菩提(ぼだい)と菩提心

菩提」とは、「ぼだい」と読みます。
よく「菩提を弔う」と言いますが、これは仏教の使い方ではありません。

では「菩提」とは一体どんな意味なのでしょうか。
そして「菩提」に心をつけた「菩提心」とは何なのでしょうか?

菩提の意味

菩提とは、仏のさとりのことです。

阿弥陀経』などに出てくる
阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)」の略です。
阿耨菩提(あのくぼだい)」ともいいます。
これは、仏教で教えられる52のさとりの中でも、最高のさとりである仏のさとりす。

よく、亡くなった方の冥福を祈ったり、何かお供えして供養することを「菩提を弔う」といいます。
これは、死んだら仏になれると思っている人が使いますが、仏教では死にさえすれば仏になれるわけではありませんので、この使い方は仏教では間違いです。

地球上で仏のさとりを開かれたのは、世界の四大聖人、三大聖人といってもトップにあげられるお釈迦さまただ一人です。
ですから「釈迦の前に仏なし 釈迦の後に仏なし」といわれます。

その大宇宙最高のさとりを「菩提」といわれるのです。

菩提心とは?

次に「菩提」に「」をつけた「菩提心」とはどんな意味でしょうか?

菩提は仏のさとりですので、仏のさとりを求める心です。
仏のさとりというのは、本当の幸福ですので、本当の幸福を求める心ともいえます。

この世の幸せがはかなく、続かないことが知らされて、どこかに変わらない幸せはないかと求める心が菩提心です。

また、本当の生きる目的を知りたい、達成したいと思う心も菩提心です。

毎日が同じことの繰り返しで、しかも苦しいことばかりだと
何のために生きているのだろう
自分の人生はこんなものなのだろうか
今のまま行くと後悔するのではないだろうか
という内なる心の呼びかけが聞こえてきます。
そして「本当の生きる目的は何なのだろうか?
という心が起きるのです。

そして、本当の幸せや、人生の目的は、仏教にしか教えられていませんので、菩提心というのは「仏教を聞きたい」という聞法心です。

菩提心をおこす

このように、
本当の幸せになりたい
本当の生きる目的を知りたい
仏教を聞きたい」という心をおこすことを、
菩提心をおこす」と言います。

ところが私たちは迷いが深いので、普通、苦しいことが次々起きても、問題を解決して苦しみから逃れたいと思うだけで、
なぜ生きているのだろう?」とか、
苦しみを根本的に解決したい」とは思いません。
変わらない幸せがあるとも思っていません。
それなのに、菩提心が起きるのはどうしてなのでしょうか?

なぜ菩提心がおきるのか

袖触れ合うも多生の縁
といわれるように、仏教では、結果には必ず因と縁があります。

多生」とは、生まれ変わり死に変わり、輪廻転生してきたたくさんの生ということですから、
袖が触れ合う」というちょっとした結果も、遠い過去世からの因縁があるのだということです。

ましてや菩提心をおこすというのは、袖が触れ合うとは比較にならない大変なことですので、ちょっとやそっとで起きることではありません。

菩提心が起きるのは、頭の善し悪しとか、職業や年齢、人生経験とは関係ありません。

かなり年が行っても、起きない人は起きませんし、まだ子供でも、起きる人は起きるのです。

それはなぜかというと、遠い過去世から私たちをご覧になられた仏さまが、
本当の生きる目的を知らず、一時的な幸せばかりに目を奪われて苦しんでいる。
かわいそうだ、何とか救ってやりたい
」と思われて
菩提心をおこさせてみせる」という誓いを立てられたのです。
その絶大な念力に引っ張られ、お育てにあずかった深い仏縁があって、初めておきるのが菩提心なのです。

ですから、何億年、何兆年、果てしなく遠い過去から仏法を聞いてきて、約1400年前の中国の善導大師は、このように教えられています。
過去已曽 修習此法 今得重聞 即生歓喜

過去」というのは、善導大師の過去世です。
過去にすでにかつて、此の法を修習してきた
ということは、過去世に仏教を聞いてきたということです。
ですが、救われずに死んでしまったのです。
そして、生まれ変わり死に変わり、長い間、お育てにあずかってきたのです。
そのように重ねて重ねて仏教を聞いてきて、
今重ねて聞くことを得て、即ち歓喜を生ずる
千年や一億年の話とは違います。
遠い過去世からの深い仏縁があって、今生に本当の仏教を聞いて、絶対変わらない絶対の幸福に救われた、ということです。

ですから、今あなたも、このように仏教の教えに関心をお持ちで、このサイトにたどりついたということを、たまたまだと思っているとすれば、それは真相を知らないだけです。実は、過去世からの深い因縁があるのです。
それは仏教の教えによって、本当の幸福に救われたとき、ハッキリします。

では、どうすれば仏教を聞いて、一時的な幸せではなく、色あせることのない本当の幸せになれるのかについては、仏教の真髄ですので、小冊子とメール講座にまとめておきました。
何億年、何兆年かかってようやくたどりついた、かけがえのない機会ですので、一度見ておいてください。

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