ウパーリ(優波離)とは

ウパーリ(優波離)」は、持律第一といわれる釈迦十大弟子の一人です。
お釈迦さまが亡くなった時、経典をまとめる結集(けつじゅう)では、戒律を暗唱した重要人物です。
ところが、もともとは釈迦族に使える床屋さんで、身分は首陀羅(しゅだら)という奴隷の身分でした。
どんなことがあったのでしょうか?

ウパーリの生い立ち

ウパーリは低い身分の生まれでした。
インドではバラモン教によって、生まれつき4つの階級が定められ、厳しい身分差別がなされています。
1番上が「バラモン(婆羅門)」という司祭や僧侶で、
2番目が「刹帝利(せっていり)」という王族や武士、
3番目が「吠舎(べいしゃ)」といわれる商人や職人、
4番目が「首陀羅(しゅだら)」で、農家や奴隷でした。

その中で、ウパーリは、首陀羅に生まれました。
非常に頭がよく真面目でしたが、理髪師の家系だったので、散髪の技術を学びました。
その間、カピラ城では次期王様のシッダルタ太子が出家するという大事件が起きます。
シッダルタ太子はやがて、仏のさとりを開かれると、ブッダとなって9年後に初めて一時帰国されたのでした。

仏本行集経(ぶつほんぎょうじっきょう)』によれば、その時まだ成人していなかったウパーリは、母親に手を引かれて、お釈迦さまの髪を剃っています。

お釈迦さまの剃髪で瞑想状態に

お母さんが、
ウパーリの剃髪はいかがでしょうか
とお釈迦さまにお尋ねすると、
よくできている。だが少し姿勢が悪いのではないか
それを聞いたお母さんが、
ウパーリ、あなた姿勢を正して心を乱さないようにしなさい
と言います。
それを聞いたウパーリは、姿勢を正し、なんと、心が瞑想状態に入りました。

もう一度お母さんが、
ウパーリの剃髪はよくなりましたでしょうか
とお尋ねすると、今度は、
よくできている。だが今度は少し姿勢を反りすぎではないか
それを聞いたお母さんが、
ウパーリ、姿勢が反り返っているから、姿勢を正して心を乱さないようにしなさい
と言います。
それを聞いたウパーリは、姿勢を正したところ、なんと、心がもっと深い瞑想状態に入りました。

さらにお母さんが、
これでいかがでしょうか
とお尋ねすると、今度は、
よくなったが、今度は、息の吸い方が荒すぎるのではないか
といわれます。
それを聞いたお母さんが、
ウパーリ、息の吸い方が荒すぎるから、吸う息を整えて心を乱さないようにしなさい
と言います。
それを聞いたウパーリは、呼吸を整えたところ、なんと、さらに深い瞑想状態に入りました。

さらにお母さんが、
呼吸を整えましたが、いかがでしょうか
とお尋ねすると、今度は、
よくなったが、今度は、息の吐き方が荒すぎるのではないか
といわれます。
それを聞いたお母さんが、
ウパーリ、息の吐き方が荒すぎるから、吐く息を整えて心を乱さないようにしなさい
と言います。
それを聞いたウパーリは、呼吸を整えたところ、なんと、最高に深い瞑想状態に入りました。

その時お釈迦さまは、
ウパーリの手からすぐにカミソリを取るがよい。
この子は最も高い禅定に入ったから、体を倒してはならない

と言われました。
お母さんは、言われた通りすぐにウパーリの手からカミソリをとったといいます。

このように、出家する前から、お釈迦さまに言われたことを忠実に守り、悟りとは違いますが、深い瞑想状態に入ってしまうのがウパーリでした。

ウパーリの出家のいきさつ

ウパーリは、その後、正式にカピラ城の王宮に使える理髪師となりました。
それから何年か真面目に務めていると、ある時またもやお釈迦さまが一時帰国されました。
その時には、お釈迦さまの一族の阿難ダイバダッタ阿那律などの王子たちが、みんなで出家しようという相談がまとまりました。
その時、途中までお供を連れて行くことになりましたが、数ある候補の中で、たった一人選ばれたのがウパーリでした。

ある日、王子たちは、いつもの通り立派な服を身にまとい、大象や馬で城を出発します。
それを見たカピラ城の人たちは、
今日は王族の皆さんは、象で観光にでも行かれるのかな
と思っただけで、誰にも怪しまれませんでした。

やがてお釈迦さまのおられる近くの木陰まで来ると、王族たちはウパーリに剃髪してもらい、着てきた豪華な服を脱ぎます。
さらにアクセサリーを外して、粗末な衣を着ると、
ウパーリよ、今までよく真面目につとめてくれた。
感謝しているぞ。これは、その褒美である。
売ればいくらかの金になるだろうから、美味しいものでも食べるがよい

と、王族の服やアクセサリー、象や馬をくれました。
これは、今でいえば、皇族の服や宝石をちりばめたアクセサリー、高級車をもらったわけですから、普通は喜びます。
ところが、ウパーリの反応はまったく違いました。
あの高貴な王子さまたちでさえ、この世の楽しみを捨てて出家するのに、奴隷の自分が小さな楽しみに執着してこれからも変わりばえのしない苦しい人生を送るなど、愚かなことだ。
こんなものはどうでもいいから、私も出家しよう

ウパーリは、王族の服や宝は木の枝にかけて通りかかった人にあげることにし、王子たちの後について行ったのでした。

万人平等の教え

お釈迦さまのもとへ到着すると、ウパーリも含めて全員が出家を許されました。
王子たちは、話し合ってお釈迦さまに言います。
お釈迦さま、私たち王族は、身分の高さを自惚れる心があります。
これは修行の妨げになると思いますので、出家の順序は、ウパーリを一番にしてください

快く許されたお釈迦さまは、まず最初にウパーリに戒律を授けられました。
お釈迦さまの教団では、みんな平等で身分差別はありせんが、出家の順序で席順が決まります。
ということは、今まで首陀羅だったウパーリが、王族だった阿難や阿那律、ダイバダッタより上位になります。

これは身分差別の厳しいバラモン教の習慣からすれば、前代未聞の型破りなできごとでした。
ところが仏教は、小さい川も大きい川も、きれいな川も濁った川も、海に入れば同じ一つの味になるように、どんな人でも平等の幸せに救われる教えです。
男も女も、老いも若きも、救われた世界はみな同じです。
人種も言語も文化も時代も超えた、絶対の世界に生かされるのです。
そんな仏教の教えからすれば当然のことですが、お釈迦さまはそれを、形の上でも明確に表されたのでした。

こうしてお釈迦さまのお弟子になったウパーリは、戒律を厳しく守り、修行に精進するようになります。

教団内での修行

ある時、ウパーリは、お釈迦さまに、森に入って修行したいと申し出ました。
ところがお釈迦さまは、誰にでも森林の行を勧められたわけではありません。
相手に応じて導かれます。
これを対機説法といいます。

お釈迦さまはウパーリには森での修行を許されませんでした。
他の人たちはみんな森林で一人修行に励んでいるのに
と驚くと、お釈迦さまは、
ここに池がある。
象が来て水浴びをする。

耳を洗い、背を洗い、実に気持ちが良さそうである。
それを兎が見ていた。
象が去った後、自分も水浴びをしようと思ったが、池に入ると、体が小さいから背が立たない。

あわてて兎は逃げた。
ちょうどそのように、森林に入って修行するのがふさわしい者もあれば、かえってよくない者もある。
そなたは教団で修行するがよい

こうしてウパーリは、お釈迦さまの言葉に従い、生涯を教団内で過ごしました。

戒律を忠実に守る

お釈迦さまの教えをよく守り、修行に励んだウパーリは、やがて悟りを開きます。
それからもウパーリは戒律をしっかりと守り続け、他の修行者たちの手本になりました。

お釈迦さまは『増一阿含経』で、最もすぐれたお弟子を挙げられている中で
戒律を奉持して触犯する所なきは、優波離比丘これなり」(増一阿含経)
とほめられるほどになります。
比丘(びく)」というのはお釈迦さまのお弟子のことです。
お弟子の中で、戒律を破らずに守ることは、ウパーリが一番だ、ということです。

やがてウパーリの発案で戒律が作られたり、『中阿含経』によれば、お釈迦さまに戒律について問答したり、「持律第一」といわれて戒律の第一人者となります。
こうして十大弟子の一人に数えられるようになり、教団の内外から尊敬されるようになったのでした。

お釈迦さまが亡くなられた後、お経をまとめる結集(けつじゅう)という会議では、阿難尊者がお経を暗唱したのに対して、ウパーリは戒律を暗唱したのでした。

このように仏教では、身分も男女も関係なく、人種も才能も貧富も美醜も一切の差別なく、すべての人が平等の幸せの世界に生かされる道が教えられているのです。

では、仏教に説かれる平等の幸せとはどんな幸せなのか、どうすればその本当の幸せの身になれるのかについては、以下のメール講座にまとめておきました。
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