スチューデントアパシー

スチューデントアパシーとは、学生が無気力になることです。

時間が経つと回復することもありますが、長引くと留年することになります。
無気力なので克服する気が起きず、一定割合でそのまま退学になる学生もあります。
一体何が原因で、克服にはどうすればいいのでしょうか?

スチューデントアパシーとは

現代日本の大学進学率は、50%を超えており、
専門学校も含めると80%を超える高学歴社会です。

ところが、そのようなまだ社会に出ていない、
高等教育を受けている学生が無気力になってしまうことを
スチューデントアパシーと言います。

五月病にも似ていますが、5月にも新入生にも限らず、
高校生の後半から20代後半までいつでも起きます。

それは怠け者ではありません。
それどころか真面目な努力家に起きやすく、
男女ともあります。
ただ、一番多いのが男子大学生です。

そして、少人数の専門学校や単科大学よりは、
総合大学のマンモス大学に多くみられます。

今まで成績がよかったのに、
あるとき急に勉強するモチベーションが起きなくなります。
そして、大学の講義を受けようという意欲も減退します。

ところが、やる気が起きなくなるのは勉強だけで
サークル活動やアルバイトはそれまでと変わらずに
今まで通り取り組めます。

理系の人が文学や哲学を学ぶなど、
自分とは別の学部の勉強に取り組むこともできます。
なぜか自分の勉強に意欲が起きなくなるのです。

そして、周りの友達が一生懸命に取り組んいるのを見て、
なんであんなにがんばれるんだろう
としらけた気持ちになります。
今まで熱心にやっていた遊びも
冷めてしまって喜べなくなります。

しかしながらうつ病でもなければ、ノイローゼでもなく、
食欲もあり、不眠でもありません。
死にたいわけでもありません。
むしろサークルやアルバイト先では好青年です。
問題は、自分の勉強にやる気が起きないのです。

スチューデントアパシーを放っておくと

スチューデントアパシーは、
自殺する心配はあまりありませんが、
ひどくなると単位がとれず、
留年してしまいます。

その状態を脱しようという気持ちも起きないので、
2年3年と留年は長くなりますが、
退学して仕事につく気も起きません。

ほとんどの大学は
大学に籍がおける年数が決まっているので
たいてい8年くらい経つと、
そのまま除籍になってしまいます。

大学を出ても定職につかず、
仕事も休みがちで、
引きこもりになったりします。

スチューデントアパシーの2つの原因

スチューデントアパシーは、無気力なため、
自分から相談することは少ないですが、
その症例からすると、スチューデントアパシーになった人が、
共通して口にする2つの問題点があります。

1つは進路の悩み、
もう1つはアイデンティティの悩みです。

1.進路の悩み

まず1つ目の進路の悩みというのは、
大学入学までの日本の教育は、
学年順位を出したり、偏差値を出したりして、
とにかく高い点数をとることに価値を見いだしていました。

大学に神学するときも、
何かやりたいことがあって志望大学を決めるのではなく、
偏差値が大体自分にあっているということで決めます。

自分はどこに向かって生きていくのか
という進路の問題を保留しているのです。

そして大学に入ると、
高校までとは風向きが一転して
高得点は要求されません。
単位さえとれればいいのです。

4年間の間、何をするにも自由です。
何かを学んで、いよいよ未知なる社会に出て行くのです。

これまでずっと勉強さえすれば良かったのですが、
社会に出て何をすればいいのでしょうか?
何のために苦労して働いて、生きて行かなければならないのか
それが分からないために、
大学で何を勉強すべきかもわからず、
やる気が起きなくなってしまうのです。

この進路問題の根底には、なんのために生きるのか
という自分の生きる目的がわからないことがあるのです。
それが次のアイデンティティの悩みにつながっています。

2.アイデンティティの悩み

次に、スチューデントアパシーの学生が共通していうのは、
自分とは何か
というアイデンティティーの問題です。

アイデンティティーというのは、
自分とは何か、自分らしいのはどんなことか
ということですが、スチューデントアパシーの学生は、
自分を見失ってしまうのです。

そして、自分探しを始めて、一人旅に出たり、
バックパッカーになって世界を放浪したりします。

そんなときに知りたいと思うのは、
どういうのが自分らしいのか
世界は自分に何を求めているのか
世界に自分の居場所はあるのか
自分は何がやりたいのか
何になるのが自分にふさわしいのか
ということです。

これらは、心理学では「個性化のつまずき
などといわれますが、
個性的な人でも優秀な人でもみられることですから、
そうではありません。

スチューデントアパシーになった学生は
喜びも減退していることから、
つまるところ
自分はどうすれば喜べるのか分からない
ということです。

これは進路の悩みと別のことではありません。
スチューデントアパシーの根本的な原因は、
自分の人生はどうすれば
人間に生まれてよかった
という人生になるのか
人間に生まれた目的、
生きる意味が分からない
所にあるのです。

夏目漱石もスチューデントアパシーだった

スチューデントアパシー」は、
1961年にハーバード大学の保健センターの精神科医、
ポール・ウォルターズ・ジュニア博士が提出した論文の
タイトルに名づけた名前ですが、
その症例は早くも1880年頃にはあります。

それは、明治の文豪、夏目漱石です。
夏目漱石は、東京大学の前身である帝国大学で、
英文学を学びました。

ところが講義内容は、ワーズワースの生没年や、
シェイクスピアの作品集は何通りあるか
ということばかりで、
文学が何なのかはまったくわかりませんでした。

その大学時代から、愛媛、熊本での教員生活を経て
一人でイギリスへ留学しますが、その頃の心境を、
晩年の学習院での講演でこう述べています。

私はこの世に生れた以上何かしなければならん、
といって何をしていいか少しも見当がつかない。
私はちょうど霧の中に閉じ込められた
孤独の人間のように立ちすくんでしまったのです

(私の個人主義)

ところが何をすればいいのかの答えは、
誰からも与えられず、
自分でつかむこともできずに、
大学卒業後は教師になり、イギリスへ留学したといいます。

私はこうした不安を抱いて大学を卒業し、
同じ不安を連れて松山から熊本へ引越し、
また同様の不安を胸の底に畳んで
ついに外国まで渡ったのであります

やがて書物を読む意味も分からなくなり、
自分で文学の意味を自分で作り上げるよりない
と決意したのです。

これはよく言われるように、
生きる意味は与えられるものではないので、
自分で生きる意味を作りだしたということです。

そして、『吾輩は猫である』を発表して話題になり、
三四郎』『こころ』などたくさんのすばらしい文学を生み出し、
芥川龍之介など、たくさんの弟子や門弟を持ち、
文豪といわれるまでになりました。

では、このように自分で生きる意味を作り出して、
生きる意味が感じられたのかというと、
そのときは感じられていたようですが、
最後はこう言っています。

今まで書いた事が全く無意味のように思われ出した
(『硝子戸の中』)

このように、夏目漱石のような優秀な人でも
スチューデントアパシーの心境になり、
生涯にわたってなんのために生きるのかわからない心は
解決しないのです。

スチューデントアパシーの治療と克服

このように「生きる意味が分からない
ことが根底にありますから、
生きる意味が分かれば、
スチューデントアパシーは解決します。

ところが、文豪・夏目漱石でも最後までわからないように、
よくいわれるような、
その時その時の一時的な生きがいでは解決になりません。

生まれてから死ぬまでにこれ一つ
という生きる意味が分からなければなりません。

ところがこれは、まともに立ち向かうと、
哲学者でもいまだに解明できていない問題です。

たとえば、アメリカのクリーブランド大統領の孫で、
カリフォルニア大学で長年哲学の教授をしていた
倫理哲学者、フィリッパ・フットは、
現存の哲学者であれ、過去の哲学者であれ、
この観念
(命に価値があること・著者注)
説明できた人を私は知らない

(フィリッパ・フット)
と言っています。

また、アメリカの哲学者、トマス・ネーゲルは、
人生は単に無意味であるだけではなく、
不条理であるかもしれないのです

(トマス・ネーゲル)
と言います。

人生の意味は、今のところ西洋の哲学者も
誰もわからないのです。

ところが、東洋では、仏教の中に、
人間に生まれて良かった
と喜べる本当の生きる意味が教えられています。

それはどんなものかということは、
仏教の真髄なので、メール講座と、小冊子に
まとめておきました。
一度見ておいてください。

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