色即是空(しきそくぜくう)とは?

色即是空」とは、
般若心経』に「色即是空 空即是色(くうそくぜしき)」
と出てくる有名な言葉です。
この色即是空の意味が本当にわかれば、
大変な恐ろしい意味だということが分かります。
一体どんな意味なのでしょうか?

この世の一切は因縁がそろって生じている

色即是空」の意味を知るには、
まず、この世のすべての成り立ちを知らなければなりません。

この世のすべてはどのようにしてできているのか」について、
仏教では、
一切法(万物)は因縁生なり」(大乗入楞伽経)
と教えられています。

すべてのものは因と縁がそろってできている
ということです。

┌─┐ ┌─┐
│因├┬┤縁│
└─┘│└─┘
  ┌┴┐
  │果│
  └─┘

因だけでも縁だけでも結果が生じることはありません。
必ず因と縁が必要です。

この図で、結果が米ならば、
」はモミダネです。
」は水分や空気、温度です。
それらが調和して、米という「結果」を生み出します。

米以外にも、この世の中のすべては因縁がそろってできています。
例外は認めません。
ただし、結果は因と縁によって変わっていきます。

結果は因縁によって変わる

米でも、因であるモミダネの品種が色々あります。
それによって、
コシヒカリができたり、
あきたこまちができたり、
ササニシキができたり、
結果が色々変わります。

また、縁についても、
新潟県の魚沼産なのか、
福井県産なのか、
東京の田んぼでできたのか、
その年の気温や天候、
育て方の方式など、
色々ありますから、
結果は千差万別、色々変わってきます。

しかしながら、一切は因縁がそろってはじめて結果が生じます。
これに例外はありません。
太陽でも地球でも因縁によって生じています。
これが、仏教の根幹「因果の道理」です。

では結果が消滅するのはいつ?

結果が消滅するのは、因と縁が消滅したときです。
それは無になるのではなく、滅するままで生じるということです。
これを「生滅(しょうめつ)」といいます。

そして「成住壊空(じょうじゅうえくう)」を繰り返します。

  成
 / \
空   住
 \ /
  壊

」とは、因縁がそろって結果が生じることです。
」とは、生じたものが、しばらくの間ある、ということです。
諸行無常ですから、永遠にあることはできません。
」とは、壊れる、ということです。
今までの結果はなくなりますが、因と縁がなくなるのではありません。
因縁が変化して、今までの結果がなくなるということです。
ですから「無」になるのではなく、
これを「」といいます。

夫婦なら、今は因縁あって結婚していますが、
離婚すれば夫婦という結果はなくなります。
しかし、無になるわけではありません。
独身男性と独身女性はいます。
そしてまた別の人を探し始めます。
やがてまた別の人と再婚して苦しみます。

そしてまた離婚して、と成住壊空をぐるぐるくり返します。
太陽も地球も、すべてのものは、成住壊空を繰り返しています。
これが仏教の根幹の因果の道理から明らかにされていることです。

仏教以外の宗教では?

ちなみにキリスト教では、最初の原因として、
すべては神が創ったと教えます。
では神の原因は?」と聞くと
困ってしまいます。

これはどう説明しても、
すべての結果には必ず原因がある
という因果の道理に反してしまいます。

仏教では何が始まり、ということはありません。
成住壊空が果てしなく回って無始無終です。

このように、仏教では、因果の道理を根幹として、
この世の一切は、因と縁がそろってはじめて生じると教えられています。

わかりやすく説明

これをわかりやすく説明すると、
引き寄せて結べば柴の庵にて 解くれば元の野原なりけり
と言われます。

」とは、テントのようなものです。
この庵という結果は、なぜできたかというと、
柴を因として、
引き寄せて結んだことを縁として
できたということです。

ですから結んだところが解けると、
庵はなくなって、元の野原になります。

キャンプ場にいってテントをはるときには、
テントの骨や布や杭やロープを持って行きます。
キャンプ場で骨組みを作って、杭を打って、布をはって、テントになります。

キャンプが終わると、杭を抜いて、布や骨組みをたたんで、
テントはなくなり、元のキャンプ場になります。

車でも同じです。
何万という部品が因です。
それを組み立てるのが縁です。
因縁がそろって車といわれますが、
ばらばらになると、もう車とはいいません。

飛行機でも同じです。
何十万という部品が組み立てられて、飛行機になりますが、
ばらばらになると、飛行機とはいいません。

私でも、因縁がそろって私であって、
因縁が離れると、私ではありません。

車でも、飛行機でも、私でも、変わらない実体というものはありません。
これを仏教では、「(くう)」といいます。
これは何もない無ということではありません。
変わらない実体というものはない、ということです。

色即是空 空即是色」の「(しき)」とは物質のことです。
物質は、すなわち空だということは、
いつまでも変わらないテントや車という実体はありません。
因縁がそろっている間だけ、テントや車というものが存在する、
ということです。

この恐ろしい因果の道理を教えられたのが、
「色即是空 空即是色」なのです。

色即是空がなぜ恐ろしいの?

因縁が離れたら、実体はなくなります。
それなのに私たちは、空ということが分からないので、
いつまでも変わらないと思っています。

そこに執着が起きて、苦しみます。

自分のお金は、「これはいつまでも自分のお金」と思っています。
しかしそれは因縁がそろっている間だけのことで、
因縁が離れると、そのお金は他人のものとなって、苦しみます。

自分の家は、いつまでも私の家と思っています。
ところが火事や地震がくれば、
因縁が離れて私の家はなくなってしまい、
非常に苦しみます。

私の肉体や命は永遠にあると思っていますが、
やがて老いや病気、事故など、縁がくれば、
因縁が離れて肉体はなくなり、人生は終わります。

このように、仏教では、教えの根幹である因果の道理によって
やがて必ず終わって行く、ありのままの人生のすがたを教え、
苦しみ悩みの根本原因と、
生まれてから死ぬまでに果たさなければならない
本当の生きる目的を教えられています。

(執着は煩悩ですから、煩悩でできている煩悩具足の私たちには、
なくすことはできません。別の方法が必要です)

その苦しみ悩みの根本原因と、本当の生きる目的については、
小冊子とメール講座にまとめてあります。

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