四苦八苦しくはっくとは?

四苦八苦」は、世間では
車のタイヤがパンクしてスペアタイヤがなくて四苦八苦した
というように、苦労するという意味で使われます。

ところが仏教では、あなたも決して避けられない
いつの時代、どこの国でも、すべての人が経験する、
8つの苦しみ
を教えられているのです。
それぞれどんな意味なのでしょうか?

ブッダはなぜ四苦八苦を説かれた?

四苦八苦は、人生の苦しみを色々と教えられたものです。
ブッダは悟りを開かれて、まず人生は苦なりと四苦八苦を説かれました。
苦しみについて聞きたい人は多くないと思いますが、なぜブッダはいきなり苦しみについて説かれたのでしょうか?

それは、人生苦なりが分からないと、その苦しみを抜きたいという気持ちが起きないからです。
たまに「人生は楽しい」という人がありますが、本気でそんなことを思っていたらその人が気づいていない人生の大問題が解決できずに一生が終わってしまいます。

そしてすべての人は多かれ少なかれ、「結構人生楽しいよ」と思う時があります。
それはどんな時かというと、
あれがやりたい、これがやりたい」とか
あれが欲しい、これが欲しい」と欲を追い求めている時です。
欲しいものはなかなか手に入りませんが、ようやく入れると、すぐに慣れて、ワンランク上のものが欲しくなります。
そしてまたあれがやりたい、これが欲しいと次の目標を目指します。
こんなことを繰り返しているうちに、あまり喜べないまま死ぬまで欲を追いかけ続け、欲の心に取り憑かれた一生を終わってしまうのです。

本当の幸せは、欲を満たす幸せではありませんし、私たちは欲を満たすために生まれて来たのではありません。
それでブッダは、人生の本当の姿を教え、苦しみの根元を抜いて本当の幸せへ導こうとされているのです。
そこでまず教えられたのが四苦八苦です。

四苦八苦とは?避けられない苦痛の数々

仏教では、人生の苦しみを、大きく4つに分けたものを「四苦しく」といいます。
それが次の4つです。

四苦
  1. 生苦しょうく
  2. 老苦ろうく
  3. 病苦びょうく
  4. 死苦しく

この四苦をブッダは『阿含経あごんきょう』にこう説かれています。

生老病死は世の常法なり。

また、ブッダがお亡くなりになる時に説かれた『涅槃経ねはんぎょう』にもこのように説かれています。

生老病死は常に来たりて衆生を切る。

四苦にさらに4つ加えたものを「八苦はっく」といいます。
次の8つです。

八苦
  1. 生苦しょうく
  2. 老苦ろうく
  3. 病苦びょうく
  4. 死苦しく
  5. 愛別離苦あいべつりく
  6. 怨憎会苦おんぞうえく
  7. 求不得苦ぐふとっく
  8. 五陰盛苦ごおんじょうく

これも『阿含経あごんきょう』や『涅槃経』に説かれています。

また、この八苦は、ブッダが説かれた4つの真理である「四聖諦ししょうたい」の一番目の真理、苦諦くたいにあたります。
四聖諦については、こちらの記事に分かりやすく解説してありますので合わせてご覧ください。

四聖諦ししょうたい仏教に説かれる4つの真理

その四聖諦の苦諦について、 ブッダはこのように説かれています。

いかんが苦聖諦くしょうたいなる。
いわく生苦、老苦、病苦、死苦、怨憎会苦、愛別離苦、所求不得苦、略五陰盛苦なり。

このように「四苦八苦」といっても、12あるわけでなく、全部で8つです。

では、それぞれどんな苦しみなのでしょうか。

1.生苦しょうく─死ぬまで苦しむ……

生苦」とは、生きる苦しみです。

生まれる苦しみとわれる場合がありますが、
仏教で私たちが生を受けるのは、出産のときではなく、お母さんのお腹に宿るときですから、
「生まれたときの苦しみ」では、本人は自覚がありません。
四苦八苦を説かれたのは、苦しみを知らせるためですから、
この世に生を受けて、生きていくことが苦しみだ、ということです。

生きるためには、衣食住をそろえるために、働かなければなりません。
一日のほとんどの時間を働いて、他の人と競争し続けなければなりません。
天下を統一し、成功者といわれる、徳川家康でも、
人の一生は重荷を背負って遠き道を行くがごとし
というように、重荷という苦しみをおろせず、
死ぬまで歩き続けなければなりません。
生きるということは、大変な苦しいことなのです。

2.老苦ろうく─あなたの容姿が醜くなる

老苦」とは老いの苦しみです。

30代になれば、今までできたことが
どんどんできなくなっていきます。

物覚えは悪くなり、動きはにぶくなって、疲れやすくなります。
肌はシワより、顔も醜くなり、加齢臭を発し、
髪の毛も白くなります。

年が行くほど、趣味もできなくなり、
新しいことは覚えられなくなり、
楽しみが少なくなっていきます。

昔の友達もだんだん死んで行き、
人は寄りつかなくなり、一人ぽっちで寂しい生活になり、
しばらくして自分も死んでいきます。
老いるというのは、苦しいことなのです。

3.病苦びょうく─死因の9割は病気─

病苦」とは病の苦しみです。
若い頃も、色々な病気になりましたが、
年を取るほど病気にかかりやすくなります。
80歳になると平均8つの病気を持ち、
最終的には病気で死ぬ人が9割です。

中でも日本の死因のトップは、ガンです。
50%の人がガンにかかり、30%の人がガンで死にます。

ガンは最初は自覚がなく、痛みもないのですが、
気づかないうちに血液やリンパ液に乗って全身に転移していきます。
そして、神経がやられると、ビリビリジンジンして痛くて夜も眠れなくなります。
骨や筋肉や関節、皮膚にも浸食していき、一種類の薬では痛みは治まりません。
骨転移には、放射線治療を行いますし、薬物治療や手術の痛み、
抗がん剤の副作用による吐き気、便秘もあります。

やがて骨と皮ばかりにやせてくるのは、ガンの特徴で、
やせればやせるほど、身体が弱ってガンの進行は加速します。
体内が腐って悪臭を放つので、家族がよりつかなくなり、
小さい孫は口に出して「くさーい」と言うので、
精神的にも大きなショックを受けます。

ガンは治すことができないので、このように
まっしぐらに死へ向かって進んで行くのです。

4.死苦しく─人生最悪の苦しみ

死苦」とは死の苦しみです。

死を自覚すると、今まで必死でかき集めてきたお金も、
名誉も地位も何の支えにもなりません。
一切が光を失い、「自分の人生は何だったんだろう」という
生きる意味が分からない苦しみが起きてきます。
これを「スピリチュアル・ペイン」といわれます。
肉体の痛みは、薬である程度とれますが、
スピリチュアルペインは、医学ではなすすべがありません。

愛する家族とも永遠に別れ、自分がこの世に存在しなくなります。
死んだらどうなるかという途方もない恐怖が起きてきます。

遅かれ早かれ、死は誰にでも訪れますから、
死は200%確実な未来なのです。

5.愛別離苦あいべつりく─会うは別れの始め……

愛別離苦」とは愛する人や物と別れる苦しみです。

会うは別れの始め」とか
会者定離えしゃじょうり」と言われ、
出会ったからには、どんなに愛する人とも、
最後は必ず別れて行かなければなりません。

江戸時代・化政文化を代表する俳人・小林一茶は、
晩年になって、ようやく待ち焦がれた子供が生まれました。

さと」と名づけたその長女は、生まれて一年も経つと、
他の子供が持っている風車を欲しがったり、
夜空に浮かぶ満月を、「あれとって」とせがんだり、
たき火を見てきゃらきゃらと笑います。

そのかわいいかわいい一人娘の、あどけないしぐさをいとおしむ情景が、
一茶の代表作「おらが春」に描かれます。

ところがそんな時、突如、さとは当時の難病、天然痘にかかってしまいます。
びっくりした一茶、必死に看病しますが、さとはどんどん衰弱し、
あっという間にこの世を去ってしまいます。
茫然自失、深い悲しみが胸にこみ上げ、一茶はこう詠んでいます。

露の世は つゆの世ながら さりながら
(小林一茶)

露の世は、露のような儚いものと聞いてはいたけれど……。
かわいい娘を失った悲しみは胸をうちふるわせ、
あふれる涙に、もはや言葉が継げません。
一茶の決してあきらめることのできないむせび泣きが聞こえてくるようです。

そして最後は、愛するすべての人と別れて、
自分が死んで行かなければなりません。

6.怨憎会苦おんぞうえく─憎い奴には会う

怨憎会苦」とは、会いたくない人や物と会わなければならない苦しみです。

学校では厳しい先生や、むかつく友達に会わなければならず、
会社では、偉そうな上司にいじめられ、
嫌みな同僚の嫌がらせにあいますが、
毎日朝から晩まで顔を合わせなければなりません。

結婚すれば、感覚の違う姑と会わねばならず、
息子が結婚すれば、我がままな娘を迎え入れて
顔を見るのも嫌な人同士で同棲しなければなりません。

そして人生の最後は、絶対あいたくない死と
対面しなければならないのです。

7.求不得苦ぐふとっく─欲しい物は手に入らない

求不得苦」とは、求めるものが得られない苦しみです。

欲しいものがあっても、お金がないので
たいていは我慢しなければなりません。

大学受験では、できれば一番入りたい大学に入りたいですが、
定員が決まっているので、全員が入れるわけではありません。

就職活動でも同じです。
せっかく就職できても、ポストは限られているので、
同期が全員出世できるわけではありません。
出世すればするほど、それ以上の出世は難しくなっていきます。

欲望は限りがないので、手に入るものは手に入る限り欲しいのですが、
お金も能力も限られているので、手に入りません。

そして命にも限りがあるので、すべてのものを手に入れることはできません。
究極的には永遠の命が欲しいのですが、死ぬことは避けられないので、
どうしても手に入れることはできません。

やがて必ず死んでいきます。

8.五陰盛苦ごおんじょうく─まとめ

五陰盛苦」の「五陰」は肉体(心身)のことで、
五陰盛苦」とは、肉体あるがゆえの苦しみのことです。
これまでの7つを総括されたもので、この肉体によって、
苦しみながら、老いて病気になって死んで行くのです。
つまり、人間は、存在そのものが苦しみということです。
そうすると何のために存在するのかという存在意義の問いが起きてきます。
ここに、何のために生まれてきたのか、
なんのために生きているのか
なぜ苦しくても自殺してはいけないのか
という本当の生きる意味への疑問が起きてくるのです。

まとめとして再び表を出しますと、これが四苦八苦です。

まとめ:八苦
  1. 生苦しょうく」……生きる苦しみ
  2. 老苦ろうく」……老いる苦しみ
  3. 病苦びょうく」……病の苦しみ
  4. 死苦しく」……死の苦しみ
  5. 愛別離苦あいべつりく」……愛する人や物と別れる苦しみ
  6. 怨憎会苦おんぞうえく」……会いたくない人や物と会わねばならない苦しみ
  7. 求不得苦ぐふとっく」……求めるものが得られない苦しみ
  8. 五陰盛苦ごおんじょうく」……肉体あるがゆえの苦しみ。

この四苦八苦の8つの苦しみの中でも、
特に人生を苦しみに染めているのは、
死の大問題です。

その死の大問題を解決して、変わらない幸福にすることが、
仏教の目的です。
人間に生まれてきたのは、欲を満たす喜びを追い続けることではなく、その変わらない幸せになることが本当の生きる意味だと教えられているのが仏教です。
それについてメール講座と電子書籍にまとめてあります。

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この記事を書いた人

長南瑞生

長南瑞生

仏教が好きで、東大教養学部で量子統計力学を学んだものの卒業後は仏道へ。仏教を学ぶほど、本当の仏教の教えが一般に知られていないことに驚き、何とかみなさんに知って頂こうと失敗ばかり10年。やがてインターネットの技術を導入して日本仏教アソシエーション(株)を設立。著書2冊。科学的な知見をふまえ、執筆や講演を通して、伝統的な本物の仏教を分かりやすく伝えようと奮戦している。

仏教界では先駆的にインターネットに進出し、通信講座受講者3千人、メルマガ読者5万人。ツイッター(@M_Osanami)、ユーチューブ(長南瑞生公式チャンネル)で情報発信中。メールマガジンはこちらから講読可能

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