父母恩重経とは
『父母恩重経』は、お釈迦さまが親の大恩十種を教え、報恩を勧められたお経です。
吉川英治の小説『宮本武蔵』でも引用され、読んでいた無法者たちが泣いてしまいます。
噫、汝幼少の時
吾れにあらざれば養われざりき
吾れに非ざれば育てられざりき
噫、吾れ汝を……
「もう、おらあ、おらあ……誦めねえから、誰か誦んでくれ」
経を抛って、誦み人の男は泣きだしてしまった。(引用:吉川英治『宮本武蔵』空の巻)
それほど涙なしでは読めない感動のお経です。
一体どんなことが教えられているのでしょうか?
感動的な感想もたくさん届いています。
まずは全文を掲載し、分かりやすく解説します。
父母恩重経の全文(書き下し文)
まず、『父母恩重経』の全文はこちらです。
仏説父母恩重経
是の如く我聞けり。
或時、仏、王舎城の耆闍崛山中に菩薩声聞の衆と倶にましましければ、比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷、一切諸天の人民、及び龍鬼神等、法を聞かんとて来り集まり、一心に宝座を囲繞して、瞬きもせで尊顔を仰ぎ見たりき。
是のとき仏すなわち法を説いて宣わく、
一切の善男子、善女人よ、父に慈恩あり、母に悲恩あり。
そのゆえは、人の此の世に生るるは、宿業を因として父母を縁とせり。
父にあらざれば生れず、母にあらざれば育てられず。
ここを以て気を父の胤に稟けて形を母の胎に托す。
此の因縁を以ての故に、悲母の子を念うこと世間に比いあることなく、其の恩未形に及べり。
始め胎を受けしより十月を経るの間、行・住・座・臥ともに、もろもろの苦悩を受く。
苦悩休む時なきが故に、常に好める飲食・衣服を得るも、愛欲の念を生ぜず。
唯一心に安く生産せんことを思う。
月満ち日足りて生産の時至れば業風吹きて之れを促し、骨節ことごとく痛み、汗膏ともに流れて其の苦しみ堪えがたし。
父も心身戦き懼れて母と子とを憂念し諸親眷属皆悉く苦悩す。
既に生れて草上に堕つれば、父母の喜び限りなきこと猶貧女の如意珠を得たるがごとし。
其の子声を発すれば、母も初めて此の世に生れ出でたるが如し。
爾来母の懐を寝処となし、母の膝を遊び場となし、母の乳を食物となし、母の情を生命となす。
飢えたるとき食を需むるに母にあらざれば哺わず。
渇けるとき飲料を索むるに母にあらざれば咽まず。
寒きとき服を加うるに母にあらざれば着ず。
暑きとき衣を撒るに母にあらざれば脱がず。
母飢に中る時も哺めるを吐きて子に食わしめ、母寒きに苦しむ時も着たるを脱ぎて子に被らす。
母にあらざれば養われず、母にあらざれば育てられず。
その闌車を離るるに及べば、十指の甲の中に、子の不浄を食う。
計るに人々、母の乳を飲むこと一百八十斛となす。
父母の恩重きこと天の極まり無きが如し。
母東西の隣里に傭われて、或は水汲み、或は火焼き、或は碓つき、或は磨挽き、種々の事に服従して家に還るの時、未だ至らざるに、今や吾が児、吾が家に啼き哭びて吾を恋い慕わんと思い起せば、胸悸ぎ心驚き両乳流れ出でて忍び堪ゆること能わず。
乃ち去りて家に還る。
児遙かに母の帰るを見て、闌車の中に在れば、即ち頭を動かし脳を弄し、外に在れば即ち匍匐して出で来り、嗚呼して母に向う。
母は子のために足を早め身を曲げ、長く両手を伸べて塵土を払い、吾が口を子の口に接けつつ乳を出だして之れを飲ましむ。
是のとき母は子を見て歓び児は母を見て喜ぶ。
両情一致、恩愛の洽きこと復此れに過ぐるものなし。
二歳懐を離れて始めて行く。
父に非ざれば火の身を焼くことを知らず。
母に非ざれば刀の指を堕とすことを知らず。
三歳乳を離れて始めて食う。
父に非ざれば毒の命を殞すことを知らず。
母に非ざれば薬の病を救うことを知らず。
父母外に出でて他の座席に往き、美味珍羞を得ることあれば、自ら之れを喫うに忍びず、懐に収めて持ち帰り、喚び来りて子に与う。
十たび還れば九たびまで得。
得れば即ち常に歓喜してかつ笑いかつ食う。
もし過りて一たび得ざれば、即ち矯り泣き、佯り哭びて父を責め母に逼る。
稍成長して朋友と相交わるに至れば、父は衣を索め帯を需め、母は髪を梳り髻を摩で、己が好美の衣服は皆子に与えて着せしめ、己は則ち故き衣、弊れたる服を纏う。
既に婦妻を索めて他の女子を娶れば、父母をば転た疎遠して夫婦は特に親近し、私房の中に於て妻と共に語らい楽しむ。
父母年高けて、気老い力衰えぬれば、依る所の者は唯子のみ、頼む所の者は唯婦のみ。
然るに夫婦共に朝より暮に至るまで、未だ肯て一たびも来り問わず。
或は父は母を先立て、母は父を先立てて独り空房を守り居るは、猶孤客の旅寓に寄泊するが如く、常に恩愛の情なく復談笑の娯しみ無し。
夜半、衾、冷やかにして五体安んぜず。
況んや褥に蚤虱多くして暁に至るまで眠られざるをや。
幾度か輾転反側して独言すらく、噫吾何の宿罪ありてか、斯かる不孝の子を有てるかと。
事ありて子を呼べば、目を瞋らして怒り罵る。
婦も児も之れを見て共に罵り共に辱しめば、頭を垂れて笑いを含む。
婦も亦不孝、児も亦不順、夫婦和合して五逆罪を造る。
或は復急に事を弁ずることありて、疾く呼びて命ぜんとすれば、十たび喚びても九たび違い、遂に来りて給仕せず、却りて怒り罵りて云く、「老い耄れて世に残るよりは早く死なんには如かず」と。
父母これを聞いて怨念胸に塞がり、涕涙瞼を衝きて、目瞑み心惑い、悲しみ叫びて云く、
「ああ汝幼少の時、吾に非ざれば養われざりき、吾に非ざれば育てられざりき、而して今に至れば則ち却って是の如し。
ああ吾汝を生みしは本より無きに如かざりけり」と。
若し子あり、父母をして是の如き言を発せしむれば、子は即ちその言と共に堕ちて地獄・餓鬼・畜生の中にあり。
一切の如来・金剛天・五通仙も、これを救い護ること能わず。
父母の恩重きこと天の極まり無きが如し。
善男子・善女人よ、別けて之れを説けば、父母に十種の恩徳あり。
何をか十種となす。
一には懐胎守護の恩。
二には臨生受苦の恩。
三には生子忘憂の恩。
四には乳哺養育の恩。
五には廻乾就湿の恩。
六には洗灌不浄の恩。
七には嚥苦吐甘の恩。
八には為造悪業の恩。
九には遠行憶念の恩。
十には究竟憐愍の恩。
父母の恩重きこと天の極まり無きが如し。
善男子・善女人よ、是の如きの恩徳、如何にして報ゆべき。
仏すなわち偈を以て讃じて宣わく、
悲母、子を胎めば、十月の間に血を分け肉を頒ちて、身重病を感ず。
子の身体これに由りて成就す。
月満ち時到れば、業風催促して、徧身疼痛し、骨節解体して、神心悩乱し、忽然として身を亡ぼす。
若し夫れ平安になれば、猶蘇生し来るが如く、子の声を発するを聞けば、己も生れ出でたるが如し。
其の初めて生みし時には、母の顔、花の如くなりしに、子を養うこと数年なれば、容すなわち憔悴す。
水の如き霜の夜にも、氷の如き雪の暁にも、乾ける処に子を廻し、湿りし処に己臥す。
子己が懐に屎り、或は其の衣に尿するも、手自ら洗い濯ぎて臭穢を厭うこと無し。
食味を口に含みて、これを子に哺わしむるにあたりては、苦き物は自ら嚥み、甘き物は吐きて与う。
若し夫れ子のために止むを得ざる事あれば、自ら悪業を造りて悪趣に堕つることを甘んず。
若し子遠く行けば、帰りて其の面を見るまで、出でても入りても之れを憶い、寝ても寤めても之れを憂う。
己生ある間は、子の身に代らんことを念い、己死に去りて後には、子の身を護らんことを願う。
是の如きの恩徳、如何にして報ゆべき。
然るに長じて人となれば、声を抗げ気を怒らして、父の言に順わず、母の言に瞋りを含む。
既にして婦妻を娶れば、父母に乖き違うこと恩無き人の如く、兄弟を憎み嫌うこと怨ある者の如し。
妻の親族訪い来れば、堂に昇せて饗応し、室に入れて歓晤す。
嗚呼、噫嗟、衆生顛倒して、親しき者は却りて疎み、疎き者は却りて親しむ。
父母の恩重きこと天の極まり無きが如し。
是のとき阿難、座より起ちて偏に右の肩を袒ぬぎ、長跪合掌して、前みて仏に白して云さく、
「世尊よ、是の如き父母の重恩を、我等出家の子は如何にして報ゆべき。
具に其の事を説き示し給え」と。
仏、宣わく、
「汝等大衆よく聴けよ。
孝養の一事は、在家出家の別あることなし。
出でて時新の甘果を得れば、将ち帰り父母に供養せよ。
父母これを得て歓喜し、自ら食うに忍びず、先ず之れを三宝に廻らし施せば、則ち菩提心を啓発せん。
父母病あらば、牀辺を離れず、親しく自ら看護せよ。
一切の事、これを他人に委ぬること勿れ。
時を計り便を伺いて、懇に粥飯を勧めよ。
親は子の勧むるを見て、強いて粥飯を喫し、子は親の喫するを見て、枉げて己が意を強くす。
親暫く睡眠すれば、気を静めて息を聞き、睡覚むれば医に問いて薬を進めよ。
日夜に三宝に恭敬して、親の病の癒えんことを願い、常に報恩の心を懐きて片時も忘失るること勿れ」
是のとき阿難また問うて云く、
「世尊よ、出家の子、能く是の如くせば以て父母の恩に報ゆると為すか」
仏の宣わく、
「否。
未だ以て父母の恩に報ゆると為さざるなり。
親頑闇にして三宝を奉ぜず、不仁にして物を残い、不義にして物を盗み、無礼にして色に荒み、不信にして人を欺き、不智にして酒に耽らば、子は当に極諫して之れを啓悟せしむべし。
若し猶闇くして未だ悟ること能わざれば、則ち為に譬を取り類を引き、因果の道理を演説して未来の苦患を救うべし。
若し猶頑にして未だ改むること能わざれば、啼泣歔欷して己が飲食を絶てよ。
親頑闇なりと雖も、子の死なんことを懼るるが故に、恩愛の情に牽かれて強忍して道に向わん。
若し親、志を遷して仏の五戒を奉じ、仁ありて殺さず、義ありて盗まず、礼ありて婬せず、信ありて欺かず、智ありて酔わざれば、則ち家門の内、親は慈に、子は孝に、夫は正に、婦は貞に、親族和睦して婢僕忠順し、六畜虫魚まで普く恩沢を被りて、十方の諸仏・天龍鬼神・有道の君、忠良の臣より、庶民万姓に至るまで敬愛せざるはなく、暴悪の主も、佞嬖の輔も、兇児妖婦も、千邪万怪も、之れを如何ともすること無けん。
是に於て父母、現には安穏に住し後には善処に生じ、仏を見、法を聞いて長く苦輪を脱せん。
かくの如くにして始めて父母の恩に報ゆるものとなすなり」
仏更に説を重ねて宣わく、
「汝等大衆能く聴けよ。
父母のために心力を尽して、有らゆる佳味・美音・妙衣・車駕・宮室等を供養し、父母をして一生遊楽に飽かしむるとも、若し未だ三宝を信ぜざらしめば猶以て不孝と為す。
如何となれば、仁心ありて施しを行い、礼式ありて身を撿め、柔和にして恥を忍び、勉強して徳に進み、意を寂静に潜め、志を学問に励ます者と雖も、一たび酒食に溺るれば、悪魔忽ち隙を伺い、妖魅即ち便りを得て、財を惜しまず、情を蕩かし、忿を発させ、怠りを増させ、心を乱し、智を晦まして、行いを禽獣に等しくするに至ればなり。
大衆よ、古より今に及ぶまで、之れに由りて身を亡ぼし家を滅ぼし君を危くし、親を辱しめざるは無し。
是の故に沙門は、独身にして耦なく、その志を清潔にし、唯道を是れ務む。
子たる者は深く思い遠く慮りて、以て孝養の軽重・緩急を知らざるべからざるなり。
凡そ是等を父母の恩に報ゆるの事となす」
是のとき阿難、涙を払いつつ座より起ち長跪合掌して前みて仏に白して曰さく、
「世尊よ、此の経は当に何とか名づくべき。
又如何にしてか奉持すべきか」と。
仏、阿難に告げ給わく、
「阿難よ、此の経は父母恩重経と名づくべし。
若し一切衆生ありて、一たび此の経を読誦せば、則ち以て乳哺の恩に報ゆるに足らん。
若し一心に此の経を持念し、又人をし之れを持念せしむれば、当に知るべし。
是の人は、能く父母の恩に報ゆることを。
一生に有らゆる十悪、五逆、無間の重罪も、皆消滅して無上道を得ん」と。
是の時、梵天・帝釈・諸天の人民、一切の集会、此の説法を聞いて悉く菩提心を発し、五体地に投じて涕涙、雨の如く、進みて仏足を頂礼し、退きて各々歓喜奉行したりき。
仏説父母恩重経
それでは、これはどのような意味なのでしょうか。
分かりやすく解説します。
父母恩重経の解説
ここからは、『父母恩重経』を内容ごとに区切って、現代語訳をしながら、分かりやすく解説します。
はじめに
ここから『父母恩重経』を分かりやすく解説していきます。
是の如く我聞けり。
或時、仏、王舎城の耆闍崛山中に菩薩声聞の衆と倶にましましければ、比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷 、一切諸天の人民、及び龍鬼神等、法を聞かんとて来り集まり、一心に宝座を 囲繞して、瞬きもせで尊顔を仰ぎ見たりき。(引用:『仏説父母恩重経』)
このように私は聞きました。
ある時、お釈迦さまが王舎城の近くの耆闍崛山という山を法話会場として、菩薩やお弟子と共にいらっしゃいました。
仏教に帰依した出家の男女、在家の男女、天上界の神々や、龍鬼神などがお釈迦さまのご説法を聞きたいと集まり、一心にお釈迦さまを取り囲んで、瞬きもしないで尊いお顔を仰ぎ見ていました。
これが『父母恩重経』の序文です。
お経を序分、正宗分(本論)、流通分(結論)の3つに分けた場合は、序分となります。
霊鷲山の先端
お釈迦さまが教えを説かれた場面を説明されています。
『父母恩重経』は、『法華経』などが説かれた、耆闍崛山で説かれています。
この耆闍崛山は霊鷲山ともいわれます。
それでたくさんの人々が真剣にご説法を聞こうとしていました。
生まれるまでのご恩
ここから、『父母恩重経』の本論である正宗分となります。
是のとき仏すなわち法を説いて宣わく、
一切の善男子、善女人よ、父に慈恩あり、母に悲恩あり。
そのゆえは、人の此の世に生るるは、宿業を因として父母を縁とせり。
父にあらざれば生れず、母にあらざれば育てられず。
ここを以て気を父の胤に稟けて形を母の胎に托す。(引用:『仏説父母恩重経』)
その時お釈迦さまは、このような教えを説かれました。
すべての人々よ。私たちは、父と母に大きな慈悲の恩がある。
なぜなら人が生まれたのは、過去世の行いを因として、父母を縁としてのことだからである。
父がいなければ、生まれることはできなかった。
母がいなければ、育つことができなかった。
このようなわけで、永遠の生命を受けた子となるもとが母親の胎内に宿る。
世間では、父を因とし、母を縁として子供が生まれると思っている人もありますが、仏教ではそうではありません。
私たちは、果てしない遠い過去から、生まれ変わり死に変わりを繰り返しています。
死んだらどうなるかは、死ぬまでの行いによって決まります。
その行いによって、どんな世界のどんな両親のもとへ生まれるかを自分で決めているのです。
ですが、両親がいなければ生まれることはできません。
過去世の行いを因として、両親を縁としてこの世に生を受けるのです。
此の因縁を以ての故に、悲母の子を念うこと世間に比いあることなく、其の恩未形に及べり。
始め胎を受けしより十月を経るの間、行・住・座・臥ともに、もろもろの苦悩を受く。
苦悩休む時なきが故に、常に好める飲食・衣服を得るも、愛欲の念を生ぜず。
唯一心に安く生産せんことを思う。(引用:『仏説父母恩重経』)
このような因縁があるので、母が子を思う心の強さは、この世に比較できるものがない。
その恩は、私たちが、この世に生まれる前から受けているのである。
母は、妊娠してから十カ月あまり、歩いていても、じっとしていても、座っていても、寝ていても、様々な苦しみを受け続ける。
苦悩に休まることがないので、好きな食べ物や衣服があっても、欲しいとは思わない。
ただ、お腹の子が無事に生まれてくることのみを願っている。
月満ち日足りて生産の時至れば業風吹きて之れを促し、骨節ことごとく痛み、汗膏ともに流れて其の苦しみ堪えがたし。
父も心身戦き懼れて母と子とを憂念し諸親眷属皆悉く苦悩す。(引用:『仏説父母恩重経』)
やがて十月十日が過ぎ、出産の時になると、激しい陣痛に襲われる。
骨の節々が痛み、膏汗が流れ、その苦しみは堪えがたいものである。
近くで見守っている父も、身も心も恐れおののき、母子ともに無事であることをひたすら念じている。
親類縁者も心配し見守っている。
「業風」というのは陣痛のことです。
既に生れて草上に堕つれば、父母の喜び限りなきこと猶貧女の如意珠を得たるがごとし。
其の子声を発すれば、母も初めて此の世に生れ出でたるが如し。(引用:『仏説父母恩重経』)
ついに子供が無事に生まれると、父母の喜びは非常なもので、まるで貧しい女が何でも思い通りになる宝石を得たようである。
その赤ん坊の産声を聞くと、母も初めて、この世に生まれ出たような喜びに包まれる。
赤ん坊の時のご恩
爾来母の懐を寝処となし、母の膝を遊び場となし、母の乳を食物となし、母の情を生命となす。
飢えたるとき食を需むるに母にあらざれば哺わず。
渇けるとき飲料を索むるに母にあらざれば咽まず。(引用:『仏説父母恩重経』)
それから子供は、母の懐を寝床とし、母の膝を遊び場とし、母の乳を食物とし、母の愛情を命として育っていく。
お腹がすいても、母が与えなければ、食べることができない。
喉が渇いても、母が与えなければ飲むことができない。
寒きとき服を加うるに母にあらざれば着ず。
暑きとき衣を撒るに母にあらざれば脱がず。
母飢に中る時も哺めるを吐きて子に食わしめ、母寒きに苦しむ時も着たるを脱ぎて子に被らす。
母にあらざれば養われず、母にあらざれば育てられず。(引用:『仏説父母恩重経』)
寒くても、母が着せなければ、服を着ることができない。
暑くても、母が脱がせなければ、服を脱ぐことはできない。
母は、自分が空腹で苦しくても、食べないで子供に与える。
母は、自分が寒さに苦しんでいる時でも、着ている服を脱いで子に着せる。
このように母によらねば養われず、母によらねば育てられないのである。
その闌車を離るるに及べば、十指の甲の中に、子の不浄を食う。
計るに人々、母の乳を飲むこと一百八十斛となす。父母の恩重きこと天の極まり無きが如し。
(引用:『仏説父母恩重経』)
子供がゆりかごを離れる頃になると、爪の間に入った子の排泄物を一緒に食べることになる。
子供が一人前になるまでに母が与える乳の量は、計り知れないほどである。
父母の恩の重きことは、天空の限りがないのと同じである。
母東西の隣里に傭われて、或は水汲み、或は火焼き、或は碓つき、或は磨挽き、種々の事に服従して家に還るの時、未だ至らざるに、今や吾が児、吾が家に啼き哭びて吾を恋い慕わんと思い起せば、胸悸ぎ心驚き両乳流れ出でて忍び堪ゆること能わず。
乃ち去りて家に還る。(引用:『仏説父母恩重経』)
子供を育てるために母は、近くの村へ働きに出る。
水をくんだり、火をたいたり、臼をついたりひいたり、色々な仕事に従事して、
まだまだ帰れる時間にならないのに、
「今ごろ、あの子は家で『お母さんがいないよー、お母さんどこー?』と泣き叫んでいるのではなかろうか」
と思うと、胸が張り裂けるように苦しくなり、両方の乳房からは乳が流れ出す。
もう我慢できなくなって、仕事をやめて家へ帰る。
児遙かに母の帰るを見て、闌車の中に在れば、即ち頭を動かし脳を弄し、外に在れば即ち匍匐して出で来り、嗚呼して母に向う。
母は子のために足を早め身を曲げ、長く両手を伸べて塵土を払い、吾が口を子の口に接けつつ乳を出だして之れを飲ましむ。
是のとき母は子を見て歓び児は母を見て喜ぶ。
両情一致、恩愛の洽きこと復此れに過ぐるものなし。(引用:『仏説父母恩重経』)
子供は、遠くから母の姿を見つけると、乳母車の中で、はしゃいで頭を振り、喜びを表す。
乳母車の外にいれば、ハイハイして泣きながら母の来る方へ向かってくる。
母も足を速めて駆け寄り、両手でわが子を抱きあげ、塵や土をはらってやり、子供に口づけしながら、乳房を出して乳を飲ませる。
この時、母は子を見て喜び、子は母を見て喜ぶ。
母と子の心が一つになり、愛情深く睦まじいこと、これ以上のものはない。
物心つき始めてからのご恩
二歳懐を離れて始めて行く。
父に非ざれば火の身を焼くことを知らず。
母に非ざれば刀の指を堕とすことを知らず。(引用:『仏説父母恩重経』)
数えで二歳にもなると、母の懐を離れて、初めて歩き出す。
父が教えなければ、火で火傷することも知らず、
母が教えなければ、刃物で指を切り落とすことも知らない。
三歳乳を離れて始めて食う。
父に非ざれば毒の命を殞すことを知らず。
母に非ざれば薬の病を救うことを知らず。(引用:『仏説父母恩重経』)
三歳になると、乳離れをして、初めて自分で食べ始める。
父が教えなければ、毒で命を落とすことも分からず、
母が教えなければ、薬で病が治ることも知らない。
父母外に出でて他の座席に往き、美味珍羞を得ることあれば、自ら之れを喫うに忍びず、懐に収めて持ち帰り、喚び来りて子に与う。
十たび還れば九たびまで得。
得れば即ち常に歓喜してかつ笑いかつ食う。
もし過りて一たび得ざれば、即ち矯り泣き、佯り哭びて父を責め母に逼る。(引用:『仏説父母恩重経』)
父や母が、どこかの宴会に招かれて、おいしくて珍しい料理を出されると、わが子の顔が思い浮かぶ。
どうしても自分で食べることができなくなり、懐にしまい家に持ち帰る。
すぐに子供を呼んで与える。
10回のうち9回は持ち帰ることができて、喜んで食べる笑顔を見て親は満足する。
もしうっかりして10回のうち1回でも土産を持って帰らなかったら、子供嘘泣きして大声で叫び、父を責め、母にあたる。
稍成長して朋友と相交わるに至れば、父は衣を索め帯を需め、母は髪を梳り髻を摩で、己が好美の衣服は皆子に与えて着せしめ、己は則ち故き衣、弊れたる服を纏う。
(引用:『仏説父母恩重経』)
いくらか成長して友達と交際するようになると、父はわが子に衣服や帯を買ってやり、母は髪を櫛でといてやる。
そして美しい服、よい服は、すべて子に与えて着せてやり、自分は、古い服、破れた服を着て満足する。
結婚してからの子供の有様
ところが、子供が結婚すると、今までと様子が変わって来ます。
それをこのように教えられています。
既に婦妻を索めて他の女子を娶れば、父母をば転た疎遠して夫婦は特に親近し、私房の中に於て妻と共に語らい楽しむ。
父母年高けて、気老い力衰えぬれば、依る所の者は唯子のみ、頼む所の者は唯婦のみ。
(引用:『仏説父母恩重経』)
子供が成人し、妻を求め、結婚すると、わが子は父母を遠ざけるようになっていく。
息子夫婦は自分たちの部屋に閉じこもり、二人だけで語らい、楽しんでいる。
父母は年を取るにしたがって、気力も体力も衰えていく。
拠り所となるのは、わが子しかいない。
頼りにできるのは、息子の嫁しかいない。
然るに夫婦共に朝より暮に至るまで、未だ肯て一たびも来り問わず。
或は父は母を先立て、母は父を先立てて独り空房を守り居るは、猶孤客の旅寓に寄泊するが如く、常に恩愛の情なく復談笑の娯しみ無し。(引用:『仏説父母恩重経』)
ところが、その息子夫婦は、朝から晩まで、一度も親の部屋を訪れない。
不自由はないか、体調はどうかと尋ねようともしない。
妻に先立たれた父、あるいは夫を亡くした母が、独りぼっちの部屋にいるのは、まるで一人で旅をして、見知らぬ土地の旅館に一人泊まっているようなものである。
毎日、息子たちから愛情のかけらも受けず、誰かと話す楽しみもない。
夜半、衾、冷やかにして五体安んぜず。
況んや褥に蚤虱多くして暁に至るまで眠られざるをや。
幾度か輾転反側して独言すらく、噫吾何の宿罪ありてか、斯かる不孝の子を有てるかと。(引用:『仏説父母恩重経』)
夜になれば、かけ布団が冷たくて、体を休めることができない。
それどころか、しき布団にはノミやシラミが多くて、朝まで眠れない。
そんな時は、何度も寝返りを繰り返して、独り言をもらす。
「ああ、なんで私は、こんな不孝な子を持ったのだろう。
過去世に私はどんな重い罪を造ったのだろうか……」
事ありて子を呼べば、目を瞋らして怒り罵る。
婦も児も之れを見て共に罵り共に辱しめば、頭を垂れて笑いを含む。
婦も亦不孝、児も亦不順、夫婦和合して五逆罪を造る。(引用:『仏説父母恩重経』)
用事があって、わが子を呼ぶと、やっと来た息子は目をつりあげて怒り、親を罵る。
これを見て、嫁も、孫も同調し、一緒になって罵り、辱め、下を向いて笑っている。
夫婦そろって、恐ろしい「五逆罪」という罪を造って平気でいる。
「五逆罪」とは、親殺しの罪です。
詳しくは以下のページをご覧ください。
➾悪の意味・キリスト教と仏教の違い
或は復急に事を弁ずることありて、疾く呼びて命ぜんとすれば、十たび喚びても九たび違い、遂に来りて給仕せず、却りて怒り罵りて云く、「老い耄れて世に残るよりは早く死なんには如かず」と。
父母これを聞いて怨念胸に塞がり、涕涙瞼を衝きて、目瞑み心惑い、悲しみ叫びて云く、
「ああ汝幼少の時、吾に非ざれば養われざりき、吾に非ざれば育てられざりき、而して今に至れば則ち却って是の如し。
ああ吾汝を生みしは本より無きに如かざりけり」と。(引用:『仏説父母恩重経』)
或いは急用があって一刻も早く知らせようと思い、息子を10回呼んでも9回は無視して、一度も世話をしようとしない。
それどころか、怒って罵る。
「老いぼれて長生きするより、早く死んだほうがましだろう」
わが子から、こんな言葉をあびせられた両親は、悔しさ、怒り、怨みで胸がふさがり、涙があふれてくる。
目の前が真っ暗になって悲嘆に暮れながら、訴え叫ぶには
「ああ、おまえは幼い時、私がいなければ、食べることも、飲むこともできなかった。
私がいなければ、育つこともできなかった。
それなのに、大人になったらこんなひどい仕打ちを平気でする。
ああ、こんなことなら、おまえなんか、生まなければよかった……」
若し子あり、父母をして是の如き言を発せしむれば、子は即ちその言と共に堕ちて地獄・餓鬼・畜生の中にあり。
一切の如来・金剛天・五通仙も、これを救い護ること能わず。
父母の恩重きこと天の極まり無きが如し。(引用:『仏説父母恩重経』)
もし親にこのようなことを言わせてしまえば、子供はその言葉とともに、地獄、餓鬼、畜生に堕ちるであろう。
その罪は極めて重いので、仏でも、仏を護衛する仁王でも、五神通を体得した仙人でも、救うことができないのである。
まさに、父母の恩の重さは、天空の限りがないのと同じである。
親の大恩十種
お釈迦さまは、親の大恩を10にまとめて教えられます。
善男子・善女人よ、別けて之れを説けば、父母に十種の恩徳あり。
何をか十種となす。一には懐胎守護の恩。
二には臨生受苦の恩。
三には生子忘憂の恩。
四には乳哺養育の恩。
五には廻乾就湿の恩。
六には洗灌不浄の恩。
七には嚥苦吐甘の恩。
八には為造悪業の恩。
九には遠行憶念の恩。
十には究竟憐愍の恩。父母の恩重きこと天の極まり無きが如し。
善男子・善女人よ、是の如きの恩徳、如何にして報ゆべき。
(引用:『仏説父母恩重経』)
すべての人々よ。
父母の大恩を分けて説くならば、以下の十種になる。
十種とは、いかなるものか。
一には、懐胎守護の恩。
二には、臨生受苦の恩。
三には、生子忘憂の恩。
四には、乳哺養育の恩。
五には、廻乾就湿の恩。
六には、洗灌不浄の恩。
七には、嚥苦吐甘の恩。
八には、為造悪業の恩。
九には、遠行憶念の恩。
十には、究竟憐愍の恩である。
父母の恩の重いことは、空に極まりがないようなものである。
すべての人々よ、この恩徳がどのようにすれば報いることができるだろうか。
そしてお釈迦さまは、これらの10の大恩を詩によって、それぞれ解説されています。
1.懐胎守護の恩
仏すなわち偈を以て讃じて宣わく、 悲母、子を胎めば、十月の間に血を分け肉を頒ちて、身重病を感ず。
子の身体これに由りて成就す。(引用:『仏説父母恩重経』)
お釈迦さまは、詩によって親の恩をたたえておっしゃった。
母は、子をはらむと、十カ月の間、わが血と肉を子に分け与え、自身は重い病になったように感ずる。
子供の体はこれによってできている。
2.臨生受苦の恩
月満ち時到れば、業風催促して、徧身疼痛し、骨節解体して、神心悩乱し、忽然として身を亡ぼす。
(引用:『仏説父母恩重経』)
やがて月満ちて激しい陣痛に襲われる。
全身が痛み、骨や関節はバラバラになり、心は錯乱してまるで命を失うかのような苦しみを受ける。
3.生子忘憂の恩
若し夫れ平安になれば、猶蘇生し来るが如く、子の声を発するを聞けば、己も生れ出でたるが如し。
(引用:『仏説父母恩重経』)
もし無事に出産すれば、死人が生き返ったように、それまでの一切の苦しみを忘れて喜び、
子供の産声を聞けば、自分が生まれたかのように喜ぶ。
4.乳哺養育の恩
其の初めて生みし時には、母の顔、花の如くなりしに、子を養うこと数年なれば、容すなわち憔悴す。
(引用:『仏説父母恩重経』)
子供を産んだ時は、花のように美しかった母の顔は、子を養って数年もたてば、母の容姿は変わり果て憔悴する。
それほど昼夜を問わず乳を与えて育てた。
5.廻乾就湿の恩
水の如き霜の夜にも、氷の如き雪の暁にも、乾ける処に子を廻し、湿りし処に己臥す。
(引用:『仏説父母恩重経』)
子供がおねしょをすると、霜が降りるような寒い夜であっても、雪が降るような凍った朝でも、乾いた所へ子供を移し、ぬれた所に自分が寝て育ててくれた。
6.洗潅不浄の恩
子己が懐に屎り、或は其の衣に尿するも、手自ら洗い濯ぎて臭穢を厭うこと無し。
(引用:『仏説父母恩重経』)
子供が、自分の懐で大便をしたり、着物に小便をしても、自ら洗って臭いのも汚いのも気にしない。
7.嚥苦吐甘の恩
食味を口に含みて、これを子に哺わしむるにあたりては、苦き物は自ら嚥み、甘き物は吐きて与う。
(引用:『仏説父母恩重経』)
食事の時、自分は、まずい所や残り物を食べ、子供には、おいしいものを食べさせる。
8.為造悪業の恩
若し夫れ子のために止むを得ざる事あれば、自ら悪業を造りて悪趣に堕つることを甘んず。
(引用:『仏説父母恩重経』)
子供のために、やむをえないことがあれば、あえて子供のために悪い行為をして、自ら苦しみの世界に堕ちる報いも受け入れる。
9.遠行憶念の恩
若し子遠く行けば、帰りて其の面を見るまで、出でても入りても之れを憶い、寝ても寤めても之れを憂う。
(引用:『仏説父母恩重経』)
子供が遠くへ行けば、無事に帰って元気な顔を見るまでは、「まだか、まだか」と心配して落ち着かない。
寝ても覚めても子供のことを心配し続ける。
10.究竟憐愍の恩
己生ある間は、子の身に代らんことを念い、己死に去りて後には、子の身を護らんことを願う。
(引用:『仏説父母恩重経』)
生きている間は子供の身がわりになることを思い、死んでも常に子供を護ろうとする。
これらの親の大恩十種について、詳しくは以下のページをご覧ください。
➾親孝行の意味とやり方・ブッダのおすすめは?(父母恩重経)
親に対する子供の態度
是の如きの恩徳、如何にして報ゆべき。
然るに長じて人となれば、声を抗げ気を怒らして、父の言に順わず、母の言に瞋りを含む。
既にして婦妻を娶れば、父母に乖き違うこと恩無き人の如く、兄弟を憎み嫌うこと怨ある者の如し。(引用:『仏説父母恩重経』)
このような父母の恩に、どうして報いることができるだろうか。
どんなに報いようとしても報いられるものではない。
それにもかかわらず子供が大人になると、声を荒げたり、怒りをぶつけたりして、父の言葉に従わず、母の言葉に腹を立てる。
結婚すれば、子供の父母に背き、従わない態度は、あたかも全く恩のない人に向かっているかのようであり、兄弟を憎み嫌うことは、まるで怨みでもあるかのようである。
妻の親族訪い来れば、堂に昇せて饗応し、室に入れて歓晤す。
嗚呼、噫嗟、衆生顛倒して、親しき者は却りて疎み、疎き者は却りて親しむ。父母の恩重きこと天の極まり無きが如し。
(引用:『仏説父母恩重経』)
それなのに、妻の親族が訪ねてくると、座敷に上げ、酒食でもてなし、自分たちの部屋に通して歓談する。
ああ、ああ、人々は逆立ちしている。
大恩のある親を、あえて遠ざけ、疎遠だった人に親しんでいる。
父母の恩の重いことは、空に限りがないのと同じである。
親孝行の方法
是のとき阿難、座より起ちて偏に右の肩を袒ぬぎ、長跪合掌して、前みて仏に白して云さく、
「世尊よ、是の如き父母の重恩を、我等出家の子は如何にして報ゆべき。
具に其の事を説き示し給え」と。(引用:『仏説父母恩重経』)
お釈迦さまがここまで話をされると、お弟子の阿難が、最敬礼をして座を起ち、前に進み出てお釈迦さまにお尋ねしました。
親不孝ばかりしてきたことが、思い出され、いたたまれなくなったのです。
「お釈迦さま、このような父母の大恩に、私たち出家の子は、どのようにして報いていけばいいのでしょうか。
詳しくお教えください」
阿難というのは、お釈迦さまの十大弟子の一人です。
詳しくは以下のページをご覧ください。
➾阿難(アナンダ)とは?ブッダの親戚でイケメンの果たした重要な意味
元気な時
仏、宣わく、
「汝等大衆よく聴けよ。
孝養の一事は、在家出家の別あることなし。
出でて時新の甘果を得れば、将ち帰り父母に供養せよ。
父母これを得て歓喜し、自ら食うに忍びず、先ず之れを三宝に廻らし施せば、則ち菩提心を啓発せん。(引用:『仏説父母恩重経』)
お釈迦さまはおっしゃいました。
そなたがたよ、親孝行に出家も在家もない。
もし出かけた時に季節の新鮮な果物があれば、持ち帰って両親に与えるがよい。
両親は心から喜んで、とても自ら食べるに忍びず、まずお仏壇にお供えし、仏教を聞こうという気持ちも起きるであろう。
ちなみに「三宝」というのは、仏宝、法宝、僧宝の3つの宝です。
これから何回か出てきますので、詳しくは以下のページをご覧ください。
➾三宝(仏教)聖徳太子が十七条憲法に篤く三宝を敬え
病気の時
父母病あらば、牀辺を離れず、親しく自ら看護せよ。
一切の事、これを他人に委ぬること勿れ。
時を計り便を伺いて、懇に粥飯を勧めよ。
親は子の勧むるを見て、強いて粥飯を喫し、子は親の喫するを見て、枉げて己が意を強くす。
親暫く睡眠すれば、気を静めて息を聞き、睡覚むれば医に問いて薬を進めよ。
日夜に三宝に恭敬して、親の病の癒えんことを願い、常に報恩の心を懐きて片時も忘失るること勿れ」(引用:『仏説父母恩重経』)
両親が病気になった時は、病床を離れず、自ら親しく看病するがよい。
どんなことも他人に任せてはならない。
時を見て何かして欲しいことはないか尋ね、丁寧に病気の人用の食事を勧めなさい。
親は子供が食事を勧めてくれるのを見て、頑張って食事をとり、
子供は親が食事をしているのを見て心を奮い立たせ、親に尽くそうという気持ちを強くする。
親がしばらく眠りにつけば、心を鎮めて寝息を聞き、
目を覚ましたならば医師に尋ねて薬を勧めなさい。
日夜に仏教の教えを尊び、親の病が治ることを願い、常に親の恩に報いる気持ちを懐いて、一瞬たりとも忘れてはならない。
是のとき阿難また問うて云く、
「世尊よ、出家の子、能く是の如くせば以て父母の恩に報ゆると為すか」
仏の宣わく、
「否。
未だ以て父母の恩に報ゆると為さざるなり。(引用:『仏説父母恩重経』)
この時、阿難は再びお尋ねしました。
「お釈迦さま、出家の子は、今教えて頂いたようにすれば父母の恩に報いることができるのでしょうか」
お釈迦さまはおっしゃいました。
「そうではない。
これでは未だ親の恩に報いたとはいえないのだ」
本当の親孝行
親頑闇にして三宝を奉ぜず、不仁にして物を残い、不義にして物を盗み、無礼にして色に荒み、不信にして人を欺き、不智にして酒に耽らば、子は当に極諫して之れを啓悟せしむべし。
(引用:『仏説父母恩重経』)
親が頑固に仏教を信ぜず、思いやりがなく人を傷つけ、欲にとらわれて物を盗み、行動規範を違えて色欲に溺れ、信用なく嘘をついて騙し、智慧がなく酒にふけるならば、子は当然、言葉を尽くして強く諫め、目を覚まさせなければならない。
ここで教えられている、殺さない、盗まない、不倫をしない、嘘をつかない、酒を飲まないの5つを五戒といいます。
これができなければ、来世は人間に生まれることはできません。
詳しくは以下のページをご覧ください。
➾五戒(ごかい)の意味・ブッダが説かれた地獄へ行かず、また人間に生まれる仏教の方法
若し猶闇くして未だ悟ること能わざれば、則ち為に譬を取り類を引き、因果の道理を演説して未来の苦患を救うべし。
若し猶頑にして未だ改むること能わざれば、啼泣歔欷して己が飲食を絶てよ。
親頑闇なりと雖も、子の死なんことを懼るるが故に、恩愛の情に牽かれて強忍して道に向わん。(引用:『仏説父母恩重経』)
もしそれでも智慧に暗く、目が覚めなければ、親のためにたとえや具体例を引いて因果の道理を説き聞かせ、未来の苦しみを救うがよい。
もし頑固にも未だに改めることができなければ、声をあげて泣き、あるいはすすり泣いて、絶食するがよい。
どんなに親が頑固だといっても、子供が死ぬのではないかと怖れて、恩愛の心にひかれ、我慢してでも仏道へ向かうだろう。
ちなみに因果の道理は、仏教の根幹です。
詳しくは以下のページをご覧ください。
➾因果応報とは?意味を分かりやすく恋愛の実話を通して解説
若し親、志を遷して仏の五戒を奉じ、仁ありて殺さず、義ありて盗まず、礼ありて婬せず、信ありて欺かず、智ありて酔わざれば、則ち家門の内、親は慈に、子は孝に、夫は正に、婦は貞に、親族和睦して婢僕忠順し、六畜虫魚まで普く恩沢を被りて、十方の諸仏・天龍鬼神・有道の君、忠良の臣より、庶民万姓に至るまで敬愛せざるはなく、暴悪の主も、佞嬖の輔も、兇児妖婦も、千邪万怪も、之れを如何ともすること無けん。
(引用:『仏説父母恩重経』)
もし親が心を改めて仏教の五戒を守るようになり、思いやりをもって殺生をせず、正義を大切にして盗まず、行動規範を保って浮気をせず、信用を保って人をだまさず、智慧があって酒をやめれば、家庭の中は、親は優しくなり、子供は孝行になり、夫は正しく、妻は貞淑に、親戚も仲良くなり、召使いは真心をもって仕え、牛や馬などの6種の家畜も、虫や魚に至るまで広く幸せになる。
神や龍鬼神、立派な君主、忠義な臣、庶民、万民にいたるまで敬愛しない者はなく、暴君も、こびへつらう補佐官も、邪悪な若者も、男を惑わす美女も、どんな悪者も、この親をどうすることもできないだろう。
是に於て父母、現には安穏に住し後には善処に生じ、仏を見、法を聞いて長く苦輪を脱せん。
かくの如くにして始めて父母の恩に報ゆるものとなすなり」(引用:『仏説父母恩重経』)
こういうわけで、両親は、この世では穏やかに過ごし、死ねば善い世界に生まれ、仏にめぐりあって仏法を聞き、車の輪のように際限なくやってくる苦しみから脱するだろう。
それで初めて親の恩に報いることになるのだ。
仏更に説を重ねて宣わく、
「汝等大衆能く聴けよ。
父母のために心力を尽して、有らゆる佳味・美音・妙衣・車駕・宮室等を供養し、父母をして一生遊楽に飽かしむるとも、若し未だ三宝を信ぜざらしめば猶以て不孝と為す。(引用:『仏説父母恩重経』)
お釈迦さまはさらに重ねておっしゃいました。
そなたがたよ、よく聞くがよい。
父母のために力をつくしてあらゆる美味しい食事、美しい音楽、美しい衣服、高級車や高級住宅を用意し、両親に楽しく遊んで一生を送ってもらったとしても、もしいまだに仏教を信じるまで伝えなければ、それでもやはり親孝行とは言えないのだ。
如何となれば、仁心ありて施しを行い、礼式ありて身を撿め、柔和にして恥を忍び、勉強して徳に進み、意を寂静に潜め、志を学問に励ます者と雖も、一たび酒食に溺るれば、悪魔忽ち隙を伺い、妖魅即ち便りを得て、財を惜しまず、情を蕩かし、忿を発させ、怠りを増させ、心を乱し、智を晦まして、行いを禽獣に等しくするに至ればなり。
(引用:『仏説父母恩重経』)
なぜならば、たとえ思いやりの心で布施に心がけ、行動規範にしたがって生活を乱さず、恥を忍んで柔和に振る舞い、努力して徳を身につけ、心をしずめ穏やかにして、志を立てて学問に励んでいても、一度酒や食べ物に心を奪われれば、悪魔がたちまちスキを窺い、妖怪がすぐに手がかりを得る。
そして、無駄遣いをして、欲に流されて放蕩し、怒りやすくなり、怠惰になり、心が乱れ、智慧に暗くなって、鳥や動物のような生き方になってしまうからだ。
大衆よ、古より今に及ぶまで、之れに由りて身を亡ぼし家を滅ぼし君を危くし、親を辱しめざるは無し。
是の故に沙門は、独身にして耦なく、その志を清潔にし、唯道を是れ務む。
子たる者は深く思い遠く慮りて、以て孝養の軽重・緩急を知らざるべからざるなり。
凡そ是等を父母の恩に報ゆるの事となす。(引用:『仏説父母恩重経』)
人々よ、昔から今まで、これによって身を滅ぼし、家庭を破壊し、主に迷惑をかけ、親を辱めない者はない。
だから出家の者は、独身にしてつれあいなく、志を純粋にして、ただ仏道に務めるのだ。
子たる者、深く、遠く思いをめぐらして、親孝行の軽重、緩急を知らなければならない。
大体このようなことを親孝行というのである。
終わりに
ここから、『父母恩重経』の流通分となります。
流通分とは、お経を序分、正宗分、流通分の3つに分けた場合の最後の部分で、このお経をどのように伝え広めていけばいいかが説かれる、お経の結びの部分です。
是のとき阿難、涙を払いつつ座より起ち長跪合掌して前みて仏に白して曰さく、
「世尊よ、此の経は当に何とか名づくべき。
又如何にしてか奉持すべきか」と。(引用:『仏説父母恩重経』)
この時、阿難は涙を払いながら座を立ち、両膝を地につけて上半身を直立して手を合わせると、前に進み出てお釈迦さまに申し上げました。
「お釈迦さま、このお経は何と呼べばよろしいでしょうか。
また、どのように伝えていけばよろしいでしょうか」
仏、阿難に告げ給わく、
「阿難よ、此の経は父母恩重経と名づくべし。
若し一切衆生ありて、一たび此の経を読誦せば、則ち以て乳哺の恩に報ゆるに足らん。
若し一心に此の経を持念し、又人をし之れを持念せしむれば、当に知るべし。
是の人は、能く父母の恩に報ゆることを。
一生に有らゆる十悪、五逆、無間の重罪も、皆消滅して無上道を得ん」と。(引用:『仏説父母恩重経』)
お釈迦さまは、阿難に告げられます。
「阿難よ、この経は、『父母恩重経』と名づけるがよい。
もしすべての人が、一回でもこの経を声を出して読めば、育ててくれたご恩に報いることになる。
もし心を一つにしてこの経の教えを保ち、また人にもこの経の教えを保たせるならば、知っておくがよい、この人は親の恩に報いることができることを。
一生にあらゆる十悪、五逆、無間地獄に堕ちるような重罪も、みな消滅して、仏のさとりを得るだろう」
仏のさとりについてはこちらをご覧ください。
➾仏のさとりとは?大宇宙最高の真理
是の時、梵天・帝釈・諸天の人民、一切の集会、此の説法を聞いて悉く菩提心を発し、五体地に投じて涕涙、雨の如く、進みて仏足を頂礼し、退きて各々歓喜奉行したりき。
(引用:『仏説父母恩重経』)
この時、梵天や帝釈天や、天上界の神々、集まっていたすべての人は、お釈迦さまの説法を聞いてことごとく菩提心をおこし、身をなげうって雨のように涙を流して、進んで仏の御足に額をつける最敬礼を行い、退くと、一人一人が歓喜し、実践しました。
菩提心については、詳しくはこちらをご覧ください。
➾菩提・そして菩提心とは?
現代語訳
それでは、ここまで解説してきた『父母恩重経』の現代語訳をまとめてみましょう。
このように私は聞きました。
ある時、お釈迦さまが王舎城の近くの耆闍崛山という山を法話会場として、菩薩やお弟子と共にいらっしゃいました。
仏教に帰依した出家の男女、在家の男女、天上界の神々や、龍鬼神などがお釈迦さまのご説法を聞きたいと集まり、一心にお釈迦さまを取り囲んで、瞬きもしないで尊いお顔を仰ぎ見ていました。
その時お釈迦さまは、このような教えを説かれました。
すべての人々よ。私たちは、父と母に大きな慈悲の恩がある。
なぜなら人が生まれたのは、過去世の行いを因として、父母を縁としてのことだからである。
父がいなければ、生まれることはできなかった。
母がいなければ、育つことができなかった。
このようなわけで、永遠の生命を受けた子となるもとが母親の胎内に宿る。
このような因縁があるので、母が子を思う心の強さは、この世に比較できるものがない。
その恩は、私たちが、この世に生まれる前から受けているのである。
母は、妊娠してから十カ月あまり、歩いていても、じっとしていても、座っていても、寝ていても、様々な苦しみを受け続ける。
苦悩に休まることがないので、好きな食べ物や衣服があっても、欲しいとは思わない。
ただ、お腹の子が無事に生まれてくることのみを願っている。
やがて十月十日が過ぎ、出産の時になると、激しい陣痛に襲われる。
骨の節々が痛み、膏汗が流れ、その苦しみは堪えがたいものである。
近くで見守っている父も、身も心も恐れおののき、母子ともに無事であることをひたすら念じている。
親類縁者も心配し見守っている。
ついに子供が無事に生まれると、父母の喜びは非常なもので、まるで貧しい女が何でも思い通りになる宝石を得たようである。
その赤ん坊の産声を聞くと、母も初めて、この世に生まれ出たような喜びに包まれる。
それから子供は、母の懐を寝床とし、母の膝を遊び場とし、母の乳を食物とし、母の愛情を命として育っていく。
お腹がすいても、母が与えなければ、食べることができない。
喉が渇いても、母が与えなければ飲むことができない。
寒くても、母が着せなければ、服を着ることができない。
暑くても、母が脱がせなければ、服を脱ぐことはできない。
母は、自分が空腹で苦しくても、食べないで子供に与える。
母は、自分が寒さに苦しんでいる時でも、着ている服を脱いで子に着せる。
このように母によらねば養われず、母によらねば育てられないのである。
子供がゆりかごを離れる頃になると、爪の間に入った子の排泄物を一緒に食べることになる。
子供が一人前になるまでに母が与える乳の量は、計り知れないほどである。
父母の恩の重きことは、天空の限りがないのと同じである。
子供を育てるために母は、近くの村へ働きに出る。
水をくんだり、火をたいたり、臼をついたりひいたり、色々な仕事に従事して、
まだまだ帰れる時間にならないのに、
「今ごろ、あの子は家で『お母さんがいないよー、お母さんどこー?』と泣き叫んでいるのではなかろうか」
と思うと、胸が張り裂けるように苦しくなり、両方の乳房からは乳が流れ出す。
もう我慢できなくなって、仕事をやめて家へ帰る。
子供は、遠くから母の姿を見つけると、乳母車の中で、はしゃいで頭を振り、喜びを表す。
乳母車の外にいれば、ハイハイして泣きながら母の来る方へ向かってくる。
母も足を速めて駆け寄り、両手でわが子を抱きあげ、塵や土をはらってやり、子供に口づけしながら、乳房を出して乳を飲ませる。
この時、母は子を見て喜び、子は母を見て喜ぶ。
母と子の心が一つになり、愛情深く睦まじいこと、これ以上のものはない。
数えで二歳にもなると、母の懐を離れて、初めて歩き出す。
父が教えなければ、火で火傷することも知らず、
母が教えなければ、刃物で指を切り落とすことも知らない。
三歳になると、乳離れをして、初めて自分で食べ始める。
父が教えなければ、毒で命を落とすことも分からず、
母が教えなければ、薬で病が治ることも知らない。
父や母が、どこかの宴会に招かれて、おいしくて珍しい料理を出されると、わが子の顔が思い浮かぶ。
どうしても自分で食べることができなくなり、懐にしまい家に持ち帰る。
すぐに子供を呼んで与える。
10回のうち9回は持ち帰ることができて、喜んで食べる笑顔を見て親は満足する。
もしうっかりして10回のうち1回でも土産を持って帰らなかったら、子供嘘泣きして大声で叫び、父を責め、母にあたる。
いくらか成長して友達と交際するようになると、父はわが子に衣服や帯を買ってやり、母は髪を櫛でといてやる。
そして美しい服、よい服は、すべて子に与えて着せてやり、自分は、古い服、破れた服を着て満足する。
子供が成人し、妻を求め、結婚すると、わが子は父母を遠ざけるようになっていく。
息子夫婦は自分たちの部屋に閉じこもり、二人だけで語らい、楽しんでいる。
父母は年を取るにしたがって、気力も体力も衰えていく。
拠り所となるのは、わが子しかいない。
頼りにできるのは、息子の嫁しかいない。
ところが、その息子夫婦は、朝から晩まで、一度も親の部屋を訪れない。
不自由はないか、体調はどうかと尋ねようともしない。
妻に先立たれた父、あるいは夫を亡くした母が、独りぼっちの部屋にいるのは、まるで一人で旅をして、見知らぬ土地の旅館に一人泊まっているようなものである。
毎日、息子たちから愛情のかけらも受けず、誰かと話す楽しみもない。
夜になれば、かけ布団が冷たくて、体を休めることができない。
それどころか、しき布団にはノミやシラミが多くて、朝まで眠れない。
そんな時は、何度も寝返りを繰り返して、独り言をもらす。
「ああ、なんで私は、こんな不孝な子を持ったのだろう。
過去世に私はどんな重い罪を造ったのだろうか……」
用事があって、わが子を呼ぶと、やっと来た息子は目をつりあげて怒り、親を罵る。
これを見て、嫁も、孫も同調し、一緒になって罵り、辱め、下を向いて笑っている。
夫婦そろって、恐ろしい「五逆罪」という罪を造って平気でいる。
或いは急用があって一刻も早く知らせようと思い、息子を10回呼んでも9回は無視して、一度も世話をしようとしない。
それどころか、怒って罵る。
「老いぼれて長生きするより、早く死んだほうがましだろう」
わが子から、こんな言葉をあびせられた両親は、悔しさ、怒り、怨みで胸がふさがり、涙があふれてくる。
目の前が真っ暗になって悲嘆に暮れながら、訴え叫ぶには
「ああ、おまえは幼い時、私がいなければ、食べることも、飲むこともできなかった。
私がいなければ、育つこともできなかった。
それなのに、大人になったらこんなひどい仕打ちを平気でする。
ああ、こんなことなら、おまえなんか、生まなければよかった……」
もし親にこのようなことを言わせてしまえば、子供はその言葉とともに、地獄、餓鬼、畜生に堕ちるであろう。
その罪は極めて重いので、仏でも、仏を護衛する仁王でも、五神通を体得した仙人でも、救うことができないのである。
まさに、父母の恩の重さは、天空の限りがないのと同じである。
すべての人々よ。
父母の大恩を分けて説くならば、以下の十種になる。
十種とは、いかなるものか。
一には、懐胎守護の恩。
二には、臨生受苦の恩。
三には、生子忘憂の恩。
四には、乳哺養育の恩。
五には、廻乾就湿の恩。
六には、洗灌不浄の恩。
七には、嚥苦吐甘の恩。
八には、為造悪業の恩。
九には、遠行憶念の恩。
十には、究竟憐愍の恩である。
父母の恩の重いことは、空に極まりがないようなものである。
すべての人々よ、この恩徳にどうして報いることができるだろうか。
お釈迦さまは、詩によって親の恩をたたえておっしゃった。
母は、子をはらむと、十カ月の間、わが血と肉を子に分け与え、自身は重い病になったように感ずる。
子供の体はこれによってできている。
やがて月満ちて激しい陣痛に襲われる。
全身が痛み、骨や関節はバラバラになり、心は錯乱してまるで命を失うかのような苦しみを受ける。
もし無事に出産すれば、死人が生き返ったように、それまでの一切の苦しみを忘れて喜び、
子供の産声を聞けば、自分が生まれたかのように喜ぶ。
子供を産んだ時は、花のように美しかった母の顔は、子を養って数年もたてば、母の容姿は変わり果て憔悴する。
それほど昼夜を問わず乳を与えて育てた。
子供がおねしょをすると、霜が降りるような寒い夜であっても、雪が降るような凍った朝でも、乾いた所へ子供を移し、ぬれた所に自分が寝て育ててくれた。
子供が、自分の懐で大便をしたり、着物に小便をしても、自ら洗って臭いのも汚いのも気にしない。
食事の時、自分は、まずい所や残り物を食べ、子供には、おいしいものを食べさせる。
子供のために、やむをえないことがあれば、あえて子供のために悪い行為をして、自ら苦しみの世界に堕ちる報いも受け入れる。
子供が遠くへ行けば、無事に帰って元気な顔を見るまでは、「まだか、まだか」と心配して落ち着かない。
寝ても覚めても子供のことを心配し続ける。
生きている間は子供の身がわりになることを思い、死んでも常に子供を護ろうとする。
このような父母の恩に、どうすれば報いることができるだろうか。
どんなに報いようとしても報いられるものではない。
それにもかかわらず子供が大人になると、声を荒げたり、怒りをぶつけたりして、父の言葉に従わず、母の言葉に腹を立てる。
結婚すれば、子供の父母に背き、従わない態度は、あたかも全く恩のない人に向かっているかのようであり、兄弟を憎み嫌うことは、まるで怨みでもあるかのようである。
それなのに、妻の親族が訪ねてくると、座敷に上げ、酒食でもてなし、自分たちの部屋に通して歓談する。
ああ、ああ、人々は逆立ちしている。
大恩のある親を、あえて遠ざけ、疎遠だった人に親しんでいる。
父母の恩の重いことは、空に限りがないのと同じである。
お釈迦さまがここまで話をされると、お弟子の阿難が、最敬礼をして座を起ち、前に進み出てお釈迦さまにお尋ねしました。
親不孝ばかりしてきたことが、思い出され、いたたまれなくなったのです。
「お釈迦さま、このような父母の大恩に、私たち出家の子は、どのようにして報いていけばいいのでしょうか。
詳しくお教えください」
お釈迦さまはおっしゃいました。
そなたがたよ、親孝行に出家も在家もない。
もし出かけた時に季節の新鮮な果物があれば、持ち帰って両親に与えるがよい。
両親は心から喜んで、とても自ら食べるに忍びず、まずお仏壇にお供えし、仏教を聞こうという気持ちも起きるであろう。
両親が病気になった時は、病床を離れず、自ら親しく看病するがよい。
どんなことも他人に任せてはならない。
時を見て何かして欲しいことはないか尋ね、丁寧に病気の人用の食事を勧めなさい。
親は子供が食事を勧めてくれるのを見て、頑張って食事をとり、
子供は親が食事をしているのを見て心を奮い立たせ、親に尽くそうという気持ちを強くする。
親がしばらく眠りにつけば、心を鎮めて寝息を聞き、
目を覚ましたならば医師に尋ねて薬を勧めなさい。
日夜に仏教の教えを尊び、親の病が治ることを願い、常に親の恩に報いる気持ちを懐いて、一瞬たりとも忘れてはならない。
この時、阿難は再びお尋ねしました。
「お釈迦さま、出家の子は、今教えて頂いたようにすれば父母の恩に報いることができるのでしょうか」
お釈迦さまはおっしゃいました。
「そうではない。
これでは未だ親の恩に報いたとはいえないのだ」
親が頑固に仏教を信ぜず、思いやりがなく人を傷つけ、欲にとらわれて物を盗み、行動規範を違えて色欲に溺れ、信用なく嘘をついて騙し、智慧がなく酒にふけるならば、子は当然、言葉を尽くして強く諫め、目を覚まさせなければならない。
もしそれでも智慧に暗く、目が覚めなければ、親のためにたとえや具体例を引いて因果の道理を説き聞かせ、未来の苦しみを救うがよい。
もし頑固にも未だに改めることができなければ、声をあげて泣き、あるいはすすり泣いて、絶食するがよい。
どんなに親が頑固だといっても、子供が死ぬのではないかと怖れて、恩愛の心にひかれ、我慢してでも仏道へ向かうだろう。
もし親が心を改めて仏教の五戒を守るようになり、思いやりをもって殺生をせず、正義を大切にして盗まず、行動規範をたもって浮気をせず、信用を保って人をだまさず、智慧があって酒をやめれば、家庭の中は、親はやさしくなり、子供は孝行になり、夫は正しく、妻は貞淑に、親戚も仲良くなり、召使いは真心をもって仕え、牛や馬などの6種の家畜も、虫や魚に至るまで広く幸せになる。
神や龍鬼神、立派な君主、忠義な臣、庶民、万民にいたるまで敬愛しない者はなく、暴君も、こびへつらう補佐官も、邪悪な若者も、男を惑わす美女も、どんな悪者も、この親をどうすることもできないだろう。
こういうわけで、両親は、この世では穏やかに過ごし、死ねば善い世界に生まれ、仏にめぐりあって仏法を聞き、車の輪のように際限なくやってくる苦しみから脱するだろう。
それで始めて親の恩に報いることになるのだ。
お釈迦さまはさらに重ねておっしゃいました。
そなたがたよ、よく聞くがよい。
父母のために力をつくしてあらゆる美味しい食事、美しい音楽、美しい衣服、高級車や高級住宅を用意し、両親に楽しく遊んで一生を送ってもらったとしても、もしいまだに仏教を信じるまで伝えなければ、それでもやはり親孝行とは言えないのだ。
なぜならば、たとえ思いやりの心で布施に心がけ、行動規範にしたがって生活を乱さず、恥を忍んで柔和に振る舞い、努力して徳を身につけ、心をしずめ穏やかにして、志を立てて学問に励んでいても、一度酒や食べ物に心を奪われれば、悪魔がたちまちスキを窺い、妖怪がすぐに手がかりを得る。
そして、無駄遣いをして、欲に流されて放蕩し、怒りやすくなり、怠惰になり、心が乱れ、智慧に暗くなって、鳥や動物のような生き方になってしまうからだ。
人々よ、昔から今まで、これによって身を滅ぼし、家庭を破壊し、主に迷惑をかけ、親を辱めない者はない。
だから出家の者は、独身にしてつれあいなく、志を純粋にして、ただ仏道に務めるのだ。
子たる者、深く、遠く思いをめぐらして、親孝行の軽重、緩急を知らなければならない。
大体このようなことを親孝行というのである。
この時、阿難は涙を払いながら座を立ち、両膝を地につけて上半身を直立して手を合わせると、前に進み出てお釈迦さまに申し上げました。
「お釈迦さま、このお経は何と呼べばよろしいでしょうか。
また、どのように伝えていけばよろしいでしょうか」
お釈迦さまは、阿難に告げられます。
阿難よ、この経は、『父母恩重経』と名づけるがよい。
もしすべての人が、一回でもこの経を声を出して読めば、育ててくれたご恩に報いることになる。
もし心を一つにしてこの経の教えをたもち、また人にもこの経の教えをたもたせるならば、知っておくがよい、この人は親の恩に報いることができることを。
一生にあらゆる十悪、五逆、無間地獄に堕ちるような重罪も、みな消滅して、仏のさとりを得るだろう。
この時、梵天や帝釈天や、天上界の神々、集まっていたすべての人は、お釈迦さまの説法を聞いてことごとく菩提心をおこし、身をなげうって雨のように涙を流して、進んで仏の御足に額をつける最敬礼を行い、退くと、一人一人が歓喜し、実践しました。
これが『父母恩重経』の現代語訳です。
父母恩重経の感想
このような親の大恩を説かれた『父母恩重経』の話を聞いて、たくさんの人たちが感動の感想を送ってきてくれています。
5年前に母が103歳で他界しました。
丁度10年在宅介護をしましたが、いつも親の恩に感謝し優しく接してきたとは言い切れません。
今回の仏教の教えをもっと早く知っておけば、接し方も違ったものと悔やんでおります。
ありがとうございました。
(T.Sさん)
親への恩は感じていたつもりですが、この様に一つずつ説明頂いて、更に世に送り出して貰い、育てて貰ったことが身にしみました。
早速母にありがとうと言いました。
(M.Nさん)
納得できる生き方ができないことを親のせいにする風潮がありますから、皆に今回の講義を聞いて欲しいと思いました。
(N.Aさん)
最近、親の苦労を考えることがあり、想像するほどにいただいた恩の大きさに圧倒されていました。
そんな折に今回の学びで、未だ大恩を知らない自分であることを知りました。
(J.Tさん)
親の恩はよくよく学んでみると、大変ありがたいものと再認識させられました。
与えられることが当たり前になり、少しでも気に入らなかったら反抗していたことに反省しています。
そして、本当の親孝行を知ることでき、これから精進してまいります。
(E.Aさん)
お釈迦さまは10に分けて親の恩を教えられているのですね。
若い時には深く考えることもなかった親の恩が、3人の子育てを終え、老齢期に入った今、一つ一つが身に滲みて感じられます。
残念ながら私の両親は既に他界しましたが、しっかりと仏教を聴かせていただき、子供たちにも伝えようと思います。
すばらしい教えをありがとうございました。
(K.Lさん)
親への恩という、今の世では軽視されがちなことを、十種にも分けて説明した仏教の精緻さに驚かされました。
ここまで丁寧に導かれると、親のありがたさを誰もが感ぜざるを得ないと思いました。
(T.Hさん)
92歳の祖母が、父を迎えに来た会社の部下に対して、「敏ちゃんがいつもお世話になります」と挨拶していたことを、懐かしくそして有難く思い出しました。
祖母は、父の中学入学祝いにデパートで食事して、父は何も知らずシュウマイを食べると自分は注文しないで、父の残したキャベツを食べていたと、父から聞いたことなど、今回の親の恩をあらためて感じることができました。
(F.Mさん)
親の大恩10種を聞かせていただいて、本当に涙が止まらない思いです。
私は何と愚かな生き方をしてきたのでしょうか。
第1子である私をどれだけ慈しんで、大事に、自分たちを犠牲にして、心配ばかりして、そして幸せを願って、育ててくれたのか、このお話を聞くまで、そこまでとは思っていませんでした。
聞いてみればその通りで、親の思いが今になってやっと分かったばかものです。
(K.Kさん)
親の大恩については義務教育の頃に学校で教えるべきものだと思います。
世の中変わると思います。又一つ親に対する見方が変わりました。
(T.Kさん)
このお経によって、たくさんの人たちが、親の大恩を知らされ、ご恩に報いようとしています。
ところが、中にはまれに親の恩が分からないという人もあります。
親の恩が分からない原因
このように、お釈迦さまから天の極まりなきが如き親の大恩を教えて頂いても、親の恩が分からないという人があります。
原因は、家が貧乏だったとか、虐待を受けたとか、人それぞれあるでしょう。
ですが、その根底にあるのは、人間に生まれたことが喜べないからです。
「こんなに苦しいのなら人間に生まれてこなければよかった」
と人間に生まれた喜びがなければ、親に感謝できるはずがありません。
苦しい人生を送っている人は、生み育ててくれたといっても、親の恩も分かりませんし、ましてや親孝行する気持ちは起きないでしょう。
親の恩を本当に感じることができるのは、本当の生きる目的を知ってこそです。
その生きる目的を知り、達成して、人間に生まれてよかったという身になれば、人間に生み、育ててくだされた親の恩が知らされます。
人間に生まれたのはこの身になるためだったと大満足すれば、親孝行するなと言われても、せずにはおれなくなってくるのです。
お釈迦さまは
「どんな虐待を受けたとしても、それよりもはるかにすばらしい、変わらない幸せがある、
その身になるために人間に生まれてきたのだ」と、本当の生きる意味を教えられています。
その本当の幸せの身になってこそ、真に親の恩が知らされるのです。
では、その本当の生きる目的とはどんなことで、どうすれば達成できるのでしょうか。
それについては仏教の真髄ですので、以下のメール講座と電子書籍に分かりやすくまとめておきました。
ぜひ読んでみてください。
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この記事を書いた人
長南瑞生
日本仏教学院 学院長
東京大学教養学部卒業
大学では量子統計力学を学び、卒業後は仏道へ。仏教を学ぶほど、その底知れない深さと、本当の仏教の教えが一般に知られていないことに驚き、何とか1人でも多くの人に本物を知って頂こうと、失敗ばかり10年。たまたまインターネットの技術を導入して爆発的に伝えられるようになり、日本仏教学院を設立。科学的な知見をふまえ、執筆や講演を通して、伝統的な本物の仏教を分かりやすく伝えようと今も奮戦している。
仏教界では先駆的にインターネットに進出し、通信講座受講者4千人、メルマガ読者5万人。X(ツイッター)(@M_Osanami)、ユーチューブ(長南瑞生公式チャンネル)で情報発信中。メールマガジンはこちらから講読可能。
著作
- 生きる意味109:5万部のベストセラー
- 不安が消えるたったひとつの方法(KADOKAWA出版)