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涅槃(ニルヴァーナ)とは?

涅槃ねはん」とは、
もともとインドの言葉の「ニルヴァーナ」に
そのまま中国語の漢字をあてたもので、
意味から翻訳した言葉では「滅度めつど」ともいわれます。
意味は「吹き消すこと」です。

怒りねたみそねみなど、一切の煩悩の火を吹き消した
最高のさとりの境地のことを
涅槃」とか「ニルヴァーナ」、「滅度」と言い、
仏教究極の目的です。

ところがこの「涅槃(ニルヴァーナ)」には2つありますので簡単に、わかりやすく解説します。
まずは涅槃の基本的な意味を見ていきましょう。

涅槃(ニルヴァーナ)の意味

涅槃と聞くと釈迦涅槃像を思い浮かべる人もいるかも知れません。

木造釈迦涅槃像
木造釈迦涅槃像

出典:千葉県教育委員会「木造釈迦涅槃像

涅槃像は、涅槃仏と言われ、お釈迦さまの臨終のお姿を表されています。
お釈迦さまについては下記で詳しく解説しています。
ブッダ(お釈迦さま)とは?

いろいろな意味で使われる涅槃の意味を、まず辞書を参考にみてましょう。

涅槃
ねはん[s:nirvāṇa, p:nibbāna]
仏教における修行上の究極目標。
インド思想では解脱げだつを究極の目的とするのが通例であるが、仏教は最初期から、解脱とともにこの涅槃の語を用いて修行実践の目的を指し示した。
<涅槃>はサンスクリット語の俗語形の音写で、<泥洹ないおん>ともいう。
【伝統的な語義解釈】 古くは煩悩ぼんのうの火が吹き消された状態の安らぎ、悟りの境地をいう。
「涅槃とは何か。煩悩の根本といわれる貪欲とんよくの滅、瞋恚しんに(怒り)の滅、愚癡ぐちの滅をいう」〔相応部Ⅳ-38-4〕というように、これら三つ(三毒さんどく、三火)を止滅した状態を涅槃の第一義とする。
「すべての束縛から解脱することを涅槃という」〔相応部Ⅰ-10-7〕。
漢訳で<出稠林しゅっちゅうりん><無欲林>というが、煩悩の林から出ることを意味した訳例である。
また、生命の火が吹き消されたということで、入滅にゅうめつ、死去をいう。
<寂滅><滅度><円寂>と漢訳される。
「これより三カ月の後、如来は般涅槃はつねはんに入るべし」〔長部2-16〕。
<般涅槃>は完全な涅槃の意で、特に釈尊の入滅を大いなる般涅槃(大般涅槃だいはつねはん、p:mahāparinibbāna)、あるいは大円寂という。

わかりやすく言えば、涅槃とは、苦しみ悩みの煩悩がなくなった、大安心大満足の悟りの境地に到達したことを意味します。
ただし涅槃には、さらに2つの深い意味がありますので説明します。

2つの涅槃

涅槃」に2つあるというのは、
有余涅槃うよねはん」と
無余涅槃むよねはん」の2つです。

2つの涅槃
  1. 有余涅槃うよねはん
  2. 無余涅槃むよねはん

有余涅槃について

」とは、残余のことで、肉体のことです。
お釈迦さまは、35歳で仏のさとりを開かれましたが、
そのときは肉体がありますので、食べ物も必要ですし、
病気にもなりますから、肉体の束縛を受けます。
そのため、まだ完全とは言えず「有余涅槃」といいます。

無余涅槃について

ところが、仏のさとりを開かれたお釈迦さまが、
80歳でお亡くなりになりますと、肉体はなくなって、
無余涅槃」となります。これが完全な涅槃です。

仏のさとりを開かれた方は、
地球上ではお釈迦さまただお一人ですから、
お釈迦さまがお亡くなりになることを
涅槃の雲に隠れられる」ともいわれます。

この「無余涅槃」のことを「完全な涅槃」ということで、
般涅槃はつねはん」ともいわれます。
」というのは完全ということです。

般涅槃」に大の字をつけて
大般涅槃だいはつねはん」ともいわれ、
大般涅槃経』というお経もあります。

ところが、この完全な涅槃である「般涅槃」について、
重大な聞き誤りがあります。

聞き誤った完全な涅槃とは?

それは、煩悩の火を吹き消して涅槃の境地に達したならば、
生死輪廻を離れるので、涅槃の境地に達した人は、
死ねば何もなくなってしまう」というものです。

これは、上座部仏教の目指す最高のさとりの境地です。
今日スリランカや東南アジアに残っている、
テーラワーダ(上座部)仏教も同じです。

この死ねば何もなくなってしまうという聞き誤りを
灰身滅智けしんめっち」といわれます。
灰身滅智とは、身を灰にし、智が滅しますので、心身共に無になる、というものです。
昔、西洋人はテーラワーダ(上座部)仏教から仏教の研究を始めたので、
仏教は虚無主義だという誤解を与えてしまったのです。

上座部仏教について

このように、上座部仏教では、
布施慈悲を教えないことはありませんが、
布施は在家の人のするべき程度の低い行だと教え、
出家の人は八正道など、自分の修行の完成を優先します。

そして、さとりが完成すれば何もなくなってしまうとすれば、
お釈迦さまの説かれた仏教とは異なる利己的な教え、
自分だけが救われる小さな乗り物ということで、
小乗仏教」と言われるのです。

上座部仏教について詳しくはこちらをご覧ください。
テーラワーダ(上座部仏教)とは?

では、真実の涅槃とはどんな境地なのでしょうか?

真実の涅槃とは?

真実の涅槃とはどんな境地かというと、天親菩薩は、『摂大乗論釈』にこう教えられています。

智慧(般若)によるがゆえに生死にとどまらず
慈悲によるがゆえに涅槃に住せず。

(漢文:由般若不住生死 由慈悲不住涅槃)

智慧あるが故に生死にとどまらず」とは、
智慧がありますから、生死輪廻を
限りなく続けるということは、もはやありません。

しかしだからといって、自分だけ助かれば、
他の人はどんなに苦しんでいてもかまわない
ということでは無慈悲です。

慈悲心がありますから、まだ苦しみ迷っている人が大勢いるのに、
自分だけ涅槃でじっとしていることはできません。

慈悲あるが故に涅槃に住せず
何とか助けてやりたいと、
すぐに生死の世界に戻ってきて、
すべての人を助ける救済活動をせずにおれなくなってきます。

これを「無住処涅槃むじゅうしょねはん」と言います。
生死にも涅槃にとどまらず、すべての人が救われるまで、
助けずにおれないのです。

これを「生死即涅槃しょうじそくねはん」ともいわれます。

真実は言葉にかからないから、
言っても分かることではないと思っても、
言わずにおれなくなります。

それが、真実の涅槃であり、
仏のさとりなのです。

表にまとめるとこうなります。

2つの涅槃
  1. 有余涅槃うよねはん
  2. 無余涅槃むよねはん般涅槃はつねはん大般涅槃だいはつねはん無住処涅槃むじゅうしょねはん

涅槃への到達方法は?

では、私たちはどのようにすれば、
真実の涅槃の境地に達することができるのでしょうか?
それには、輪廻転生の根本原因を知らなければなりません。

この輪廻転生の根本原因は、煩悩ではなく、もっと深いところにあります。
それこそが、私たちの苦悩の根元であり、
それを断ち切れば、輪廻から離れ、涅槃に至って煩悩の火が消えると
仏教では教えられています。
ではその苦悩の根元とは何か、電子書籍とメール講座にまとめましたので
読んでみてください。

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この記事を書いた人

長南瑞生

長南瑞生

日本仏教学院 学院長
東京大学教養学部卒業
大学では量子統計力学を学び、卒業後は仏道へ。仏教を学ぶほど、その底知れない深さと、本当の仏教の教えが一般に知られていないことに驚き、何とか一人でも多くの人に本物を知って頂こうと、失敗ばかり10年。インターネットの技術を導入して日本仏教学院を設立。著書2冊。科学的な知見をふまえ、執筆や講演を通して、伝統的な本物の仏教を分かりやすく伝えようと奮戦している。

仏教界では先駆的にインターネットに進出し、通信講座受講者3千人、メルマガ読者5万人。ツイッター(@M_Osanami)、ユーチューブ(長南瑞生公式チャンネル)で情報発信中。メールマガジンはこちらから講読可能

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