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華厳経とは?悟りそのままの内容と生死を出る教えをわかりやすく解説

「華厳経って、どんなことが説かれているの?」
「難しいお経だと聞くけれど、私たちに関係があるの?」

奈良の大仏が、『華厳経』に説かれる仏だと知って、
どんなお経なのか気になった人もあるでしょう。
仏教の本で「一即一切」や「インドラの網」など
次々展開する目もくらむような世界を目にした人もあるかもしれません。

世間では、『華厳経』は、宇宙のすべてのものが
網の目のようにつながり合う姿を説いた、
壮大で難解な哲学のお経だと思われています。

しかし、『華厳経』は、お釈迦さまが
仏のさとりを開かれて最初に、
そのさとりの内容をそのままぶちまけられたお経です。
そしてその中には、すべての仏が通られた
たった一本の道が説かれています。

では、『華厳経』とは、どんなお経なのでしょうか?

華厳経とは?読み方と正式名称

『華厳経(けごんきょう)』とは、お釈迦さまが説かれたお経の一つで、
正式には『大方広仏華厳経(だいほうこうぶつけごんきょう)』といいます。
「けごんぎょう」と読むこともあります。

「大方広」とは、仏のさとられた真理が、
限りなく大きく、正しく、広いことです。
「華厳」とは、さまざまな華で飾ることで、
仏のさとりの尊さを、華で飾るように
説き表されたお経なので、『華厳経』といいます。

大乗の経典の中でも、特に大部のお経で、
教えの中心となる仏は、毘盧遮那仏(びるしゃなぶつ)です。
奈良の東大寺の大仏は、この毘盧遮那仏の像で、
東大寺は、『華厳経』を拠り所とする華厳宗の総本山です。

『華厳経』の基本
  1. 正式名称は『大方広仏華厳経』
  2. 説かれた時は仏のさとりを開かれた直後
  3. 教えの中心の仏は毘盧遮那仏
  4. 漢訳は六十華厳・八十華厳・四十華厳の3つ
  5. 拠り所とする宗派は華厳宗(総本山は東大寺)

六十華厳・八十華厳・四十華厳の違い

『華厳経』の漢訳には、主に3つあります。

仏駄跋陀羅
仏駄跋陀羅

1つ目は、東晋の時代に、仏駄跋陀羅(ぶっだばっだら)(359-429)が、
418年から訳した60巻の『華厳経』で、
「六十華厳」、あるいは「旧訳の華厳経」と呼ばれます。

2つ目は、唐の時代に、実叉難陀(じっしゃなんだ)(652-710)が、
699年に訳し終えた80巻の『華厳経』で、
「八十華厳」、あるいは「新訳の華厳経」と呼ばれます。

3つ目は、唐の時代の798年に訳された40巻の『華厳経』です。
これは、『華厳経』の最後の入法界品(にゅうほっかいぼん)だけを、
詳しく訳したもので、「四十華厳」と呼ばれます。
部分訳ということになります。

六十華厳の最後には、
梵語(ぼんご)の『華厳経』は全部で10万の偈があり、
そのうちの3万6千の偈を、西域の于闐国から
持ち帰って訳したとあります。
梵語の『華厳経』は、今でも十地品(じゅうじぼん)と入法界品が残っており、
チベット訳もあります。

お経は、最初は口伝えで伝えられ、
文字に書き残されたのは、しばらく後のことで、
今残っている最も古い写本は、紀元前後のものです。
『華厳経』も、お釈迦さまが説かれた教えが、
こうして梵語で伝えられ、漢文に訳されたものです。

『華厳経』の全文は、「大正新脩大蔵経(たいしょうしんしゅうだいぞうきょう)」の第9巻(六十華厳)と
第10巻(八十華厳・四十華厳)に収められており、
インターネットのSAT大蔵経テキストデータベースで、
誰でも漢文で読むことができます。
日本語の書き下しや現代語訳の本も、いくつも出版されています。

7つの場所と8つの集まりで説かれた構成

六十華厳は、7つの場所で、8回の集まりを開いて説かれたので、
「七処八会(しちしょはちえ)」といいます。
全体は34の章(品)に分かれています。
八十華厳は、集まりが1つ増えて、「七処九会・39品」です。

7つの場所は、地上と天上にまたがっています。
地上では、菩提樹のもとの寂滅道場(じゃくめつどうじょう)、
その近くの普光法堂、祇園精舎で説かれ、
天上では、忉利天(とうりてん)、夜摩天(やまてん)、兜率天(とそつてん)、他化自在天(たけじざいてん)で説かれています。

華厳経の主な品
  1. 十地品(じゅうじぼん)(菩薩が仏のさとりへ進む十の段階)
  2. 入法界品(にゅうほっかいぼん)(善財童子(ぜんざいどうじ)が53人の師を訪ねる旅)
  3. 普賢行願品(ふげんぎょうがんぼん)(四十華厳の最後・普賢菩薩の十の願い)

では、この壮大なお経は、
いつ、どのような時に説かれたのでしょうか?

華厳経はいつ説かれたのか

お釈迦さまは、29歳で城を出て、
6年間、骨と皮ばかりになるほどの壮絶な修行をされました。
そして35歳の12月8日、菩提樹の下で明けの明星を見て、
仏のさとりを開かれました。
この日を記念して、12月8日には各地のお寺で成道会(じょうどうえ)が勤められます。

その時、仏の心の内にさとられた真理を、「自内証(じないしょう)」といいます。
この自内証を、程度を少しも下げずに、
そのまま説かれたのが『華厳経』です。
『華厳経』は、お釈迦さまが一番初めに説かれたお経なのです。

そのことは、『華厳経』の最初に、
このようにハッキリと示されています。

是くの如く我聞けり。
一時、仏、摩竭提国(まかだこく)の寂滅道場(じゃくめつどうじょう)に在(ましま)して、始めて正覚(しょうがく)を成じたまえり。

(漢文:如是我聞。一時,仏,在摩竭提国寂滅道場,始成正覚)

「摩竭提国(まかだこく)」とは、インドで当時最強だったマガダ国です。
「寂滅道場(じゃくめつどうじょう)」とは、お釈迦さまがさとりを開かれた
菩提樹の下のことです。
「始めて正覚(しょうがく)を成じたまえり」とは、
初めて仏のさとりを開かれた、ということです。

「ある時、仏はマガダ国の菩提樹のもとで、
初めて仏のさとりを開かれた
」
と、説かれた時と場所が、お経の最初に示されています。
このことから、『華厳経』は一切経の中でも
一番最初に説かれたお経といわれます。

では、なぜお釈迦さまは、
最初にさとりの内容をそのまま説かれたのでしょうか。

それは、仏法がどれほど深い教えであるかを、
まだ仏教を知らない人々に知らせるためでした。
ところが、その教えは、
あまりにも深く尊いものでした。

舎利弗も見ず聞かずだった華厳経の世界

『華厳経』の入法界品には、
舎利弗や目連、摩訶迦葉など、
お釈迦さまのお弟子の中でも特にすぐれた声聞(しょうもん)たちが、
同じ集まりの場にいたことが説かれています。
しかし彼らには、仏の不思議な力によって現れた世界が
何も見えませんでした。

是の因縁を以て、諸の大弟子は、見ず聞かず、入らず知らず、覚らず念ぜず、遍く観ること能わず、亦意を生ぜず。
何を以ての故に、此れは是れ菩薩の智慧の境界にして、諸の声聞の智慧の境界に非ざればなり。

(漢文:以是因縁,諸大弟子,不見不聞,不入不知,不覚不念,不能遍観,亦不生意。何以故,此是菩薩智慧境界,非諸声聞智慧境界)

「このため、大弟子たちは、見ることも聞くこともできず、
その世界に入ることも、知ることも、
さとることも、思いはかることもできなかった。
全体を見渡すこともできず、心を起こすこともなかった。
なぜなら、これは菩薩の智慧(ちえ)の世界であって、
声聞の智慧の及ぶ世界ではないからである
」
ということです。

智慧第一といわれる舎利弗でさえ、
同じ場所にいながら、何も分からなかったのです。

天台宗では、この様子を
「如聾如唖(にょろうにょあ)」と教えています。
「如聾如唖(にょろうにょあ)」とは、耳の聞こえない人の如く、
口のきけない人の如し、ということです。
説かれていることが、まるで聞こえていないかのようで、
誰も一声も発することができなかった、ということです。

私たちも、仏教をマオリ語(ニュージーランド)とか
ディベヒ語(モルディブ共和国)で説かれたら、
ほとんどの人が、如聾如唖になるのではないでしょうか。

その中で、この教えを聞くことができたのは、
文殊菩薩と普賢菩薩の2人だけでした。

そこでお釈迦さまは、教えの程度をぐっと下げて、
誰にでも分かるところから説き始められます。

天台宗の入門書『天台四教儀(てんだいしきょうぎ)』には、
『華厳経』の教えでは、聞く人々に利益がなかったので、
お釈迦さまは、人々の能力に合わせて鹿野苑(ろくやおん)に行かれ、
四聖諦(ししょうたい)などの阿含経の教えを説かれたと解説しています。

こうしてお釈迦さまは、浅いところから
少しずつ深いところへと導くように、
45年にわたって教えを説かれていきました。

天台宗では、お釈迦さまの説法を、おおよそ、
華厳時・阿含時・方等時(ほうどうじ)・般若時・法華時(ほっけじ)の
5つの時期に分けて、「五時」といいます。
『華厳経』が、その出発点となっているのは、
冒頭に、始めて正覚を成じたと説かれているからです。

世間でいわれる華厳経の世界観

『華厳経』というと、世間では、
主に次のようなことが挙げられます。

世間でいわれる『華厳経』の特徴
  1. 奈良の大仏のもとになったお経
  2. 一つの中にすべてがあるという一即一切の教え
  3. すべてのものが映し合うインドラの網
  4. とてつもなく大きな数が出てくるお経

インドラの網とは、インドの神、帝釈天の宮殿にかかる網のことです。
網の結び目一つ一つに宝の珠がつけられ、
一つの珠に、他のすべての珠が映り、
その映った珠の中に、また他のすべての珠が映っています。
一つのものの中に、すべてのものが映し出され、
それが限りなく重なり合っている姿のたとえです。

このような世界観から、『華厳経』は、
すべてのものが関わり合って存在していることを説いた
奥深い哲学として、今も多くの人の関心を集めています。

空海
空海

平安時代の初めに真言宗を開いた空海(774-835)も、
『十住心論』で心の段階を10に分けた時、
華厳の教えを、真言の一つ手前の第9に置いています。


華厳経に説かれる数の単位

八十華厳の阿僧祇品には、
心王菩薩の問いに答えて、お釈迦さまが
数の単位を説かれたところがあります。

まず、百洛叉(らくしゃ)を一倶胝(くてい)とします。
洛叉は10万なので、倶胝は1000万です。
次に、倶胝に倶胝をかけたものが阿庾多(あゆた)、
阿庾多に阿庾多をかけたものが那由他(なゆた)、
というように、同じ数をかけ合わせて単位を作っていきます。
そして、阿僧祇、無量、無辺、無等、不可数、不可称、
不可思、不可量、不可説と続き、
最後が不可説不可説転です。

不可説不可説転は、1000万(10の7乗)から始めて、
その数に同じ数をかけることを122回繰り返した数で、
10の37218383881977644441306597687849648128乗になります。
「不可説」とは、説くことができない、という意味です。

なぜ、このような途方もない数が説かれているのでしょうか。
それは、仏の智慧と功徳が、どんな数をもってしても
数えきれないことを知らせるためです。
『華厳経』の最後にも、衆生の心の数や大海の水のしずくは数えられ、
大空の広さを量ることができても、
仏の功徳は説き尽くすことができないと説かれています。

華厳経と法華経の違い

『華厳経』と並んで有名なお経に、『法華経』があります。
『華厳経』は、さとりを開かれた直後に説かれたお経、
『法華経』は、晩年に説かれたお経です。
『華厳経』を拠り所とするのが華厳宗、
『法華経』を拠り所とするのが天台宗です。

確かに、『華厳経』には、壮大で不思議な世界が説かれています。
しかしそれは、仏のさとりの境地から見た世界です。
舎利弗でさえ分からなかった世界を、
私たちが本を読んで理解できるわけではありません。

では、『華厳経』に説かれる仏のさとりの世界とは、
どんな世界なのでしょうか?

華厳経に説かれた仏のさとりの世界

四十華厳の普賢行願品(ふげんぎょうがんぼん)には、
仏のさとりの世界が、このように説かれています。

一塵の中に塵数(じんじゅ)の刹(せつ)有り、一一の刹に難思の仏有り。
(漢文:一塵中有塵数刹,一一刹有難思仏)

「刹(せつ)」とは、国、世界のことです。
「一粒の塵の中に、塵の数ほどの世界があり、
その一つ一つの世界に、
思いはかることのできない仏がまします
」
ということです。

八十華厳にも、一切の国土の一粒一粒の塵に、
果てしない法界を、すべておさめることができると説かれています。
このことを、芥子粒(けしつぶ)の中に三千大千世界を入れても、
広くもなく、狭くもない、とたとえられます。

一つの中にすべてがあり、すべての中に一つがある。
これを一即一切(いちそくいっさい)、一切即一といいます。

大きいものと小さいもの、一つと多くのもの。
私たちは、物事を分けて比べて見ています。
しかし、仏のさとりの境地から見ると、
一粒の塵と大宇宙は、互いにさまたげ合うことなく
とけ合っているのです。

また、『華厳経』の十地品には、
菩薩が仏のさとりへ向かって進む
10の段階が説かれています。

十地(菩薩の10の段階)
  1. 歓喜地(かんぎじ)
  2. 離垢地(りくじ)
  3. 発光地(ほっこうじ)
  4. 焔慧地(えんねじ)
  5. 難勝地(なんしょうじ)
  6. 現前地(げんぜんじ)
  7. 遠行地(おんぎょうじ)
  8. 不動地(ふどうじ)
  9. 善慧地(ぜんねじ)
  10. 法雲地(ほううんじ)

その6番目の現前地(げんぜんじ)で、菩薩は、
次のように観じると説かれています。

三界の所有は、唯是れ一心なり。
(漢文:三界所有,唯是一心)

「三界」とは、欲界・色界・無色界の3つで、
私たちが迷い続けている世界のすべてです。
「三界のあらゆるものは、ただ一つの心が生み出したものである」
ということです。

私たちは、外に世界があり、
その中に自分が生きていると思っています。
しかし仏教では、自分が見ている世界は、
自分の心が生み出した世界だと説かれています。
同じ景色を見ても、人によって映る世界が違うのは、そのためです。

同じ宇宙に沢山の人が生まれて生きているのではなく、
1人に1つずつ自分が生み出した宇宙があるということです。
この心の奥深くを明らかにされたのが、唯識の教えです。

このような仏のさとりの世界は、私たちには、
とても思いはかることができません。
では、『華厳経』は、私たちとは関係のない
遠い世界を説かれたお経なのでしょうか?

すべての仏が通られた一本の道

『華厳経』の入法界品には、
善財童子(ぜんざいどうじ)という青年が、文殊菩薩に勧められて、
53人の師を次々と訪ね歩き、
さとりへの道を求めていく旅が説かれています。

その師の中には、出家した僧だけでなく、
長者や王、船乗り、子供、遊女もいて、
善財童子は、どんな人からも教えを受けて進んでいきます。

仏法を求めて師を訪ね歩くことを、「行脚(あんぎゃ)」といいます。
東海道五十三次は、善財童子が訪ね歩く
この53人にちなんだという説もあります。

そして、その長い入法界品の一番最後は、
次の偈で結ばれています。

此の法を聞きて歓喜し、信心に疑い無き者は、速やかに無上道を成じ、諸の如来と等しからん。
(漢文:聞此法歓喜,信心無疑者,速成無上道,与諸如来等)

「無上道」とは、この上ない仏のさとりへの道です。
「この法を聞いて喜び、疑いの晴れた心になった者は、
速やかに無上のさとりを完成するので、
すべての仏と等しい身になる
」
ということです。

『華厳経』は、仏のさとりの世界を説いて終わるのではありません。
仏教を聞いて疑いの晴れた人は、
仏と等しい身になれると説かれているのです。

ではそれは、どんな道なのでしょうか。
『華厳経』には、このように説かれています。

一切の無碍人(むげにん)は、一道より生死を出でたまえり。
(漢文:一切無碍人,一道出生死)

「無碍人(むげにん)」とは、何ものにもさまたげられない人で、
仏のことです。

一切の無碍人とは一切の仏ということですので、
すべての仏は「一道より生死を出でたまえり」とは、
ただ一本の道から、生まれては死にを繰り返す迷いを超えて
仏になられた、ということです。

十方の数えきれない仏方は、
みな、このただ一本の道を通って、仏になられたのです。
この道を、「無碍の一道」といいます。
一切のさわりがさわりとならない、たった一本の道です。

『華厳経』は世界の見方を説いた哲学ではなく
すべての仏が通られた仏に至る唯一の道を説かれたお経です。

私たちの幸せは、病気や老い、仕事の失敗、
人間関係のもつれなど、様々なことにさまたげられます。
無碍の一道とは、そのどんなものにもさまたげられない道です。

無碍の一道とは、分かりやすくいえば、
何があっても変わらない幸せのことです。
生きている今、この無碍の一道に出た人は、
命が終われば、仏に生まれます。

では、無碍の一道に出ると、
どんな世界が開けるのでしょうか?

無碍の一道に出た人の世界

無碍の一道に出ると、
「人間に生まれてよかった」という生命の歓喜が起きて、
どんな善の報いも到底及ばない幸せになることができます。
どんなすぐれた人が、どんな努力をしたよりもすばらしい、
無上の幸せです。

その上この幸せは、不幸や災難に一切妨げられることがありません。
色あせることも薄れることもない、
崩れることも壊れることもない、
絶対変わらない幸せになれますから、
順境でよし、逆境でよしの無碍の一道です。

では、その無碍の一道とは、どんな世界なのか。
どうすれば、その世界に出られるのか。
それについては仏教の真髄なので、
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この記事を書いた人

長南瑞生

長南瑞生(日本仏教学院創設者・学院長)

東京大学教養学部で量子統計力学を学び、1999年に卒業後、学士入学して東大文学部インド哲学仏教学研究室に学ぶ。
25年間にわたる仏教教育実践を通じて現代人に分かりやすい仏教伝道方法を確立。2011年に日本仏教学院を創設し、仏教史上初のインターネット通信講座システムを開発。4,000人以上の受講者を指導。2015年、日本仏教アソシエーション株式会社を設立し、代表取締役に就任。2025年には南伝大蔵経無料公開プロジェクト主導。従来不可能だった技術革新を仏教界に導入したデジタル仏教教育のパイオニア。プロフィールの詳細・お問い合わせ

X(ツイッター)(@M_Osanami)、ユーチューブ(長南瑞生公式チャンネル)で情報発信中。メールマガジンはこちらから講読可能。

著作

京都大学名誉教授・高知大学名誉教授の著作に引用、曹洞宗僧侶の著作でも言及。