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生きる意味を、知ろう。

後悔のない人生にする方法

どんな人でも、人生にはたくさんの後悔があります。
あなたはどんなことを後悔していますか?

後悔には大きく分けると2つあります。
それが、生き方の後悔と、人生全体の後悔です。
生き方の後悔については心理学で、人生全体の後悔については仏教で教えられています。

人生には、生き方の後悔もたくさんありますし、
やがて死ぬときに人生を振り返って、人生を後悔することになるのも大変です。
この2つを知っておけば、後悔が減りますので、よく知っておいてください。

後悔とは

後悔」とは、後から悔やむことです。

こう‐かい【後悔】
してしまったことを後になって悔やむこと。

何か苦しい状況に立たされたとき、
過去にした取り返しのつかないことを、
あんなことしなければよかった
あのときこうしておけばよかった
と悔いるのです。
後悔先に立たずとも言われます。

後悔先に立たず
すでにしてしまったことを後で悔いても、もう取り返しがつかない。

ですので、物事を始める前には、しっかりと熟慮して始めることが勧められるのです。

たまに、自分は全力を尽くしてきたから後悔はないし、これからも後悔はしない、
という人がありますが、後悔といっても色々あります。
それは、小さなものから大きなものまで、
私たちはあらゆる分野で失敗しますから、
どうしてこんな仕事を選んだのだろう
どうしてこんな人と結婚したのだろう
あのチャンスをものにしていれば
あの人に愛していると言えなかった
もっと子供と一緒に過ごせばよかった
これまで無駄なことばかりしてきた……
人生には数え切れないほど後悔があるのです。

人生で後悔しない生き方・一般的な方法

一度きりの人生で後悔しないようにするために、どうしたらいいでしょうか。
たとえば以下のようなことが言われます。

他人の失敗や経験から学ぼう

多くの人が様々な経験をしています。
自分より先に経験した人から学べば、後悔することを減らせると言われます。

仕事を充実させよう

社会人になれば人生のほとんどの時間を仕事に費やすことになります。
そこで仕事を充実させたものにできれば、人生の大半の時間が充実すると考えているのでしょう。

また仕事こそ私たちの人生にやりがいを与え、幸福にしてくれるものだと、ヒルティはいいます。

ヒルティヒルティ

およそ存在する不幸中での最大の不幸は、仕事のない生活、生涯の終わりにおいて仕事の成果を持たない生活である。
(ヒルティ『幸福論』)

自分に素直にいきよう

自分はどのように生きたいのか
他人の言葉に流されて生きていないか
自分軸をもって生きているか
などと言われ、自分の本心に従って生きると後悔しない人生を送れると言われます。
嘘偽りの人生だとなんとなく人生が不満になりそうなのは想像に難しくないでしょう。
だからこそ自分に素直に生きれば、後悔しないと考えているのです。

もっと冒険しよう

人の意見に振り回されず、ワクワクする感情に従って、リスクをとって刺激的な生き方をすれば後悔しないと考える人もいるでしょう。

アメリカで行われた「90年の人生を振り返って、
後悔していることは何ですか?
」というアンケートで、
なんと90%の人が次のように答えたそうです。
もっと冒険すればよかった

冒険の量と質こそ後悔しないためのポイントだと考えているのです。

他にも後悔しないためには、
失敗を恐れずに行動する
思い立ったらすぐ行動する
思い込みをやめる
他人と比べない生き方をする
自分で物事を決断する
など、様々なことが言われています。

しかし上記のことをすべてやったとしても、きっとあなたはまだまだ後悔したままでしょう。
なぜなら何について後悔しているのかが、まだ分かっていないからです。

まずは人生の後悔には大きく分けると2つあることを知って、
後悔しないための本当の対策を考える必要があります。

人生の2種類の後悔

人生の数え切れないほどの後悔を大きく分けると、
生き方に対する後悔と、
人生全体の後悔の2つになります。

2種類の後悔
  1. 生き方の後悔
  2. 人生全体の後悔

それぞれどんな意味なのでしょうか?

生き方の後悔ランキング1位

生き方の後悔は、こんな生き方がしたかったという生き方に関する後悔です。

従来の色々なインタビューなどを見てみると、そんな色々な後悔の中で、一番よくある後悔は、
もっと色々なことに挑戦すればよかった
他人に合わせすぎた
受け身だった」というものです。

一言でいうと、
もっとやりたいことをやればよかった
ということです。

どちらかといえば、とにかく何かに突撃してしまって、
こんなことをしなければよかった
と後悔するよりも、
自分がしたいことがあったのに、それをしなかったとか、
言いたいことがあったのに、引っ込み思案で言い出せなかった
ということが多くあります。

確かに、何かをするにはリスクがあり、誰かしらの反対を受けることもあり、
一歩を踏み出せないことがあります。

だからといってやりたいことをやめてしまうよりも、
苦労を求めて積極的に取り組んだほうが、
未来を開くことができるでしょう。

参考までに、20代〜40代で年代ごとの後悔ランキングも紹介しておきます。

後悔の心理学研究については知りたい方は、
後悔についての心理学研究」をクリックすると移動します。

20代の後悔ランキング

20代に「やって」後悔したこと
1位:結婚、早まったかも…!?
2位:エステやダイエットでお金をムダづかい
3位:遊びすぎた・ハメをはずしすぎた
4位:後先考えずに日焼けした
5位:安易に転職した(世間知らずだった…?)

20代に「やらずに」後悔したこと
1位:海外でいろいろな経験をしてみたかった
2位:もっと勉強しておけばよかった
3位:資格を取得しておけばよかった
4位:もっといろいろな恋愛を経験してみたかった
5位:本当にやりたい業種に就職すればよかった

この結果から分かるように、やって後悔するのは、取り返しのつかないことです。
結婚して子供ができたり、日焼けして皮膚が老化すると元に戻せません。
羽目を外しすぎたという人も、それによって取り返しのつかないことになっているのでしょう。

それに対してやらずに後悔したというのは、もっと色々な経験がしたかったとか、勉強しておけばよかったというものです。
これらはもし必要であればこれからすればいいでしょう。
まだ間に合います。

30代の後悔ランキング

30代で「やって」後悔したこと
1位:焦って結婚
2位:子育てでの心残り
3位:退職・転職をして失敗
4位:将来のことを考えずに浪費
5位:不摂生な生活

30代に「やらずに」後悔したこと
1位:もっと貯蓄をしておくべきだった
2位:もっと子育てに専念すればよかった
3位:本気で婚活をすればよかった
4位:資格を取得しておけばよかった
5位:親孝行すればよかった

この結果からは、やはり取り返しのつかないことに対する後悔が深刻です。
仕事やお金、資格などは後悔しているならこれからやり直せばいいでしょう。

40代の後悔ランキング

40代で「やって」後悔したことランキング
1位:お金のムダづかい
2位:仕事が思うようにいかなかった
3位:子供に手をかけすぎた
4位:不摂生な生活
5位:焦ってマイホームを購入

40代で「やらずに」後悔したこと
1位:仕事をすればよかった
2位:運動しておけばよかった
3位:もっと貯蓄すべきだった
4位:もっと親孝行したかった
5位:早く離婚すればよかった

ここまで来ると、あることに気づきます。
まず、後悔の分野は結婚、お金、健康、親孝行などです。
そして、20代では、もっと色々経験したかったという後悔がありましたが、今度はお金の無駄に使わなければよかったという後悔があります。
また、結婚を焦らなければよかったという後悔もあれば、早く離婚すればよったという後悔もあります。
結局、どのような選択をしても、後悔する傾向があります。

そしてそれは、年代別で少しずつ後悔する内容が異なってきますが、
どれも生き方の後悔という点では共通しています。

後悔についての心理学研究

この生き方の後悔については、
コーネル大学のトーマス・ギロビッチ教授らの2018年の心理学研究(出典:"The Ideal Road Not Taken: The Self-Discrepancies Involved in People’s Most Enduring Regrets")があります。

彼はそれまでの研究から、後悔を分析するために一つの枠組みを考えました。
それは、人間には、色々な後悔を、
自分の理想や夢が実現できなかった後悔と
自分の決まりや義務が果たせなかった後悔に
分けて考えるというものです。

理想や夢が実現できなかった「理想に対する後悔」というのは、例えば、
小さい頃つきたかった仕事につかなかったとか、
片思いの人に対して何もせず諦めたとか、
旅行に行きたかったのに行かなかった、
というようなもので、
理想の自分を目指さなかったことに苦しむ後悔です。

それに対して自分の決まりや義務が果たせなかった「義務に対する後悔」というのは、例えば
秘密を言ってしまったとか、
親が危篤になった時に帰れなかったとか
不倫をしてしまったとか、
困っている人を助けなかった
というようなもので、
何か悪いことをしてしまった後悔です。

その上で、144人の人に、人生で後悔していることをなるべくたくさん挙げてもらい、
自分で理想に対する後悔か
義務に対する後悔か、自分で判定して貰いました。
そうすると72%の人が、最も大きな後悔に理想に対する後悔をあげていたのです。

どうして理想に対する後悔のほうが大きいのだろう
と思ったギロビッチ教授は、さらに幾つかの実験で、その理由も解明しています。
それは、あとで後悔する何かが起きたとき、
最初は義務に対する後悔のほうが急いで対応しないといけない強い気持ちが起きるために、
義務はたいてい果たされるのですが、
夢は急いで追いかけようとはなかなか思わないために
いつまで経っても実現できずに心に残ってしまう
というものでした。

このことから分かるのは、私たちは、生き方としては、
夢の実現に向かって、積極的に行動して行くことが、
将来、後悔しない生き方になるということになります。

夢というと、自分には実現不可能な夢を思い描くことがありますが、
実現できそうなことなら、何もしないでいるよりも、できる限り挑戦しましょう、
ということです。

これが一つ目の生き方に対する後悔です。

ところが人生には、これとはまったく別の2つ目の後悔があります。
それが、人生全体の後悔です。

人生全体の後悔とは

人生全体となるとこれまでとは話が変わります。
自分の理想を追いかけたり、
やりたいことを精一杯やっていれば、後悔のない人生になるのでしょうか?

まず一般的には死ぬ前に人生を総括したとき、以下のような後悔があるといいます。

人生を終えるときに一般的に後悔すること
1. 健康を大切にしなかったこと
2. たばこを止めなかったこと
3. 生前の意思を示さなかったこと
4. 治療の意味を見失ったこと
5. 自分のやりたいことをやらなかったこと
6. 夢をかなえられなかったこと
7. 悪事に手を染めたこと
8. 感情に振り回された一生を過ごしたこと
9. 他人に優しくしなかったこと
10. 自分が一番だと信じて疑わなかったこと
11. 遺産をどうするかを決めなかったこと
12. 自分の葬儀を考えなかったこと
13. 故郷に帰らなかったこと
14. 美味しいものを食べておかなかったこと
15. 仕事ばかりで趣味に時間を割かなかったこと
16. 行きたい場所に旅行しなかったこと
17. 会いたい人に会っておかなかったこと
18. 記憶に残る恋愛をしなかったこと
19. 結婚をしなかったこと
20. 子供を育てなかったこと
21. 子供を結婚させなかったこと
22. 自分の生きた証を残さなかったこと
23. 生と死の問題を乗り越えられなかったこと
24. 神仏の教えを知らなかったこと
25. 愛する人に「ありがとう」と伝えなかったこと

上記では、7、8以外は、ほとんどやりたいことをやらずに後悔していますが、
やりたいことをやれば後悔しないのかというとそうではありません。

実際は、やりたいことをやった上に、トップレベルの業績を残した人でも、
後悔している人がたくさんあります。
人生全体の後悔について、以下で説明します。

やりたいことをやったのに後悔した人たち

ダビデ像をはじめ、彫刻、絵画、建築など
様々な分野で偉大な作品を残したルネサンスの天才、ミケランジェロは、
晩年、このように言っています。

ミケランジェロミケランジェロ

いまやわたしは知った、芸術を偶像とも君主ともみなした
あの迷妄の情熱がいかに誤っていたかを。
人間にとってその欲望がいかに災厄の源泉であるかを。

(ミケランジェロ/出典:シモーヌ・ド・ボーヴォワール『老い』)

足軽から天下を統一し、太閤にまでのぼりつめ、欲しいものは何でも手に入れた豊臣秀吉は、
臨終にこのような寂しい辞世を歌っています。

露と落ち露と消えにし我が身かな
     難波なにわのことも夢のまた夢

(豊臣秀吉・辞世の句)

俳聖といわれ、教科書に作品が出てくる江戸時代の松尾芭蕉は、
最後病気になり、このように言っています。

松尾芭蕉松尾芭蕉

この後はただ生前の俳諧をわすれんとのみおもうはと、
かえすがえす悔やみ申されし也。

(松尾芭蕉/出典:『笈日記』)

スイレンの絵で有名な、印象派の画家、クロード・モネは、晩年このように言っています。

モネモネ

私の人生は失敗に過ぎなかった。
そして残されたなすべきことは、
私が消える前に自分の作品を壊すことだけだ。

(クロード・モネ)

文豪・夏目漱石は、晩年の随筆『硝子戸の中』でこのように書いています。

夏目漱石夏目漱石

今まで書いた事が全く無意味のように思われ出した。
(夏目漱石『硝子戸の中』)

このように、やりたいことをやった上に、才能を発揮してすばらしい結果を残した人たちでも、
臨終に後悔しているのです。

すべての人はやがて必ず死んでいきます。
私たちも例外ではありません。
人生を終わっていくときには、一体どんな後悔が起きてくるのでしょうか?

それは、よくある「やりたいことをしなかった後悔
とはまったく別の後悔であることが知られています。
それが「人生全体の後悔」です。

死ぬときに最も後悔すること

人生全体の後悔は、元気な時にはほとんどの人は気づいていないので、
周りからみれば死が迫っているように見える人でも、
生き方に対する後悔をいう人が多くありますが、
人は、まもなく自分が死ぬと自覚したとき、
今までとまったく違う後悔が起きてきます。

それは、臨終に自分の人生を振り返ったときに起きてくる
自分の人生は一体何だったのだろう?
自分が生きてきた意味はあるのか」という
人生の目的への後悔」です。

スピリチュアル・ペイン

この心の痛みを近年は
スピリチュアル・ペイン」と言われます。
医学では、肉体の苦痛には対処できるのですが、
このスピリチュアル・ペインといわれる心の痛みはとることはできません。
まったくのお手上げです。

このことをお釈迦様は、『大無量寿経』というお経にこのように説かれています。

大命まさに終らんとして悔懼けくこもごも至る。

大命だいみょう」とは、肉体の命です。
まさに終わらんとして」ですから、
命がいよいよ終わろうとする臨終に、ということです。

」とは、過去に対する後悔
」とは、未来に対する怖れです。

臨終の人の心に、
後悔と怖れが代わる代わる起きてくる
ということです。

過去に対する後悔とは、これまでの人生を振り返って、
何にもならないものばかりを求めてきたという後悔です。

死出の旅立ちには、今まで必死でかき集めたお金も財産も
一円たりとも持っていけません。

愛する家族もついては来てくれません。
自分の肉体さえも焼いていかなければなりません。
人生に求めるものが間違っていたのです。

物心ついた頃から死ぬとわかっていたのに、なぜ死の大問題を解決しなかったのか。
未来永遠救われる幸せになる方法を説かれた仏教を聞こうとしなかったのか。
死を見つめずに、目を背けて逃げ回っていたのか。
あと回しにしているうちに、あっという間に人生が終わってしまい、
取り返しのつかない後悔をするということです。

生き方の後悔と人生全体の後悔の違い

これは、まだやりたいことがあるとか、
あれをやっておけばよかったというような、
生き方の後悔とはまったく違う後悔です。
どう違うのか、飛行機にたとえてみるとよく分かります。

飛行機のたとえ

人生の生まれた時を飛行機が飛び立った時だとすれば、
快適な空の旅の、過ごし方はいろいろあります。
どんな本や雑誌を読もうかとか、
座席にもテレビがついていて、
映画やニュースも見られますし、ゲームもできます。
音楽も聞けます。

機内食の時間になると、CAさんがやってきて、
魚料理か肉料理のどちらにしますか?」とか、
何か飲みますか?
と聞かれます。

そうすると、コーヒーとか紅茶とか、オレンジジュースとか水とか、
好きな飲み物を頼むことができます。

飛行機の中で何を食べてどう過ごすかは、
飛行機の旅を楽しむのにとても重要です。

飲み物を聞かれた時に、英語で聞かれたために、
どう言えばいいのか分からなくて
本当は欲しかったのに、いらないですというジェスチャーをしてしまうと、
あとで後悔します。

そもそも映画を見ていたら熟睡してしまって、
CAさんが来ているのに気づかずに、
機内食を食べ逃したりすると、起きた時に、
しまったー、映画なんか見なければよかった
と後悔します。

そうこうしているうちに、やがて機内放送がかかります。
操縦席よりご案内申し上げます。
機長でございます。
本日は当機をご利用頂き誠にありがとうございます。
現在、当機は太平洋の上空12000mを順調に飛行しております。
すでにご案内の通り、当機には目的地の飛行場がありません。
あいにく燃料はまもなく切れます。

皆様、シートベルトを締め、座席とテーブルを直し、トイレもお控え下さい。
最後まで当機をお選び頂き、誠にありがとうございました」

驚いているうちに、機体が急降下し始めて、機長が、
「業務連絡!客室乗務員は、直ちに着席してください」
お客様の安全は、お客様ご自身で確保してください
と言って、機内放送が途絶えてしまったらどうでしょうか。

これはもう大変です。
機内食の時に、飲み物も遠慮せずに頼んでおけばよかったとか、
映画なんか見ずに機内食を食べておけばよかったとか、
そんな後悔をしている場合ではありません。
飛行機が墜落するとなった時には、
もう全然関係なくなってしまいます。

それと同じように人生でも、
もともと命に限りがあることは誰でも知っています。
やがて必ず死ぬんですが、どこへ向かって生きればいいのか、
生まれてから死ぬまでに何をすればいいのか、
何のために生きるのか
という人生全体の目的が分からないまま、
目の前の生き方ばかり考えて生きています。

ところが、いよいよ死ぬという時には、
飛行機でいえば墜落する時のようなものですから、
元気な時に理想の自分になれなかったとか、
義務を果たせなかったという生き方は、
まったく関係なくなります。

飛行機でいえば、ただただ、
求めるものが間違っていた、
機内食や機内映画は二の次で、
まず目的地を見つけるべきだったと後悔します。

この死が来ても崩れない本当の生きる目的を知って、それを達成していないと、
一体何のための人生だったのかという人生全体の後悔が起きてしまうのです。
つまり人生全体の後悔は本当の生きる目的を達成できなかったという後悔であり、
生き方の後悔はそれ以外の後悔です。

後悔し続ける「寒苦鳥」

一年中雪に閉ざされているヒマラヤ山には、
寒苦鳥かんくどり」という鳥が住んでいるといわれます。

寒苦鳥は巣を持ちません。
それでも昼間はぽかぽかしているので、
他の鳥さんや虫さんと遊んでいるのですが、
日が暮れると急に温度が下がって、
極寒の夜がやってきます。

みんなあたたかい巣に帰ってしまい、
一人で寒さにブルブルガタガタ震えています。
真っ暗な吹雪の中で
どうしてあのとき巣を作らなかったんだろう
と後悔して、
明日こそは巣を作ろう
明日こそは巣を作ろう
とポロポロ涙を流しながら、
長い長い凍てつく夜を過ごすのです。

ようやく夜が明けてポカポカしてくると
今日こそ巣を作ろう」と思うのですが、
他の鳥さんが「あーそぼ」と誘いに来ます。
ダメだよ、今日は巣を作らなくちゃ」と言うのですが
少しくらい大丈夫だよ、遊ぼうよ」と言われて、
断り切れずに遊びに行ってしまいます。

一日中、心の底で巣のことが気にかかって
思い切り楽しめないのですが、
抜け出すタイミングがつかめず流されてしまい、
また巣を作らずに日が暮れてしまいます。

そして、また長くて寒い夜を
どうしてあのとき巣を作らなかったんだろう
と後悔しながら泣き暮らすのです。
これを
夢の浮き世を日長に思い 暮れて泣きやる 寒苦鳥
と言われます。

私たちも、人間に生まれる前、
もっと苦しみの激しい世界にいた頃は、
人間に生まれたら、今度こそ仏教を聞いて
果てしない苦しみ迷いの解決をしよう

と固く心に決めて生まれてくるのですが、
生まれたらすっかり忘れてしまいます。

自分の欲の心にだまされて、
仏教を聞かずにお金や財産を求めているうちに、
飛ぶように人生が終わるので、
バカだった」「バカだった」という悲痛な後悔の中、
また終わりのない苦しみ迷いへと旅立って行くのです。
それは永久に後悔を残します。

ところが、仏教に教えられるように、
この死の大問題を解決して、
未来永遠の幸せに救いとられると、
後悔がまったくなくなります。

後悔のない人生・生き方にする方法

今回の記事では、後悔の意味と、後悔のない人生・生き方にする方法を
心理学と仏教の視点で解説しました。

後悔しない人生にするためには、まず後悔に2種類あることを知らなければなりません。
それは「生き方の後悔」と「人生全体の後悔」の2つです。

生き方の後悔」と「人生全体の後悔」の違いは、
本当の人生の目的を達成できなかったかどうかの後悔か、それ以外か、ということです。
本当の人生の目的は、仏教に教えられています。
人生の目的の明示と、達成する方法を教えられたのがお釈迦様なのです。

仏教の教えの通りに、変わらない幸せになった人は、
それまでのすべてがこの世界に出させて頂くためであった
とハッキリします。

これこそ本当の生きる目的であった
これ一つのための人生だった
と知らされますので
それまでのすべてを喜ばずにおれなくなります。

無駄なことは何一つありません。
無駄なことをしてきたとか、回り道をしてきた
という後悔は何もありません。

我が人生に悔いなし
という限りない喜びの身になれます。

本当の生きる目的を達成したとき、
一切の苦労は報われ、過去に後悔することは絶対ありません。
辛いことも、悲しいことも、
すべて仏様のお導きであった。
そのようにしてくだされたなればこそ、
仏教を聞いて、この幸せの身になれたのだ

と知らされます。
それほど想像を超えた喜びの世界なのです。

では、どうすれば後悔のまったくない
変わらない幸せの身になれるのでしょうか?
それは仏教の真髄なのですが、分かりやすく
電子書籍とメール講座にまとめておきました。

一度きりの人生決して後悔のないよう
一度目を通しておいてください。

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この記事を書いた人

長南瑞生

長南瑞生

日本仏教学院 学院長
東京大学教養学部卒業
大学では量子統計力学を学び、卒業後は仏道へ。仏教を学ぶほど、その底知れない深さと、本当の仏教の教えが一般に知られていないことに驚き、何とか一人でも多くの人に本物を知って頂こうと、失敗ばかり10年。インターネットの技術を導入して日本仏教学院を設立。著書2冊。科学的な知見をふまえ、執筆や講演を通して、伝統的な本物の仏教を分かりやすく伝えようと奮戦している。

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