お彼岸の時期やお供え・意味

毎年春と秋の2回、「お彼岸」がやってきます。
この記事では、
1.お彼岸の期間
2.家庭で行われる具体的な3種類のお供え、
3.お彼岸の期間中の心構え
4.お墓参りの意味
5.彼岸会という法事をした場合の心得や僧侶を招いた場合のお布施
6.お彼岸の歴史
7.お彼岸の意味
について分かりやすく解説します。
最後まで読まれれば、お彼岸については一通り理解できると思います。

1.お彼岸の期間

お彼岸はいつからいつまでかというと、
春分の日・秋分の日を中日として、それらの前後3日間、
合計7日間ずつを、「お彼岸」といいます。

お彼岸の7日間の初日を「彼岸の入り
最終日を「彼岸の開け」とか「結彼岸」ともいいます。

春分の日前後のお彼岸を「春のお彼岸
秋分の日前後のお彼岸を「秋のお彼岸」といいます。
ですから「お彼岸」は毎年、「春のお彼岸」と「秋のお彼岸」の2回あります。

ちなみに、国民の祝日に関する法律では、
春分の日は、自然をたたえ、生物をいつくしむ日、
秋分の日は、祖先をうやまい、亡くなった人々をしのぶ日とされています。

では春分の日と秋分の日の前後一週間、「お彼岸」には、何をするのでしょうか?

2.お彼岸の3つのお供え

お彼岸の時に家庭で行われるお供えは、
1.彼岸団子
2.おはぎやぼた餅
3.仏花
の3つがあります。

1.彼岸団子

お彼岸のお供えは、まず団子です。
上新粉などで小さい団子をたくさん作り、
底辺が三角形のピラミッド状に積み重ねます。
これを「彼岸団子」といいます。
(白玉団子だと柔らかくて積み重ねたときつぶれます)
自分で作るのが大変な場合、スーパーなどでも、
色々なお彼岸のお供えのお団子が売っていることよくあります。

2.おはぎやぼた餅

ぼた餅
ぼた餅

次に
春の彼岸」では、牡丹の花に見立てた「ぼた餅」、

おはぎ
おはぎ

秋の彼岸」では、萩の花に見立てた「おはぎ」をお供えします。

ぼた餅もおはぎも、あんこでくるんだ餅ですが、どこが違うのかというと、
ぼた餅はこしあんを使って大きめに作り、
おはぎは萩の花のように粒あんを使って小さめに作ります。

これは、実用的な意味では、
あんこの原料の小豆は秋のお彼岸の前にとれるので、
春までとっておくと皮が固くなってしまうために
皮を漉し器でこしとって、こしあんにします。

3.仏花

また、季節の花もあります。

お仏花
お仏花

暑さ寒さも彼岸まで」といわれて、
春も秋も過ごしやすい気候で、
ちょうどきれいな花が咲いています。

ちなみに、秋のお彼岸の時に咲く花に
ヒガンバナがありますが、
ヒガンバナには毒があるので
お供えしないほうがいいかもしれません。

ヒガンバナ
ヒガンバナ

花屋さんやスーパーでも、
普通にお仏花を買えば、季節にあった花が入っています。
普段より少し値上がりしているかもしれませんが、お盆ほどではないことが多いです。

3.お彼岸の心構え

年に2回のお彼岸には、中日を中心とした前後3日ずつに、
お釈迦さまがあらゆるを6つにまとめられた
六波羅蜜ろくはらみつを1つずつ心がける習慣があります。

もちろん全部実践できればそれにこしたことはありませんが、
いっぺんには大変なので、1つずつやってみよう、ということです。

お彼岸の7日間の
初日「彼岸の入り」が布施(親切)です。
2日目が持戒(言行一致)
3日目が忍辱(忍耐)
4日目の中日をおいて
5日目が精進(努力)
6日目が禅定(反省)
7日目の最終日「彼岸の開け」が智慧(修養)です。
智慧というのは、因果の道理を信じて、悪いことをやめてよいことをしましょうということです。
修養といえば、人格を磨くことですが、その基礎として、掃除をするのもいいことです。
基本的には、お仏壇掃除や仏具磨きは、お彼岸ならどこでもたいてい行います。
(最近のフッ素コートの仏具は、磨くとコーティングがはげて汚れるので磨きません)

お彼岸は年に2回ありますので、
それをご縁に、六波羅蜜の善い行いをしましょう
ということです。

4.お墓参り

お墓参り
お墓参り

4番目に、お彼岸には、中日前後によくお墓参りをします。
お墓参りといっても、仏教では、
先祖の霊がお墓にいて、お墓参りをすると
先祖供養になるというわけではありません。

お墓参りについては、
お墓参りの意味
でもっと詳しく解説していますので、そちらをご覧ください。

お墓参りについて簡単に解説しますと、
先祖というのは、代々さかのぼると、
数え切れないほどたくさんの先祖がありますが、
その中で一人でもかければ、
私たちは人間に生まれることはできませんでした。

人間に生まれることができなければ、
本当の幸せになれる道を教えられた
仏教を聞くこともできなかったので、
先祖には大変な恩があります。

そして、お墓参りをすれば、
その亡くなった方々との想い出を思い浮かべたり、
その人の人生を思い出したりします。

色々と大変なご苦労もあったと思いますが、
今はもう亡くなってしまったことを考えると、
自分もやがて死ぬときが来るという
自分の人生の制限時間も意識されてきます。

仏教では、
無常を観ずるは菩提心のはじめなり
といわれて、命が続かないという無常を見つめることが、
本当の幸せになる入り口だと教えられています。

普段は忙しくてなかなか自分の人生を振り返る機会がありませんので、
亡くなられた方をご縁に自分の人生を振り返って、
生きる意味を考えたり、本当の幸せを教えられた仏教を聞くご縁にすれば
有意義なお彼岸になります。

ではお彼岸で仏教を聞くというのはどういうことかというと、
お彼岸には、彼岸会ひがんえという法事が行われることがよくあります。

5.彼岸会ひがんえ

お彼岸には、お盆ほどではありませんが、
お寺では「彼岸会」という行事が行われることが
よくあります。

僧侶や仏教の講師を自宅に招いて法事を開くこともあります。
故人が亡くなって初めての彼岸を「初彼岸」の場合は、特にそうです。

ただその場合でも、故人が亡くなって初めてのお盆
新盆」よりは規模が小さく、
家族やごく近しい人だけでの
法事になることが多くあります。

お寺でも自宅でも、彼岸会では普通は仏教が説かれますので、仏教の教えを聞くことができます。
その場合は、仏教を説かれた方にお布施やお車代を用意します。

この仏教を聞くということが、お彼岸でやることの中では、最も重要です。

ところが、彼岸会が初めてとり行われた時には、
まったく違う目的で始まったのでした。
このようなお彼岸は、どのように始まったのでしょうか?

6.お彼岸の歴史

お彼岸が始まったのは、日本ですので、
インドや中国には、お彼岸の習慣はありません。
日本独自の行事です。

彼岸会」が初めて行われたのは、
坂上田村麻呂を征夷大将軍にして蝦夷征伐をしたり、
奈良の平城京から京都の平安京へ都を移したことで有名な
桓武天皇の臨終の日です。
何のために始めたのかというと、先祖供養ではなく、怨霊退散でした。

桓武天皇は、一度784年に平城京から
京都の長岡京に都を移すのですが、
785年に次の天皇になる皇太子の位にある弟を謀反の罪で流罪としたところ、
皇太子は無罪を主張して抗議の絶食を行って淡路島で死にました。
その後、なぜか桓武天皇の母親や奥さんが次々と病死し、
次の皇太子も病気になり、天然痘が大流行しました。

皇太子の病気を占わせたところ、
死んだ弟の怨霊の祟りだと言われます。
怨霊に怯えた桓武天皇は、怨霊が祟っていると思い込んだ
長岡京をわずか10年で捨てて、
794年、平安京に都を移したのです。

そして、晩年は怨霊に怯えながら
寺院を建立したり、僧侶を淡路島へ派遣したりして、
怨霊対策に明け暮れ、ついに806年の生涯最後の日、
彼岸会を行って死んだのでした。

その後もお彼岸は続けられ、
平安時代中頃の『蜻蛉日記』や『源氏物語』にも登場します。

お葬式が盛んになる室町時代からは、
先祖供養をする仏教の各宗派共通の行事として、
一般化しました。

では仏教では「お彼岸」にはどんな意味があるのでしょうか?

7.お彼岸の意味

彼岸」は仏教の言葉で、インドの言葉では「波羅蜜多はらみった」です。
波羅蜜多を中国語に翻訳すると「到彼岸とうひがん」となります。
その到彼岸を略して彼岸ともいいます。
彼岸」とは、彼の岸と書きますように、向こう岸のことで、悟りの世界であり、涅槃です。
こちらの岸は、苦しみ悩みの世界で、「此岸しがん」といいます。
到彼岸」というのは、苦しみ迷いのこの世界から、悟りの世界である彼岸に渡るということです。

その悟りの世界へ向かう行として、
観無量寿経かんむりょうじゅきょう』というお経には、
心をしずめて阿弥陀仏とその浄土を一心に思う13通りのが教えられています。

その一番最初を「日想観にっそうかん」といって、
西に沈む夕日を見て西方極楽浄土を思い、
日を覆う黒雲を見れば自己の罪悪を見つめ、
日の光を見て浄土の光明を想う縁とするものです。

観無量寿経』の解説書である、中国の善導大師の
観無量寿経疏かんむりょうじゅきょうしょ』では
日想観について、このように教えられています。
冬夏の両時を取らず、ただ春秋の二際を取る。
その日、正東より出でて、直西に没す。
弥陀仏国は、日没の処に当たりて、直西に十萬億の刹を超過する、すなわちこれなり

(観無量寿経疏)

阿弥陀如来の浄土は西のほうにあると『阿弥陀経』にも『無量寿経』にも説かれているのですが、
春と秋の場合は、日没が真西になるので、日想観をするには春と秋がよい、ということです。

そういうことから、春分の日と秋分の日は、太陽がちょうど真西に沈む日ですので、平安時代の中頃には、その前後七日間のお彼岸は、阿弥陀如来の救いを求めて仏教を聞く日になりました。
ですから「彼岸」とは阿弥陀如来極楽浄土のことです。

ということは、お彼岸は何の日でしょうか?

お彼岸は何の日?

阿弥陀仏の極楽浄土へは、どんな人でも往生することができますが、
それには、仏教を聞いて、死ぬまでに六道輪廻の根本原因を
生きている時に断ち切っておかなければなりません。

ですからお彼岸は本来何の日なのかというと、
怨霊退散の日でもなけれぱ先祖供養の日でもなく、
迷いの根元を断ち切られて極楽浄土往生できるように、
仏教を聞く日なのです。

ですから「彼岸会」の法話や仏教講座では、
苦悩の根元が断ち切られるまでの心の道のりを
たとえで教えられた善導大師の「二河白道のたとえ」が
よく話されます。

ところが最近では、お彼岸になっても、
苦悩の根元とは何か話ができる人がほとんどなくなりましたので、
電子書籍とメール講座にまとめておきました。
ぜひ見ておいてください。

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この記事を書いた人

長南瑞生

長南瑞生

仏教が好きで、東大教養学部で量子統計力学を学んだものの卒業後は仏道へ。仏教を学ぶほど、本当の仏教の教えが一般に知られていないことに驚き、何とかみなさんに知って頂こうと失敗ばかり10年。やがてインターネットの技術を導入して日本仏教アソシエーション(株)を設立。著書2冊。科学的な知見をふまえ、執筆や講演を通して、伝統的な本物の仏教を分かりやすく伝えようと奮戦している。

仏教界では先駆的にインターネットに進出し、通信講座受講者3千人、メルマガ読者5万人。ツイッター(@M_Osanami)、ユーチューブ(長南瑞生公式チャンネル)で情報発信中。メールマガジンはこちらから講読可能

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