勢至菩薩とは?

勢至菩薩せいしぼさつは、本来は大勢至菩薩といい、略して勢至菩薩です。
勢至菩薩は、菩薩の中では最強と説かれています。
弥陀三尊の右側ですので、たくさんのお寺に勢至菩薩像があり、国宝に指定されています。
一体どんな菩薩なのか、分かりやすく解説します。

勢至菩薩とは

勢至菩薩とはどんな菩薩なのでしょうか?
まずは簡単に仏教の辞典を確認してみましょう。

勢至菩薩
せいしぼさつ[s:Mahasthamaprapta]
<大勢至菩薩><得大勢菩薩>ともいう。
無量寿経むりょうじゅきょう観無量寿経などに阿弥陀仏あみだぶつ脇侍きょうじとして観世音菩薩とともに出る。
観音が慈悲をもって衆生しゅじょう済度さいどするのに対し智慧をもってする。
密教では八大菩薩の一で、胎蔵曼荼羅たいぞうまんだら(両界曼荼羅)の観音院に属する。
観無量寿経では阿弥陀仏の左方に観音、右方に勢至を配して阿弥陀三尊とするが、密教は左右逆にする。
未敷蓮華みふれんげ(蕾の蓮華)をもって象徴(三昧耶さんまや)とし、1周忌法要の供養仏とされる。
宝冠や頭部などに水瓶すいびょう標幟ひょうじとしてつけるのが図像的特徴。
来迎図らいこうずでは合掌の姿であらわされることが多い。

このように仏教辞典には、勢至菩薩について簡単に説明されています。
ですが、勢至菩薩は、最強の菩薩です。
大阿弥陀経』には、このように説かれています。

諸菩薩の中に最尊の両菩薩あり。(中略)
その一菩薩を摩訶那鉢と名く。
光明智慧最第一なり。

(漢文:諸菩薩中 有最尊兩菩薩(中略)
其一菩薩名摩訶那鉢 光明智慧最第一)

摩訶那鉢」とは勢至菩薩のことです。
勢至菩薩は、たくさんの菩薩の中で最も尊い2人の菩薩の1人です。
ちなみにもう一人は、観音菩薩です。
勢至菩薩は、光明、智慧が、第一だと説かれています。
光明というのは智慧と同じ意味ですが、力や働きのことです。
最も力のある菩薩が勢至菩薩なのです。

では、勢至菩薩というのはどんな意味なのでしょうか?

勢至菩薩の意味

勢至菩薩は、正式な名前は大勢至菩薩です。
それを略して勢至菩薩といわれます。

菩薩というのは、菩提薩埵ぼだいさったを略したもので、「菩提」は仏のさとり、「薩埵」は人のことなので、仏のさとりを求める人を菩薩といいます。
ですから、まだ仏のさとりを開いているわけではありませんが、仏のさとりを目指して努力している人です。

では勢至菩薩はなぜ勢至菩薩といわれるのかというと、ものすごい力、勢いがあるからです。
例えば『観無量寿経』にはこのように説かれています。

智慧の光をもって普く一切を照らし、三途を離れしむるに無上力を得たり。この故にこの菩薩を号して大勢至と名く。(中略)この菩薩行く時は十方の世界一切振動す。
(漢文:以智慧光 普照一切 令離三塗得無上力 是故號此菩薩名大勢(中略)此菩薩行時 十方世界 一切震動)

勢至菩薩は、智慧の光ですべての人を照らし、三途を離れさせるこの上ない力を持っているから、「大勢至」と言われるのだ、と教えられています。
そして、この勢至菩薩が行く時は、大宇宙がすべて振動するほど、勢いがすごい、ということです。

このことを『注維摩詰経』にはこうあります。

得大勢菩薩とは、什曰く、大勢力あるなり。
大神力をもって十方に飛到するに、至る所の国六反振動して悪趣休息するなり。

(漢文:得大勢菩薩 什曰 有大勢力也 以大神力飛到十方 所至之國六反振動惡趣休息也)

勢至菩薩には、偉大なお力で、大宇宙のどこにでも飛び到り、振動させるくらいものすごい勢力があるから、大勢至菩薩というのだ、ということです。

このように、勢至菩薩の「勢至」というのは、菩薩の中でも最も力があって、ものすごい勢力があることから、「勢至」といわれます。

勢至菩薩の説かれるお経

勢至菩薩はどんなお経に説かれているのでしょうか。
これまでに出てきた『大阿弥陀経』『観無量寿経』にも説かれていますし、『法華経』にも説かれています。
他にも以下のようなお経に説かれています。
無量寿荘厳経
首楞厳経
金光明最勝王経
大日経
薬師経
悲華経
七仏八菩薩所説大陀羅尼神呪経
如意輪陀羅尼経
その他、たくさんのお経に説かれているのが勢至菩薩です。

勢至菩薩像のあるお寺

勢至菩薩は阿弥陀如来の脇侍ですので、古来から、弥陀三尊像が彫像されたり、絵画に描かれたりしてきました。
そのため、たくさんのお寺に勢至菩薩の絵画や仏像があります。
ちなみに勢至菩薩以外の有名な仏像については、以下の記事をご覧ください。
本当は怖い仏像の種類と見方・祀り方の間違い・起源と意味

東京の国立博物館などにもありますが、日本有数の代表的な勢至菩薩のあるお寺としては以下の通りです。

絵画

絵画としては、
奈良県の法隆寺金堂壁画阿弥陀浄土図
奈良県の法華寺
京都の金戒光明寺こんかいこうみょうじ
京都の禅林寺ぜんりんじ阿弥陀三尊来迎図
京都の醍醐寺だいごじ
和歌山県の善照寺ぜんしょうじ
和歌山県の総持寺そうじじ
和歌山県の蓮華三昧院れんげさんまいいん阿弥陀三尊像
兵庫県の鶴林寺かくりんじ
三重県の専修寺せんじゅじ
福島県の如来寺
滋賀県の長命寺ちょうめいじ絹本著色勢至菩薩像
などがあります。

脇侍(仏像)

脇侍としては
奈良県の法隆寺金堂阿弥陀三尊像
奈良県の安養寺あんようじ
奈良県の長岳寺ちょうがくじ
奈良県の洞泉寺とうせんじ
奈良県の光明寺
山梨県の甲斐善光寺かいぜんこうじ銅造阿弥陀如来及両脇待立像三躯
滋賀県の常善寺
滋賀県の金胎寺こんたいじ
京都府の清凉寺せいりょうじ
京都府の三室戸寺みむろとじ
京都府の地蔵院
京都府の長講堂ちょうこうどう
京都府の仁和寺にんなじ阿弥陀三尊像
京都府の禅海寺ぜんかいじ
京都府の三千院阿弥陀三尊坐像
兵庫県の浄土寺
兵庫県の浄橋寺じょうきょうじ
島根県の清水寺きよみずでら
福島県の白水阿弥陀堂しらみずあみだどう
福島県の如来寺
鳥取県の大山寺だいせんじ
愛知県の七寺ななつでら(長福寺)
長野県の大勧進だいかんじん
熊本県の青蓮寺しょうれんじ
熊本県の明導寺みょうどうじ
東京都の西光院さいこういん
神奈川県の浄光明寺じょうこうみょうじ
神奈川県の證菩提寺しょうぼだいじ
神奈川県の浄楽寺じょうらくじ
神奈川県の円覚寺えんがくじ
神奈川県の光触寺こうそくじ
和歌山県の光台院こうだいいん
和歌山県の五坊寂静院ごぼうじゃくじょういん
などです。

二十五菩薩(仏像)

二十五菩薩の一体としては
京都の即成院そくじょういん
にあります。

単独(仏像)

単独では
奈良県の法隆寺
奈良県の璉珹寺れんじょうじ
大分県の天念寺てんねんじ
高知県の竹林寺ちくりんじ
三重県の西光寺さいこうじ
などにあります。

一覧表

勢至菩薩のあるお寺を表にまとめるとこうなります。

勢至菩薩 絵画 脇侍 単独 二十五菩薩
奈良県 法隆寺
法華寺
法隆寺
安養寺
長岳寺
洞泉寺
光明寺
法隆寺
璉珹寺
京都府 金戒光明寺
禅林寺
醍醐寺
三室戸寺
地蔵院
長講堂
仁和寺
禅海寺
三千院
  即成院
和歌山県 善照寺
総持寺
蓮華三昧院
光台院
五坊寂静院
兵庫県 鶴林寺 浄土寺
浄橋寺
   
滋賀県 長命寺 常善寺
金胎寺
三重県 専修寺 西光寺
神奈川県 浄光明寺
證菩提寺
浄楽寺
円覚寺
光触寺
福島県 如来寺 白水阿弥陀堂
如来寺
熊本県 青蓮寺
明導寺
島根県 清水寺
鳥取県 大山寺
愛知県 七寺(長福寺)
長野県 大勧進
東京都 西光院
大分県 天念寺
高知県 竹林寺

勢至菩薩のご利益

では、勢至菩薩にはどんなご利益があるのでしょうか。
お経にはこのように説かれています。

阿弥陀如来の智慧

勢至菩薩は、阿弥陀如来の脇侍で、実は阿弥陀如来の智慧を表す菩薩です。
智慧というのは、光明といっても同じです。
光明というのは力のことですので、勢至菩薩は、阿弥陀仏のお力なのです。
諸仏の王である、阿弥陀如来のお力ですから、菩薩の中でも最強なわけです。

ですから『観無量寿経』にはこう説かれています。

この菩薩を観ずる者は、無数劫阿僧祇の生死の罪を除く。
(漢文:觀此菩薩者 除無數劫阿僧祇生死之罪)

阿弥陀仏のお力は、私たちの苦悩の根元を断ち切って、絶対変わらない、絶対の幸福にする働きがあります。
苦悩の根元というのは、私たちの苦しみ悩みの根本原因ということです。
なぜお金があっても、物があっても、やりたいことをやっても心からの安心も満足もないのか。
なぜ科学が進歩して、経済発展しても、苦しみ悩みはなくならないのか。
その元凶を断ち切って、本当の幸せにするのが阿弥陀仏の智慧の働きです。

そのお力を表されているのが勢至菩薩なのです。
しかも苦悩の根元は、生きている時に断ち切られますので、この世で絶対の幸福になれます。

勢至菩薩から常に守られる

絶対の幸福になった人は、勢至菩薩をはじめ、たくさんの菩薩から守られると教えられています。

もし衆生ありて阿弥陀仏を念じて往生を願ぜば、彼の極楽世界の阿弥陀仏はすなわち観世音菩薩、大勢至菩薩(中略)無辺身菩薩をつかわす。
この二十五菩薩は行者を擁護し、もしは行、もしは住、もしは坐、もしは臥、もしは昼、もしは夜、一切の時、一切の所に悪鬼悪神をしてそのたよりを得しめざるなり。

(漢文:若有衆生念阿彌陀佛 願往生者 彼佛即遣 観世音菩薩 大勢至菩薩(中略)無辺身菩薩 二十五菩薩 擁護行者 若行若座若住若臥若晝若夜 一切時一切處 不令惡鬼惡神 得其便也)

阿弥陀仏を念じて往生を願ぜば」とは、苦悩の根元を断ち切られ、いつ死んでも浄土へ生まれられる身になれば、ということです。
するとたくさんの菩薩に周り中取り囲まれ、普段から、昼も夜もずっと護り続けてくだされる、ということです。
だから、勢至菩薩は友達になってくれます。

勢至菩薩と友達になれる

観無量寿経』にはこのように説かれています。

当に知るべし、この人はこれ人中の分陀利華なり。観世音菩薩・大勢至菩薩、その勝友と為りたまう。
(漢文:當知 此人即是人中芬陀利花 觀世音菩薩 大勢至菩薩 爲其勝友)

分陀利華ふんだりけ」とは白蓮華のことです。
苦悩の根元が断ち切られ、絶対の幸福になった人を白蓮華にたとえられています。
それは生きている時になれますので、人中の、といわれています。
勝友しょうゆう」とはすぐれた友達のことです。
この世で絶対の幸福になった人は、観音菩薩も勢至菩薩もすぐれた友達になってくれます。
苦悩の根元が断ち切られれば、勢至菩薩と友達になれるのです。

そのためには、苦悩の根元を断ち切られなければなりません。
その苦悩の根元というのはどんな心なのか、については
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ぜひ一度見てみてください。

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この記事を書いた人

長南瑞生

長南瑞生

仏教が好きで、東大教養学部で量子統計力学を学んだものの卒業後は仏道へ。仏教を学ぶほど、本当の仏教の教えが一般に知られていないことに驚き、何とかみなさんに知って頂こうと失敗ばかり10年。やがてインターネットの技術を導入して日本仏教アソシエーション(株)を設立。著書2冊。科学的な知見をふまえ、執筆や講演を通して、伝統的な本物の仏教を分かりやすく伝えようと奮戦している。

仏教界では先駆的にインターネットに進出し、通信講座受講者3千人、メルマガ読者5万人。ツイッター(@M_Osanami)、ユーチューブ(長南瑞生公式チャンネル)で情報発信中。メールマガジンはこちらから講読可能

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