八正道(はっしょうどう)

八正道」とは、悟りを目指して行うために、お釈迦さまが説かれた8つの修行です。
東南アジアやスリランカで行われるテーラワーダ(上座部)仏教では、色々な修行がありますが、この八正道を根本としています。

八正道とは?

八正道について、お経には、例えば『中阿含経』にこうあります。
いわく八正道、正見、乃至、正定、これをいいて八と為す
その他、たくさんのお経に説かれていますが、諸経に説かれるところを総合すると「八正道」は以下のようになります。

1.正見(しょうけん)
2.正思惟(しょうしゆい)
3.正語(しょうご)
4.正業(しょうごう)
5.正命(しょうみょう)
6.正精進(しょうしょうじん)
7.正念(しょうねん)
8.正定(しょうじょう)
この8つです。

それぞれどんな意味なのでしょうか?

1.正見とは?

1番目の「正見」とは、正しく見ると書くように、ありのままに見ることです。

私たちは、人をねたんだり、恨んだりしますが、因果の道理を信じ、自分のたねまきをあきらかに見なければなりません。

そして、私たちは考え方が逆立ちしているために、自分の命や幸せはずっと続くように思っていますが、諸行無常ですから、続きません。
このように、仏教の教えにしたがって、ありのままに見ることです。

2.正思惟とは?

正思惟」とは、正しく考えること、正しい意志を持つことです。

私たちは、怒り愚痴煩悩で、よこしまなことばかり考えていますので、欲と怒りとねたみやうらみを離れることです。

3.正語とは?

正語」とは、正しい言葉を使うことです。

口は、心の命令でしゃべりますので、心が、欲や怒りや愚痴によって、よこしまなことばかり思っていると、口には、
綺語(きご)」といわれる心にもないお世辞や、
両舌(りょうぜつ)」といわれる二枚舌、
悪口」といわれる誹謗中傷や、
妄語」といわれるウソとなって現れます。

このような、心にもないおべんちゃらや、二枚舌、悪口やウソを離れ、やさしいあたたかい言葉をかけることです。

4.正業とは?

正業」とは、正しい行為をすることです。
仏教で「」とは、行いのことで、心と口と身体の行いは、全部業と言われますが、ここでは、身体の行いのことです。

私たちは、身体では、生き物を殺す「殺生(せっしょう)」、
他人のものを盗む「偸盗(ちゅうとう)
よこしまな男女関係である「邪淫(じゃいん)」のを造っています。

このような悪いことをしないということです。

5.正命とは?

正命とは、正しい生活をすることです。
戒律を守り、正しい生き方をするということです。

6.正精進とは?

正精進とは、正しいところへ向って努力することです。

精進というと、肉や魚を食べないことだと思いますが、そうではありません。努力のことです。

そして、「正精進」には、最初に「」とありますように、努力は努力でも間違った努力では、「正精進」にはなりません。
正しい努力です。

仏教に説かれる本当の生きる目的達成に向かって努力することです。

7.正念とは?

正念とは、正しい信念を持つことです。
仏教に教えられる本当の生きる目的を常に忘れず、その信念にしたがって生きることです。

8.正定とは?

正定とは、心をしずめて、一つに集中することで、1から7を総括されたものです。

三学との対応

さとりを開く方法をまとめられた「戒定慧」の「三学」で考えると、
八正道の
1.正見、
2.正思惟の2つは「
3.正語、
4.正業、
5.正命の3つは「
7.正念、
8.正定の2つは「」となり、
6.正精進は、三学に共通します。

八正道で得られる結果

八正道は、教えの通りに実行しても、仏のさとりは開けません。
最高でも、阿羅漢(あらかん)という悟りまでです。
しかもそれには、三生六十劫の長期間の修行が必要です。
ちなみに1劫は4億3200万年です。

そして、阿羅漢のさとりを開けば、他の人のために活躍することもありますが、八正道には、これまで見てきたように、自分のさとりを目指す自利の修行ばかりで、他人とのかかわりがありません。

そこで、お釈迦さまが、利他の面も合わせてあらゆるを6つにまとめられたのが、六波羅蜜です。

しかし、八正道は悪いわけではなく、善い行いです。
六波羅蜜と重なるところもたくさんあります。
今日から少しでも心がけるようにいたしましょう。

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