自利利他とは

自利利他じりりた」は仏法精神を表した仏教の言葉です。
現代ではビジネスや経営の世界でもよく言われる、生きる上での非常にすぐれた考え方でもあります。
一体どんな意味なのか、分かりやすく解説します。

自利利他の意味

自利利他の意味をまずは仏教の辞典で確認すると、このように記されています。

自利利他
じりりた
自ら利益を得ることを<自利>(svartha, atma-hita)、他人を利益することを<利他>(parartha, para-hita)といい、この両面を兼ね備えることが大乗仏教だいじょうぶっきょうの理想とされる。
菩薩ぼさつが<上求菩提じょうぐぼだい下化衆生げけしゅじょう>(上には自利のために菩提を求め、下には利他のために衆生を導くこと)を実践し、仏が受用身じゅゆうしんにおいて自受用・他受用の両面を兼ね備えるとされるのも、大乗仏教のこのような理想を示すものである。

辞書の内容では簡単で分かりにくいと思いますので、もっと分かりやすく解説していきます。

自利利他の利というのは幸せや喜びのことです。
自利」は自分が幸せになること。
利他」は他人を幸せにすることです。

自利利他というのは、自分が幸せになると同時に、他人を幸せにするということです。
自利だけでもありませんし、利他だけでもありません。
自利利他が仏教の精神です。

自利利他の出典

では、お釈迦さまは、自利利他についてどこに説かれているのでしょうか。
お経では、例えば『大無量寿経だいむりょうじゅきょう』にあります。

麁言そごんの自害害彼・彼此倶に害するを遠離して、善語の自利利人と人我兼利するを修習す。
(漢文:遠離麁言自害害彼彼此倶害 修習善語自利利人彼我兼利)

麁言そごん」とは粗い言葉ということで、悪口のことです。
悪口を言って、自ら苦しみ、他人を苦しめ、自分も他人もともに苦しめることを離れ、善い言葉を使って自ら幸せになり、他人を幸せにし、自分も他人も幸せにするようにしなさい、ということです。
このように、自利利他のことを「自利利人じりりにん」ともいいます。

また、龍樹菩薩りゅうじゅぼさつはこう教えられています。

他を利するはすなわちこれ自らを利するなり。
(漢文:利他者即是自利)

他人を幸せにすることが、自分を幸せにすることだ、ということです。

このようなことは、ビジネスや経営の世界でもよく言われることです。

ビジネスや経営でいわれる自利利他

ビジネスといえば商売です。
商売ならひたすら自分の儲けを追求するのではないかと思われがちです。
ですが実際にはそうではありません。

近江商人の三方よし

例えば、昔から近江商人の心がけの「三方よし」が有名です。
三方よし」とは、「売り手よし、買い手よし、世間よし」ということです。
売っている人も喜び、買っている人も喜び、社会貢献にもなる商売を心がけなさい、ということです。
売り手は自分のことで、買い手と世間は他人なので、これも自利利他です。

また、自利利他を心がけるべきだというすぐれた経営者がたくさんあります。

松下幸之助の経営

例えば経営の神様といわれる松下幸之助氏もそうです。

商売というものは、本当は売る方も買う方も双方が喜び、双方が適正な利益を交換するという形でやらないと、長続きしませんし、それは結局はお互いのためにならないと思うからです。

ここで、松下幸之助氏は売る立場ですから、「売る方が喜ぶ」というのが自利です。
買うほうが喜ぶ」というのが利他です。
自利と利他が両方満たされていないと、長続きしないし、お互いのためにならないと言っています。
経営の神様は、自利利他の商売をすべきだと言っているのです。

稲盛和夫氏の自利利他

また、京セラの稲盛和夫氏も同じです。
このように言っています。

事業は「自利・利他」という関係でなければいけません。
自利」とは自分の利益、「利他」とは他人の利益です。
つまり「自利と利他」とは、自分が利益を得たいと思ってとる行動や行為は、同時に他人、相手側の利益にもつながっていなければならないということです。
自分が儲かれば相手も儲かる、それが真の商いなのです。
常に相手にも利益が得られるように考えること、利他の心、思いやりの心を持って事業を行うことが必要です。

こちらのほうがダイレクトに「自利利他」という言葉遣いをしています。
自分の利益が相手の利益につながり、自分が儲かれば相手も儲かるのが真の商いだと言っています。

高島屋の家風

また、高島屋も創業時から「自利利他」を家風としています。
1831年に創業した高島屋は、四箇条の創業精神の第一条に
確実なる品を廉価に販売し自他の利益を図るべし」とあります。
また、二代目は、
高島屋が発展した鍵『自利利他』は、昔から変わらぬ当店の家風であります
と言っています。
仏教の精神である、「自利利他」が高島屋の家風なのです。

ホテルニューオータニ

ホテルニューオータニの創業者、大谷米二郎氏は、一時は「日本の三大億万長者」の一人といわれていました。
どうして成功できたのか、成功の秘訣を尋ねられた時に、
お金を自分の手元に来るようにするのではなく、
 他人が喜ぶように喜ぶようにしていった。

 ちょうど丸い風呂でお湯をかき寄せると、
 お湯はワキの下から向こう側へと逃げていく。
 自分の近くのお湯を押し出すと
 それは回り回って自分の所にやってくる。
 それはすべてにあてはまる」
と答えたといわれます。

この風呂でお湯を押し出す例えは、二宮尊徳が言ったことだと言われています。

海外の経営

ウィンドウズを作ったマイクロソフトでCEOをつとめた
スティーブ・バルマー(Steve Ballmer)氏は、「自利利他」に深く共感し、マイクロソフトの社員大会で「自利利他の精神が大切だ」と言っています。

成功者の習慣を分析したビジネス書『七つの習慣』でも、第4の習慣に「Win-Winを考える」というものがあります。
Win-Win」というのは自利利他のことです。
自分も相手もいい関係になるように考えるのです。
自分が負けて相手が勝つような取引は言うまでもなくしないと思いますが、
自分が勝って相手が負けてもダメです。
お互いにいい関係にならないなら、取引しないほうがましだと言います。
このような自利利他が、成功者に共通する習慣なのです。

儲からない原因

よく儲からない、儲からないという人がありますが、それは、自分ばかり儲けようとしているからです。
儲けを自分のほうへ持って来ようとすると、みんな向こうへいってしまって、儲けることができません。
それと反対に、他人を儲けさせようとすると、自分のほうに儲けが回ってきます。
これが自利利他です。

自分だけが幸せになろうとしても、ダメなのです。
人を幸せにすれば、自分も幸せになるのです。

その意味では「自分が幸せにならなければ、他人を幸せにすることはできない」というのも間違いです。
この考え方に従うと、自分が幸せになるまでは他人の幸せを考えなくなってしまいます。
つまり自分が幸せと感じるまでは、自分の幸せしか考えない、自己中心的な生き方になってしまうのです。
このような考え方を「我利我利亡者がりがりもうじゃ」といいます。
我利」というのは、自分の幸せということです。
我利我利」ということは、自分の幸せばかりで、どこにも他人の幸せは出てきません。

私たちは、の心が強いので、心に任せると我利我利亡者になってしまいます。
ですが、自分の幸せしか考えない人は、他人から嫌われ、人もお金も離れていきます。
これでは幸せになれるはずがないのです。

自利利他の反対は我利我利(三尺三寸箸)

自利利他の反対は、我利我利です。
自利利他と我利我利はどこが違うのかというと、
自利利他は他人の幸せを考えますが、
我利我利は自分の幸せしか考えません。

自分のことしか考えない人は苦しみ、他人の幸せを考える人が幸せになれることを
分かりやすく教えられた「三尺三寸箸」という話があります。

ある人が、地獄を見物に行きました。
地獄だからさぞ貧しい食事だろう」と思ったら、テーブルには山海の珍味が並べられています。
ところがそこに集まってきた地獄の亡者たちは、骨と皮ばかりのガリガリに痩せ細っています。
どうしたことかと地獄の亡者たちが食事をする様子を見ていると、なんと、箸が三尺三寸あります。
三尺三寸は約1メートルです。
ちょうど腕よりも長いので、箸でつかんだ料理が口に入れられません。
腕を大きく広げて箸先を口元にもってきて、ブルブル震えています。
また、料理をつかんでそれを凝視し、途方に暮れている者もいます。
地獄の亡者たちは、美味しい料理を目の前にして、一口も食べる事ができず、ガリガリに痩せているのでした。

これは恐ろしいところだと思った男は、次に極楽に行ってみました。
すると、地獄と全く同じような食卓があります。
そして、用意されているのも地獄と全く同じ、三尺三寸の箸でした。
ところが極楽の住人を見ると、みんなふくよかで、満足そうにニコニコしています。
一体どうするのかと見ていると、
極楽の人々は、長い箸で料理をつかむと、向かいの人に「はい、どうぞ」と与えていました。
与えられた方は、「ありがとう、あなたもどうぞ」と与えます。

地獄の亡者たちは、我利我利で、自分が食べることばかり考えているから、一口も食べることができずに痩せていきます。
それに対して極楽に往生した人たちは、自分が食べることよりも、他人に食べさせることを考えているから、自分も食べることができるのです。

地獄と極楽を見物した男は、
なるほど、地獄へ堕ちる人と極楽へ生まれる人は、心がけが正反対だ
と思って教訓にしたといいます。
自分のことばかり考えている我利我利の人は地獄へ行き、
他人に与えることを考える自利利他の人が極楽へ往けるということです。

勘定合って銭足らず

自分のことばかり考えていると、
勘定合って銭足らず」という状態になります。
これは「算用合って銭足らず」ともいい、
壺算つぼざん」という話に出てくる言葉です。

ある人が、壺を1つ3円で買います。
それからやっぱり壺が2つ欲しいと思い、お店に引き返し、こう言います。
さっき3円払ってありますので、この壺を3円で引き取ってもらって、合計6円で、2つの壺をもらいます
お店の番頭さんは、確かに計算は合うけれども、手元に3円しか残らない。
一体どういうことだ?算用合って銭足らず」と迷います。

この壺算の場合は、正しく計算できていませんが、
自分のことばかり考えていると、正しく計算していても、商売がうまくいかず、
算用合って銭足らず」という状態になるのです。

それが、自利利他に心がけると、商売がうまくいって、
算用合わずに銭余る
という状態になります。
儲かって儲かって、計算以上にお金があふれかえる、ということです。

自利利他を実践すると、不思議に、自分の所へきます。
お金があふれて計算が合わなくなります。

逆に我利我利だと、算用は合いますが、お金が足りなくなります。
だから、我利我利ではなく、自利利他でいかなければなりません。
お金を求めればお金が逃げていき、相手を儲けさせればお金が自分の所にやってくるからです。
まずは人に与えることです。
これは布施ふせの精神でもあります。
布施については以下の記事をご覧ください。
布施とは?お布施の金額の相場や仏教の意味を分かりやすく解説

大乗仏教の自利利他

この自利利他がどこから来たのかというと、仏教です。
自利利他は、大乗仏教の精神でもあります。
大乗というのは、大きな乗り物ということで、すべての人が救われるのが大乗仏教です。
それは、自分が救われるだけではなくて、すべての人を同時に救う自利利他の教えということです。
大乗仏教について、詳しくは以下の記事をご覧ください。
大乗仏教と小乗仏教(部派仏教)の違い

ですから、自利利他は菩薩の目標でもあります。
菩薩とは、仏のさとりを求める人のことです。
あらゆる菩薩がおこす「四弘誓願 しぐぜいがん」には、自利利他が誓われています。
四弘誓願はどんなものかというと、この4つの誓いです。

四弘誓願
  • 衆生無辺誓願度 しゅじょうむへんせいがんど
  • 煩悩無尽誓願断 ぼんのうむじんせいがんだん
  • 法門無量誓願学 ほうもんむりょうせいがんがく
  • 仏道無上誓願成 ぶつどうむじょうせいがんじょう

衆生無辺誓願度 しゅじょうむへんせいがんどとは、すべての人を救うという誓いです。
煩悩無尽誓願断 ぼんのうむじんせいがんだんとは、すべての煩悩ぼんのうを断ち切るという誓いです。
法門無量誓願学 ほうもんむりょうせいがんがくとは、仏教の教えを限りなく学ぶという誓いです。
仏道無上誓願成 ぶつどうむじょうせいがんじょうとは、最高のさとりである、仏のさとりを開くという誓いです。

この中で、最初の衆生無辺誓願度 しゅじょうむへんせいがんどが利他、他の3つが自利ですので、すべての菩薩は自利利他を誓っているということです。

これを「自行化他じぎょうけた」ともいいます。
自行は自ら行ずるということで自利、化他は他を導くということで、利他のことです。

このように、大乗仏教の菩薩の目標は自利利他です。

本当の幸せは自利利他

仏教で教えられる本当の幸せも自利利他です。
自分さえ幸せになれば構わない」という我利我利亡者は助かりません。
自利利他」ですから、自分が幸せになったら、
自分だけ喜んでいるのではなくて、人にもその幸せを伝えずにはいられなくなります。
仏教で説かれる本当の幸せは、言葉を離れた世界だから、とても伝えることはできない。
どうせ言っても分からないんだからと全然伝えようとしないのは、我利我利亡者です。
自分が幸せになったら、自分だけこんな幸せを独り占めしてはもったいない、人にも伝えて喜びの身になってもらう、それが自利利他です。

そして、人に仏教を伝えるというのは、本当の幸せを与えるということになりますから、これほど幸せなたねまきはありません。
すばらしい幸せを生み出す、人間にできる最高のです。

自利のままが利他になる、
利他のままが自利になる、
自利と利他が同時にあるのが本当の幸せであり、自利利他です。

これを自利利他円満といいます。
本当の幸せには、自利と利他が完全に備わっているということです。

お釈迦さまの教えられたことは常に自利利他です。
自利利他が、極楽へ往く人の心がけなのです。

ではその本当の幸せになるには、どうすればいいのかというと、苦しみの根本原因を断ち切られなければなりません。
そうすれば絶対に色あせることも、崩れることもない、本当の幸せになれます。
では苦しみの根本原因とは何か、ということについては、仏教の真髄ですので、メール講座と電子書籍にまとめてあります。
今すぐ見ておいてください。

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この記事を書いた人

長南瑞生

長南瑞生

仏教が好きで、東大教養学部で量子統計力学を学んだものの卒業後は仏道へ。仏教を学ぶほど、本当の仏教の教えが一般に知られていないことに驚き、何とかみなさんに知って頂こうと失敗ばかり10年。やがてインターネットの技術を導入して日本仏教アソシエーション(株)を設立。著書2冊。科学的な知見をふまえ、執筆や講演を通して、伝統的な本物の仏教を分かりやすく伝えようと奮戦している。

仏教界では先駆的にインターネットに進出し、通信講座受講者3千人、メルマガ読者5万人。ツイッター(@M_Osanami)、ユーチューブ(長南瑞生公式チャンネル)で情報発信中。メールマガジンはこちらから講読可能

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