弥勒菩薩みろくぼさつとは?

広隆寺弥勒菩薩半跏思惟像

弥勒菩薩半跏思惟像

弥勒菩薩は、菩薩の中では最高の悟りの位にある菩薩です。
広隆寺の「弥勒菩薩半跏思惟像はんかしゆいぞう」が有名です。
学校の美術の教科書などにも出てくるので多くの人が
一度は目にしたことのある美しい微笑をたたえています。

その口元は、ウルトラマンの口のモデルになったといわれるほどの美しさです。
また、犬夜叉というマンガでは弥勒というキャラクターも登場しています。
そこでこの記事では、
・弥勒菩薩は何者なのか、
・お釈迦さまとはどんな関係にあるのか、
・弥勒菩薩に対する2つの信仰、
・「ミロクの世」とは何か、
などなど、弥勒菩薩に関することを分かりやすく解説します。

弥勒菩薩の説かれるお経

まず、弥勒菩薩は、たまにミトラ教のミトラ(ミスラ)神を、仏教では弥勒と呼ばれているのではないかといわれますが、そうではありません。
弥勒菩薩は、実在の人物です。
サンスクリットではマイトレーヤですが、慈氏じし菩薩、阿逸多あいった菩薩などともいわれ、たくさんのお経に説かれています。
どんなお経に説かれているのかというと、例えば『スッタニパータ』や『阿含経』『賢愚経』にも説かれていますし、
華厳経』や『阿含経』『般若経』『法華経』『大無量寿経』『阿弥陀経』『涅槃経』など様々なお経に説かれています。

特に弥勒菩薩について集中的に説かれているお経は、
弥勒下生成仏経みろくげしょうじょうぶつきょう
弥勒大成仏経みろくだいじょうぶつきょう
観弥勒上生兜率天経かんみろくじょうしょうとそつてんぎょう』の3つです。
これを「弥勒三部経」といわれます。

弥勒菩薩は、実在したお釈迦さまのお弟子ですが、お釈迦さまは、弥勒菩薩を
私の次に仏のさとりを開く後継者だ
といわれています。

ではお経には、弥勒菩薩について、どのように説かれているのでしょうか?
まず、『観弥勒上生兜率天経』にはこう説かれています。

弥勒上生経の内容

お釈迦さまが祇園精舎におられた時、たくさんの人が教えを聞こうと集まってきました。
その時、弥勒菩薩が立ち上がって合掌礼拝すると、お釈迦さまは優しくご覧になられました。
すると、他のお弟子の一人が、同じく立ち上がって、お釈迦さまに質問しました。
お釈迦さま、弥勒はやがて仏になると説かれていますが、まだそれほどまでの修行はできていないように思います。
彼は死んだらどうなるのでしょうか?

お釈迦さまは、
よく聞くがよい。弥勒は今から12年後に死んで、天上界の一つである兜率天とそつてんという世界に生まれるであろう
と言われると、天空に兜率天の様子が映し出されました。

兜率天では、たくさんの天人が、弥勒菩薩のために五百億の宮殿を造っていました。
それはすべて、七つの宝で造られ、高い塀で護られ、竜王に守護されています。

その宮殿の一つから現れた一人のが、弥勒菩薩のためにさらなる49階建ての大宮殿を建立します。
これを「兜率内院四十九院」といいます。
そこでは、五百億の天女が舞を舞っています。

宮殿の庭には八色に輝く宝の池があり、小川から宮殿の外に流れています。
門の外にも池があって、四つの花が浮かび、それぞれ24人の天女がいて菩薩たちの厳しい修行を讃嘆します。
また、菩薩を迎える座席を梵天ぼんてんをはじめとする無数の神々が飾っています。

そしてお釈迦さまは、
12年後、弥勒が人間界で死ぬと、兜率天の座席に突然姿を表し、座禅を組んで座るであろう。
そして、昼と夜の二回、天人たちに教えを説いて導き、人間界の時間で56億7千万年後にまた人間界に生まれ変わるであろう

と説かれています。

現在の弥勒菩薩

では弥勒菩薩は、天上界で現在は何をされているのでしょうか?

今度人間に生まれた時に、地球上で、お釈迦さまの次に仏のさとりを開くと予言されている人です。

ですからまだ仏のさとりは開けていません。
仏のさとりを目指して、現在、修行中です。

さとりといっても、仏教では、低いものから高いものまで全部で52あり、
その一番上の52段目が仏のさとりです。
菩薩」とは「菩提薩埵ぼだいさった」の略ですが、
菩提」とは仏のさとりのことで
薩埵」は求める人ということですから、
菩薩とは、仏のさとりを求めて修行中の人のことです。

ところがさとりを一段も開いていない、ゼロ段から
52段の仏のさとりを開くまでには
普通は三阿僧祇劫という長期間修行しなければなりません。

一劫は4億3200万年、
阿僧祇は10の56乗ですから、
三阿僧祇劫はその3倍です。

弥勒菩薩はすでに長い長い間修行をして、あと1段で仏という
51段のさとりを開き、菩薩の中では最高の位にありますが、
今も天上界の兜率天の内院で仏のさとりを目指して修行をしているのです。

では弥勒菩薩はいつ頃仏のさとりを開くのでしょうか?
弥勒下生成仏経』にはこのように説かれています。

弥勒菩薩はいつ仏のさとりを開くの?

ある時、お釈迦さまのお弟子の中でも智慧第一といわれる舎利弗しゃりほつが尋ねました。
お釈迦さま、弥勒菩薩は、兜率天からこの人間界に生まれて人々を救うのでしょうか。
その時、国土はどのように美しくなるのでしょうか?

お釈迦さまは、
舎利弗よ、今から弥勒菩薩が未来の人間界に生まれる時の様子を見せよう
といわれると、虚空に未来の人間界が映し出されました。

広々とした比翼な土地に、作物がよく実っていました。
人々は、賢く健康で、心豊かに暮らしていました。
ただ、やがて年を取ることは同じでした。

その国の都は広大で、徳のある人ばかりが住んでいました。
道は掃除が行き届き、街角の柱は宝石で昼夜の別なく輝いて、夜に灯火は必要ありません。
地面は砂金で覆われ、金銀が転がっていました。
池や泉には八功徳水が湧き出て、その水を飲めば病気が回復します。

この国の家には鍵をかける必要はなく、町は賑わって栄え、天災も人災もなく、人々はお互いに助け合っていました。
そして寿命が尽きると、自分で墓地に行って静かに生涯を閉じるのでした。

その国に弥勒という智慧も徳もある青年がありました。
その国の王は、ぜひとも弥勒を側近にしたいと考えていましたが、弥勒は成長するにつれ、人生の苦しみについて考えるようになりました。
この国の人々はみんな徳が高い人ばかりなのに欲望に縛られている。
欲望は欲望を呼んで、満たされることを知らない。
そして、人々は長寿ではあるものの、病気や死を免れない。
この苦しみを超えるにはどうすればいいのだろうか

その国の王は、弥勒と縁を深めるために宝を贈りましたが、弥勒はそれを受け取ると、バラモンの集団に布施してしまいました。
ところがそのバラモンたちは、宝を分け合うために、その宝をバラバラに壊してしまいました。
それを見た弥勒は、美しい宝が無残な姿に変わっていくのを見て、無常を知らされました。
形のあるものはすべて壊れる。永遠不滅なものは何もない。私は出家してこの解決を求めよう
こうして弥勒は出家したのでした。

ところが弥勒は、出家したその日に、華林園の竜華樹という菩提樹の下で、仏のさとりを開き、弥勒仏になったのでした。
ですから、弥勒仏が現れる場所は、華林園の竜華樹のもとです。
すると、大地が振動したり、弥勒仏から光明が放たれたりしたので、人々が集まってきて、弥勒仏を拝んで出家しました。
その国の王様やその妃、大臣達をはじめおびただしい人々が出家しました。

すると弥勒仏はこう言います。
今ここに集まってきた人たちは、かつてお釈迦さまの教えをよく守ってきた人ばかりである。過去世のによって、また私に会えたのである。お釈迦さまは、慈悲によって人々にまことの言葉を語り、私にあなた方を救うように託されたのである
こうして、その日、弥勒仏は3回の説法を行い、多くの人がさとりを得ることができました。
この弥勒菩薩が仏のさとりを開いた日の3回の説法を「龍華三会りゅうげさんえ」といいます。

このようにお釈迦さまは、弥勒菩薩は56億7千万年後に、人間界に生まれ、仏のさとりを開いて多くの人を救うと教えられています。

実際、弥勒菩薩が仏のさとりを開く時期について、
菩薩処胎経ぼさつしょたいきょう』というお経には、こう説かれています。

弥勒まさに知るべし、汝また記を受く、
五十六億七千万歳、この樹王の下に於て無上等正覚むじょうとうしょうがくを成る。

記を受く」というのはお釈迦さまから予言を受けるということです。
無上等正覚」とは仏のさとりのことですから、弥勒菩薩は、あと56億7千万年で、兜率天から人間界へ下って仏のさとりを開く、とお釈迦さまから予言されたということです。
その名を「婆意多利耶如来ばいたりやにょらい」といいます。
婆意多利耶は、サンスクリットのマイトレーヤに漢字をあてた音訳なので発音がうっすら似ています。

このように、弥勒菩薩は現在兜率天で修行中で、56億7千万年後に人間界で仏のさとりを開くとお釈迦さまが教えられているため、弥勒菩薩を信ずる人に2種類あります。

2つの弥勒信仰

その2つの弥勒信仰とは、
上生信仰じょうしょうしんこう」と
下生信仰げしょうしんこう」の2つです。

上生信仰

上生信仰」とは、自分が弥勒菩薩のいる兜率天に生まれ、
やがて56億7千万年後に一緒に人間界に生まれたい
と願う信仰です。

上生信仰は、法相宗などの奈良仏教、
天台宗真言宗で行われていました。

例えば大化の改新の中心人物で、藤原氏の繁栄の基礎を築いた
藤原鎌足は、兜率天に生まれたいと思っていました。
藤原鎌足ゆかりの興福寺は法相宗ですが、
たくさんの弥勒菩薩像があります。

真言宗を開いた弘法大師空海も、兜率上生を願っていました。
また、空海の甥で、延暦寺5代目座主をつとめた天台宗円珍
兜率上生を願っています。

しかしながら、上生信仰は、
自力による大変な修行が要求されるため、
下生信仰が生まれました。

下生信仰

下生信仰とは、56億7千万年後、
弥勒菩薩がこの世に現れて仏のさとりを開くときに、
弥勒の救済にあずかりたいというものです。

天台宗最澄は空海に、
ともに弥勒に会うときを待ちたいですね
という手紙を書いています。

空海についても、後世になると、
死んだのではなく、高野山奥の院で、生きながら
弥勒菩薩の下生を待っているという伝説が生まれました。

このような弥勒下生信仰は、弥勒がこの世に現れて救ってくだされる
ミロクの世」を願うことになり、
56億7千万年後は、作物がよく実り、
人間の寿命ももっと延びていると説かれていることから、
いつか救世主が現れて、ユートピアが実現されることを願い、
メシア思想や現世利益と結びつきます。

よく「自分は弥勒の生まれ変わりである」とか
今こそ弥勒下生のときである」という人が現れて
政治運動や、新興宗教を開きますので注意が必要です。

江戸時代の「ええじゃないか」も
凶作・飢饉にあえぐ農民たちが、
五穀豊穣のミロクの世を求める信仰から起きた
とも言われています。

しかしながら、弥勒下生は、あくまで56億7千万年後です。
お釈迦さまがお亡くなりになってから、まだ2600年しか経っていませんので、
弥勒菩薩の出現まで、あと56億6999万7400年待たなければなりません。
待っているうちに、人生終わってしまいます。

ところが、お釈迦さまは、
弥勒菩薩より先に仏のさとりを開く法を説かれています。

普通の人が弥勒菩薩より先に仏のさとりを開く

昔、尾張の国に住んでいた無住禅師が、
ある日、茶店でお茶を注文しました。

すると、お茶を準備しに行こうとしたお婆さんの後ろ姿に、
猫のしっぽが出ているのが、禅師には見えました。

禅師が、
婆さんや、あんたいことしとるなあ、
 死んだら次は猫に生まれるぞ
」と言われると、
お婆さんは、顔色を変えて、
私が畜生道におちなければならないとはどういうことですか
と聞き返しました。

禅師はそれなら証拠を見せてやろうと、
お婆さんの猫のしっぽを足で踏み、
それ動けるなら動いてみよ
といわれますが、
お婆さんはまったく動けませんでした。

驚いたお婆さんは
今日より行いを反省して改めます。
 どうしたら逃れることができるでしょうか

と尋ねると
わしは弥勒菩薩に会いたいから定に入るが、
 定に入れず観念もできない悪人を救うと
 阿弥陀如来が名号を完成されたから、
 それを聞き開けば助かる
」と教えられました。

それを聞いたお婆さんは深く懺悔して
お寺の縁先で一生念仏して送ったと言われています。

さらには、このお婆さん、あとで無住禅師に
どうしてあなたは弥勒菩薩の出世を待たれるのでしょうか。
私は助けられたご恩のあるあなたさまが苦労されるのは見ていられませんから
名号をいただいて共に浄土へ参って下さい

と言っています。

このように、どんな人でも阿弥陀仏の救いにあえば、
生きているときに絶対の幸福の身に救われ、
死ねば極楽浄土へ往って、
弥勒菩薩より先に仏のさとりを開けるのです。

弥勒菩薩を超える幸せになる方法

このことについて、お釈迦さまは、弥勒菩薩に対して、
どんな人も仏教を聞けば、苦しみ迷いの根元が断ち切られる瞬間がある。
よく知るがよい、この人は、この世で限りない功徳と一体になり、
絶対の幸福になれるのだ
」と『大無量寿経』に説かれています。

そうなった人は「ついで弥勒の如し」と『大無量寿経』に説かれ、
弥勒菩薩と同等になると教えられています。
生きているときに、さとりの52段中、
51段まで高飛びするということです。

そうなった人は、死ぬと同時に極楽浄土へ往って仏のさとりを開きますから、
56億7千万年後に仏のさとりを開く
弥勒菩薩を超える幸せな身になれるのです。

では、苦しみ迷いの根元とは何かについては、
電子書籍とメール講座にまとめてあります。

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この記事を書いた人

長南瑞生

長南瑞生

仏教が好きで、東大教養学部で量子統計力学を学んだものの卒業後は仏道へ。仏教を学ぶほど、本当の仏教の教えが一般に知られていないことに驚き、何とかみなさんに知って頂こうと失敗ばかり10年。やがてインターネットの技術を導入して日本仏教アソシエーション(株)を設立。著書2冊。科学的な知見をふまえ、執筆や講演を通して、伝統的な本物の仏教を分かりやすく伝えようと奮戦している。

仏教界では先駆的にインターネットに進出し、通信講座受講者3千人、メルマガ読者5万人。ツイッター(@M_Osanami)、ユーチューブ(長南瑞生公式チャンネル)で情報発信中。メールマガジンはこちらから講読可能

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