三途の川とは?

三途の川」とは、この世とあの世の間を流れている河です。
この川を越えると、もう戻ってこれません。死後の世界に行きます。
三途の川とはどんな川なのでしょうか?

三途の川は仏教?

三途の川の「三途」は「三塗」とも書き、
三悪道」のことです。
三悪道」とは地獄餓鬼畜生の3つの苦しみの世界です。

地獄は火に焼かれるので「火途(かず)」
畜生は互いに食い合うので「血途(けつず)」
餓鬼は刀で責められるので「刀途(とうず)」と言うので、
火血刀の三途」ともいいます。

この3つの世界は、渡りにくく、沈みやすいので、
川にたとえられます。

また、人は死ぬと、
冥土の旅の途中に、あの世とこの世を分ける大河を
渡らなければならず、それを「三途の川
と呼ばれています。

このような言い伝えは世界中にあり、
三途の川も、もともとは仏教本来のものではありません。

世界中に流れる三途の川

この世とあの世の間を流れる河は、
世界中に言い伝えがあります。

エジプトの三途の川

エジプト人は、天国の入り口に川があって、
そこに渡し守がいると伝えています。
その渡し船に乗るためには、
呪文を知っていなければなりません。
そのためエジプト人は死ぬまでに
その呪文を覚えるようにしていました。

ギリシア・ローマの三途の川

ギリシア人は、現世と来世の間に、
ステュクス川という川があると伝わっています。

アキレス腱で有名なアキレスは、
足首を握られてその川の水に浸され、
足首以外が不死身になったのですが、
足首だけが川の水につからなかったので、
アキレス腱が弱点となってしまった、といわれるのが、
ステュクス川です。

支流にはアケロン川、コキュトス川、レテ川、ピュリプレゲトン川など、
4つの川があります。

このステュクス川を渡るには、カロンという渡し守に
1オロボスの渡し賃を払わなければなりません。
そのためギリシア人は、死んだ人の口に
1オロボスのお金を入れる風習があります。

これはギリシア文化の影響を受けたローマでも
ほとんど同じです。

北欧の三途の川

北欧では、ヨル川という川です。
ヨル川には、橋がかかっており、
金が敷き詰められています。

モットグッドという美少女が、
橋の番をしています。

ペルシアの三途の川

古代ペルシアのゾロアスター教では、
この世から浄土の入り口まで「チンバット橋」といわれる
長い橋がかかっています。

それは渡る人の罪の重さによって幅が変わるので、
善人が通るときは幅は広く、ゆったりと楽に渡れますが、
悪人が通るときは糸のように細くなり、
下にある地獄に堕ちるのです。

東南アジアの三途の川

東南アジアでも、例えばボルネオ島のカヤン族には、
ロングマランという川が伝えられています。
橋のたもとには大男がいて、
橋をゆらしています。

勇者は橋を渡れますが、
臆病者は橋から堕ちて、川に落ちます。

古代インドの三途の川

古代インドでは、ヴァイタラニー川という急流があります。
川の水は熱くて臭く、膿や血、髪の毛や骨が流れています。
これが地獄の入り口です。そしてカミソリの歯のように細い橋が
かかっていています。

古代日本の三途の川

日本では、奈良時代にできた古事記に出てきます。
イザナギという男の
イザナミという女の
色々なを生んでいると
火のを生んだときに
イザナミは火傷をして死にました。

イザナギが黄泉の国へ探しに行くと、
イザナミから、
もう黄泉の国の食べ物を食べてしまったので
 基本的に帰れないんだけど、
 黄泉の国のと相談するからちょっと待って、
 その間、私を見ないで

といわれます。
ところがイザナギが言われたことを守らずに
イザナミを見てしまうと、腐った死体でした。

驚いてダッシュで逃げると、
イザナミは、「見たなー」と言って、
ヨモツシコメ(黄泉醜女)などの
追っ手を使わして殺そうとします。

イザナギがおとりを使って逃げ切ると、
イザナミは大軍を送り込んできたので、
イザナギは桃を投げて追い払います。

こうして命からがら黄泉の国から帰ってきたイザナギは、
ケガレをはらうために、川へ入ります。
上流は激流、下流は弱い流れだったので、
中流でみそぎをしました。

この川を「三瀬川(みつせがわ)」といいます。
奈良時代は渡し守も橋も何もありませんでした。

それが、平安時代頃には色々加わって、
三途の川」となります。

では、三途の川は、どんな川なのでしょうか?

三途の川とは?

死出の山路

人が死ぬと、死出の山路へ旅立ちます。
仏教の宗派の中でも、浄土真宗ではしませんが、
死に装束は、白い経帷子を左前に着ます。
白装束を着るのは、裸だとに皮をはがれるからです。

そして鉄鋼脚絆つけ、草鞋をはきます。
三途の川の渡し賃の六文銭を入れた、ずだ袋をかけて、
数珠を持って出発です。

たった一人で真っ暗闇の中を歩き出します。
荒れ果てた広野を歩いて行くと、
険しい山道にさしかかります。
冷たい風が吹き下ろし、
罪人の悲鳴が聞こえます。

約800里の3200キロの旅路を
7日間で歩くので、1日約460キロです。

三途の川

死出の山を過ぎると、河原で幼い子供たちが
泣きながら石を積んでいます。
賽の河原」です。
これが三途の川の河原です。
かわいそうですが、他人の心配をしている余裕はありません。

その向こうにいよいよ見えてきた大河が三途の川です。
川幅は40由旬、400キロ以上という向こう岸の見えない大河です。
東京と神戸間くらいの幅があります。

三途の川には、3通りの渡る道があるので、
三瀬川」ともばれます。

上流は「清水瀬」といって、
膝下くらいの深さで、
罪の少ない人が渡れます。

中流には宝石でできた橋が架かっていて、
善人は橋を渡れます。

下流は「強深瀬」といわれる激流です。
水面に顔を出すとから矢を射られます。
水の中は大きな石が流れる濁流で、
罪人の体は粉々になり、
川の底には毒蛇がいて喰われます。
死んでもすぐに生き返って400キロを泳ぎ続けます。

室町時代以降になると、この強深瀬に渡し船がいて、
六文の渡し賃で渡してくれることがあるのです。

三途の川の対岸

ようやく対岸にたどり着くと、大きな樹があります。
衣領樹(えりょうじゅ)」です。

大樹の前には
脱衣婆(だつえば)」というお婆さんと、
懸衣翁(けんねおう)」というお爺さんがいて、
衣服をはぎとられ、木の枝にかけられます。
罪の重さによって、枝がしなります。

ここで素っ裸にされて死出の旅路を続け、
閻魔大王の元に行くのです。

そして裁判で、死ぬまでに造った罪によって行く先が決まり、
6つの迷いの世界のどれかへと生まれ変わって行きます。
これが輪廻転生です。

このように、三途の川を渡ってしまうと、
必ず六道輪廻を続けなければなりません。
地獄餓鬼畜生修羅、人間、天上の六道は、
いずれも苦しみ迷いの世界で、
果てしなく生まれ変わりを繰り返しますので、
三途の川に来てしまったらもう手遅れです。

三途の川を渡らなくてもすむ方法

そこで仏教では、輪廻転生の根本原因を教え、
それを生きているときになくしておけば、
死ぬと同時に浄土往生できると教えられています。
これなら三途の川を渡る必要はありません。

その果てしない輪廻転生の根本原因と
それをなくす方法は、仏教の真髄ですので、
小冊子とメール講座にまとめておきました。
一度見てみてください。

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