九相図とは?9つの段階と描かれた本当の理由
「九相図とは何か?」
「九相図は何のために描かれたのか?」
「九相図」は、亡くなった人の体が、
朽ちて土に還るまでを、9つの段階で描いた仏教絵画です。
美しい女性の体が膨れ、崩れ、
鳥や獣に食べられて、骨になっていく。
その姿に、思わず目をそむけたくなった人も
多いのではないでしょうか。
世間では、九相図は、僧侶が
美しい女性への煩悩を断ち切るために描かれた、
といわれます。
また、どんな美しさもやがて消えていく、
無常を教える絵だともいわれます。
ところが、九相図のもとになった仏典を開くと、
そこには、見ている私たち自身にかかわる、
もっと大切なことが説かれています。
では、九相図が本当に伝えようとしていることとは、
どんなことなのでしょうか?
九相図とは?読み方と意味
九相図は「くそうず」と読み、
九想図と書かれることもあります。
野に置かれた遺体が、朽ちて骨になり、
土に還っていくまでの移り変わりを、
9つの場面に分けて描いた仏教絵画です。
日本では、鎌倉時代から江戸時代にかけて、
絵巻物や掛軸として数多く描かれました。
9つの場面の前に、生きていた時の姿を加えて、
10の場面にしているものも少なくありません。
この最初の場面を、「生前相」といいます。
九相図の9つの段階(一覧と順番)
九相図に描かれる9つの段階は、
龍樹菩薩の作と伝えられる『大智度論』などの仏典に、
次の順番で説かれています。
- 脹相:体の中にガスがたまって膨れ上がる
- 壊相:皮膚が破れて形が崩れていく
- 血塗相:血や体液がにじみ出て辺りを汚す
- 膿爛相:肉が腐って溶けていく
- 青瘀相:青黒く変色する
- 噉相:鳥や獣に食べられる
- 散相:手足や骨がバラバラに散らばる
- 骨相:肉がなくなり骨だけになる
- 焼相:骨が焼かれて灰になる

蘇東坡
(1037−1101)
名前や順番は、九相図によって異なります。
例えば、中国の宋の詩人、
蘇東坡(1037−1101)の作と伝えられる
九相詩をもとにした九相図では、
新死相・肪脹相・血塗相・肪乱相・噉食相・
青瘀相・白骨連相・白骨散相・古墳相の順です。
亡くなったばかりの姿に始まり、
最後はお墓になって終わります。
九相図はどこで見られる?
室町時代の「九相詩絵巻」は、約10メートルの長い絵巻物です。
奥書には文亀元年(1501)とあります。
そこにはこのような九相図が描かれています。
1. 新死相
2. 肪脹相
3. 血塗相
4. 肪乱相
5. 噉食相
6. 青瘀相
7. 白骨連相
8. 白骨散相
9. 成灰相
(九相詩絵巻(室町時代・九州国立博物館所蔵)
出典:国立文化財機構所蔵品統合検索システムを加工して作成)
「九相詩絵巻」を見て分かるように、死後2〜3日経つと、
腐敗によって発生したガスで、お腹を中心に遺体が膨らみます。
環境にもよりますが、1週間もすると皮膚などの組織が崩壊していきます。
九相図は、今も各地の博物館やお寺に所蔵されています。
よく知られているのは、
九州国立博物館の「九相図巻」(鎌倉時代)と
「九相詩絵巻」(室町時代)、
京都の西福寺の「檀林皇后九相観」、
同じく京都の安楽寺の「小野小町九相図」などです。
滋賀の聖衆来迎寺に伝わる六道絵の
「人道不浄相図」にも、九相が描かれています。
ただし、公開される時期は限られています。
では、なぜ九相図には、
美しい女性が描かれているのでしょうか。
九相図にはなぜ美しい女性が描かれるのか
九相図には、身分の高い美しい女性が描かれることがほとんどです。
そのモデルとされてきたのが、
小野小町と檀林皇后です。
小野小町の九相図

小野小町
小野小町(生没年不詳)は、
平安時代前期の歌人で、六歌仙の一人です。
古くから絶世の美女と伝えられ、
今でも美しい女性を「〇〇小町」と呼ぶほどです。
その小町が、晩年は落ちぶれて各地をさまよい、
野辺で亡くなったという伝説が生まれ、
九相図にも描かれるようになりました。
小野小町の九相図では、
青白い顔をした小町が、赤い机の前に座り、
辞世の歌を書いた紙を手にしています。
1. 生前相
2. 新死
3. 膨張
4. 血の滲出
5. 腐敗
6. 鳥獣に啄まれる
7. 白骨化
8. 骨の散乱
9. 墓標
(小野小町九相図(江戸時代・Wellcome Collection)
出典:Wikimedia Commons(CC BY 4.0))
檀林皇后の九相図
檀林皇后(786−850)は、嵯峨天皇の皇后で、
名前を橘嘉智子といいます。
世に比べる者のない美しい人であったといわれ、
仏教を深く信じて、京都の嵯峨野に檀林寺を建てたことから、
檀林皇后と呼ばれました。
檀林皇后は、亡くなる時、
自分の遺体を葬らずに道端に置くように言い残し、
朽ちていく姿を人々に見せたと伝えられています。
すべては移り変わるという無常を、自らの体で示して、
人々の心に菩提心(さとりを求める心)を
起こさせるためだったといわれます。
1. 生前相
2. 脹相
3. 壊相
4. 血塗相
5. 散相
6. 骨相
(檀林皇后九相観(江戸時代・ホノルル美術館所蔵))
世間でいわれる3つの理由
このように美しい女性が描かれた理由について、
世間では、主に次の3つがいわれています。
- お坊さんが女性への愛欲を断ち切るため
- どんな美しさも消えていく無常を知らせるため
- 野に置かれた遺体を目にしていた時代の現実を描いたため
九相を観る修行をした出家者の多くは、男性でした。
そこで、心を最も惑わす美しい女性の体が
朽ちていく姿を観て、愛欲を離れようとしました。
美しい人ほど、朽ちていく姿との落差も大きく、
誰もが逃れられない無常を感じさせます。
また、平安時代の京都では、鳥辺野や化野などの葬送の地に、
遺体がそのまま置かれることも珍しくありませんでした。
九相図に描かれた光景は、
当時の人々にとって、身近な現実でもあります。
確かに仏教でも、九相を観ることは、
体を清らかなものと思い込む心を破る、
不浄観という修行の1つとして教えられています。
九相観と呼ばれる瞑想もあります。
ですが、九相図に描かれているのは、
本当に、遠い昔の美しい女性の姿なのでしょうか。
九相図に描かれているのは誰の姿か
九相図に描かれているのは、
見ている私たち自身の姿です。
お釈迦さまは、『中阿含経』の念処経に、
遺体を観る修行について、こう説かれています。
比丘は、彼の死屍の、或いは一二日より六七日に至りて、
烏鴟に啄まれ、豺狼に食われ、
火に焼かれ地に埋められ、悉く腐爛し壊れたるを観る。
見已わりて自ら比ぶ。
今、我が此の身も亦復た是の如く、
倶に此の法有りて、終に離るることを得ずと。
(漢文:比丘者,観彼死屍,或一二日至六七日,烏鴟所啄,豺狼所食,火焼埋地,悉腐爛壊。見已自比。今我此身亦復如是,倶有此法,終不得離)(出典:『中阿含経』)
「比丘」とは、出家した修行者のことです。
「彼の死屍の、或いは一二日より六七日に至りて」とは、
亡くなって1日、2日、そして6日、7日と経った遺体です。
それが「烏鴟に啄まれ、豺狼に食われ」とは、
カラスやトビについばまれ、山犬や狼に食べられることです。
「火に焼かれ地に埋められ、悉く腐爛し壊れたる」は、
焼かれたり埋められたりして、
すっかり腐って崩れていく様子です。
そして、それを観て終わりではありません。
「見已わりて自ら比ぶ」とは、
観終わったら、自分の身と比べることです。
死んだ人を自分自身と引き比べて観察します。
「今、我が此の身も亦復た是の如く」とは、
今のこの私の体も、同じようになるということです。
他人に起きていることは自分にも起きます。
「倶に此の法有りて、終に離るることを得ず」とは、
私の体にも同じ性質があって、
最後まで、そこから逃れられないということです。
自分も必ず同じようになります。
遺体を観る修行で大切なのは、
朽ちていく体を、他人の姿として眺めることではなく、
「私のこの体も同じだ」と、
我が身に引き当てて観ることなのです。
そこには、男か女か、
美しいかどうかの区別はありません。
若いからまだ大丈夫、
美しくないから大丈夫ということもありません。
生まれてきた者は、一人の例外もなく、
同じ道をたどっていきます。
ところが私たちは、
人を見送るたびに気の毒に思いながら、
いつか自分が見送られる側になるとは、
なかなか思えません。
九相図を見ても、昔の誰かの絵だと思って、
自分とは関係のないことのように感じてしまいます。
檀林皇后と小野小町の九相図の1枚目は、
どちらも、生きていた時の場面でした。
九相図には、生き生きとした姿から始まるものが少なくありません。
その1枚目に描かれているのは、
今、この記事を読んでいるあなたの姿でもあります。
ヨーロッパでも、骸骨を描いて
「メメント・モリ(死を想え)」と説く絵画が
数多く生まれました。
九相図は、それをさらに推し進めて、
生きている姿から、骨になり灰になるまでを、
順を追って見せていきます。
自分の体の行く末を、
目をそらさずに見届けさせる絵です。
では、自分の体もやがてこうなると知った時、
私たちはどうすればいいのでしょうか。
九相図が描かれた本当の目的
仏教で九相が説かれたのは、
自分の体を嫌いになったり、
暗い気持ちになったりするためではありません。
人間に生まれた今、本当に求めるべきものに気づかせるためです。
龍樹菩薩の『大智度論』には、
九相を観る人の心が、このように説かれています。
我が身も久しからずして、必ず当に是の如くなるべし。
木石に同じくして、別知する所無からん。
我、今、応に五欲に貪著して、
死の至るを覚らず、牛羊に同じかるべからず。
牛羊禽獣は、死者を見ると雖も、跳騰し哮吼して、自ら覚悟せず。
我既に人身を得て、好醜を識別す。
当に甘露不死の法を求むべし。
(漢文:我身不久,必当如是。同於木石,無所別知。我,今,不応貪著五欲,不覚死至,同於牛羊。牛羊禽獣,雖見死者,跳騰哮吼,不自覚悟。我既得人身,識別好醜。当求甘露不死之法)(出典:龍樹菩薩『大智度論』)
「我が身も久しからずして、必ず当に是の如くなるべし」とは、
私の体も遠からず、必ずこの遺体のようになる、ということです。
「木石に同じくして、別知する所無からん」とは、
その時は木や石と同じで、何も分からなくなるということです。
「五欲に貪著して、死の至るを覚らず、
牛羊に同じかるべからず」とは、
食べ物や財産、異性や名誉、眠りや楽を求める五欲に夢中になって、
死が近づいていることに気づかない
牛や羊のような生き方であってはならない、ということです。
「牛羊禽獣は、死者を見ると雖も、
跳騰し哮吼して、自ら覚悟せず」とは、
牛や羊、鳥や獣は、仲間の死を目にしても、
跳ね回ったり、ほえたりするばかりで、
自分もそうなることには気づかないということです。
仲間が死ぬのを見ても、その意味に気づかないのです。
「我既に人身を得て、好醜を識別す」とは、
私はすでに人間に生まれて、物事の良し悪しを見分けることができる、
ということです。
人間は自分も必ず死んでいくことが分かるのだから、
「当に甘露不死の法を求むべし」と説かれています。
甘露不死の法を求めなければならないということです。
甘露とは、古代インドで、飲めば死ななくなると信じられていた
甘い飲み物のことです。
仏教では、生死の迷いを超えた涅槃のさとりや、
そこへ導く仏の教えを、甘露にたとえます。
牛や羊は、仲間の死を目にしても、
自分の番が来ることを考えることはできません。
ですが人間は、九相図の前で立ち止まり、
自分は死ぬまでに何をすべきなのか、
自分は何のために生まれてきたのか、
本当の生きる目的は何なのかを問い直すことができます。
檀林皇后が、自らの体で人々に示そうとしたのも、
朽ちていく体の恐ろしさではありませんでした。
それを見た人の心に、
本当の幸せを求める心を起こさせることでした。
九相図が描かれた本当の目的は、
人間に生まれた今、死によっても変わらない幸せを求めさせることにあるのです。
では、なぜ、死によっても変わらない幸せを、
生きている今、求めなければならないのでしょうか。
九相図に描かれていないただ1つのもの
それは、九相図には描かれていないものがあるからです。
それは体が朽ちた後の、私の行き先です。
九相図は、焼相や古墳相で終わります。
体は灰になり、土に還っていきます。
それを見ると、死ねば、すべてが終わるように思えるかもしれません。
ところが仏教では、
死ねば終わりになるのではないと教えられています。
生きている間の行いは、業力という目に見えない力となって、
阿頼耶識という蔵のような心に蓄えられ、
その業力によって、次の世界が生み出されます。
九相図に描かれた9つの段階は、
体の行く末にすぎません。
その肉体の死を迎えた後、私の心はどこへ行くのか。
これを仏教では、後生といいます。
この後生どうなるかが分からないままでは、
どんなに美しさを保ち、財産や名声を手に入れても、
心からの安心はありません。
九相図が、他人の絵ではなく、私の絵だと知らされた時、
この問題が、初めて自分のこととして迫ってきます。
『大智度論』に、「まさに甘露不死の法を求むべし」とあったのは、
この問題を解決する道が、仏教に説かれているからです。
しかも仏教では、生きている今、
その問題を解決して、本当の幸せになれると教えられています。
生きている今こそが、その幸せを求めることのできる時なのです。
では、その本当の幸せになると、どのように変わるのでしょうか。
生きている今だからこそなれる本当の幸せ
その本当の幸せになると、
「人間に生まれてきてよかった」
という喜びの身になることができます。
人生これ一つであったと大満足できます。
それは、年を重ねても、姿が移り変わっても、
死が来ても崩れることはありません。
九相図の1枚目に描かれた、生き生きとした今この時に、
その幸せになることができます。
九相図の前で立ち止まり、自分の人生の目的を真剣に考えたその心は、
本当の幸せへと歩み出す、かけがえのない第一歩です。
お釈迦さまは、どんな人も、その本当の幸せになれる道を、
ハッキリと教えられています。
では、その本当の幸せとはどんなもので、
どうすればなれるのかということについては、
仏教の真髄なので、
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この記事を書いた人
長南瑞生(日本仏教学院創設者・学院長)
東京大学教養学部で量子統計力学を学び、1999年に卒業後、学士入学して東大文学部インド哲学仏教学研究室に学ぶ。
25年間にわたる仏教教育実践を通じて現代人に分かりやすい仏教伝道方法を確立。2011年に日本仏教学院を創設し、仏教史上初のインターネット通信講座システムを開発。4,000人以上の受講者を指導。2015年、日本仏教アソシエーション株式会社を設立し、代表取締役に就任。2025年には南伝大蔵経無料公開プロジェクト主導。従来不可能だった技術革新を仏教界に導入したデジタル仏教教育のパイオニア。プロフィールの詳細・お問い合わせ
X(ツイッター)(@M_Osanami)、ユーチューブ(長南瑞生公式チャンネル)で情報発信中。メールマガジンはこちらから講読可能。
著作
- 生きる意味109:5万部のベストセラー
- 不安が消えるたったひとつの方法(KADOKAWA出版)
京都大学名誉教授・高知大学名誉教授の著作に引用、曹洞宗僧侶の著作でも言及。

