真理とは?

真理」といえば、西洋では、昔から「真・善・美」の3つを
価値ある理想として、追い求めてきました。
その3つの最初にあげられるのが真理です。

真理とは一体何なのでしょうか?

西洋での真理

西洋では哲学の一つのテーマとして真理があげられます。
西洋哲学が始まった頃から、
真理とはどんなものなのか論じられ、
詳しく研究されてきました。

ところが真理とは絶対的なものなのか、
相対的なものが真理といえるのか、
人間に真理が認識できるのか、
2千年以上の時を経て、いまだに答えが出ず、議論が続いています。

では、世界の三大宗教の1つであり、
東洋の伝統である仏教では、真理とはどんなものなのでしょうか?

仏教での真理

仏教では、真理のことを
」とか「ダルマ」といわれます。
三世を貫き、十方を普くものです。

三世(さんぜ)」とは、過去、現在、未来のことで、
いつでも成り立つということです。
十方(じっぽう)」とは、東西南北上下四惟のことで、
どこでも成り立つということです。

仏教では、いつでもどこでも成り立つものが、真理です。

ですから、昔は正しいと言われたことでも、
今は間違いだとわかるようなものは、
真理とは言えません。

例えば、太陽は、一見地球の周りを回っているように思いますが、
今では科学の進歩でそうでないことがわかりましたので、
科学が進歩したら間違いといわれるようなことは
真理ではありません。

また真理は十方を普くものですから、
日本では正しいとされることでも、
アメリカへ行くと間違いになるようなことも、
真理とは言えません。

アメリカでは、積極的に個性的なことをするのがよしとされますが、
日本では、波風を立てないのが美徳とされますので、
このような社会習慣も、真理とはいえません。

いつの時代でも、どこの国へ行っても成り立つことが、
真理なのです。

では、真理は何の役に立つのでしょうか?

すべての人を本当の幸せにする真理

このような、いつでもどこでも成り立つものには、
科学的な真理や、数学的な真理など、色々あります。

たとえば、直角三角形の
三平方の定理(ピタゴラスの定理)」は、
古代ギリシアのピタゴラスも知っていたといわれますし、
紀元前の中国の書物にも出ています。
江戸時代の日本の和算の本にも出ています。
このような数学的真理は、いつの時代どこの国でも成り立ちます。

また、科学なら、「万有引力の法則」など、
いつの時代、どこの国でも、
それどころか宇宙でも成り立ちます。

ところが、数学や科学はどれだけ進歩しても、
人を幸せにすることはできません。
20世紀は「科学で幸せになれないことを証明した世紀
といわれます。
数学や科学は便利で強力な手段ではありますが、
本当の幸せが何かは分からないのです。

それに対して、仏教で教えられる真理は、
このような、数学的真理や科学的真理ではありません。
すべての人が本当の幸せになれる真理です。
これを「真如(しんにょ)」といわれます。

いつでもどこでも変わらない、
すべての人を本当の幸せにする真理が、
仏教で教えられる真如なのです。

真如は言葉で表せる?

西洋では、伝統的に、真理を言葉で表せるものと考えています。

キリスト教の新約聖書に、
初めに言葉ありき
と書かれていることからもわかります。

ところが、真理は言葉を離れたものですので、
このような真如を、
離言真如(りごんしんにょ)」
と言います。

真如は本来、言葉で表せないものなのです。
しかも言葉を離れているばかりか、
さとりを開いていない人にとって、
想像さえもできないことです。

ブッダの不可能への挑戦

だからお釈迦さまは、
35才でさとりを開かれたとき、
はじめは自殺しようとされました。

それは、誰も想像もできないことを、
正しく伝えなければならないというのは、
もうはじめから不可能だからです。
言えば謗って罪を造らせることになります。

ですが言葉にできないからといって、
言葉にしなければ、まったく伝することができず、
お釈迦さまだけで終わってしまいます。

どうしたら真実へ導くことができるかと、
お釈迦さまの不可能への挑戦が始まったのです。

この、言葉を離れた世界を、
何とか言葉で表わそうとされた真如を、
依言真如(えごんしんにょ)」と言います。

ですから、言葉で表されたものは、
もはや真如そのものではないのですが、
真如を何とか伝えようとされたのが仏教の教えなのです。

最近の仏教研究の落とし穴

このように、仏教は本来言葉にできない真如を明らかにされたものですが、
最近の仏教学は、真理を言葉で表せると考えている西洋の伝統に基づく
文献学の影響が強く、注意が必要です。

文献学では、原語や、語源などによって、
言葉だけで意味を推測しようとする学問ですが、
言葉にとらわれては、本当の仏教の教えは分かりません。

教えの通りに実行して、
その言葉が表そうとしている事実や体験を
体得しなければならないのです。

真如は言葉を離れたものですから、
ブッダが無理を承知で何とか言葉によって表そうとされた
真理の言葉に導かれ、
言葉を離れた本当の幸せの世界に出られるのが、
仏教の教えなのです。

では、そのすべての人が本当の幸せになれる真理とは何かということは、
仏教の真髄ですが、メール講座と小冊子に分かりやすくまとめました。
ぜひ一度読んで見て下さい。

関連記事

目次(記事一覧)へ