生きがいとは?

恵まれた生活を送っていても、毎日が同じことのくり返しで、何となく虚しい時、「生きがいが欲しい」と思うことがあります。
誰もが生きがいに満ち、喜びにあふれた生き方をしたいと願っているのですが、なかなかそういう人がいないのは、生きがいについて非常に誤解されているからです。

そこでこの記事では、
1.生きがいがある人と、ない人の違い
2.生きがいとは何か
3.生きがいの具体例と本質
4.生きがいを失うとどうなるか
5.生きがいがあっても虚しく感じる時
6.生きがいが感じられない原因
7.心からの満足を得る方法
という7つの側面から、生きがいについて詳しく解説します。

生きがいについて深く理解して、心から充実した人生を送るお役に立てればと思います。

生きがいがない人とある人の違い

人生は、生きて行くだけでも大変です。
毎日仕事をして、生活していかなければなりません。

苦しい人生、何の生きがいもなく、
苦しいだけだったら、とても生きてはいけません。
自分は何のために生きているのだろう?
これでは何のために生きているのか分からない
という疑問が出てきます。

そこで、生きがいを探して、
生きがいのある、充実した明るく楽しい人生にしようとするのです。

生きがいについてスペイン人のエクトル・ガルシアさんやフランセスク・ミラージェスさんたちが日本人が長寿である原因を研究して書いた『外国人が見つけた長寿ニッポン幸せの秘密 (IKIGAI)』という本に面白い分析があります。
それによれば、日本人、とりわけ沖縄の人が長寿なのは、食生活や文化など以上に、生きる喜びを持っていることが大きいといいます。
その生きる喜びの核心が生きがいだといいます。

では、生きがいとは何なのでしょうか?

2.生きがいとは?

生きがい
生きがいの図

左の図は、マーク・ウィン氏による生きがいの図です。
生きがいはすでに"ikigai"として英語になり、海外でも研究されています。

それは、図のような得意で、好きで、必要とされ、儲かるという4つの要素の重なっている部分が生きがいだといいます。

この4つの中で、2つだけ重なった部分についてはこのようにいわれています。
得意で好き……情熱
好きで必要とされる……使命
必要とされ、儲かる……転職
得意で儲かる……専門職

さらに、3つだけ重なった部分はこうです。
得意で好きで必要とされるけど儲からない……喜びと満足があるけどお金がない
好きで必要とされ儲かるけど不得意……興奮するし充足感はあるけど確信できない
得意で儲かり必要とされるけど好きではない……心地よいけど虚しい
得意で好きで儲かるけど必要とされない……満足だけどお呼びでない空気感

これが得意で好きで必要とされ儲かると、4つとも満たされた時に、生きがいになるという生きがいの条件を提案しているものです。

では、具体的には、どんなことをみんな生きがいにしているでしょうか。

3.生きがいの具体例と本質

代表的な生きがいの具体例をあげると、
まずは仕事を生きがいとしている人が多くあります。

そして確かに、生きがいの分析にあるように、
自分の好きな仕事をしていたり、
得意なことでライバルといい勝負をして、
価値を生み出しているときは、
働きがいがあり、生きがいになります。

また、儲かるのかどうかは分かりませんが、現実には、子供の成長を生きがいとしている人もたくさんあります。
子育てに大忙しでも、子供が成長していくのを喜びとして、
忙しいけど充実した毎日になるのです。

また、趣味を生きがいとしている人もあります。
好きなアニメを見たり、関連グッズをコレクションしたり、
犬や猫などのペットを生きがいとしたり、
年に一度の旅行を生きがいにしたりします。

また、好きな勉強や、
スポーツなどのトレーニングをして、
自分の向上を生きがいにしている人もあります。
今まではできなかったことができるようになるのが
楽しいのです。

他にも「人の役に立つこと」を生きがいとしている人もあります。
それによって感謝されることを楽しみとしています。
どんなに人の役に立っていても、感謝もされず、
単に利用されるだけでは生きがいは感じられません。
やはり、他人に貢献して、感謝されたり評価されることが
楽しみなのです。

仕事が終わった後の晩酌が楽しみで働いているという人は
晩酌が生きがいですし、
中には「寝ること」が生きがいだという人もあります。

確かに4つの条件が満たされれば一番いいかもしれませんが、やはり価値観は人それぞれですのので、自分が楽しいと感じるものが生きがいです。

つまり、生きがいの本質は、楽しみが得られるということです。

価値観は人それぞれ違いますから、
何を楽しいと感じるかも人それぞれ違います。

何を楽しみとするかは人それぞれですが、
自覚するかどうかは別として、必ず生きがいを持っています。
その楽しみを目標として、生きる力がわいてくるようなものが生きがいです。

4.生きがいを失うと?

ところが、この生きがいは、
何かの拍子に失うことがあります。

例えば、仕事を生きがいとしていた人が、
仕事に失敗して、仕事を失うと、
お先真っ暗になります。

野球を生きがいにしていた人が、
怪我をして野球ができなくなってしまうと、
人生真っ暗になります。

恋愛を生きがいにしていた人が、
相手がだんだん冷めていって、
ふられてしまうと、
人生終わったかと思います。

子供の成長を生きがいとしていたのに、
子供が事故や病気で死んでしまうと、
救いようのない真っ暗になってしまいます。

それというのも、私たちは、
生きがいを「心の明かり」として生きているからです。

生きがいが必要だということは、それだけもともと心は暗いということです。
このことをフランスの哲学者・パスカルはこのように言っています。
もし人間が幸福であったら、聖者や神のように、
気を紛らすことが少なければ少ないほど、それだけ幸福であろう

(パスカル『パンセ』)

もともとの心が暗くてつまらないから、
それを何とか明るくしようとして、
楽しいと感じるものを心の明かりとしているのです。

ですから、一時的に、大きい心の明かりが3つなくなると
人は自殺してしまうとも言われます。
例えば、仕事を失って、離婚して、子供を失うと、
生きがいが感じられず、死にたくなります。

ところが、生きがいがあるのに、
どうも虚しいという人もあります。

5.なぜか生きがいが感じられない時

例えば漢の武帝という人は、
歓楽尽きて哀情多し
と言っています。

どんちゃん騒ぎをした後は、
急に虚しい気持ちに襲われますが、
昔の中国の皇帝も、やはり虚しさを感じています。

また、松尾芭蕉は、
おもしろうて やがて悲しき 鵜飼かな
という句を詠んでいます。

岐阜県の長良川には、鵜という鳥を使って魚をとる
鵜飼いという人がいます。
それは岐阜の夏の風物詩でとても楽しいのですが、
終わるとあたりは静まり返って、
漆黒の闇が広がります。

楽しみの絶頂にあっても、
何か虚しい心が広がってくるのです。
これはどうしてなのでしょうか?

6.生きがいが感じられない原因

なぜ、色々な楽しみを持っているようでいて、
心から充実した人生にならないのでしょうか?

それは、生きがいは一時的で、続かないからです。

ノーベル賞を受賞したバートランド・ラッセルは、
幸福論』にこう言っています。

趣味や生き甲斐は、多くの場合、いや、おそらく十中八、九まで
根本的な幸福の源泉ではなくして、むしろ現実からの逃避の方法である

このような一時的な現実逃避の生きがいというものは、
ちょうど打ち上げ花火のようなものです。
夜、打ち上げ花火をあげると、ヒューッと登って行って、
バーンと花開いたときは明るくなりますが、
すぐにパラパラパラと散って消えてしまいます。

何をするにしても、楽しさは一時的なので、
すぐにもっと楽しみを求めなければなりません。

次の打ち上げ花火をあげるようなものです。
ヒューッとあがっていって、バーンと破裂したときは
明るくなるのですが、またすぐパラパラと散って消えてしまいます。

すぐ暗くなるので、
ヒュー、ヒュヒュヒュヒューと連発して打ち上げると、
バーン、ババババーンと明るくなりますが、
やはり打ち上げ終わると、すぐに暗くなってしまいます。

このように、楽しみが続かないことを、
お釈迦さまは、
苦しみの新しい間を楽しみといい、
楽しみの古くなったのを苦しみという

と教えられています。

ですから、どんなに生きがいに努力しても、
原理的に心からの満足を得ることはできないのです。

7.心からの満足を得る方法

生きがいは一時的な明かりに過ぎません。
問題は心の闇にあります。

心に太陽が出て、昼のようになれば、
生きがいの有る無しにかかわらず、
大安心大満足の幸せになれます。

仏教では、一時的な心の明かりではなく、
そのような根本的な解決を目的としています。

では、心の闇とはどんなもので、どのようにすれば、
心の闇が晴れるのでしょうか?
それは仏教の真髄なのですが、分かりやすく
小冊子とメール講座にまとめておきました。
一度目を通しておいてください。

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