地獄とは?

地獄とはどんな世界なのでしょうか?

地獄」というのは、中国の言葉で、インドの言葉では、
捺落迦(ナラカ)」と言われます。
日本語でも「奈落の底」といわれるときの
奈落」という言葉となって使われています。

地獄は、私たちが、生まれ変わり死に変わり、
輪廻転生する世界でも、最も苦しみの激しい世界です。
そして最も転生する可能性が高い世界でもあります。

では地獄とは一体どんな世界なのでしょうか?

地獄はどこにある?

キリスト教では、地下に地獄という場所があり、
神を信じない人は、死んだら地獄へ行くそうです。
イエスも地下にある地獄に降りていったと伝えられています。

ところが仏教では、どこかに地獄という場所が
あるのではありません。
自らが生みだす苦しみの世界です。

ですから、軽業師なら針の山もへっちゃらで、
ボクシングのヘビー級チャンピオンなら地獄の鬼とも互角に渡り合って、
オリンピックの水泳選手なら血の池でも大丈夫と思うかもしれませんが、
どんなに運動神経がよくても、
地獄の苦しみをかわしたり、逃れることはできません。

地球の地下にあるのなら、
ロケットで月にでも行けば堕ちないかと思っても、
逃れられません。

まったく同じ町に住んでいても、
ある人は、受験地獄に苦しみ、
またある人は、借金地獄に苦しみます。

それは、場所が悪いのではなく、
自らのたねまきが生みだした報いなのです。

地獄は死後にあるの?

それについてお釈迦さまは、
従苦入苦 従冥入冥(大無量寿経)
と説かれています。

苦より苦に入り、やみよりやみに入る
と読みます。

今苦しんでいる人は、死んだ後もジゴクの苦を受ける。
この世のジゴクから、死後の地獄へと堕ちてゆく、
という意味です。

この世の地獄で苦しんでいるので、
その結果、死後の地獄に堕ちていくのです

この世の地獄とは?

この世のジゴクとは、
何のために生きているのか分からず、
毎日が不安で暗いことをいいます。

人間に生まれてよかった」という生命の歓喜がなく、
「私ほど業なものはない」と他人を恨み世間を呪い、
「こんな辛いのなら死んだ方がましだ」
と苦しむ暗い生活が、この世のジゴクです。

ですから、この世のジゴクを
自業苦(じごく)」と書くこともあります。

このような現在が真っ暗闇の生活を送っている人は、
死後も必ず真っ暗闇の地獄へ堕ちて苦しまねばならないことを
苦より苦に入り、やみよりやみに入る、と説かれています。

では、死後の地獄とはどんな世界なのでしょうか?

死後の地獄とは?

死後の地獄には、八熱地獄、八寒地獄、孤地獄がありますが、
八大地獄」といわれるのは、八熱地獄のことです。

その様子は、お釈迦さまの説かれた『正法念経』や『観仏三昧経』などのお経、
龍樹菩薩の『大智度論』や
無著菩薩の『瑜伽論』、
天親菩薩の『倶舎論』など、菩薩の書かれた論によって、
源信僧都の『往生要集』に詳しく教えられています。

では八大地獄とはどんな地獄かというと、
等活地獄、
黒縄衆合、
叫喚地獄、
大叫喚地獄、
焦熱地獄、
大焦熱地獄、
阿鼻(無間)地獄

の8つの地獄です。

等活地獄

八大地獄の中で最も苦しみの軽い地獄が等活地獄(とうかつじごく)です。
この等活地獄に堕ちた人は、お互いに顔を見合わせると憎しみが沸いてきて、
つかみ合いのケンカを始めます。

みんな手に鉄の爪が生えて、鋭い刀のように相手をひっかき合い、
鮮血はあたりに飛び散り果ては肉もなくなるまで争います。
白骨だけが残ると、そこへ獄卒がやってきて骨を粉々に砕きます。

すると、一陣の凉しい風が吹いて、
どこかで「活!活!」と叫ぶ声がします。

この声を聞くと粉々になった骨がいつの間にかくっついて、
元の骨組みになり、辺りに飛び散っていた血や肉もたちまち、
元の身体になります。

そしてまた、鉄のツメで引っかき合って、
苦しみが絶えない世界です。

それがどれくらい続くかというと、
人間界の900万年を一日一夜にして500歳の寿命
と説かれているので、約1兆6千億年という
気の遠くなるような長さです。

その他の地獄

次の「黒縄地獄(こくじょうじごく)」では獄卒の鬼が、
ここに堕ちた人を、熱鉄の地に臥せて、熱鉄の縄を縦横に押しつけ、
その縄に随って熱鉄の斧や鋸をもって引きさくと説かれています。
期間は、等活地獄より長いです。

衆合地獄(しゅうごうじごく)」では2つの石山の間に罪人を追い込んで押しつぶしたり、
砥石にかけたり、鉄臼で餅のようについたりします。
刀葉林地獄もここにあります。
期間は、黒縄地獄より長く、どんどん長くなっていきます。

叫喚地獄(きょうかんじごく)、
大叫喚地獄(だいきょうかんじごく)」に堕ちた人は、
大鍋に投げ込まれ煮られたり、
大火抗で焼かれます。

焦熱地獄(しょうねつじごく)」は熱鉄地に罪人をせんべいのように叩きつぶし、
大火災の中に投げ込まれ全身の穴という穴から火を噴き始めます。
この地獄の火に比べると前の5つの地獄の火は雪か霜の如しと説かれています。
大焦熱地獄(だいしょうねつじごく)」は、焦熱地獄の10倍の苦しみです。

ということは、地獄の業火をガソリンで火達磨になっているようなものだとすれば、
焦熱地獄の業火は、原爆のようなものです。

さらに、親殺しの五逆罪や、仏法を謗る法謗罪を犯した者は、
阿鼻地獄(あびじごく)」に堕ちます。

阿鼻地獄に堕ちると、手足の節々から火炎が吹き出し、
その苦しみがひまなくやってくるので、「無間地獄」ともいわれます。
この地獄の寿命は8万劫です。
1劫は、4億3200万年ですから、その8万倍です。
その間、片時も休む間なく、大苦悩を受け通しとなります。

その大苦悩とはどれくらい大きいのでしょうか?

地獄の苦しみの程度

お釈迦様は、パーリ仏典の『賢愚経』に
どんなたとえを使っても、地獄の苦しみは説けない
と説かれています。

それでも弟子たちは、
「何とかたとえでなりとお教え頂けないでしょうか」
とお願いすると、お釈迦様は、
このようなたとえで教えられています。

「朝100本の槍で貫かれ、
昼100本の槍で貫かれても死なず、
晩にまた100本の槍で貫かれ、
毎日300本の槍で貫かれて、
もう体につながった処のない程になる。
その苦しみをどう思うか?」

「わずか一本の槍でつかれた痛みさえ、どんなに苦しいか分かりません。
ましてや1日300本でつかれる苦しみは心も言葉も及びません」

すると、お釈迦様は豆粒ほどの小さな石を拾われて、
「この石と向こうにみえるヒマラヤ山とどれ程違うか」
「それは、大変な違いでございます」
「毎日300本の槍で貫かれる苦しみを、この石だとすれば、
地獄の苦しみはあのヒマラヤ山のごとしだ」
と言われています。

これでは私たちに、地獄の苦しみを分からせることは、
私たちが犬や猫にテレビやパソコンの説明をするよりも、
大変なことであったに違いありません。

地獄と聞くと、虎の皮のフンドシの鬼や
釜ゆでの釜や、針の山、血の池を想像して、
そんなもの子供だましのおとぎ話だと、
あざけったり笑ったりするのは、
苦しみをあらわす表現であることを知らないからです。

自業自得の因果の道理によって、
自ら生み出す世界が地獄なのです。

そしてこの果てしない苦しみから離れる方法が
仏教に教えられているのです。

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