仏教で霊魂はどう教えられている?
人間は必ず死んでいきます。
死ねば肉体は滅びますが、何か魂のような残るものはあるのでしょうか?
死んだらどうなるかというのは、
ほとんどの宗教で取り扱う重要な問題です。
すべての人が関係する、死んだらどうなるという問題について、
すべての宗教は大きく2つに分かれます。
死んだら無になる?
まず、今日の無宗教の人たちに多いのは、
死んだら無になるという考え方です。
宗教でいえば、儒教は、現世についての教えで、
死後については知りません。
西洋哲学では、古代ギリシアで、デモクリトスが万物の根源は目に見えない小さな粒々だと考えました。
これをアトムと呼びます。
つまりすべては原子からなる物質できているということです。
そのため精神は存在しないといいます。
仮に霊魂のようなものがあったとしても、それも原子でできていて、人間が死んだら散っていくそうです。
従って死んだら無になります。
このような、この世は物質のみからできているという考え方を唯物論といいます。
ヘレニズム期になると、エピクロスが唯物論を継承し、死んだら無であり、すべての宗教は迷信だと考えました。
その後、西洋では、霊魂を説くキリスト教が優勢になり、唯物論は鳴りを潜めました。
ところがキリスト教の勢力が衰えてきた19世紀のドイツで、このデモクリトスとエピクロスに関する論文を書いて学位をとったのがマルクスです。
マルクス主義は唯物論なので、
死んだら無になりますし、宗教を民衆のアヘンだといいます。
このように、唯物論と、死んだら無になるという考え方は、密接な関係があります。
そしてそこからは霊魂は出てきませんので、霊魂を説く宗教を批判しがちです。
ですが、精神も物質でできているという唯物論にもまったく科学的な根拠はなく、宗教的信念のようなものです。
死んだら無になる前提から出てくる結論
この「死んだら無になる」という考え方からすると、死ねば終わりなので、
少しでもこの世が楽しいように、
好きなことを好きなだけやろう、
という快楽主義になります。
ヘレニズム時代に唯物論を唱えたエピクロスの「エピクロス主義」といえば、快楽主義として有名です。
エピクロスのいう快楽は心が平安なことで、
単純な欲望を満たす快楽ではありませんが、
結局は生きている間にできるだけ楽しくやろうということになります。
それが死んだら無になるという考え方から出てくる論理的な帰結です。
極端な話、この世を楽しむために、
どんな悪いことをしても、
誰にも見つからなければOKということになります。
お釈迦さまの時代にも、そういう思想がありました。
六師外道の一人、アジタ・ケーサカンバリン(阿耆多趐舍欽婆羅)です。
彼の一派を順正派とか順正外道、ローカーヤタとかチャールヴァーカなどといわれます。
アジタは、人間は地・水・火・風の四元素でできているという唯物論を唱えています。
そのため、死んだらそれらの物質がバラバラになって何もなくなるので、善をしようが悪をしようが、来世に因果応報の報いはこない。
もちろん霊魂もなければ来世もない。
だからこの世をできるだけ楽しく生きるべきだと主張しました。
このことについて、お釈迦さまは『ダンマパダ(法句経)』に、このように言われています。
彼岸の世界を無視している人は、どんな悪でもなさないものは無い。
(引用:『ダンマパダ』176)
これは、後の世を信ぜざる者、
かかる人、罪として犯さざるなし、ということです。
それというのも、死後がないのであれば、どうせ死んだら終わりなので、1人殺した人は10人殺そうが、100人殺そうが同じです。
どんな悪いことをしても、やったもんがちになってしまいます。
また、人生が苦しければ、早く死んだほうがいいことになります。
どんなに楽しいことをやったとしても、
それは一時的なことで、死ねば自分は無になるのだから、
結局のところ、自分にとっての生きる意味もありません。
それが、この死んだら何もなくなるという考え方から出てくる結論です。
仏教では?
ところが仏教では、因果応報の因果の道理によって、
どんなに悪いことをしても、死んだら終わり、
ということにはなりません。
まいたたねは、目には見えませんが
不滅の業力となって蓄えられ
必ず何らかの結果を生じます。
もし死ぬまでに結果が現れなければ、
死んだ後、結果が現れます。
因果の道理は宇宙の真理ですから、
死んだら終わりではないのです。
では、死んだら霊魂が残るのでしょうか?
ほとんどの宗教では死ねば永遠の霊魂が残る
仏教以外のほとんどの宗教は、
肉体が死んでも、滅びることのない
永遠に不変の霊魂が続いていくと教えています。
日本神道は?
例えば、日本神道なら、
死んだ人を宮を作って祭ると
そこに鎮座して、生きている人に幸せや不幸を与える力を持つ
と信じています。
明治天皇なら、明治神宮に100年以上、
菅原道真なら、平安時代から1000年以上、
天照は、おおひるめむちという指導力のあった女性で、
信憑性のある記録はありませんが、
2000年以上前から変わらないようです。
キリスト教は?
キリスト教でも、霊魂は不変不滅で、永遠の命などと言われ、
死んだらずっと待っていて、この世の終わりに最後の審判があり、
神の国で永遠に楽しむか、
地獄で永遠に苦しむか決まります。
それが本当だとすれば、
2000年前のパウロや
1500年前のアウグスティヌス、
700年前のトマス・アクィナス、その他大勢の人が
多分まだ待っています。
バラモン教は?
お釈迦さまの当時、インドでは、
今のヒンドゥー教の前身である
バラモン教が大勢を占めていました。
これも、固定不変の我を認めます。
そして究極的には、それが大宇宙と一体になる
「梵我一如」を目指します。
私が大宇宙の大いなるものと一体になるというのは、
現代の神秘主義でもよくある思想です。
このように、ほとんどの宗教では、
死んだら変わらない霊魂が続くと教えられています。
では仏教ではどう教えられているのでしょうか?
仏教では霊魂は?
仏教は諸法無我
このバラモン教の「固定不変の我」に対して、
仏教で教えられているのが「諸法無我」です。
固定不変の我は存在しないというのが、
お釈迦さまのさとりの内容であり、
あらゆる宗教で仏教だけが教えている
仏教の旗印の1つです。
ではなぜ固定不変の我は存在しないのかというと、
仏教では因果の道理を根幹として、このように教えられています。
一切法は因縁生なり。
(漢文:一切法因縁生)(引用:『大乗入楞伽経』)
「一切法」とは、すべてのもの、ということです。
すべてのものは因と縁がそろって生じている、
ということです。
ということは、因縁が離れたら、
別のものになってしまいます。
例えば車なら、数万の部品が、そろっていて車であって、
ばらばらになったら、無になるわけではありませんが、
車とは言いません。
そのバラバラの各部品も、
素材がその形になって各部品ですが、
違う形になったら部品になりません。
そうやって固定不変の存在要素を考えていくと、
何もないのです。
物理学では?
ちなみに現代の物理学でも、
すべては原子でできていると考えていたところから、
原子も原子核と電子でできていることが分かり、
その原子核も陽子と中性子でできていることが分かり、
その陽子と中性子もクォークでできていることが分かっています。
さらにクォークも、ひもの振動でできているのではないか
と言われていますが、まだ分かりません。
結局、現代物理学をもってしても、
固定不変な要素は発見されていないのです。
仏教では、2600年前から、
仏のさとりの智慧によって、
一切は無我であるから、固定不変の霊魂など
存在しないと教えられています。
仏教の永遠の生命とは
しかし死んだら無になるのでもありません。
私たちの心と口と身体の行いを、
目に見えない業力をおさめている不滅の阿頼耶識という心があって、
肉体が滅んでも、阿頼耶識が続いているのです。
これは、固定不変の霊魂でもありません。
阿頼耶識は、
「暴流の如し」
と言われています。
「暴流」とは滝のことです。
滝は、遠くから見れば一枚の布のように見えますが、
近づいてみると、小さな水滴がものすごい勢いで
流れています。
ちょうどそのように、
私たちの心と口と身体の業力をおさめて、
阿頼耶識はものすごい勢いで変化しながら
流れていくのです。
この阿頼耶識が、
生まれる前、果てしない遠い過去から、
死んだ後、永遠の未来に向かって続いていく
私たちの永遠の生命の本質です。
仏教の目的
このように、仏教では、固定不変な霊魂は否定されていますが、
肉体が死ねば、変わり続けながら流れていく
阿頼耶識が輪廻転生して次の世界を生み出し、
終わりのない苦しみ迷いの旅を続けていくのです。
その果てしない輪廻から離れる方法を教えたのが仏教ですが、
その仏教の深い内容については、
電子書籍とメール講座にまとめてあります。
一度見ておいてください。
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この記事を書いた人
長南瑞生
日本仏教学院 学院長
東京大学教養学部卒業
大学では量子統計力学を学び、卒業後は仏道へ。仏教を学ぶほど、その底知れない深さと、本当の仏教の教えが一般に知られていないことに驚き、何とか1人でも多くの人に本物を知って頂こうと、失敗ばかり10年。たまたまインターネットの技術を導入して爆発的に伝えられるようになり、日本仏教学院を設立。科学的な知見をふまえ、執筆や講演を通して、伝統的な本物の仏教を分かりやすく伝えようと今も奮戦している。
仏教界では先駆的にインターネットに進出し、通信講座受講者4千人、メルマガ読者5万人。X(ツイッター)(@M_Osanami)、ユーチューブ(長南瑞生公式チャンネル)で情報発信中。メールマガジンはこちらから講読可能。
著作
- 生きる意味109:5万部のベストセラー
- 不安が消えるたったひとつの方法(KADOKAWA出版)