仏教の大学とは

仏教系の大学を、宗派と地域によって、一覧表にまとめました。
あなたの学びたい宗派の大学は、近くにありましたか?

仏教の大学一覧(宗派・地域別)

宗派/地域 関西 東海 関東 その他
浄土真宗
(西本願寺)
龍谷大学
京都女子大学
相愛大学
岐阜聖徳学園大学 武蔵野大学 兵庫大学
筑紫女学園大学
九州龍谷短期大学
東九州短期大学
浄土真宗
(東本願寺)
大谷大学
大阪大谷大学
京都光華女子大学
同朋大学
名古屋音楽大学
名古屋造形大学
愛知文教大学
  札幌大谷大学
札幌大谷短期大学
帯広大谷短期大学
函館大谷短期大学
九州大谷短期大学
飯田女子短期大学
浄土真宗
(その他)
  高田短期大学   仁愛大学
浄土宗 仏教大学
京都文教大学
京都華頂大学
京都西山短期大学
東海学園大学 大正大学
埼玉工業大学
淑徳大学
 
曹洞宗
禅宗
  愛知学院大学 駒澤大学
駒澤女子大学
鶴見大学
苫小牧駒澤大学
東北福祉大学
臨済宗
禅宗
花園大学 正眼短期大学
常葉大学
常葉短期大学
   
真言宗 種智院大学
高野山大学
大阪千代田短期大学
嵯峨芸術大学
嵯峨芸術短期大学
  大正大学
こども教育宝仙大学
 
天台宗     大正大学  

大正大学は、天台宗真言宗浄土宗が作った大学です。
また、その他、四天王寺大学や足利工業大学があります。

これらの仏教系の大学の他に、国立大学でも一応、仏教の研究を行っている所があります。
これらの私立の仏教系大学と、国立大学の仏教研究は異なる系統があります。

このような大学で仏教を学ぶとき、どんなことに気を付けなければならないのでしょうか。
知らないと後悔しかねない、歴史的な事情があります。

仏教系の大学の歴史と目的

仏教系大学の歴史

仏教系の大学は、宗門大学といわれ、もともと江戸時代は、仏教の各宗派の檀林とか学林といわれる僧侶養成機関でした。
ところが明治時代になり、キリスト教系の学校ができ始めると、1986年頃から各宗の僧侶養成の学校が創られました。これは専門学校です。
それが大正時代、1918年に大学令が公布され、専門学校が大学になりました。
龍谷大学や大谷大学、駒澤大学、立正大学、高野山大学、大正大学などです。
さらに昭和時代の第二次世界大戦後になると教育制度が変わり、たくさんの大学が設立されたという歴史があります。

仏教系大学の目的

もともと仏教系大学は、僧侶の養成機関でしたので、自分の宗派の教えを学ぶのが目的です。
宗乗(しゅうじょう)」といわれる自分の宗派の学問と、「余乗(よじょう)」といわれる他宗派および仏教全般の学問を学んでいました。
そのため、現在のこのような大学では、宗乗からできた浄土真宗の真宗学科、禅宗の禅学科などと、余乗からできた仏教学科があります。

このような大学での仏教の学問は、本来、自分の宗派の仏教の教えを学ぶことにあります。
ところが、明治時代以降に変わってきたのは、国立大学で研究される、もう一つの仏教学の影響によります。

国立大学の仏教研究の歴史

仏教系の私立大学では、ほとんど仏教学という学科や専門はありません。
わずかに東京大学のインド哲学仏教学専修過程と、京都大学に仏教学専修がある位で、他の国立大学ではインド哲学ばかりです。

西洋のキリスト教の神学であれば、信仰を前提として、それを矛盾なく言語化しようとしていますが、日本の仏教学は、経典の成立過程などを推測する単なる歴史学で、仏教が学べるわけではありません。
なぜそんな仏教学になってしまったのでしょうか?

1877年、(明治10年)に東京大学ができて2年後、1879年に原坦山という僧侶が講師として初めて東京大学で仏教の講義を始めました。
1881年に、それが「印度哲学」という名称になりました。
1890年からはそれを村上専精が担当し、1917年、初の教授となりました。
ところが村上専精は、仏教の歴史を研究し、浄土真宗の僧侶であったにもかかわらず、さしたる根拠なしに大乗仏教は釈迦の説かれたものではないと言い出します。

並行して、ドイツ帰りの井上哲次郎が、1884年から、比較宗教及び東洋哲学を始めます。この講義は後半は「仏教起源史」という歴史を扱ったといわれます。
その後、井上の娘の婿である姉崎正治が、ドイツで仏教を学び、1898年からこの講義を引き継いで宗教学緒論を始めます。姉崎正治は「根本仏教」という、現存の文献から立証不可能な仏教を考え出します。

1897年になると、イギリス帰りの高楠順次郎が、梵語(サンスクリット)の講義を始めます。そして、仏教といってもすでになくなってしまったインド仏教の研究が仏教学の中心になっていきます。

1922年、村上専精が退官すると、イギリス帰りの木村泰賢が後任の教授となります。
木村泰賢は、インド仏教を中心に研究し、インド哲学をインド仏教の研究として確立します。
木村泰賢は、1930年49歳で病死し、後任の東京帝国大学教授が宇井伯寿でした。
1933年には、和辻哲郎が東京帝国大学の倫理学教授になります。

木村泰賢は、仏教の旗印である、過去世・現在世・未来世の三世を貫く「三世因果の道理」を主張していましたが、この宇井伯寿と和辻哲郎は、過去世と未来世を否定し、現世的な解釈を推し進めます。

第二次世界大戦後になると、代表的な仏教学者は、中村元です。
中村元は僧侶でもなく、パーリ仏教を重視して比較思想史のような研究を行いました。

このような歴史をたどり、西洋の学問を取り入れた国立大学の仏教学は、インド仏教が中心となり、しかも仏教の教えではなく、歴史を研究する歴史学になってしまったのです。

仏教の大学で学ぶとき気をつける点

このように、仏教の大学には2つの系統があり、仏教の学問にも2つの系統があります。
1つは、伝統的な仏教の学問を学ぶ、仏教系の私立大学です。
もう1つは、西洋の歴史学的手法を使う、近代仏教学の国立大学です。

ところが、現在では、仏教系の私立大学でも、西洋由来の近代仏教学を取り入れ、現在はその研究結果を前提とした学問になっています。

では西洋の仏教学は、どんなものかというと、テーラワーダを名乗るスリランカの分別説部といわれる一宗派が伝えるパーリ仏典を研究したものです。

パーリ仏典は、ほとんどの漢訳仏典よりも後、5世紀頃に編纂され、それ以前どんなことが書かれていたかは分かりません。お釈迦さまが説かれてから1000年も後のことです。
そして、経典の数も漢訳仏典の10分の1程度です。

西洋人の研究方法は、伝統的に、真理は言葉で表せると思っていますので、経典の成立過程を調べ、古い時代の言葉が正しいとする考え方にもとづいています。

そして、教えられた通りの実践もなく、頭で観念的に考えるものです。
ですから西洋の仏教学は、なかば経典の成立の歴史や、考古学的な調査で当時の文化を調べる歴史学となっています。このような西洋の実証的な研究では、人の心は取り扱えません。

ところが仏教の目的は、すべての人を苦しみを離れた絶対の世界に導こうとするものです。
その仏教で教えられる絶対の世界は、言葉を離れたものですから、これを「離言真如(りごんしんにょ)」といわれます。

ところが言葉を使わなければ伝えられないので、言葉で表されたものを「依言真如(えごんしんにょ)」といいます。

インド、中国、日本では、二千年以上にわたり、伝統的に、パーリ仏典の10倍ほどある漢訳仏典を通して、その言葉で表されている絶対の世界を学問と実践をもとに追及してきました。

ですから、経典の成立過程など、仏教文化の歴史に関心があれば、大学で仏教を学べばいいのですが、仏教に説かれる苦しみを離れる方法が知りたければ、現代日本では、学べるところがほとんどなくなってしまいました。

そこで、本来の仏教で教えられている、一切の苦しみを根元を知り、それをなくすにはどうすればいいかということは、小冊子と無料のメール講座にまとめておきましたので、今すぐ以下のページからご覧ください。

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