観無量寿経とは?
『観無量寿経』は、浄土宗や浄土真宗で非常に重視されている浄土三部経の一つです。
現在の王舎城跡
(ちなみに王舎城の悲劇については、詳しくはこちらをご覧ください。
➾王舎城の悲劇とは?あらすじと登場人物の正体)
その韋提希夫人を本当の幸せに導かれた説法を記されているのが『観無量寿経』です。
お釈迦さまは一体どのように韋提希夫人を導かれたのでしょうか?
『観無量寿経』の意味と、その内容の概要を分かりやすく解説します。
歴史的な位置づけ
『観無量寿経』は、詳しくは『仏説観無量寿経』といい、略して『観経』ともいわれます。
中国の南北朝時代の宋の元嘉10年(433年)、西域出身の畺良耶舎(382 - 443)という三蔵法師が翻訳したお経です。
このお経に説かれていることが何を意味しているのかは誰にも分からず、ほとんどの人が誤解していたのですが、中国の唐の時代の高僧、善導大師(613-681)が『観無量寿経疏 』でその本当の意味を詳しく解説されています。
それによって日本の法然上人は本当の幸せに救いとられ、浄土宗を開かれています。
その法然上人のお弟子の親鸞聖人は、善導大師や法然上人が教えられた本当の意味をふまえた上で、さらに本当の幸せへ導くための方便が『観無量寿経』に説かれていることを明らかにされています。
浄土宗と浄土真宗を合わせると日本人の大体半分になりますので、『観無量寿経』は仏教の歴史の上でも、日本の歴史の上でも非常に大きな影響を与えたお経です。
観無量寿経の構成
普通、お経は、序分と正宗分と、流通分という3つの部分からなっています。
「序分」とは、そのお経が説かれたきっかけです。『観無量寿経』の場合は王舎城の悲劇です。
「正宗分」とは、そのお経の教えが説かれた本文です。『観無量寿経』では「定散十六観」です。
「流通分」とは、お弟子にこの教えを流通するように託されるところで、結びの部分です。
『観無量寿経』では阿難に対して念仏を託されています。
これを念仏を附属されたといいます。
『観無量寿経』ではさらに、流通分の前に得益分、流通分の後に耆闍分という合計5つの部分があります。
「得益分」では、韋提希夫人が正宗分の7番目の華座観で阿弥陀如来を拝見した時、本当の幸せになったことが説かれています。
ちなみに阿弥陀如来については以下の記事で詳しく解説してありますのでご覧下さい。
⇒阿弥陀如来(阿弥陀仏)とは?
「耆闍分」では、お釈迦さまが王舎城からはじめにおられた 耆闍崛山 に戻られ、阿難が王舎城でのお釈迦さまのご説法を繰り返した部分です。
- 序分……王舎城の悲劇
- 正宗分……定散十六観
- 得益分……韋提希夫人が本当の幸せになった
- 流通分……阿難に念仏を附属
- 耆闍分……阿難が耆闍崛山でご説法を繰り返す
説かれた経緯・王舎城の悲劇(序分)
『観無量寿経』の序分には、証信序と発起序があります。
証信序は「如是我聞」の4文字です。
かくの如く我聞くと読みます。
これはどのお経にも最初に言われる言葉で、お釈迦さまがお亡くなりになった後、お経がまとめられる時に、ボイスレコーダーのごとき記憶力を持った阿難が「私はこのように聞きました」と言った言葉で、信ずるべきことを証明する部分です。
証信序は4字で終わって、次に発起序というのは、お釈迦さまがご説法をなされた経緯です。
王舎城の悲劇が説かれているのですが、7つの部分に分かれています。
1.「化前序
」
2.「禁父縁
」
3.「禁母縁
」
4.「厭苦縁
」
5.「欣浄縁
」
6.「散善顕行縁
」
7.「定善示観縁」
の7つです。
それぞれどのようなことが説かれているのでしょうか?
1.最初にお釈迦さまがおられた場所……化前序
化前序の最初にこのように説かれています。
一時、仏、王舎城耆闍崛山の中にましまして、大比丘衆千二百五十人と倶なりき。
(漢文:一時佛 在王舍城耆闍崛山中 與大比丘衆千二百五十人倶)(引用:『観無量寿経』)
霊鷲山の先端
ある時お釈迦さまは、マガダ国の首都、王舎城の郊外の耆闍崛山に1250人のお弟子と共におられました。
この耆闍崛山のことを霊鷲山ともいわれます。
その時お釈迦さまは何をしようとされていたのかというと、
『法華経』を説かれるところでした。
なぜそれが分かるかというと、王舎城の悲劇が起きたのはお釈迦さま72歳の時ですし、
『法華経』が説かれたのも、お釈迦さまが72歳からのことだからです。
『法華経』と『観無量寿経』は同時のお経なのです。
2.阿闍世が父の王位を奪う……禁父縁
王舎城には、阿闍世という皇太子がありました。
阿闍世は、提婆達多に騙されて、父のビンバシャラ王を七重の牢に幽閉してしまいます。
大臣たちを誰一人近づけず、父の王を餓死させようとしました。
クーデター勃発です。
ビンバシャラ王は、昨日まではインド最強の大国の王でしたが、今日は罪人となってしまいました。
その時、ビンバシャラ王の妃の韋提希夫人は、深く悲しみ、心配して、毎日牢獄を訪ねて身体をきよめて牛乳と蜂蜜と小麦粉を混ぜたものを塗り、アクセサリーの瓔珞
の中に葡萄ジュースを入れて、密かに夫に与えました。
ビンバシャラ王は食事が終わると、お釈迦さまのおられる耆闍崛山に向かって
「どうか親友の目連様をお使わしください」
と願いました。
すると神通力第一の目連と、説法第一の富楼那がやってきて、毎日説法したのでした。
この韋提希夫人の運ぶ食事と、目連と富楼那の説法によって、3週間が過ぎてもビンバシャラ王は心身共に憔悴することはありませんでした。
3.韋提希を幽閉……禁母縁
こんなこととは露さら知らない阿闍世は、3週間経ったので、もう父王は餓死しただろうと思い、牢の門番に様子を尋ねました。
すると、意外にもまだ生きているというので、
「なぜいまだに生きているんだ」と問いただすと、
「申し訳ございません。実は毎日韋提希夫人が密かに食事を運んでおられます。
またお釈迦さまのお弟子たちが来られて説法されていますので、命ながらえておられます」
と正直に白状してしまいます。
この門番が韋提希夫人について言わなければ、『観無量寿経』も説かれなかったかもしれません。
ところが韋提希夫人が食事を運んでいると聞いた阿闍世は、
「何?母上が?おれの敵をかばう以上、母もまた敵だ。沙門たちもまた同類だ」
と激怒して、剣を抜いて母親を斬り殺そうとしました。
これを見た聰明な月光という大臣と名医の耆婆がとがめて
「大王、しばらくお待ちください。
ヴェーダ論によれば、天地が始まって以来、王位を奪うためにその父を殺した悪い王が一万八千に及ぶと聞いております。
ですが、いまだかつて非道にも生みの母親を害した者は一人も聞いていません。
それにもかかわらず大王が今そんなことをなさるのは、まさしく王家の家柄を傷つけられるものです。
そんな悪逆をする者はそもそも人間とは言えませんから、私達は到底黙視することはできません。
どうしても決行なさるのなら私達にも覚悟があります」
と刀の柄に手をかけて制止したので、さすがの阿闍世も二人の命がけの剣幕にたじろぎ、声を震わせながら
「よしわかった。では殺すのは許すが、こいつも牢にぶち込め」
と怒鳴って、母を奥深い室内に幽閉して、二度と出られないように閉じ込めてしまいました。
4.韋提希の苦しみ……厭苦縁
こうして韋提希夫人は哀れにも、自分の子供のために一室に閉じ込められ、
「今まで大切に育ててきたのは何のためだったのか」
と苦しみ愁い、憔悴するのでした。
そしてお釈迦さまのおられる耆闍崛山に向かって、
「お釈迦さまは、昔はよく阿難尊者を使わして慰めてくれました。
私は子供に裏切られて、もう人生真っ暗です。
お釈迦さまほど凄い方なら私が苦しんでいることくらい、簡単に分かられるはず。
どうかお弟子の阿難尊者と目連尊者をお使わしください」
と雨のように涙を流して泣くのでした。
その時お釈迦さまは、耆闍崛山で非常に重要な『法華経』を説法されるところでした。
ところが韋提希の苦しみがお釈迦さまの心のまなこに届くと、『法華経』を中断され、王舎城の韋提希のもとへ向かわれたのです。
それは、『観無量寿経』に説かれる阿弥陀如来の救いのほうが、『法華経』よりも重要だからです。
『法華経』の第23章の薬王品には、女性に対してこのように阿弥陀如来の救いを勧められています。
もし女人あって是の経典を聞いて説の如く修行せば、
此に於て命終して、即ち安楽世界の阿弥陀仏の大菩薩衆の圍繞せる住処に往きて、
蓮華の中の宝座の上に生ぜん。
(漢文:若有女人聞是經典 如説修行 於此命終 即往安樂世界阿彌陀佛 大菩薩衆圍繞住處 生蓮華中寶座之上)(引用:『法華経』薬王菩薩本事品)
そのことから、お釈迦さまはそれまでには『観無量寿経』を説き終わられて耆闍崛山に戻られたのだろうと言われています。
やがてお釈迦さまは、韋提希の願い通りの目連と阿難を従えて、自ら韋提希の前に現れられます。
それを見た韋提希はどれだけ感激することかと思いきや、ネックレスの瓔珞を引きちぎって床に叩きつけます。
そしてなおさら大声をあげて、号泣しながら叫ぶのです。
「お釈迦さま。どうして阿闍世はあんな子になってしまったの?
いえ、あの子は悪い子じゃないわ。
あなたの従兄弟の提婆達多に騙されたのよ。
それというのもお釈迦さま、あなたが凄すぎるからそれをねたんでしでかしたんでしょ?
なんでお釈迦さまは提婆達多と従兄弟なの?
私がこんなに苦しんでいるのもお釈迦さまのせいじゃないのッ」
せっかく助けに来て下されたお釈迦さまにお礼を言うこともなく、逆に責め始めます。
仏教では、「すべての結果には必ず原因がある」という自業自得の因果の道理が教えられています。
それは韋提希夫人も今までお釈迦さまから聞かせていただいてきたのですが、いざ自分に苦しみがやってきた時には、とても自分の行いを反省することができず、阿闍世や提婆達多のせい、果ては何の関係もないお釈迦さまのせいにまでしてしまうのです。
これは、私たちすべての人の姿を教えられているのです。
5.韋提希は浄土を願う……欣浄縁
韋提希夫人が感情的に愚痴を言っている間、お釈迦さまは一言も言葉をかけられず、ただ半眼のまなこでじっと聞いておられました。
これが有名な「無言の説法」です。
迷っている人には、時には話をするよりも無言のほうがいい場合があることをお釈迦さまは知り抜かれていたからです。
こうして韋提希夫人は一言も受け止めてもらえず、慰めてももらえずに、もっと深い苦しみに落ちていきました。
やがて韋提希夫人は五体投地し、お釈迦さまに泣きつきます。
「お釈迦さま、私は王妃になって、お金も財産も、地位も名誉も手に入れ、かわいい子供も産みました。
今まで一生懸命子育てをして、それも終わり、やりたいことも随分やりましたが、少しも幸せにはなれませんでした。
それどころか苦しいことばっかりでした。
もうこんな世の中つくづくイヤです。
この世は地獄、餓鬼、畜生がみちみちて、悪人ばかり。
一体私は何のために生きてきたのでしょうか。
来世は二度とこんな悪声を聞き、悪人を見たくはありません。
どうか苦しみのない清らかな世界を教えてくださいませ」
その時お釈迦さまは、眉間の白毫相から光明を放って、数限りもない諸仏の浄土を見せられました。
韋提希夫人は息をのんで、その清らかな国々の光景を拝見していると、ひときわ輝く阿弥陀仏の極楽浄土を見つけます。
「お釈迦さま、諸仏の浄土はみな光り輝いていますが、私はその中でも一番輝いている阿弥陀仏の極楽浄土に生まれたいと思います。
それにはどうすればよろしいのでしょうか。
どうかそれを教えてくださいませ」
と願ったのでした。
6.お釈迦さまの導き1……散善顕行縁
この時お釈迦さまは微笑されます。
なぜならお釈迦さまは、もともとどんな極悪人も救いとる、阿弥陀仏の極楽浄土へ生まれさせようと思っておられたからです。
お釈迦さまの会心の笑みから放たれた光明が、幽閉されていたビンバシャラ王の心を照らしたために、ビンバシャラ王に心眼が開けたと説かれています。
お釈迦さまは韋提希夫人に
「韋提希よ、そなたがお慕いする阿弥陀仏は、ここを去ること遠からぬところにいられる。
もしそなたの心のまなこが開けるならば、彼の阿弥陀仏が身辺により添いたもうことに気づくであろう。
心から阿弥陀仏とその浄土を思い浮かべるがよい。
今からそなたと未来の人々のために、もろもろのたとえを説いて彼の国に生れる方法を示してあげよう」
といわれ、後で詳しく教えられる散善をおおまかに説かれます。
散善というのは、心が散り乱れたままでやる善のことです。
それが、
「彼の国に生まれようと思う人は、三福をやりなさい」
と説かれる三福です。
三福とは、3つの善ということで、世福と戒福と行福の3つです。
どんな善かというと、それぞれ簡単にいえばこのような善です。
- 世福……父母に孝行し十善を行ずる。
- 戒福……仏法僧に順い諸の戒を守り、起居を乱さない。
- 行福……因果を深く信じ人々を仏の道に入らしめること。
この3つの中でも、世福よりは戒福、戒福より行福が一番の善です。
7.お釈迦さまの導き2……定善示観縁
お釈迦さまは韋提希夫人と阿難に対して、
「あきらかに聞くがよい。これから清らかな行いを説く。
韋提希よ、よく尋ねた。それは非常にいい質問だ。
今から阿弥陀仏の極楽浄土へ生まれる方法を説こう」
と言われ、後で詳しく教えられる定善を大まかに説かれます。
定善というのは、心をしずめてやる善のことです。
しかしながらお釈迦さまは韋提希に、
「そなたは凡夫だから心相羸劣である。
心が劣っていて自分の力ではとても極楽浄土を観察することはできない。
ひとえに仏力によって見せていただけるのである」
と言われています。
こうしてお釈迦さまは『観無量寿経』の教えを説かれるのです。
観無量寿経の教え(正宗分)
『観無量寿経』の教えは、「定善」と「散善」です。
これを「定散二善」といいます。
お釈迦さまが耆闍崛山で
「このたびは特に大事な話をしよう」
と言われて『法華経』を説かれていました。
その『法華経』を中断されてまで説かれたのが定善と散善です。
『法華経』までお釈迦さまが教えて来られたたくさんの善を、定善と散善の2つにまとめられています。
定善に13通りあるので「定善十三観」、散善に3通りあるので「散善三観」といい、合わせて「定散十六観」といいます。
定善十三観
定善とは
定善というのは「息慮凝心」のことです。
息慮凝心とは、おもんぱかりをやめて心を凝らすということで、妄念を静めて心を専ら一つにして集中する座禅や観念のことです。
ですから定善というのは、心をしずめて阿弥陀仏とその浄土を思い浮かべるということです。
そのやり方に13通りあるので定善十三観といわれます。
以下の13です。
- 日想観
- 水想観
- 地想観
- 宝樹観
- 宝池観
- 宝楼観
- 華座観
- 像観
- 真身観
- 観音観
- 勢至観
- 普観
- 雑想観
日想観とは、日が西に沈むのを見て極楽浄土を思い浮かべることです。
それによって浄土が西の方にあることを思い、太陽を覆う黒雲などを見て、自己の罪悪に気づき、太陽の光を見て阿弥陀仏の光明を想う縁とします。
ちなみにお彼岸を春分の日や秋分の日に行うのは、日想観から来ています。
詳しいことは以下の記事にあります。
→【お彼岸とは】お彼岸の時期やお供え墓参り、心がけ、彼岸会の意味を分かりやすく解説
水想観とは、清らかな水を縁として、心を一つにして、最後には浄土の透き通った瑠璃の大地を想うことです。
地想観とは、極楽浄土の大地を思い浮かべることです。
宝樹観とは、浄土の宝の木を思い浮かべることです。
宝池観とは、浄土の宝の池を思い浮かべることです。
宝楼観とは、浄土の宝の建物を思い浮かべることです。
華座観とは、仏の座っておられる蓮の花を思い浮かべることです。
像観とは、阿弥陀仏の仮のお姿を思い浮かべることです。
真身観とは、阿弥陀仏の真のお姿を思い浮かべることです。
この時念仏が説かれています。
観音観とは、観音菩薩を通して阿弥陀仏を思い浮かべることです。
勢至観とは、勢至菩薩を通して阿弥陀仏を思い浮かべることです。
普観とは、普く極楽浄土を思い浮かべることです。
雑想観とは、色々な阿弥陀仏のお姿を混ぜて思い浮かべることです。
お釈迦さまが定善を説かれた心
お釈迦さまはなぜ定善を説かれたのでしょうか?
浄土を見せていただいた韋提希が、
「どうしたら阿弥陀仏の浄土へ生まれられるのか教えてください」
と言えたのは、
「私は善人だから、教えていただけばどんなことでもできる」
と自惚れていたからです。
その韋提希の自惚れを見抜いておられたお釈迦さまは、
「出家したわけでもない戒律も守っていない、悪ばかり造っているそなたが、
そんな阿弥陀仏の浄土へ生まれられるような観法などできるはずがなかろう。
どうせやってもできないから善など捨てなさい」
とは言われず、
「それならこの観法ができれば罪も消えるし、浄土へも往ける。
さあやってみなさい」
と日想観から順番に定善十三観を説かれ、実地にやらせられたのです。
そのお釈迦さまの教えを韋提希はその通りに実行しようとします。
ところが心相羸劣で心が大宇宙を飛び回っているのが私たち凡夫の心です。
それで立派な観法ができるはずがありません。
できるはずのないことをなぜお釈迦さまはやらせられたのかというと、そこには深いご方便があります。
方便といっても嘘ではありません。
仏さまの導きのことです。
詳しくは以下の記事に解説してあります。
やりもしないで「やる気になれば何でもできる」と自惚れている人間に、
「何にもできない自分であった」
と本当の自分の姿を知らせるには、実際にやらせて身をもって知らせるより他に道がありません。
智者の眼からみれば情けない遠回りの道に見えるかもしれませんが、愚者に対しては、これ以外に方法がないのです。
韋提希夫人の救い
このお釈迦さまの教えの通りに実際にやってみた韋提希は、ついにどうにもなり切れない自己が知らされます。
今まで外に向かっていた目が、自分の内心にむけられた時、誰しもじっとしてはいられない無常の自己に驚きます。
居ても立ってもいられない自己の悪業の恐ろしさを照らし出されて、きりきり舞いの苦悶に陥りました。
お釈迦さまは、第六観の宝楼観を説かれた時、韋提希に阿弥陀如来の本願を説き示す時節の来たことを感知されました。
そこで第七観の華座観を説こうとされている時、それを中断されて
「阿難、韋提希よ、明らかに聞くがよい」
と注意を与えられ、
「そなたのために苦悩を除く法を説くぞ」
といわれると同時にお釈迦さまは姿を消され、代わりに金色燦然と輝く阿弥陀仏が韋提希の眼前に住立されます。
その仏身を拝見した瞬間、韋提希は歓喜胸に満ち、暗黒の苦悩は晴れわたり、心眼が開かれたのです。
その時のことをお釈迦さまはこのように説かれています。
仏身を観ずるを以ての故に、また仏心を見る。
仏心とは大慈悲これなり。
(漢文:以觀佛身故 亦見佛心 佛心者大慈悲是)(引用:『観無量寿経』)
韋提希夫人は、阿弥陀仏の御姿を拝見した時、阿弥陀仏の御心を丸もらいして救いとられたのである。
阿弥陀仏の御心とは、大慈悲心のことである、ということです。
その阿弥陀仏の大慈悲心が、南無阿弥陀仏です。
こうして子どもに裏切られ、この世の地獄に苦しんでいた韋提希は、お釈迦さまの導きによって阿弥陀仏の本願を聞き、本当の幸せに救われたのでした。
このように韋提希夫人は華座観の時に阿弥陀仏の本願を聞いて救われたのですが、お釈迦さまは定善十三観を説かれ、その次に散善三観を説かれています。
散善三観
散善とは「廃悪修善」のことです。
定善は心を静めてする善だったのですが、散善は散乱している心のままで行う善です。
これに3通りあるので散善三観といいます。
上輩観と中輩観と下輩観の3つです。
内容は、すでに説かれている三福ですが、上輩観が行福、中輩観が戒福、下輩観が世福と対応しているわけではありません。
お釈迦さまは上輩、中輩、下輩をさらにそれぞれ3通りに分けられて、9通りに分けられています。
なぜかというと、すべての人は悪ばかり造っているのに、みんな善ができると自惚れているので、お釈迦さまは、本当の自分の姿を知らせるには、善に向かわせるしかないと
「心散り乱れたままでも善をしなさい」
と廃悪修善を勧められています。
その時お釈迦さまは、いきなり
「すべての人は悪人だ」
と言っても誰も認めないので、
「すべての人を分けると9通りになる」
と全人類を9通りに分けて、私たちが廃悪修善をする意欲を高めようとしておられるのです。
この9通りを
九品といいます。
- 上品上生……行福……上輩
- 上品中生……行福……上輩
- 上品下生……行福……上輩
- 中品上生……戒福……中輩
- 中品中生……戒福……中輩
- 中品下生……世福……中輩
- 下品上生……十悪……下輩
- 下品中生……破戒……下輩
- 下品下生……十悪五逆……下輩
まず上輩の、上品上生、上品中生、上品下生は、行福ができると思っている人です。
行福というのは、因果の道理を深く信じて、人に仏教をお伝えすることです。
それが一番の善です。
その程度に応じて上中下に分かれています。
次に中輩の、中品上生、中品中生の人は、戒福ができると思っている人です。
戒福というのは、もろもろの戒律を守り、起居を乱さないことで、正しい生活をするということです。
中品下生は、世福ができると思っている人です。
世福とは父母に孝養し、十善を行ずることです。
こうして分けられると、基準が与えられます。
それに照らして、
「自分は因果の道理も信じているし、人にも仏教の話をしているから、上品に入るかな」とか、
「自分は親孝行はしているから少なくとも中品下生よりは上かな」と思います。
そして、少しでも上に行こうと思って、廃悪修善をする意欲がわきます。
最後の下輩は行福も戒福も世福もできない人で、「三福無分」といいます。
三福が一つも無い、ということです。
どんな人かというと、下品上生は十悪を犯しているけれど、念仏を称えている人、
下品中生は戒律を破っているけど念仏を称えている人、
下品下生の人は、十悪五逆の罪を造りながら念仏を称えている人です。
下品下生のことをよく下々品といいます。
下輩の人はこれだけ悪ばかりでなぜ散善に入っているのかというと、
行福、戒福やってみたけどできなかった。
世福も親孝行をすればするほど親不孝が知らされてできなかった。
後は念仏を称えるしかないということで念仏を称えているからです。
下々品にはこのように説かれています。
「汝若し念ずること能わずば、応に無量寿仏と称すべし」と。
かくの如く至心に声をして絶えざらしめ、十念を具足して南無阿弥陀仏と称せん。
仏名を称するが故に、念々の中に於て八十億劫の生死の罪を除く。
(漢文:汝若不能念彼佛者 應稱歸命無量壽佛 如是至心令聲不絶具足十念稱南無阿彌陀佛 稱佛名故於念念中除八十億劫生死之罪)(引用:『観無量寿経』)
これは、一声の念仏に八十億劫の罪を消す力があるということです。
しかしながら善ができないと知らされてこないと名号の功徳に目がつきません。
信仰が進むと念仏を称えずにおれなくなるのです。
自惚れ強い私たちは、やってみないと分かりません。
お釈迦さまはこのように、定善と散善を勧めて、すべての人を逆悪の機と知らせようとされているのです。
観無量寿経の結論(流通分)
こうして観無量寿経の最後の流通分で、お釈迦さまはこのように説かれています。
汝好くこの語を持て、この語を持てとはすなわちこれ無量寿仏の名を持てとなり。
(漢文:汝好持是語 持是語者 即是持無量壽佛名)(引用:『観無量寿経』)
「無量寿仏の名」とは、阿弥陀仏のお名前のことで、念仏のことです。
念仏を称えなさいと称名念仏を勧められています。
これが『観無量寿経』の結論です。
『観無量寿経』の大部分は定散十六観を説かれたのですが、最後には称名念仏を勧められ、私たちを名号に向けさせられています。
これを「廃観立称」といいます。
「観」とは定散十六観のことで、「称」は称名念仏です。
お釈迦さまは『法華経』から『観無量寿経』へ導かれ、『観無量寿経』から念仏について詳しく教えられている『阿弥陀経』に送り出されているのです。
ですが、念仏を称えれば救われるわけではありません。
お釈迦さまが韋提希夫人が救われる時「苦悩を除く法」を説くと言われたように、苦悩の根元を知り、それを断ち切られなければなりません。
その苦悩の根元を断ち切る働きがあるのが名号です。
では苦悩の根元は何なのか、
どうすれば断ち切られるのかということについては、仏教の真髄ですので、以下のメール講座と電子書籍に分かりやすくまとめておきました。
今すぐ読んでみてください。
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この記事を書いた人
長南瑞生
日本仏教学院 学院長
東京大学教養学部卒業
大学では量子統計力学を学び、卒業後は仏道へ。仏教を学ぶほど、その底知れない深さと、本当の仏教の教えが一般に知られていないことに驚き、何とか一人でも多くの人に本物を知って頂こうと、失敗ばかり10年。インターネットの技術を導入して日本仏教学院を設立。著書2冊。科学的な知見をふまえ、執筆や講演を通して、伝統的な本物の仏教を分かりやすく伝えようと奮戦している。
仏教界では先駆的にインターネットに進出し、通信講座受講者3千人、メルマガ読者5万人。ツイッター(@M_Osanami)、ユーチューブ(長南瑞生公式チャンネル)で情報発信中。メールマガジンはこちらから講読可能。
著作
- 生きる意味109:5万部のベストセラー
- 不安が消えるたったひとつの方法(KADOKAWA出版)