幸せとは?幸せになる方法

みんな「幸せになりたい」と思っています。
それなのに、幸せだと心から喜んでいる人はそれほど多くはありません。
そこでこの記事では、
幸せになりたいのに幸せになれない状態とは
幸せとは何か…心理学で解明された3種類の幸せ
・1.欲望を満たす心地よさ
・2.好きなことに没頭する充実感
・3.意味を感じる幸福
幸せになれない根本原因
どうすれば幸せになれるのか?
について分かりやすく解説します。
それによって幸せについての理解が深まり、本当の幸せとは何か、
どうすれば本当の幸せになれるのかが分かります。

今の方向に進んで行くと死んでも幸せになれない

あなたは今幸せですか?
もちろん不幸ではないと思いますが、心の底から幸せとも言えないのではないでしょうか?

何となく、いつもと同じ毎日が続いて行きます。
なぜ科学が進歩して便利な世の中なのに、世界の経済大国日本で、心からの幸せが感じられないのでしょうか?

それは、進んでいる方向が間違っているからです。
今の方向に進んでも、どこまで行っても幸せにはなれません。
死んでも無理です。
あなたの幸せになれない感覚は、すでに科学的・学問的にも実証されており、問題となっていることです。

お金で幸せは買えない・幸福のパラドックス

お金があっても、幸せにはなれません。
幸せになれないどころか、お金を持ちすぎると、幸福感が下がってしまうのです。

1974年、経済学者として最初に幸福の研究を手がけた、アメリカのリチャード・イースタリンは「高収入は幸福感と関係ない」という、驚くべき事実を発表しました。
この、幸せを求めると不幸になってしまう感覚を「幸福のパラドックス」といわれます。

日本でも、1960年からの約50年間で、経済的な豊かさを表す一人当たりの実質GDPは6倍になりましたが、生活満足度はほとんど変わりませんでした。
内閣府が発表した1980年以降のグラフでは、生活満足度が下がっているようにさえ見えます。

幸福度
長南瑞生生きる意味109』より)

個人でも、家族1人あたり年収700万円までは幸福度が上がっていくのですが、その後は下がるという研究結果が報告されています。

金持ち父さんも、こう言っています。
お金はきみを幸せにはしない。
金持ちになったら幸せになれるなどと決して考えるな

(『金持ち父さんの子供はみんな天才』)

お金以外でも同じです。
地位でも、名誉でも、恋愛でも、結婚でも、幸せにはなれません。

世界200万部突破、NHKクローズアップ現代でもとりあげられた人類全体の歴史書『サピエンス全史』という本には
人類250万年の歴史で、苦しみの量は減っていない
と書かれています。

人間がどんなに努力しても、心からの幸せにはつながらないのです。

そもそも幸せとはどんなものなのでしょうか?

心理学で解明されている3つの幸せとは

幸せとはどんなものなのかというのは、心理学でも1990年代に研究が始まりました。
それまでの心理学は、うつ病やトラウマのような、ネガティブな心理状態を治療してゼロまで戻す研究がなされていました。
ところが1990年代に、ゼロからもっと幸せの方向に向かって、プラスにする方法を研究しようという流れが起きてきたのです。
それらの一連の研究によって、心理学では大きく分けて3種類の幸せが見つかっています。
1.欲望を満たす心地よさ
2.好きなことに没頭した充実感(フロー)
3.意味を感じること
の3つです。

それぞれどんな幸せで、どんな特徴があるのかを見てみましょう。

1.欲望を満たす心地よさ

この欲望を満たす心地よさは、心理学でも一番最初から研究されていた幸せです。
直感的に幸せというと、多くの人はこの幸福をイメージすると思います。
欲望を満たすといっても、美味しいものを食べるとか、お金を儲けるというだけではありません。
仏教では五欲といって代表的な欲を5つ教えられています。
1.食欲……食べたい、飲みたい、もっと美味しいものが欲しいという欲
2.財欲……お金が欲しい、物が欲しいという欲
3.色欲……男女間の欲
4.名誉欲…ほめられたい、認められたい、悪口を言われたくないという欲
5.睡眠欲…眠たい、楽がしたいという欲
です。

好きなことがしたい、
自由になりたい、
時間が欲しいというのも全部欲望です。
それらが満たされた心地よさが幸福感になります。
どのくらい満足しているか
とアンケートで聞くと、たいていこのような欲望がどれだけ満たせているか、ということについての回答が得られます。

幸せの相対性

ところが、この欲望を満たす幸福感には重要な性質があります。
それは、比べて感じるというものです。
この比べて感じるということを相対的といいます。
欲望を満たす幸せというのは、相対的なものです。

これは、何も幸せだけではありません。
17世紀のイギリスの哲学者ジョン・ロックは、
熱いお湯に手を入れた後にぬるま湯に手を入れると冷たく感じますし、
冷たい水の後に同じぬるま湯に手を入れると熱く感じると言っています。

あの人は色白ですね」というのも、周りの人と比べて色白ということです。
日本で色白だと言われたことのない人でも、南の国へ行くと、色白になれます。

あの人きれいだな、と思うのは、そうでない人がいるからです。
私たちの感覚は、何かと比べて感じるということです。

幸せもそうです。
自分を誰と比べるかによって変わってきます。

中学校で、勉強がクラスで一番だった人がいます。
スポーツもそれなりにできるし、クラスの人気者だった人が、
高校に行ったら、ぱっとしなくなることがあります。

それはその人が高校でやる気をなくしたわけではなくて、比べる人が変わったからです。

その人は、中学の時とまったく同じようにやってるのですが、
高校では偏差値が同じような人が集まってくるので
中学の時ほど目立たなくなっただけです。

欲望を満たす幸せが相対的だということは、比べるものによって変わるということです。

大学受験で、合格通知が来てガッツポーズして喜ぶのは、落ちた人がいるからです。
定員割れしていて、出願した人が全員入れる大学なら
合格通知が来てもガッツポーズはしません。
幸せというのは、他の人と比べて喜べる相対的なものだからです。

自分の家を建てた時もそうです。
隣の家を見た時に、自分の家より小さいと、何となく、じんわりと幸せな感じになります。

逆に、しばらくして、自分の家より立派な家に建て替えられると
どうしても自分が幸せだとは思えません。

これについて2005年に、ハーバード大学のエルゾ・ラットマー教授が、
近所の人が自分の幸福度に与える影響を研究しました。
すると、近くの人の収入が増えることは、
自分の収入が減るのと同じくらい幸福感が下がることが分かっています。

このように、私たちの幸福感というのは比べて感じるものなのです。
それで昔の人は、
上見て暮らすな下見て暮らせ
といったのですが、無意識のうちに誰かと比べてしまうので、実際には困難です。
上には上がいるので、どこまで行っても欲望を満たして幸せになることはできません。
いつも不満が起きてしまいます。

2.好きなことに没頭する充実感

心理学でも幸せについて研究する時、昔は「満足度」を聞いていたので、たいてい欲望を満たす幸福感が問題になっていました。
ところが、新しいタイプの幸せを発見したのが、チクセントミハイです。

当時、チクセントミハイは数千人に対して一日に数回ポケットベルをならし、
そのたびに研究参加者は小さなノートを取り出して、
その瞬間に何をしていて、それをどのぐらい楽しんでいるかを記入してもらいました。

その結果、チクセントミハイは、2つの異なったタイプの幸せを発見します。
1つ目は、肉体的な快楽で、最初に解説した欲望を満たす幸せです。
特に食事の時間は、平均的に最も高い水準の幸福度が報告されました。

もう1つは、スポーツや芸術、仕事や趣味など、自分の強みが生かされる好きなことに完全に没頭して、我を忘れさせてくれるような活動の時にも、高い幸福度が報告されました。
この、時間を忘れて熱中する充実した状態を「フロー」といいます。

フローの欠点

ところが、このフローにも欠点があります。
それは続かないということです。
その活動をしている時は、充実するのですが、そんなに長い時間続けられるわけではありません。

例えば、パブロ・ピカソは、自分の強みを生かしてすばらしい作品をたくさん残しています。
ですが、ピカソは絵を描いている時は楽しそうなのですが、絵筆を置くと不機嫌になったといいます。
そして、人生の最期には、
誰にも何の役にも立たないではないか。絵、展覧会──それがいったい何になる?
後悔しています。

また、有名なプロのテニスプレイヤーで、
コートの外では気難しく、付き合いにくいといわれた人もあります。

これで、うまくフローに入った時は幸せですが、それは一時的で、すぐに終わってしまいます。
特に仏教では、諸行無常といわれるように、この世のすべては続かないと教えられています。
もちろん1つ目の欲望を満たす心地よさも続きませんし、
このフローの状態の充実感も、
フローの対象の活動も、続かないのです。

そこで、3番目の意味を感じる幸せが登場します。

3.意味を感じること

心理学で分かった3つ目の幸せは、意味を感じることです。
これは、欲望が満たされないどころか、苦しくても幸せを感じることができます。
例えば、有名なドラッカーの『マネジメント』に出てくる3人の石工の話があります。
1人目は、生活のために働いていると言い、
2人目は、石切の仕事をしていると言い、
3人目は、教会を建てていると言います。

石を切る仕事は辛いものですが、このうち3人目は、苦しくても意味のある仕事をしているという自覚があるので、喜んで働くことができます。
このことをドイツの哲学者、ニーチェは、『道徳の系譜』にこう言っています。
人間──最も勇敢な動物で、最も苦しみに慣れている──は、苦しみ自体を拒絶するのではない。
もしその苦しみの
意味、目的があるのなら、苦しみを欲し、探し求めさえする」(道徳の系譜)

このように、意味を感じることができれば、少しくらい苦しいことがあっても幸せを感じられます。
この意味を感じる幸せで、欲望を満たす心地よさや、好きなことに没頭する充実感の「続かない」という欠点を克服するには、人生全体にわたって続く意味を見いださなければなりません。
それが、人生全体の意味、本当の生きる意味です。

ところが、ニーチェはそこまで行くと、
「『人間の目的は一体全体何なのだ?これは答えのない質問だ」(道徳の系譜)とか
何のために生きるのか?一切は虚しい」(ツァラトゥストラはかく語りき) と言って、
人生に意味を見いだすことができません。
それでニヒリズムになってしまうのです。

このように、どんなに幸せを求めても幸せになれない理由を分かりやすく例えると、こうなります。

どんなに努力しても幸せになれない理由

人生を飛行機で飛ぶことに例えると、あなたが生まれた時が飛行場を飛び立った時です。
小学、中学、高校と、飛行機は上昇し、やがて水平飛行に入ります。

飛ぶように月日が過ぎる」といいますが、昨日から今日、今日から明日、先月から今月、今月から来月へと、飛行機は猛スピードで飛んでいます。

ところが、この飛行機は目的地が分かりません。
下は、太平洋のような広い海です。
海また海で、島影一つ見えません。
燃料は刻一刻と減っていきます。

そんな飛行機に乗っているとき、あなたは空の旅が楽しめるでしょうか?

どんなにおいしい機内食や、楽しい機内映画が見られたとしても、楽しめるはずがありません。
それは、目的地も分からずに飛び続けたら、やがて燃料が切れて、墜落あるのみだからです。

この、機内食や機内映画に例えられたのが、お金や財産、地位、名誉、仕事や趣味、恋愛や結婚など、みんながそれで幸せになろうとしているものです。

どれだけこのような幸せに恵まれていても、心からの安心も満足もないのは、人生に限りがあって、やがて命が尽きるからです。
それなのに、生きている意味、人生全体の意味が分かりません。

それにもかかわらず、1つ目の欲望を満たす心地よさや、2つ目の好きなことに没頭する充足感の、
お金があれば幸せになれる
地位が上がれば幸せになれる
名誉があれば幸せになれる
好きな仕事ができれば幸せになれる
恋愛や結婚で幸せになれる
と思って、見当違いの努力をしているので、どんなに頑張っても幸せになれないのです。

幸せになる方法

お金や財産、地位、名誉、恋愛、結婚で幸せにはなれませんから、幸せになれない根本原因を先に解決しなければなりません。
飛行機でいえば、燃料が切れたら、切れた所に大空港があり、そこへ安全に誘導されて着陸できることになれば、やがて海へ墜落する暗い心はなくなります。

この暗い心を解決して初めて、空の旅を心から楽しむことができるのです。
機内食や機内映画は、無くてもかまいませんが、有ればなお快適です。
有ってよし、無くてよし、大安心、大満足の空の旅を満喫できるようになります。
これが仏教に教えられる、絶対の幸福です。
それは、変わらない安心と満足がえられる幸せです。

この絶対の幸福の身になることが、本当の生きる目的であり、それを教えられているのが仏教です。
それには、幸せになれない原因の心と、本当の生きる目的をよく知らなければなりません。

それは仏教の真髄なのですが、分かりやすく小冊子とメール講座にまとめておきました。
一度目を通しておいてください。

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