ドクター・キリコの安楽死に終止符

ドクター・キリコ」は、手塚治虫の人気マンガ『ブラック・ジャック』に登場する安楽死の専門医です。
主人公の天才外科医、ブラック・ジャックと激しく対立し、読者に安楽死の是非を問いかけます。
安楽死には、絶対にいけないという人もいれば、認めるべきという意見もあります。
ところがこの安楽死の問題には、明確な答えがあります。
一体安楽死は、いいのでしょうか?悪いのでしょうか?

この記事では、ドクター・キリコと安楽死について、
1.安楽死の4種類とは?
2.日本の法律では安楽死はいいの?
3.日本の医療の現場で安楽死は行われているの?
4.ドクター・キリコの安楽死の要件
5.ドクター・キリコが安楽死をする理由
6.ドクター・キリコの問題提起
7.政府が水面下で進める安楽死政策
8.安楽死の問題の本質
9.安楽死を希望する人の危険な落とし穴
という側面から答えに迫ります。

1.安楽死の4種類とは?

安楽死というのは、病気などで苦しんでいる人を安らかに死なせることです。
これに4種類あります。

1.死が早まらない安楽死

死んで行く時の苦しみを緩和するためにモルヒネなどの鎮痛薬(痛み止め)や鎮静剤を投与しても、特にそれが死を早めるわけではない場合です。
これは、死んで行く時の肉体的な苦しみを和らげるだけですので、これをとやかく言う人はありません。
普通の緩和医療です。

2.死が早まる緩和ケア(間接的安楽死)

死んで行く時の苦しみを緩和するために、モルヒネなどの鎮痛薬を投与して、やむを得ず少し死が早まる場合です。
これを間接的安楽死という場合がありますが、モルヒネなどはそれほど死を早めるわけではなく、また、使わなかった場合もっと長く生きられたのかも分かりません。
これもあまり問題になりません。

3.延命しない安楽死(消極的安楽死・尊厳死)

これは、延命治療を行わないことによって死を選ぶことです。
これは、本人の意志で、延命治療を最初からしない場合と、延命治療を途中でやめる場合があります。

これと似たものに、「尊厳死」があります。
尊厳死とは、人間の尊厳を失わず、人間らしいままで死んで行く、ということで無理な延命治療をしないで自然に死ぬことです。
本人が意識不明になる前に意思表示していない場合、例えば植物状態の人の延命をやめる時などに特に問題になります。

4.積極的な安楽死

積極的な安楽死というのは、患者を殺して肉体の苦しみをなくすことです。
これを自分でやれば自殺です。
医師が処方した薬を患者が服用する場合、医師は自殺幇助です。
海外では、この医師が処方した薬を自分で服用して自殺することを「尊厳死」と呼びます。
本人が希望して医師がやると安楽死となります。
(本人が希望しなければ殺人です)

安楽死というのは、狭い意味では、この積極的な安楽死をいいます。
海外では、この医師が服用した薬を患者が飲むことか、医師が薬を投与する安楽死のいずれか、または両方が法律で認められているところもあります。
ドクター・キリコが行うのも、この積極的な安楽死です。
ブラック・ジャックは、安楽死には反対です。

2.日本の法律では安楽死はいいの?

4つの安楽死のうち、1つ目は、通常の医療行為ですので、法律上何の問題もありません。

ところが2つ目の死が早まる緩和ケアは、通常の医療行為にもかかわらず、実は刑法199条の殺人罪か、202条の本人の同意があっても自殺関与及び同意殺人ということになります。
しかし、医療行為で死が早まったかどうかは分からないので、普通は問題になりません。

3つ目の延命しない安楽死も、刑法199条、202条にあたりますが、本人の明確な意志表示があれば、刑事責任は問われません。
さらに尊厳死についても、患者本人の明確な意志表示がなくても、患者に最も近い親族が明確に意志表示すれば、刑事責任を問われません。

4つ目の積極的安楽死については、1991年に多発性骨髄腫で末期状態になり意識不明となった本人の意志表示がないまま、家族の要望で医師が患者に塩化カリウムを注射して安楽死させ、刑法199条の殺人罪で起訴されました。
その後、2007年に有罪になりましたが、医師による積極的安楽死が許される4つの要件として、
1.患者が耐えがたい激しい肉体的苦痛に苦しんでいること
2.患者は死が避けられず、その死期が迫っていること
3.患者の肉体的苦痛を除去・緩和するために方法を尽くし他に代替手段がないこと
4.生命の短縮を承諾する患者の明示の意思表示があること
が挙げられました。
このように日本の法律では、積極的安楽死も認められていることになります。
ただし、いかなる安楽死も認められないとする意見もあります。

3.日本の医療の現場で安楽死は行われているの?

では実際に、日本の医療の現場では、安楽死についてどのような対応が取られているのでしょうか?
知り合いの外科医に、実際に医療の現場では、安楽死はどうなっているのか聞いてみました。

まず1番目は普通の治療なので、2番目の死が早まる緩和ケアについてです。
手術によって命が縮まることはあるのかというと、そういう場合は手術をしないとのことでした。
手術の成功率が70%と言った場合、残りの30%は死ぬということではなく、これ以上切り進むと命が縮むという限界では、「これ以上は無理」と判断して閉じて縫合するということで、30%は患部に到達できずに対処ができないということです。
次に、モルヒネなどの鎮静剤には使用の上限は定められていない為、本人がのたうち回って苦しんでいる場合、やむを得ず使うそうです。
その結果、そこまでしなければ3日位は生きられたかもしれないという人が、予想より1日位早めに亡くなるという経験はするそうですが、それは鎮静剤によるものかは分からないので、問題にならないということでした。

3番目の延命しない安楽死については、普通の老衰や末期癌などの病気で心停止する人に、もし人工心肺などをつければ、1日くらいは生きられるかもしれないけれど、そういうことをする医師はなく、普通は自然に死んで行きます。
では延命状態になるのはどういう時かというと、事故や脳卒中で病院に運ばれ、とりあえず対処したものの、脳死に至った場合です。
脳死というのは、脳が完全に死んでしまった場合をいいます。
植物状態は大脳の一部を損傷して、意識がなくなったことをいいますが、脳死で回復することはありません。
脳死の場合、どんなに延命処置を行っても、2週間から3週間くらいではなくなります。
1966年の1例目の脳死移植は問題になりましたが、1997年の臓器移植法施行によって、現在は脳死の人から臓器を摘出して、臓器移植することが認められています。
脳死移植の場合は延命はしませんが、それ以外の場合は、脳死でも普通は延命するといいます。
当然、植物状態の人の延命は行い、延命処置を外すことはないし、やりたくもないといいます。

4番目の積極的な安楽死は、4つの要件を満たしていても、自分の投与した薬で患者を殺したくないし、もともと命を延ばすために医師になったのだから、普通の医師はみんな断るはずということでした。

これが、安楽死に関する現在の医療の現場の状況です。
では、手塚治虫の生みだしたドクター・キリコは、どんな時に安楽死を行う、どんな医師なのでしょうか?

4.ドクター・キリコの安楽死の要件

手塚治虫の『ブラック・ジャック』では、高額な手術料を請求する天才的な外科医、ブラック・ジャックは、積極的安楽死には反対して、どんな場合でも何とかして命を延ばそうとします。
その点は普通の医師なのですが、普通でないのはブラック・ジャックは無免許なので、法律からすれば違法という所です。
医師法の第十七条に
医師でなければ、医業をなしてはならない
とあるからです。

それに対して、医師免許はありますが、積極的安楽死を専門に行うのがドクター・キリコです。
薬を使うこともありますが、主に自分で開発した安楽死の機械を使います。
電極を後頭部にあてて超音波のパルスを流すと、延髄がゆっくり麻痺して、徐々に呼吸が止まり、ゆるやかに死に至ります。
だんだん眠くなって夢うつつになり、意識を失うので、眠るように逝くことができます。
その上、自然死と見分けがつかず、保険金も全額支払われます。

2016年から2018年まで連載されたスピンオフ作品『Dr.キリコ~白い死神~』では、ドクター・キリコには、闇の依頼が多いため、警戒心が強く、危ない話には近づかないようにしていると言います。
それでも危ない依頼が多いので、眼帯にはビデオカメラが内蔵されており、保身のために依頼のシーンなどを録画しています。
後で争いが起きた場合に証拠になったりします。

もちろん、ドクター・キリコも、治る患者は治そうとします。
ブラック・ジャック』の「恐怖菌」という作品で
おれだって殺してばかりはいやしない。
なおせる相手ならなおすよ。
やせてもかれても一応は医者だからな

と言っています。
ドクター・キリコが安楽死をするには、以下の3つの要件が必要です。
1.回復の見込みがないこと。
2.生きているのが苦痛であること。
3.本人が自ら死を望んでいること。
これは、日本の裁判所が出した上記の4つの要件のうち、1番と3番をまとめて2番にしているようなので、すでに日本でも罪に問われないのかもしれません。
この3つの要件を満たした場合、ドクター・キリコは、神聖な医療行為として安楽死を施術するのです。

5.ドクター・キリコが安楽死をする理由

ドクター・キリコが初めて登場した1974年10月28日の「恐怖菌」という作品が出た当時は、積極的安楽死は法的に認められていませんでした。
作品の登場人物も安楽死が法的に認められていないと言っています。
4回目に登場した1976年1月12日の「浦島太郎」という作品でも、
生きる望みをたたれた人間はむしろ楽に死なせてやったほうがよっぽどいい
ただ今の法律ではそれは殺人行為になるんだ。
そこらが私の我慢できない所でしてね

と言っています。

では、なぜ法的に認められていないのに、ドクター・キリコが安楽死を行うようになったのかというと、1975年1月6日、2回目に登場した「ふたりの黒い医者」で自ら語っています。

ドクター・キリコは、元軍医で、戦場で体を半分吹っ飛ばされて、それでも死ねないけが人をうんざりするほど見たといいます。
そういう人間をおだやかに死なせると「おかげで楽になります」と喜び、心から感謝して死んで行ったという経験から、違法でも安楽死を行う専門医になったのです。
これは「浦島太郎」でも語っています。

6.ドクター・キリコの問題提起

ブラック・ジャックは、安楽死を否定しますので、
浦島太郎」では、
おれの目の黒いうちはおまえに殺人はさせないぞ
と言います。
ブラック・ジャックにとっては、安楽死は殺人なのです。

ところが、その「浦島太郎」で、大正13年(1924年)に炭鉱の爆発事故で55年間意識不明になっているCさんという患者がありました。
ところが奇妙なことに、70歳のはずのCさんは、事故以来、成長も老化も止まっており、15歳の姿で昏睡を続けています。
意識不明なままでは、本人としても生きている意味がないと考え、お金さえあれば研究を続けたいものの、一月60万円の延命費用がまかないきれず、病院としては、ドクター・キリコに安楽死を依頼します。
最後のチャンスとして、ブラック・ジャックにも蘇生できるか聞きますが、手術が法外に高いため、病院は諦めます。
ところが帰ろうとしたブラック・ジャックがドクター・キリコに出会い、殺す位なら手術代はいくらでもいいといって手術を始めます。
手術をしても意識が戻らなければ、ドクター・キリコに安楽死してもらうことになります。

ブラック・ジャックが18時間に及ぶ手術をした結果、Cさんは目を覚まします。
ところが、意識が戻った途端、老化現象が起こり、
なぜぼくを起こした?
なぜそっとしておいてくれなかった?

と言って、老衰で死んでしまいます。

ドクター・キリコの出番になったとき、すでに安楽死をしなくても、患者は死んでいたため、ドクター・キリコは言葉を失い、ブラック・ジャックは、
おれたちはばかだっ!
と言って、ドクター・キリコと共に、うつむいてしまいます。

ブラック・ジャックは、安楽死はさせないつもりで手術したのに、かえって自分が殺すことになり、自分の愚かさを悔しがっています。
ドクター・キリコは、どうせ死ぬ運命だから早く自分に患者を引き渡せと言っていたのに、自分が手を下すことなく自然死してしまい、自分のやっていることに意味があるのだろうかとうなだれるのです。

この2人のやることは、命を延ばすことと縮めることで、表裏一体です。
医学によって、命を延ばしたり縮めたりできるのですが、この話は、命を延ばしたり縮めたりするのは何のためなのかという問題提起なのです。

現実には、本人は、医学によって命を延ばしてもらって喜ぶこともあれば、縮めてもらって喜ぶこともあります。
実際、ドクター・キリコは助かる患者は助けるため、戦場で手足を失って殺してくれと言っている兵士を助け、退役後、その兵士は身体障害者として苦しい人生を送り、激しく恨まれたこともあります。
つまりドクター・キリコは、安楽死を行うことによって、医学は何のためにあるのかを問題提起しているのです。

7.政府が水面下で推進している安楽死

命を縮める積極的安楽死については、日本の裁判所が認めているような判決を出しましたが、いまだに法整備はされていません。
安楽死というと、世論の反対が大きいので、なかなか進みませんが、ほとんどの人には分からないところで政府が進めていることがあります。
それは、胃ろうの制限です。

胃ろうというのは、胃に直接栄養を注入する方法で、最もすぐれた延命処置です。
例えば点滴で栄養を入れていると2年くらい生きられるところ、胃ろうなら5年くらい生きられます。
また、費用も安く、鼻や喉に管を通さないため違和感が少なく、入浴もでき、対応している老人ホームにも入れるなど、メリットがたくさんあります。

ところが、高齢者に長生きされると健康保険が赤字という問題があるためか、2014年に政府は、胃ろう造設術の報酬を引き下げ、年間件数が一定数を超えるとペナルティを科すようになりました。
医療機関に対して胃ろうを控えるようにというお達しです。
家族としても、高齢者に長生きされると毎月の老人ホームの負担が長く続くので、胃ろうを控えることに同意する家族も多くあります。

2019年6月2日、NHKは、スイスで安楽死を行った日本人女性についてのNHKスペシャル「彼女は安楽死を選んだ」を放送しました。
生きるか死ぬかで迷っている本人に死を勧めてしまうのではないかとか、寝たきりなら死んだほうがいいのではないかという社会からの圧力が増えるのではないかという反論が沸き起こり、世の中に波紋が広がりました。
このように、政府としては少しずつ安楽死を是とする方向へ進める方向にありますが、まだ世論は難しそうな見通しです。

8.安楽死の問題の本質

このように、お金がなければ医療は行えませんので、国や本人や家族の経済的な問題もありますし、医学によって命を延ばしたのに、本人は余計苦しくなってしまい、なぜ命を延ばしたのかと苦情を言われたりすることもある難しい問題です。
では、安楽死の賛否に結論が出ない原因はどこにあるのかというと、なんのために生きるのかが分からない所にあります。
延ばした命で何をするのかという生きる目的がハッキリすれば、どんなに苦しくてもその目的を果たすまでは生き抜かなければなりません。
そして、この生きる目的によって、安楽死も否定されます。
このように、安楽死の問題に明確な回答が出せないのは、苦しくてもなぜ生きるのかという生きる意味が誰も分からないからなのです。
この本当の生きる意味が分からない限り、どう生きるかという生き方だけで論じていても、安楽死の問題に答えは出ないでしょう。
本当の生きる意味は何かということが、安楽死の問題には待望されているのです。

ところが、その一般には知られていない本当の生きる意味が、仏教に教えられています。
ですから、仏教によってその本当の生きる意味を知らされた人は、安楽死を否定し、医学によって命を延ばさなければならないことがハッキリします。
ここに、安楽死の問題の真の終止符が打たれるのです。

9.安楽死を希望する人の危険な落とし穴

それともう一つ、安楽死を希望する人が見落としている重大な問題があります。
それは、死んだらどうなるかという問題です。
これは自殺する人も同じですが、安楽死を希望する人は、
死んだ方が今よりまし。今の苦しみから逃れたい
という人が多いと思います。

それはおそらく死んだら無になると思っているのだと思いますが、よく考えてみると、本当は死んだら無になる証拠も確証もないと思います。
おそらく、心は脳が生み出しているという唯物論的な考え方から、死んだら無になると思っていると思いますが、心が脳から生み出されているという根拠は科学にはありません。
科学的には、どうして心があるのか分からないのです。
そして、肉体が死ねば心がなくなることも実証できません。

実際にどうなるかは人間には分からないので、
死んだほうがまし
に根拠はありません。

そして、リスクが高いのは、死んだ人が生き返ることはできないことです。
せっかく今の苦しみから逃れたいと思って、思い切って安楽死をしてもらったのに、死んだほうが苦しかった場合、もう取り返しはつきません。
ちょうど、入ったら二度と出てこれず、中がどうなっているか分からない部屋に入って行くようなもので、非常に危険です。

仏教では、「すべての結果には必ず原因がある」という因果の道理に立脚して、この科学では未だ解明されていない、心のしくみについても詳しく解明されており、死後どうなるかについても詳しく教えられています。
そして、死ぬまでに必ず果たさなければならないたった一つのことを教えられているのです。
それが本当の生きる目的です。

では、本当の生きる目的とはどんなもので、どうすればそれを果たせるのかということは、仏教の真髄なので、メール講座と電子書籍にまとめておきました。
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