後悔のない人生にする方法

どんな人でも、人生にはたくさんの後悔があります。
あなたはどんなことを後悔していますか?
たとえどれだけたくさんの後悔があったとしても、
やがて死ぬときに人生を振り返って、人生を後悔することになったら大変です。
どうすれば後悔のない人生になるのでしょうか?

後悔とは

後悔」とは、後から悔やむことです。

何か苦しい状況に立たされたとき、
過去にした取り返しのつかないことを、
あんなことしなければよかった
あのときこうしておけばよかった
と悔いるのです。

それは、小さなものから大きなものまで、
私たちはあらゆる分野で失敗しますから、
どうしてこんな仕事を選んだのだろう
どうしてこんな人と結婚したのだろう
あのチャンスをものにしていれば
あの人に愛していると言えなかった
もっと子供と一緒に過ごせばよかった
これまで無駄なことばかりしてきた……
人生には数え切れないほど後悔があるのです。

ランキング1位・一番よくある後悔

そんな色々な後悔の中で、一番よくある後悔は、
もっと色々なことに挑戦すればよかった
他人に合わせすぎた
受け身だった」というものです。

一言でいうと、
もっとやりたいことをやればよかった
ということです。

どちらかといえば、とにかく何かに突撃してしまって、
こんなことをしなければよかった
と後悔するよりも、
自分がしたいことがあったのに、それをしなかったとか、
言いたいことがあったのに、引っ込み思案で言い出せなかった
ということが多くあります。

確かに、何かをするにはリスクがあり、
誰かしらの反対を受けることもあり、
一歩を踏み出せないことがあります。

だからといってやりたいことをやめてしまうよりも、
苦労を求めて積極的に取り組んだほうが、
未来を開くことができるでしょう。

でも、人生全体となると話は変わります。
やりたいことを精一杯やっていれば、
後悔のない人生になるのでしょうか?

実際、やりたいことをやった上に、
トップレベルの業績を残した人でも、
後悔している人がたくさんあります。

やりたいことをやったのに後悔した人たち

ダビデ像をはじめ、彫刻、絵画、建築など
様々な分野で偉大な作品を残した
ルネサンスの天才、ミケランジェロは、
晩年、このように言っています。
いまやわたしは知った、芸術を偶像とも君主ともみなした
あの迷妄の情熱がいかに誤っていたかを。
人間にとってその欲望がいかに災厄の源泉であるかを

(ミケランジェロ)

足軽から天下を統一し、太閤にまでのぼりつめ、
欲しいものは何でも手に入れた豊臣秀吉は、
臨終にこのような寂しい辞世を歌っています。
おごらざる者も久しからず
    露と落ち露と消えにし我が身かな
     難波(なにわ)のことも夢のまた夢

(豊臣秀吉・辞世の句)

俳聖といわれ、教科書に作品が出てくる
江戸時代の松尾芭蕉は、
最後病気になり、このように言っています。
この後はただ生前の俳諧をわすれんとのみおもうはと、
かえすがえす悔やみ申されし也

(松尾芭蕉)

スイレンの絵で有名な、印象派の画家、クロード・モネは、
晩年このように言っています。
私の人生は失敗に過ぎなかった。
そして残されたなすべきことは、
私が消える前に自分の作品を壊すことだけだ

(クロード・モネ)

文豪・夏目漱石は、晩年の随筆『硝子戸の中』で
このように書いています。
今まで書いた事が全く無意味のように思われ出した
(夏目漱石)

このように、やりたいことをやった上に、
才能を発揮してすばらしい結果を残した人たちでも、
臨終に後悔しているのです。

すべての人はやがて必ず死んでいきます。
私たちも例外ではありません。
人生を終わっていくときには、
一体どんな後悔が起きてくるのでしょうか?

それは、よくある「やりたいことをしなかった後悔
とはまったく別の後悔であることが知られています。

死ぬときに後悔すること

人は、まもなく自分が死ぬと自覚したとき、
今までとまったく違う後悔が起きてきます。

それは、臨終に自分の人生を振り返ったときに起きてくる
自分の人生は一体何だったのだろう?
自分が生きてきた意味はあるのか」という
人生の目的への後悔」です。
この心の痛みを近年は
スピリチュアル・ペイン」と言われます。
医学では、肉体の苦痛には対処できるのですが、
このスピリチュアル・ペインといわれる心の痛みは
とることはできません。まったくのお手上げです。

これをお釈迦さまは、
大命まさに終らんとして
悔懼
(けく)(こもごも)至る
(『大無量寿経』)
と説かれています。

大命(だいみょう)」とは、肉体の命です。
まさに終わらんとして」ですから、
命がいよいよ終わろうとする臨終に、ということです。

(け)」とは、過去に対する後悔
(く)」とは、未来に対する怖れです。

臨終の人の心に、
後悔と怖れが代わる代わる起きてくる
ということです。

過去に対する後悔とは、
これまでの人生を振り返って、
何にもならないものばかりを
求めてきたという後悔です。

死出の旅立ちには、
今まで必死でかき集めたお金も財産も
一円たりとも持っていけません。

愛する家族もついては来てくれません。
自分の肉体さえも焼いていかなければなりません。
人生に求めるものが間違っていたのです。

物心ついた頃から死ぬとわかっていたのに、
なぜ死の大問題を解決しなかったのか。
未来永遠救われる幸せになる方法を説かれた仏教を聞こうとしなかったのか。
死を見つめずに、目を背けて逃げ回っていたのか。
あと回しにしているうちに、あっという間に人生が終わってしまい、
取り返しのつかない後悔をするということです。

後悔し続ける鳥

一年中雪に閉ざされているヒマラヤ山には、
寒苦鳥(かんくどり)」という鳥が住んでいるといわれます。

寒苦鳥は巣を持ちません。
それでも昼間はぽかぽかしているので、
他の鳥さんや虫さんと遊んでいるのですが、
日が暮れると急に温度が下がって、
極寒の夜がやってきます。

みんなあたたかい巣に帰ってしまい、
一人で寒さにブルブルガタガタ震えています。
真っ暗な吹雪の中で
どうしてあのとき巣を作らなかったんだろう
と後悔して、
明日こそは巣を作ろう
明日こそは巣を作ろう
とポロポロ涙を流しながら、
長い長い凍てつく夜を過ごすのです。

ようやく夜が明けてポカポカしてくると
今日こそ巣を作ろう」と思うのですが、
他の鳥さんが「あーそぼ」と誘いに来ます。
ダメだよ、今日は巣を作らなくちゃ」と言うのですが
少しくらい大丈夫だよ、遊ぼうよ」と言われて、
断り切れずに遊びに行ってしまいます。

一日中、心の底で巣のことが気にかかって
思い切り楽しめないのですが、
抜け出すタイミングがつかめず流されてしまい、
また巣を作らずに日が暮れてしまいます。

そして、また長くて寒い夜を
どうしてあのとき巣を作らなかったんだろう
と後悔しながら泣き暮らすのです。
これを
夢の浮き世を日長に思い 暮れて泣きやる 寒苦鳥
と言われます。

私たちも、人間に生まれる前、
もっと苦しみの激しい世界にいた頃は、
人間に生まれたら、今度こそ仏教を聞いて
果てしない苦しみ迷いの解決をしよう

と固く心に決めて生まれてくるのですが、
生まれたらすっかり忘れてしまいます。

自分の欲の心にだまされて、
仏教を聞かずにお金や財産を求めているうちに、
飛ぶように人生が終わるので、
バカだった」「バカだった」という悲痛な後悔の中、
また終わりのない苦しみ迷いへと旅立って行くのです。
それは永久に後悔を残します。

ところが、仏教に教えられるように、
この死の大問題を解決して、
未来永遠の幸せに救いとられると、
後悔がまったくなくなります。

後悔のない人生

仏教の教えの通りに、
変わらない幸せになった人は、
それまでのすべてがこの世界に出させて頂くためであった
とハッキリします。

これこそ本当の生きる目的であった
これ一つのための人生だった
と知らされますので
それまでのすべてを喜ばずにおれなくなります。

無駄なことは何一つもありません。
無駄なことをしてきたとか、回り道をしてきた
という後悔は何もありません。

我が人生に悔いなし
という限りない喜びの身になれます。

本当の生きる目的を達成したとき、
一切の苦労は報われ、過去に後悔することは絶対ありません。
辛いことも、悲しいことも、
すべて仏様のお導きであった。
そのようにしてくだされたなればこそ、
仏教を聞いて、この幸せの身になれたのだ

と知らされます。
それほど想像を超えた喜びの世界なのです。

では、どうすれば後悔のまったくない
変わらない幸せの身になれるのでしょうか?
それは仏教の真髄なのですが、分かりやすく
小冊子とメール講座にまとめておきました。

一度きりの人生決して後悔のないよう
一度目を通しておいてください。

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