イライラ・怒りの解消法(原因と対策)

イライラとか怒りというのは、腹立つ心です。
よく、スーパーでたくさん並んでいるのにレジを打つ人が遅かったり、信号や渋滞で長く待たされると、それだけでイライラします。

さらに、みんなの前でバカにされたり、茶化されたりすると、カッとなりますが、一旦は我慢します。
しかしながら、あと一押しか二押しされて、堪忍袋の緒が切れると、ついに口げんかやストリートファイトが始まります。

この、イライラしたり、カッとなったり、むかついたりする怒りの心を、仏教では「瞋恚(しんい)」といわれます。
全部で108ある煩悩の中でも最も恐ろしい、三毒(さんどく)の一つです。

八宗の祖師といわれる龍樹菩薩などは、『大智度論』に
常に瞋恚を観ずべし、その咎最も深し。三毒の中にこれより重きものなし
(大智度論)
といわれ、三毒の中でも最も恐ろしい、つまり煩悩で一番恐ろしいとまでいわれています。

この怒りの対処を誤ると、人生が劇的に悪化して、地獄を呼ぶのです。

カッと怒ると頭が悪くなる

腹が立つと、頭が悪くなります。

他人が腹を立てたときなら、
「そんなことを言ったりやったりしたらどうなるか」は分かるのに、
自分が腹を立てたときは、我を忘れて、先のことがまったく見えなくなります。

腹を立てれば立てるほど知能指数は下がっていき、怒りの絶頂になると、IQ50以下の、さらには精神障害レベルの言動をしてしまいます。

お釈迦さまは、こう説かれています。
瞋恚の害は則ち諸の善法を破り、好名聞を壊す。
今世後世の人見ることをよろこばず。
まさに知るべし、瞋心は猛火よりも甚だし
」(仏遺教経)
怒りによって、善いことをせず、悪いことをしてみんなから嫌われます。
怒りは猛火よりも激しく全てを焼き払ってしまう、ということです。

例えば上司の一言に腹を立て、くってかかって左遷されたり、会社を首になったり、収入を失い、家族も路頭に迷います。

歴史上の有名な事件でも、忠臣蔵の赤穂浪士なら、浅野内匠頭は、吉良上野介のワイロの要求と、それを拒んだことによる執拗ないじめに腹を立て、ついに殿中松の廊下で刀を抜きます。
その結果、本人は切腹して命を失い、お家断絶になってしまいました。

浅野内匠頭も、殿中松の廊下で刀を抜くと、切腹というルールは知っていたので、一瞬忍耐すればよかったのに、カッと腹を立てると、前後の見境がなくなり、不幸な結末となったのです。

現代のプロスポーツでも、対戦相手や審判の判定に腹を立て、殴りかかる人もあります。
その結果、本人は退場、チームは敗退します。

頭では分かっているのですが、怒りの炎が燃え上がると、頭が悪くなり、先のことが考えられなくなります。
そして、すべてを燃やし尽くしてしまい、後で知能が戻ったときに、「バカだった」と後悔するのです。

これを、
怒りは無謀に始まり、後悔に終わるものだ
といわれます。

なんと本人に怒っている自覚はない

しかも恐ろしいことには、怒りの心は、周りの人から見れば、腹を立てているのは一目瞭然ですが、なんと、本人には自覚がありません。

仲良く話をしていた人が、いつの間にか議論を始めます。
議論をすると、結局どちらも議論に勝つこともなければ、得することはほとんどないのですが、無自覚のうちに感情的になり、口げんかになっているのです。

気がついたときには、
「これはまずい」と思うのですが、もはや引っ込みがつかなくなり、ますますヒートアップしていきます。

普段は温厚な人も、ある特定の話題やトリガー単語が出ると、急に腹を立てて始め、怒り散らすのですが、本人は自覚がありません。

我を忘れて盛り上がっていきますので、自分で気がつくのは、かなり時間が経ってからなのですが、もはや手遅れです。
人は、無自覚のうちに、スムーズに怒りモードに移行し、しばらくして辺りを見渡せば、焼け野原に一人立っているのです。

常に自分の心をよく見つめなければなりません。
では、イライラや怒りの原因は何なのでしょうか?

イライラや怒りの原因

イライラしたり、腹が立つのはどんなときかというと、一言でいえば、自分の思い通りにならないときです。
仏教でいえば、欲の心が妨げられたときです。

他の人と意見が合わないとき、自分の思い通りにならないから、腹が立つのです。

例えば、アメリカで夫婦が離婚する原因の一つに、
「夫が何度言っても、ゴミを出してくれないから」
というものがあります。

第三者から見ると「そんなことで離婚までする?」と思いますが、夫が自分の思い通りにしてくれず、バカにされている感じがして腹が立ち、どうしても許せずに、ついには離婚にまで至るのです。

腹が立ったときには、ちょっと離れて客観的に見てみると、案外それほど大問題ではないことに気づくかもしれません。

怒りの解消法

怒りの感情は解消しようとしなくても、一時的で、しばらくすれば自然に解消し、おさまります。

長くても一晩寝れば、翌朝起きた瞬間からイライラし、怒りに燃えているということはありません。

ですから、もし幸いにも、自分が腹を立てていることに、自分で気づくことができた場合、どうすればいいのでしょうか?

それは、すぐにその場を離れて、怒りが消えるのを待つのが一番です。
しばらくおいて、お互い落ち着いてから、また仕切り直して話し合いましょう。

では、その場を離れられないときはどうすればいいのでしょうか。
それは、数を数えるなどして忍耐し、口や身体に表さないようにするしかありません。

怒りの蛇を、口から出すのは下等の人間。
歯を食いしばって口に出さないのが中等。
胸に蛇は狂っていても、顔に表さないのは上等の人である

と言われます。

しかし怒りの心はなくならない

しかしながら、怒りがおさまったというのは、怒りの煩悩がなくなったわけではありません。

私たち人間は、「煩悩具足」と仏教で教えられています。

具足」というのは、それでできているということですから、人間は煩悩でできた、100%煩悩の塊だということです。

雪だるまから雪をとったら何もなくなってしまうように、人間から煩悩をとったら何もなくなってしまいます。

ですから、怒りがおさまったというのは、煩悩がなくなったわけではないので、また思い通りにならないことがあると、すぐにカーッと火がついて、怒りが再燃するのです。

このように、仏教を聞いて、自分の心を見つめて行くと、自分はこんなに腹を立てていたのかと、今まで気づかなかった自分の心が知らされて来ます。

怒りをコントロールできない人が幸せになる方法

仏教では、怒りの心などの煩悩は、苦しみの「原因」と教えられているのですが、苦しみの「根本原因」は、煩悩ではなく、別にあると説かれています。

その、苦しみの根本原因をなくせば、煩悩あるがままで煩悩即菩提(ぼんのうそくぼだい)煩悩がそのまま喜びの元となる、絶対の幸福の身になれるのです。

その苦悩の根元は何かということは、仏教の真髄ですので、メール講座と小冊子にまとめてあります。以下から今すぐご覧ください。

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