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男尊女卑は仏教にもある?

「男尊女卑(だんそんじょひ)」とは「男を尊び女を卑しめる」と書くように、
男性よりも女性を下に見て、権利が制限される男女差別です。
日本は世界的にみても、男尊女卑が強いといわれています。
2022年の世界経済フォーラムの「ジェンダー・ギャップ指数2022」で日本は、146か国中116位でした。
では、仏教は男尊女卑の教えなのでしょうか?

この記事では、まず日本の男尊女卑の状況を確認して、
世界中の宗教での男女差別がどうなっているか、
それに対して仏教の教えはどうかを比較してみたいと思います。
そうすることによって、仏教と他の宗教との違いが浮き彫りになってきます。

現代日本の男尊女卑

まず日本国憲法の男尊女卑に関する規定を見てみましょう。

憲法における男女平等

日本では、憲法に「法の下の平等」が定められています。
憲法第14条です。

すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。

この憲法第14条の中にハッキリと「すべて国民は、性別によって差別されない」と記されています。

また、第24条にも、婚について夫婦の同権が定められています。

婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

このように、日本国憲法では、男女平等がうたわれていますが、
もちろん産休などの女子労働者保護規定のような、
合理的な理由のある差別は認められています。

国際的な男女差別の撤廃

国際的には、2015年に国連で採択されたSGDsの目標5が「ジェンダー平等を実現しよう」となっており、
その一番最初のターゲットが、「あらゆる場所における全ての女性及び女児に対するあらゆる形態の差別を撤廃する」となっています。
地球規模で男女差別の撤廃に向かっているのです。

ここに至るまでにも、男女差別については色々な努力がなされてきた問題です。
1967年には国連で「女子差別撤廃宣言」が採択されます。
その後1979年に、「女子に対するあらゆる形態の差別の撤廃に関する条約」
通称「女子差別撤廃条約」が採択され、1981年に発効しました。

ところが、日本は男女差別撤廃が遅れ、男尊女卑が強かったので、
この時は女子差別撤廃条約に批准できませんでした。

そこで、1984年に、まず国籍法を改正します。
それまで、日本国籍を取得するには、父親が日本人でなければならかったのですが、
母親が日本人の場合も取得できるようになりました。

1985年には、「男女雇用機会均等法」が制定され、
女性の就職や昇進の機会が男性と平等であることが保証されました。

これらを受けて、1985年に、日本は女子差別撤廃条約に批准します。

その後の日本の男女差別撤廃の努力

その後も差別撤廃の努力は続けられ、
男女雇用機会均等法で、男女の均等な取り扱いは、事業主の努力規定でしたが、1997年には義務規定に改正されました。
差別をなくす努力をするというのではなく、差別禁止になったということです。

1999年の「男女共同参画社会基本法」では、政治上、社会生活上の男女差別も禁止されます。

2018年には、民法が改正され、男性が結婚できる年齢は18歳、女性は16歳でしたが、男女ともに18歳になります。
これは2022年4月1日から施行されます。

このように日本では男尊女卑が強い社会でしたが、
男女平等の努力が続けられています。
このような男尊女卑というのは、日本だけのことなのでしょうか?

世界の宗教にみられる男尊女卑

人類の歴史上、ほとんどの社会が父系社会で、
宗教でも、ほとんどが男尊女卑の傾向にありました。

キリスト教

キリスト教では、神は父ですから男です。
それに似せて男であるアダムを創り、
女はそのあばら程度のものです。

そして神に禁じられていた「知恵の実」を食べて、
男にも勧め、原罪を造ります。

そして中世には魔女狩りが行われたり、
男尊女卑が行われてきました。
教会に行っても男尊女卑になっています。

イスラム

イスラムでは、上記の旧約聖書も用いますし、
コーランには
「アッラーはもともと男と女の間には優劣をおつけになった」
とあります。

現在でもイスラム社会での女性の社会的な権利は
男性に比べて制限されています。

例えば、遺産相続では、コーランに
「アッラーはこうお命じになっておられる。
 男の子には女の子の二人分を
」
とあり、女性は男性の半分しか相続できません。

神道

日本の神道では、国を生んだ神であるイザナミは、
夫のイザナギよりも先に死んでしまいます。
そこで、イザナギは、イザナミに会いに、
死後の世界である黄泉の国を訪れます。

ところがイザナミは死のケガレにとりつかれて、
腐っていました。

その姿に驚いたイザナギは逃げ出します。
イザナミは追いかけてきますが、
命からがらイザナギは脱出できました。

そして、けがれた体を清めるのですが、
そのときに生まれたのがアマテラスです。

このような神話に表れるように、
神道では死をケガレとしますが、血もケガレとします。

そのため神道では、女性は穢れているとして、
神社に入れなかったり、
大相撲の土俵にあがれなかったり、
色々な制限があります。

儒教

中国の儒教の孔子は、
世界の四大聖人の一人といわれますが、
離婚経験があり
「女人と小人は養い難し、
 これを近づければすなわち不遜なり、
 これを遠ざければすなわち怨む
」
と言って、女性との人間関係はお手上げです。

そして儒教の『儀礼(ぎらい)』には、有名な
「未だ嫁さずは父に従い、
 既に嫁しては夫に従い、
 夫死しては子に従うものなり
」
という「三従(さんじゅう)の義」を教えています。

ヒンドゥー教

インドのヒンドゥー教の前身である
バラモン教の『マヌ法典』にも儒教の三従と同じようなことが教えられています。

子供のときは父の、若いときは夫の、夫が死んだときは息子の支配下に入るべし。
女は独立を享受してはならない。

このように、
欧米のキリスト教でも、
中東のイスラム教でも、
日本の神道でも、
中国の儒教でも、
インドのヒンドゥー教でも、
世界中で男尊女卑があのるですが、
仏教ではどうなのでしょうか?

仏教は男尊女卑?

仏教でもこのインドの習慣を受けて、
特に漢訳経典で「三従」が説かれるところがありますし、
『増一阿含経』や『中阿含経』に
「五障(ごしょう)」が説かれるところもあります。
「五障」とは、女性は、以下の5つのものにはなれないというものです。

女性がなれないと説かれるもの
  1. 梵天(ぼんてん)
  2. 帝釈(たいしゃく)
  3. 魔王
  4. 転輪聖王(てんりんじょうおう)
  5. 仏

また、女性を特に罪深きもののように
説かれているところがありますが、
これは決して男尊女卑の考えからではありません。

なぜこのようなことが説かれているのか

仏教では、対機説法といって、相手に応じて法が説かれます。
たくさんのお経の中には、
矛盾するようなことを説かれている場合がありますが
それは相手に応じて説かれているからです。

女性を罪深いもののように説かれるの相手は、
主に男性の僧侶や一般の仏道修行者で、
これらの人々が修行中に色欲によって道を迷わないように、
また執着をはなれさせる為に、
特に女性の欠点を説いて戒められているのです。

ブッダの説かれた男女平等

世界中のほとんどの宗教が男尊女卑の考え方をし、
仏教が説かれた当時のインドでは、
バラモン教による熾烈なカースト制度の身分差別に加え、
男尊女卑の社会でした。

そんな差別社会にあって、
ブッダは万人の平等を説かれていますから、
もちろん男女平等です。

例えば『六法礼経(ろっぽうらいきょう)』には、
夫の妻に対する道の1つにこのようなことが教えられています。

出入、まさに婦を敬すべし。
(漢文:出入当敬於婦)

これは、夫たる者、外出したり帰宅したりする時は、必ずその妻を敬いなさい、ということです。

このような、男性の修行者は女性に気をつけるようにとか、
夫は、外出する時に妻を敬うように、というのは、
どう生きるかという生き方の上でのことですが、
仏教の教える生きる目的である、
本当の幸せになるということについてはどうでしょうか。

幸せについての男女平等

特に、仏教の目的である、本当の幸せになるという点では、
男も女も何の差別もありません。

『相応部経典』には、
このように説かれています。

是の如き車に乗る人は 女にてもあれ、男にてもあれ
この車に依りて 涅槃に至らん。

これは、真実の車に乗る人は、女であろうと男であろうと
実にその真実の車に乗って涅槃のもとに至るであろう、ということです。

こうしてブッダは、初めは警戒されましたが、
男性の僧侶である比丘(びく)の教団の後に
女性の僧侶である比丘尼(びくに)の教団を作られ、
女性にも男性と平等の地位を認められています。

比丘尼の教団を作られる時、お弟子の阿難尊者は、お釈迦様にこんな質問をしています。

阿難、仏にもうさく「女人、仏法中に於いて出家受戒せば、須陀洹果ないし阿羅漢果を得べきやいなや」と。
仏、阿難に告げたまわく「得べし」と。

(漢文:阿難白佛女人於佛法中出家受戒可得須陀洹果乃至阿羅漢果不佛告阿難可得)

これはお弟子の阿難が、お釈迦様にお尋ねしました。
「仏教では、女性が出家して受戒すれば、須陀洹(しゅだおん)や阿羅漢という高い悟りを得ることができるでしょうか」
すると、お釈迦様は、「得ることができる」とお答えになった、ということです。
このように『四分律(しぶんりつ)』には、女性が悟りを開けるとお釈迦様は説かれています。

もちろんパーリ律にも、女性は悟りを開けるとお釈迦様が説かれています。

女人もし如来諸説の法と律とにおいて家を出て出家せば預流果、一来果、不還果、阿羅漢果を現証するを得べけん。

預流果(よるか)、一来果(いちらいか)、不還果(ふげんか)、阿羅漢果というのは悟りの名前で、
特に阿羅漢は、パーリ仏教における最高の悟りです。
インドの言葉では阿羅漢に「アルハンティー」という女性形もあります。
仏教の教えに従って実践すれば、女性も最高の悟りが開けるとお釈迦様は説かれているのです。

このように仏教は、すべての人が本当の幸せになれる教えなのです。

では、そのすべての人が本当の幸せになれる教えとは何かということは、
仏教の真髄ですが、メール講座と電子書籍に分かりやすくまとめました。
ぜひ一度読んでみてください。

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この記事を書いた人

長南瑞生

長南瑞生(日本仏教学院創設者・学院長)

東京大学教養学部で量子統計力学を学び、1999年に卒業後、学士入学して東大文学部インド哲学仏教学研究室に学ぶ。
25年間にわたる仏教教育実践を通じて現代人に分かりやすい仏教伝道方法を確立。2011年に日本仏教学院を創設し、仏教史上初のインターネット通信講座システムを開発。4,000人以上の受講者を指導。2015年、日本仏教アソシエーション株式会社を設立し、代表取締役に就任。2025年には南伝大蔵経無料公開プロジェクト主導。従来不可能だった技術革新を仏教界に導入したデジタル仏教教育のパイオニア。プロフィールの詳細・お問い合わせ

X(ツイッター)(@M_Osanami)、ユーチューブ(長南瑞生公式チャンネル)で情報発信中。メールマガジンはこちらから講読可能。

著作

京都大学名誉教授・高知大学名誉教授の著作に引用、曹洞宗僧侶の著作でも言及。