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六道とは?六道輪廻の解脱方法

六道」とは「ろくどう」とも「りくどう」とも言われますが、
りくどう」と聞くと、聞いた人は何のことか分かりにくいので、
ろくどう」が分かりやすいかと思います。

六道は6つの苦しみの世界のことであり、六道で苦しむ衆生を救うとして、六地蔵や六観音といった菩薩を信仰する地域があります。
観音菩薩にいてはこちらをご覧ください。
観音菩薩(観音様)の正体とご利益を得る方法

地蔵菩薩については、下記をご覧ください。
お地蔵さん・地蔵菩薩と地獄の閻魔大王の関係とは?

現代の日本では、仏教に説かれる六道は
死後ではなく心の中のこととたいていの人に思われていますが、
そう思っていると仏教はまったく意味がなくなり、
本当の幸せにもなれなくなってしまいます
ので注意が必要です。

この記事では、
・六道はこの世のことなのか
・仏教で教えられる六道輪廻ろくどうりんねの経典上の根拠
・六道とは
 1.地獄界じごくかいとは
 2.餓鬼界がきかいとは
 3.畜生界ちくしょうかいとは
 4.修羅界しゅらかいとは
 5.人間界とは
 6.天上界てんじょうかいとは
・六道を解脱げだつしたらどうなるか
・六道を解脱する方法
について分かりやすく解説します。

六道の意味

六道とは、どんなものなのでしょうか。
参考までに仏教辞典をみてましょう。

六道
ろくどう[s:ṣaḍ-gati]
衆生しゅじょうが自ら作ったごうによって生死を繰り返す六つの世界。
六趣ろくしゅ〉ともいう。
地獄・餓鬼・畜生・修羅(阿修羅あしゅら)・にん・天の六つ。
地獄・畜生・餓鬼…の順序にする伝承や、修羅を地獄におさめる〈五道〉(五趣)の考え方もある。
とくに地獄・餓鬼・畜生を〈三悪道〉(三悪趣)という。
また、この三悪道と対比して、修羅・人・天を〈三善道〉(三善趣)ともいう。
gatiは、動詞√gam(行く)に由来し、行くこと、道が原意で、〈道〉〈趣〉と漢訳されるが、六道の場合は〈境涯〉〈生存状態〉の意。
四生ししょうとあわせて〈六道四生〉という。
六道に卵生・胎生・湿生・化生の四つの生まれかたの分類をあわせたもので、これで輪廻りんねするすべての存在を包括する。
六道を輪廻することを〈六道輪廻〉という。

仏教辞典に書いてあることも間違いではありませんが、表面的な説明になっていますので、六道について深く分かりやすく解説します。

六道は死後ではなく心のこと?

六道は、死後の世界ではなく、生きているときの心の状態」ととらえるのは、
非常に分かりやすい観念的な考え方で、特にインテリに多い考え方です。
仏教学者でもそういう人はあります。

ではその人たちは、お経の至るところに説かれている死後の地獄などの六道は、
なぜ死後ではなく、生きているときの心の状態と解釈できるのでしょうか。
少し勉強している人は、
お釈迦さまは死後のことを説かれなかったから
と言うかもしれませんが、
そのエピソードは1つだけで、
死後のことを説かれたところは何千何万とありますので、公平に見て曲解です。

また、地獄極楽が心の中だけのことであれば、
腹が立ったときが地獄の心、慈悲の心が起きたら仏の心、極楽の心
と思うかもしれませんが、仏のさとりは、そう簡単に開けるものではありませんし、1回開いたのにすぐに崩れて地獄になってしまうような儚いものは、仏のさとりではありません。
また、地獄の寿命は、一番苦しみの穏やかな等活地獄とうかつじごくさえも、人間界の50年を1日として、500年間あると説かれています。
計算すると、約900万年です。
地獄は本来、そんな簡単に抜け出せるような世界ではないのです。

確かに六道は、一人一人の心の中にあります。
しかし、地獄や極楽が心の中だけで、死後にはないという人は、仏教の片面しか知らない人です。

ブッダが死後について説かれたことについては以下で解説してありますのでご覧ください。
ブッダは死後を説かれなかった?

仏教で教えられる六道輪廻とは?

六道は今の心の中にあるのですが、
今の心の中にあるから、死後にもあるのです。
仏教の根幹は因果いんがの道理です。
現在の心をいんとして、死後のを生み出します。
現在の心の六道が、死後の本当の六道を生み出します。
死後にあるのが本当の六道です。

ですから、六道は、心の中だけのことであって、死後にはない、といったら間違いです。
お釈迦さまは本当の六道について、『心地観経しんじかんぎょう』にこのように説かれています。

有情うじょう、輪廻して六道に生まるること、なお、車輪の始終なきがごとし。

有情」とは私たちのことです。
私たちは、果てしない遠い過去から、生まれ変わり死に変わり、車の輪が果てしなく回るように、六道輪廻を繰り返しているということです。

このことをたまに、お釈迦さまが自ら説かれたことではなく、当時バラモン教で言われていたことをお釈迦さまが踏襲されたという人がありますが、それは間違いです。
お釈迦さまは、パーリ仏典の中部経典にこう説かれています。

私はこの話を他の修行者やバラモンに聞いて語るのではありません。
そうではなく、私が自ら知り、自ら目にし、自ら了解したことを、それを私は語るのです。

このように、お釈迦さまはバラモン教を踏襲されているつもりはまったくありません。
六道輪廻は、仏のさとりを開かれたお釈迦さまが、自ら発見されて説かれているのです。

では、「六道」とはどんな世界でしょうか?

6つのカテゴリー

仏教では、すべての生き物は、自ら生み出した自分の世界に生きています。
ですから、普通は万人共通の宇宙があって、その中にみんなが生まれて来たと思っていますが、そうではありません。
みんな自分が生み出した世界に生きていますから、命の数だけ世界があります。
そのため、この世でも、あの人は人間なのに、上野動物園のダチョウに似ている、という人もいれば、キリンに似ている、という人もいます。
たとえ同じ町に住んでいても、見えている景色は人によって全然違います。

ところが、それでは分かりにくいので、
お釈迦さまは、すべての生きとし生けるものを、
6つのカテゴリーに分けられています。
これを「六道ろくどう」といいます。
そして『過去現在因果経かこげんざいいんがきょう』にも
六道を輪迴す」(過去現在因果経
と説かれるように、私たちは、この6つの世界を車の輪が回るように、生まれ変わり死に変わりしていると教えられています。
(5つにカテゴリー分けされた場合は修羅を地獄や餓鬼、人間や天上など、時と場合によってどこか別のところに入れて「五趣ごしゅ」といわれます)

その6つの世界とはどんな世界かというと、龍樹菩薩りゅうじゅぼさつ(ナーガールジュナ)は、『大智度論だいちどろん』にこう教えられています。

善悪を分別するが故に六道あり。
に上中下あるが故に三善道さんぜんどうあり、天、人、阿修羅なり。
に上中下あるが故に地獄、畜生、餓鬼なり。

六道とは、「三善道さんぜんどう」といわれる天上、人間、修羅の比較的楽しみの多い3つの世界と、
三悪道さんあくどう」といわれる地獄餓鬼畜生、の3つの激しい苦しみの世界を合わせた6つの世界です。
六道は、六趣(五趣)、六界ともいわれますが、全て同じ意味です。

この6つの世界は、天上界も含めていずれも迷いの世界です。
それぞれどんな世界でしょうか。

それぞれどんな世界?

この六道の様子については、平安時代の高僧、源信僧都げんしんそうずの『往生要集おうじょうようしゅう』の最初のほうに、お経や菩薩の書物に基づいて、詳しく教えられています。
以下、それを簡潔に見てみましょう。

1.地獄道じごくどう(地獄界)

地獄道(界)は、最も苦しみの激しい世界です。
この世の溶鉱炉の火を地獄に持って行くと、霜か雪のようになってしまうといわれます。
また、この世の一番の苦しみを一滴の水とするなら、地獄は海の水のような苦しみだといわれます。
源信僧都の『往生要集』には、大火で身を焼かれる苦しみについて、こう説かれています。

この苦はひとすくいの如く、後の苦は大海の如し。

大火で焼かれる苦しみを手にすくいとった1すくいの水とすれば、地獄の苦しみは太平洋の水のような苦しみだということです。
その期間もケタ違いに長い、果てしない苦しみの世界です。
地獄の苦は、この世の苦しみとは違うので、お釈迦さまは私たちに分かりやすいように、火や刃物、などにたとえて教えられています。
実際には言葉で言い表せない苦しみです。
詳しくは以下の記事をご覧ください。

地獄の種類と階層(八大地獄)と苦しみ・人は死んだらどうなるか?

生き物を殺す地獄に生まれますが、生まれてから今まで、虫けら1匹殺してもアウトです。

2.餓鬼道がきどう(餓鬼界)

餓鬼道(界)は、飢えと渇きでガリガリにやせ細り、骨と皮になって苦しむ世界です。
それでも食べたい物も食べられず、飲みたい物も飲めません。
生き物は殺していないけど、欲深く、ケチな人が餓鬼に生まれます。
詳しくは以下の記事にあります。

餓鬼の意味(仏教)究極の飢えと渇き

3.畜生道ちくしょうどう(畜生界)

畜生道(界)とは、動物や鳥、昆虫の世界です。
弱肉強食で、自分より強い生き物に突然襲われて食われてしまう
理不尽な世界ですので、常に不安に怯えています。

生き物も殺さず、ケチでもなかったけど、
因果の道理が分からず、幸せな人をねたみ、他人の不幸を喜ぶ愚痴ぐちの心
畜生に生まれます。
詳しくは以下の記事です。

ちくしょう!畜生の意味…仏教の畜生界・畜生道は恐怖の競争社会

この3つを「三悪道さんあくどう」といい、特に苦しみの激しい世界です。

4.修羅道しゅらどう(修羅界)

修羅道(界)とは、闘争の激しい世界です。
あの家は修羅場だというと、ケンカが絶えないということです。
詳しくは以下の記事です。

阿修羅(仏教)の意味・夫婦ゲンカの原因は?

5.人間道(人間界)

人間道(界)とは、苦しみも楽しみもある私たちの生きている世界です。
六道の中で唯一仏法が聞ける可能性があり、
仏教を聞けば六道から解脱げだつできます。

6.天上道てんじょうどう(天上界)

天上界とは、六道の中では楽しみの多い世界ですが、
極楽浄土とは違って、やはり迷いの世界で、悲しみもあり寿命もあります。
さらに、年をとってくると、
それまで楽しかった分、地獄以上の苦しみを受けます。
もっと詳しいことは、以下の記事でご覧頂けます。

【有頂天から始まる地獄】仏教の天上界の種類と意味・天上界へ行く方法

このように仏教では、私たちは、これらの6つの苦しみ迷いの世界を、遠い過去から、
今日まで、生まれ変わり死に変わりを続けてきたと説かれています。
そして、車輪が際限なく同じところを回るように
これからも未来永劫、生死しょうじを繰り返し、苦しみ続けて行くと説かれています。
これを「六道輪廻ろくどうりんね」といいます。

六道四生とは?

六道輪廻は、霊魂が巡るように理解されますが、仏教では固定普遍の霊魂を否定します。
仏教で教えられる輪廻について詳しく知りたい方は、下記をご覧ください。
輪廻転生とは?仏教の輪廻転生の意味と解脱する方法

すべての生きとし生けるものは、この6つの世界を生まれ変わり死に変わり、生死を繰り返しています。
そのことを『解深密経げじんみっきょう』には、このように説かれています。

六趣の生死において、彼彼の有情、彼彼の有情衆の中に堕し、あるいは卵生あり、あるいは胎生あり、あるいは湿生あり、あるいは化生ありて、身分生起す。
(漢文:於六趣生死 彼彼有情墮彼彼有情衆中 或在卵生 或在胎生 或在濕生 或在化生 身分生起)

六趣」とは六道のことです。
生死とは、生まれては死にを繰り返す輪廻転生です。
六道輪廻において、生きとし生けるものは、生きとし生けるものの中で、あるいは卵生、あるいは胎生、あるいは湿生、あるいは化生として生まれ変わる、ということです。

卵生、胎生、湿生、化生は、すべての生きとし生けるものは、これらの4通りの生まれ方をすると教えられています。
これを「四生ししょう」といいます。

卵生らんしょう」とは、卵から生まれることです。
鳥とかカエルとか、蛇とかです。
卵から生まれるものは、へそがありません。
畜生界によくある生まれ方です。

胎生たいしょう」とは、お母さんのお腹から生まれる生まれ方です。
人間とか牛とか馬とか、人間界や畜生界の生まれ方です。

湿生しっしょう」とは、現代の生物学からすると、卵生かもしれませんが、
じめじめしたところから湧いて出るような生き物です。
ウジ虫のようなものです。

化生けしょう」とは、夢の中で忽然と現れるような生まれ方です。
天上界はこの生まれ方です。
地獄に生まれる時も、地獄化生といわれて、このような生まれ方をします。

六道は、この四生のうちのどれかの生まれ方をしますので、
よく「六道四生」といわれます。
こうして4通りの生まれ方をしながら生まれ変わり死に変わり、
際限なく生死を繰り返し、六道輪廻をし続けるのです。

では、六道輪廻を離れると、どこに生まれるのでしょうか?

六道輪廻を離れるとどこに生まれる?

六道輪廻を離れると、死ぬと同時に「浄土」に生まれます。
浄土というのは悟りの世界です。
この浄土に生まれることを「浄土往生じょうどおうじょう」といいます。
浄土」のことを「極楽ごくらく」ともいいますから、
極楽往生」ともいいます。

このように、六道輪廻から離れることを「解脱げだつ」といい、
この「解脱」こそが仏教の目的です。
それは、生きているときに定まりますので、
この世から、いつ死んでも浄土往生間違いなしの変わらない幸福になれます。
これを絶対の幸福といいます。

解脱の方法は、仏教にしか説かれていないのですが、
仏教は六道の中でも人間に生まれたときしか聞けませんので、
仏教を聞いて、絶対の幸福になることが、人界受生にんがいじゅしょう本懐ほんがいであり、
人間に生まれた目的だと仏教では教えられています。

六道輪廻から抜け出す(解脱する)方法

では、どうすれば、この六道輪廻から抜け出せる(解脱できる)のでしょうか。
それには大きく分けて2つあります。

一つは、地獄へ堕ちる殺生罪せっしょうざいなどを造らないようにして、
六道輪廻を引き起こす怒りねたみそねみ煩悩ぼんのうをなくすように
修行する方法です。これには、出家して、大変な難行を長期間する必要があります。
そして、修行の途中で気を抜いてを造ってしまうとゼロからやり直しになります。

もう1つは、煩悩はそのままで、煩悩よりももっと深いところにある
六道輪廻の根本原因をなくすこと
です。
この場合は出家も修行も必要なく、
生きている今生こんじょうになくすことができるのでオススメです。

煩悩ではない仏教に説かれる迷いの根本原因については、
分かりやすいように以下のメール講座と、電子書籍にまとめておきました。
ぜひ一度見てみてください。

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この記事を書いた人

長南瑞生

長南瑞生

日本仏教学院 学院長
東京大学教養学部卒業
大学では量子統計力学を学び、卒業後は仏道へ。仏教を学ぶほど、その底知れない深さと、本当の仏教の教えが一般に知られていないことに驚き、何とか一人でも多くの人に本物を知って頂こうと、失敗ばかり10年。インターネットの技術を導入して日本仏教学院を設立。著書2冊。科学的な知見をふまえ、執筆や講演を通して、伝統的な本物の仏教を分かりやすく伝えようと奮戦している。

仏教界では先駆的にインターネットに進出し、通信講座受講者3千人、メルマガ読者5万人。ツイッター(@M_Osanami)、ユーチューブ(長南瑞生公式チャンネル)で情報発信中。メールマガジンはこちらから講読可能

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