仏像の種類と見分け方・意味とは?

阿修羅像
阿修羅像

仏像というと、女性に人気があります。
阿修羅像の哀しい表情がかわいい」とか
金剛力士像のたくましい筋肉がステキ
という仏縁深い女性も多くあります。

お寺に行くと、阿弥陀如来像を始め、たいてい本堂には仏像があります。
また、道端には、地蔵菩薩像が立っていたりします。
ところが、仏像について、現代の多くの人が大変な誤解をしています。
これを知っておかないと、せっかく幸せになれる仏縁かと思ったら、
幸せ になれる道が閉ざされるばかりか、恐ろしい運命になってしまいます。
仏像には、一体どんな意味があるのでしょうか?
この記事では、
・国宝や重要文化財などの有名な仏像
・仏像を壊したり焼いた僧侶のエピソード
・仏像の起源
・仏像の分類や見分け方
・仏や菩薩、神などの目的
などについて分かります。
まず、有名な仏像を時代の順にまとめてみました。

代表的な日本の仏像一覧

たとえば、高校の日本史で登場する仏像は次のようなものがあります。

飛鳥時代

区分 主な仏像
飛鳥文化 ・法隆寺金堂釈迦三尊像
・法隆寺百済観音
・法隆寺夢殿救世観音
・中宮寺半跏思惟像
・広隆寺半跏思惟像
白鳳文化 ・法隆寺阿弥陀三尊像
・法隆寺夢違ゆめたがい観音
・興福寺仏頭
・薬師寺金堂薬師三尊像
・薬師寺東院堂聖観音

飛鳥文化の仏像の特徴

仏教中心の最初の文化で、百済や高句麗、中国南北朝文化の影響を受け、北魏様式と百済・中国南朝様式があります。

北魏様式は力強く端正な顔立ちで、目はアーモンドのような形で、口は三日月のような形をしています。
代表的なのは、仏教を最初に日本に伝えた司馬達等しばたつとの孫、止利仏師とりぶっしが作った金銅像の法隆寺の金堂釈迦三尊像、飛鳥寺の釈迦如来像。
そして明治時代にアメリカ人のフェノロサが発見した法隆寺の夢殿救世観音像です。

百済・中国南朝様式は全体に丸みがあって、柔和な表情です。
代表的なのは、中宮寺や法隆寺の百済観音像と、広隆寺の弥勒半跏思惟像です。
広隆寺の弥勒半跏思惟像は、国宝指定の第一号です。

法隆寺金堂釈迦三尊像

法隆寺金堂釈迦三尊像

法隆寺夢殿救世観音像

法隆寺夢殿救世観音像

広隆寺半跏思惟像

広隆寺半跏思惟像

この3枚の写真では、法隆寺金堂の釈迦三尊像と法隆寺夢殿の救世観音像は北魏様式で、広隆寺の半跏思惟像は百済・中国南朝様式です。

白鳳文化の仏像の特徴

白鳳文化は、天智天皇、持統天皇の時代の文化です。
唐初期文化の影響を受けて、全体に丸みを帯びた穏やかで柔らかい表情が特徴です。

法隆寺阿弥陀三尊像

法隆寺阿弥陀三尊像

法隆寺夢違観音像

法隆寺夢違観音像

興福寺仏頭

興福寺仏頭

仏頭は、98.3cmの大きさです。もともと山田寺の薬師三尊像でしたが、鎌倉時代に奪われて興福寺の本尊となりました。
1411年に火災で頭部だけになりました。

また、この時代に法隆寺の金堂に壁画が描かれています。
その法隆寺の阿弥陀浄土図の勢至菩薩と観音菩薩は、インドのアジャンター石窟の観音菩薩に似ているところがあります。

阿弥陀浄土図・観音菩薩

法隆寺・阿弥陀浄土図・観音菩薩

アジャンター石窟・観音菩薩

アジャンター石窟・観音菩薩

この法隆寺の金堂壁画は、1949年(昭和24年)、火事で焼けて失われてしまいました。
それによって翌年、文化財保護法が制定され、防火、防犯対策が強化されています。

奈良時代

この時代の天平文化は、仏教文化の最盛期です。
中心は東大寺です。

奈良の仏像は、ねんどで作った塑像そぞうと、うるしでかためた乾漆像かんしつぞうがあります。
材質がやわらかいので表情が豊かになっています。
執金剛神像などは、腕の血管が浮き出ています。
また、どちらも中身が空洞で、火災の時に持ち出しやすいように軽くできています。

・興福寺八部衆像(阿修羅像)(乾漆像)
・興福寺十大弟子像(乾漆像)
・東大寺法華堂不空羂索けんじゃく観音像(乾漆像)
・東大寺法華堂執金剛神像しつこんごうしんぞう(塑像)
・東大寺日光・月光がっこう菩薩像(塑像)
・東大寺戒壇堂四天王像(塑像)
・聖林寺十一面観音像(乾漆像)
・唐招提寺鑑真像(乾漆像)
・唐招提寺金堂盧舎那仏像(乾漆像)
・新薬師寺十二神将像(塑像)
・法隆寺五重塔初層塑像群

興福寺阿修羅像

興福寺阿修羅像

興福寺十大弟子富楼那像

興福寺十大弟子富楼那像

興福寺十大弟子須菩提像

興福寺十大弟子須菩提像

東大寺執金剛神像

東大寺執金剛神像

東大寺月光菩薩像

東大寺月光菩薩像

唐招提寺鑑真像

唐招提寺鑑真像

平安時代

平安時代の最初の150年間の律令再建期には、密教が流行し、弘仁貞観文化が起きます。
それから150年の摂関政治期には、浄土仏教が流行し、国風文化が花開きます。
その後100年の院政期には、武士が力をつけて京都で戦乱が起きたため、地方へ非難した人々によって仏像が地方に広がり、院政文化が形成されます。

また、奈良時代から神仏習合しんぶつしゅうごう が起きていました。
神仏習合というのは、日本神道の神と仏教の仏を一緒にしてしまうことです。
聖武天皇の号令による全国の国分寺で、寺が広まりますが、地元の神と融合して行きます。
そして、神と仏が混ざった仏像が造られ始めたのが平安時代です。
それが、薬師寺僧形八幡神像です。

区分 主な仏像
弘仁・貞観文化 ・室生寺弥勒堂釈迦如来坐像
・室生寺金堂釈迦如来像
・室生寺金堂十一面観音立像
・教王護国寺講堂不動明王像
・神護寺薬師如来
・観心寺如意輪観音
・法華寺十一面観音
・元興寺薬師如来
・新薬師寺薬師如来
・薬師寺僧形八幡神像
国風文化 ・平等院鳳凰堂阿弥陀如来
・平等院鳳凰堂雲中供養菩薩像
・法界寺阿弥陀如来
院政文化 ・蓮華王院千手観音
・臼杵磨崖仏
・浄瑠璃寺本堂九体阿弥陀如来

弘仁・貞観文化の仏像の特徴

弘仁・貞観文化というのは密教文化ですが、仏像の特徴は、 一木造いちぼくづくり翻波式ほんぱしきです。
一木造というのは、一本の木をくりぬいて彫刻されているものです。
翻波式というのは、波がひるがえるような模様がついていることです。
それが、
室生寺弥勒堂釈迦如来坐像、
神護寺薬師如来
観心寺如意輪観音像です。

室生寺弥勒堂釈迦如来坐像

室生寺弥勒堂釈迦如来坐像

観心寺如意輪観音像

観心寺如意輪観音像

元興寺薬師如来像

元興寺薬師如来像

国風文化の仏像の特徴

国風文化になると浄土教の文化です。
仏像の特徴は、 寄木造よせぎづくりです。
一木造では、一本の木から造っていましたが、たくさんの木でパーツに分けて作られます。
なぜかというと、浄土教は、庶民にも広まり、貴族だけの密教よりもたくさんの仏像が必要になるため、仏像制作の分業が行われるようになったからです。
10円玉の平等院鳳凰堂は、阿弥陀堂ですが、安置されている阿弥陀如来像は、寄木造の技法を完成させた 定朝じょうちょうの唯一の作品です。

平等院鳳凰堂阿弥陀如来像

平等院鳳凰堂阿弥陀如来像

平等院鳳凰堂雲中供養菩薩像

平等院鳳凰堂雲中供養菩薩像

法界寺阿弥陀如来像

法界寺阿弥陀如来像

鎌倉時代

この時代に活躍するのは、奈良仏師です。
源平の争乱で奈良が焼き討ちにあいましたので、それを復興するために奈良仏師が活躍したわけです。
その代表が慶派の運慶と快慶です。
快慶は、運慶の父親の康慶こうけいの弟子です。
その運慶と快慶と運慶の子供の湛慶たんけいの合作が、寄木造の東大寺南大門の金剛力士像です。運慶の作品は、興福寺無著・世親像も有名です。

・東大寺僧形八幡神像(快慶)
・東大寺南大門金剛力士像(運慶・快慶・湛慶)
・東大寺重源上人像
・興福寺金剛力士像
・興福寺無著・世親像(運慶)
・興福寺天燈鬼・龍燈鬼像(康弁)
・蓮華王院本堂千手観音坐像(湛慶)
・明月院上杉重房像
・六波羅蜜寺空也上人像(康勝)
・高徳院阿弥陀如来坐像(鎌倉大仏)

世親像の目は非常にきれいです。
鎌倉時代になると技術が進歩し、玉眼といって、目のところに水晶を埋め込んであります。
また、天平文化の時には柔らかい素材で写実的な仏像を造っていましたが、
鎌倉時代の技術では、寄木造で写実的な筋肉を表現できるようになっています。

しかしながら、鎌倉時代以降は、仏像は造られなくなっていきます。

東大寺南大門金剛力士像

東大寺南大門阿形金剛力士像

東大寺南大門金剛力士像

東大寺南大門吽形金剛力士像

興福寺金剛力士像

興福寺金剛力士像

興福寺無著像

興福寺無著像

興福寺世親像

興福寺世親像

六波羅蜜寺空也上人像

六波羅蜜寺空也上人像

元禄時代

江戸時代には、美濃出身の円空(1632-1695)が蝦夷から関東、畿内と全国を巡り、円空仏といわれる仏像を作りました。
また、木喰もくじき(1718-1810)も遊行僧で、沢山の仏像を作っています。

・円空仏十二神将像
・木喰仏自刻像

仏像を壊す僧侶たち

仏像を焼いた丹霞たんか

中国の唐の時代、丹霞という禅宗僧侶がいました。

ある冬の寒い朝、お寺の本堂に、本尊として安置してある
木の仏像を持ち出して打ち割り、たき火をし始めました。

 それを見た信徒達は、カンカンに怒って
この罰当たり奴が、なんという勿体ないことをするのか
と言うと、丹霞禅師は平然と答えています。
俺は仏像を火葬して仏の骨である舎利を得ようと思っているのだ」d

信徒たちはあきれて
お前はばかな奴だな、木の仏像を焼いたって、
どうして舎利が得られるんだ?

と笑うと、丹霞すかさず
舎利の取れないような仏像なら
焼いたって全然かまわないではないか

と言い切ったといいます。

ピカピカ輝く仏像にとらわれて、
その元にある仏心を忘れている人への一大鉄槌をくだしているのです。

仏像の手をねじ折った栄西

日本では、禅宗の臨済宗の祖といわれる栄西も
同じようなことをしています。

ある日、栄西の庵室へ、知人が訪れて窮乏を訴えました。

栄西は、その窮状に同情はしたものの、
布施するものが何もなかったので、
お寺の本堂へ行くと、本尊の仏像がありました。

その銅でできた仏像の手をネジ折って、
これなど売ったらいくらかの食べ物が買えるでしょう
と施したそうです。

それを見ていた弟子達が驚いて
なんともったいないことをなさる……
とため息をもらした時、栄西禅師は
もし、あの貧しさを仏さまが聞かれたら、
自身の身をもさいて与えられであろう。
私は、ただその仏心を実行しただけだ

といわれたといいます。

仏像を通じて仏心を受け取り、
仏の真実を聞かなければ、
仏教を殺し仏を殺すことになる

ということです。

では、仏像というのは、一体どこからやってきたのでしょうか?

仏教では偶像崇拝は禁止ではないの?仏像の起源

約2600年前、仏教を説かれたお釈迦さまは、
仏像については説かれていません。

ただし、『雑一阿含経』には、お釈迦さまの時代にも
仏像が造られたエピソードが説かれています。
それはある時、お釈迦さまが、お母さんのマーヤー夫人に説法されるため、
一時的に天上界の忉利天に行かれました。人間界に仏様がおられなくなり、
死にそうなほど憂いたウダヤナ王が、仏像を造らせ、
そのを聞いたコーサラ国の波斯匿王はしのくおうも黄金の仏像を造らせた、
というものです。

しかしながらお釈迦さまが造るように
言われたわけではありません。

ですから、その後の仏教の教団には、
仏の姿を絵にしたり像にしたりしない伝統がありました。
仏塔にある仏伝の絵には、仏のおられるはずの場所に、
仏の姿がありません。
仏の足跡や、仏塔で表現されています。

それもやがてお釈迦さまがお亡くなりになって500年以上経った、
約2000年前に、初めて仏像が造られるようになったと
出土品から推定されています。

場所はインドの北西のガンダーラと、インド北部のマトゥラーです。

インド北西部のガンダーラでは、アレキサンダー大王の侵攻で、
ヘレニズム文化の影響を受け、ギリシア彫刻のような写実的な仏像が造られ、
マトゥラーでは、インド風の仏像となっており、
どちらが先なのかも、相互に影響があったのかも分かりません。

日本の仏像は、お経に説かれている仏の三十二相という特徴が表現されています。
髪の毛の螺髪らほつなどです。

ガンダーラの仏陀直立像

ガンダーラの仏陀直立像

ところがガンダーラの仏像は、仏様でも髪の毛がウェーブしていたりするところが写実的です。

それに対して日本では、白鳳文化のところで触れたように、ガンダーラとは異なる、アジャンター石窟の観音菩薩が、日本の法隆寺も金堂の壁画の観音菩薩に似ています。
日本はガンダーラではないほうの影響を受けていることが分かります。

それ以来、さまざまに仏像が造られ、現在に至ります。
では仏像はどのように分類されるのでしょうか?

仏像の分類と見分け方

仏像とは、仏の像ということです。
その言葉の意味からすれば、釈迦仏や阿弥陀仏大日如来薬師如来
奈良の大仏は毘盧遮那仏など、仏の像を仏像と言うはずです。

ところが、仏の弟子である菩薩についても、
観音菩薩弥勒菩薩地蔵菩薩など色々ありますが、
全部仏像と言われています。

仏教では菩薩よりもさらに下の、
神々や阿修羅の像も、仏像といわれます。

つまり、仏教では尊い順に、仏、菩薩、神というランクが分類されています。
人間なら、偉い人ほどブランド時計や高級スーツに身を包んでいるイメージがありますが、
仏教では偉いほど質素な服装になっていきます。
それは、欲や怒りなどの煩悩を離れて行くからです。
例えば菩薩の仏像は冠などの飾りがありますが、
仏は煩悩がなく、布をまとっているだけです。
また、仏さまは、螺髪らほつというパンチパーマのような髪型なので、すぐ分かります。

ではそもそも、仏や菩薩や神の目的は何なのでしょうか?

仏や菩薩、神々の目的は?

仏というのは、大宇宙の真理を体得された方です。
地球上では仏のさとりを開かれた方は、
お釈迦さまただ一人です。

大宇宙には地球のようなものが数え切れないほどありますから、
仏のさとりを開かれた方も数え切れないほどおられます。

その大宇宙のたくさんの仏方の先生の仏が、阿弥陀仏です。
お釈迦さまは、「私の先生であるばかりでなく、
すべての仏を指導して仏のさとりまで導いた、根本の仏だ

と経典に説かれています。

その仏を目指して修行中なのが菩薩
その下が神々です。

大宇宙の仏方を私たちの苦しみを治療する医者にたとえると、
阿弥陀仏が世界一の名医で、
諸仏はお医者さん、
菩薩は医学生、
神々は、ガードマンなど、
そのほか色々な仕事をしている人たちです。

ですから、仏も菩薩も神々も、総掛かりとなって、
私たちの苦しみをなくすことを目的としているのです。

ではどうすれば私たちの苦しみがなくなるのでしょうか?

あなたが苦しんでいる原因

私たちの苦しみをなくすことは、そう簡単なことではありません。
なぜなら私たちは、どんなにお金を持っていても、科学が進歩しても、
相変わらず苦しんでいるからです。
それというのも、苦しみの根本原因は怒り愚痴
煩悩だと思っていたら、それは見当違いなのです。

世界一の名医である阿弥陀仏が、
私たちが苦しんでいる
根本原因を突き止められ、
それを治す特効薬を造られました。

今のところ、すべての人を苦しみから解き放ち、
本当の幸せ にするのは、この薬しかありません。

ですから、お釈迦さまを始め、大宇宙の仏方は
みなその阿弥陀仏が作られた特効薬を説き勧められています。
菩薩もその弟子ですから当然勧めています。
神々も、その薬を勧め、求める人を守るのがつとめです。

本当は怖い仏像の目的

ところが本来、仏様も、その薬も、色も形もなく、私たちには分かりません。
そこで、私たちに分かるように、形を現されたのが、
阿弥陀如来像や、諸仏、菩薩などの像です。

ですから、仏も菩薩も神も、
本来の目的のために作られて安置されているものは、
おろそかにしてはなりません。

ところが現代では、本来の仏教から逸脱して、
他の目的のために利用されているものばかりです。

例えば、美術品として、見た人を感動させるためとか、
とげ抜き地蔵や、安産阿弥陀如来、縁結びの神、
病気治しや商売繁盛などの現世利益をお願いするための仏像ばかりです。

中にはごく一部、煩悩をおさえ、断ち切る修行のためというのもありますが、
苦しみの根本原因は煩悩ではないので、
それを目的とするのは、仏方の本心ではありません。

現在の仏像は、表面だけ仏や菩薩や神の姿をしていますが、
中身は仏の教えとはほど遠い、
仏の皮をかぶった地獄の使いのようなものですので、
そんなものに騙されては真実の幸福への道が閉ざされてしまいます。

正しい食べ物なら尊重しなければなりませんが、
腐敗し変質した食べ物には近づいてはいけないのと同じです。
お金も、便利な道具ですが、偽造紙幣と分かれば相手にしないようなものです。

仏教によって本当の幸せ になるためには、
仏教の教えを知らなければなりません。

では、あなたの苦しみの根本原因とは何かについては、
電子書籍とメール講座にまとめておきました。

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この記事を書いた人

長南瑞生

長南瑞生

仏教が好きで、東大教養学部で量子統計力学を学んだものの卒業後は仏道へ。仏教を学ぶほど、本当の仏教の教えが一般に知られていないことに驚き、何とかみなさんに知って頂こうと失敗ばかり10年。やがてインターネットの技術を導入して日本仏教アソシエーション(株)を設立。著書2冊。科学的な知見をふまえ、執筆や講演を通して、伝統的な本物の仏教を分かりやすく伝えようと奮戦している。

仏教界では先駆的にインターネットに進出し、通信講座受講者3千人、メルマガ読者5万人。ツイッター(@M_Osanami)、ユーチューブ(長南瑞生公式チャンネル)で情報発信中。メールマガジンはこちらから講読可能

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