる意味が分からない

世の中には「生きる意味がない
と言っている人がたくさんあります。
例えば、ただ自然発生的に生まれてきただけで、
生きる意味は特にないといいます。
死にたくないから生きているだけ
という人もいれば、
人はいつか死ぬのだから無意味」という人もあります。

たまに「生きること自体に意味がある
という人がありますので、
だからどんな意味があるの?」と聞きますと、
その肝心の生きる意味は分かりません。

これは単に、頭が悪いとか、
勉強不足で分からないというのではありません。
相当の知識人でも分からないのです。

知識人にも生きる意味は分からない

例えば人類発生から250万年の歴史を書いて、
全世界200万部のベストセラーとなり、
NHKクローズアップ現代でも特集された
サピエンス全史』でも、
人間には数々の驚くべきことができるものの、
私たちは自分の目的が不確かなままで
相変わらず不満に見える

とあります。

仏教の僧侶にも分からない人が多い

僧侶でさえも、
残念ながら生きる意味は存在しません。
ただ生きて行くだけです

とか
生きる意味を考えるよりも、
生きることに感謝して
生きて行くほうがずっといいと思う

という人ばかりです。

では、仏教を説かれたお釈迦さまは、
生きる意味を教えられていないのでしょうか。

仏教で生きる意味はどこに教えられている?

仏教では、生きる意味をこのように教えられています。

人身受け難し、今已に受く。
仏法聞き難し、今已に聞く。
この身今生に向って度せずんば、
さらにいずれの生に向ってか、この身を度せん。

これは、多くの仏教の本の最初に載っている
大変有名な仏教の言葉です。

最初の「人身」とは人間のことです。
人身受け難し今已に受く」とは、
生まれがたい人間に生まれることができてよかった
という喜びの言葉です。
よくぞ人間に生まれたものぞという生命の大歓喜です。

人生の目的を果たすと、このように、
人間に生まれてよかった
という大満足の身になれるのです。
それは、色あせることのない喜びです。

その本当の生きる目的は、
『サピエンス全史』を書くような
人類250万年の歴史を知っている学者でも見当もつかないように、
仏教以外には教えられていません。
ですから次の「仏法聞き難し今已に聞く」とは、
その本当の生きる目的を教えられている
聞き難い仏法を聞くことができてよかった

という喜びの言葉です。

仏教を聞くことがなければ、
人生の目的を知ることもできなかった、
もちろん果たすこともできなかった、
仏教を聞くことができてよかった、ということです。

では、その人生の目的とは何でしょうか?

人間に生まれた目的とは?

本当の自分とは?

次に「この身今生に向って度せずんば、
さらにいずれの生に向ってか、この身を度せん
」とあります。
この身」とは、私たちは、自分というものは
生まれてから死ぬまでのことだと思っていますが、
本当はそうではありません。
生まれる前、果てしない遠い過去から、
死んだ後、未来永遠に続いていく、永遠の生命があります。

生まれる前を「前生
生まれてから死ぬまでを「今生
死んだ後を「来生」といいます。

そして、生まれ変わり、死に変わり、
果てしなく苦しみ迷いの旅を続けています。

生まれ変わりといっても、人間だけではありません。

地獄餓鬼畜生修羅、人間、天上の6つの迷いの世界、「六道」を
生まれ変わり死に変わりします。
それは、あたかも車の車輪が同じ所をぐるぐるぐるぐる回るように、
果てしなく生死を繰り返すので、「六道輪廻」といわれます。
その果てしなく苦しみ迷いの旅を続ける永遠の生命が、本当の私であり、
この身」なのです。

人間に生まれたときしかできないこと

この身今生に向かって度せずんば」の
今生」とは、
人間に生まれている今のことです。

度する」とは、
この迷いの輪廻を離れることです。

この身今生に向って度せずんば、
さらにいずれの生に向ってか、この身を度せん
」とは、
もし人間に生まれている今、
この迷いの解決ができなかったならば、いつできるというのだろう。
危ないところを救われた、ということです。

なぜかといいますと、この迷いを離れる方法は、
仏教にしか教えられていないのですが、
仏教を聞けるのは、6つの迷いの世界の中でも、
人間界だけだからです。

地獄界餓鬼界畜生界修羅界の4つの世界では、
苦しみにせめられて仏教が聞けず、
天上界では、楽におぼれて仏教が聞けません。

ですから唯一仏教を聞ける人間に生まれた目的は、
仏教の教えを聞いて、この永遠の迷いの解決し、
未来永遠の幸福になることだと教えられています。

これを仏教で「人界受生の本懐(にんがいじゅしょうのほんがい)」といいます。

チャンスはいくらでもある?

ところが、人間界に生まれるには、大変難しいことです。
人間に生まれるには、「五戒」といわれる
以下の5つの戒律を守り続けなければなりません。
不殺生(ふせっしょう)
不偸盗(ふちゅうとう)
不邪淫(ふじゃいん)
不妄語(ふもうご)
不飲酒(ふおんじゅ)
ですから、1回でも生き物を殺したり、ウソをついたり、
お酒を飲んだらもう生まれられません。

こんな厳しい戒律を一生守り続けることは、
普通はとてもできませんので、
人身受け難し
人間に生まれることは大変難しい、
といわれています。

ですから
人身受け難し、今已に受く。
仏法聞き難し、今已に聞く。
この身今生に向って度せずんば、
さらにいずれの生に向ってか、この身を度せん

とは、生まれがたい人間に生まれ、
聞き難い仏法を聞いた今、
果てしない迷いを解決して、永遠の幸福にならなければ、
いつ解決するというのか。
永遠のチャンスは今しかない。
何とかあなたも、生きている今、
この人間に生まれた目的を果たして、
決して後悔のないようにしなさいよ
、ということです。

では、どうすれば、迷いを解決して、
苦しみ迷いの輪廻を離れることができるかというと、
その迷いの根本原因を知らなければなりません。
それについては、メール講座と、小冊子にまとめてあります。

関連記事

目次(記事一覧)へ