君たちはどう生きるか

吉野源三郎原作の『君たちはどう生きるか』は、
昭和12年の本にもかかわらず、100万部突破のベストセラーとなりました。
ジャーナリストの池上彰、コピーライターの糸井重里も絶賛、
ジブリの宮崎駿は映画化するといいます。
一体どんなことが描かれているのでしょうか?
(ネタバレあり。気をつけて下さい)

君たちはどう生きるか7つのポイント(あらすじ)

君たちはどういきるか』は、お父さんを3年前に亡くした
中学2年生、「コペル君」こと本田潤一君が、
日常生活で直面するさまざまな問題を通して、
母方の叔父さんと、生き方を考えて成長して行く物語です。

1.ものの見方について

天動説が地動説になったように、
コペル君は、自己中心的な世の中の見方から、
世の中の流れの中の一人が自分であると
見方を転換します。

2.クラスのいじめにどう対応するか

いじめはもちろん悪いことですが、
クラスでいじめられている友達を見たとき、
あなたはどんな行動をとるでしょうか?

一緒にいじめるという選択肢にありません。
見て見ぬふりをするか、助けるかです。

この本では
単に他人から教えられた立派な言動をとっても、
立派に見えるだけの人になってしまう、自分の体験から出発して、
自分で考えた立派な言動をとるべきだ

と教えています。
あなたならどうするか考えてみてください。

3.人間同士のつながりについて

コペル君はやがて、オーストラリアでつくられた
粉ミルクの缶詰を通して、見ず知らずの人と
助け合って生きていることに気づきます。

それを叔父さんに報告すると、
それはすでに「生産関係」として知られていること、
人類にとって役立ち、尊敬される発見は、
人類初の発見でなければならないこと、
そんな発見をするためには、現在の学問はすべて学び終え、
探求心を忘れてはならないことを教えてもらいます。

また、世界中で戦争の絶えない人類にとって、
どうすれば利他的な人間らしい関係が結べるかと問題提起します。
あなたならどうしますか?

4.貧乏について

コペル君から貧しくて家業を手伝って、
学校に行かずに働いている友達の話を聞いた叔父さんは、
貧しい人は見下す、金持ちにはぺこぺこする。
自分の貧しさに引け目を感じ、豊かになれば自惚れる
人間の価値を貧富で判断する人間は、軽蔑に値するとしています。

そして、ものを生み出す人間が立派であり、
何も生産していない中学二年生のコペル君も、
日々大きなものを生みだしているといいます。
この本にその答えは書いていませんが、
一体何でしょうか?

5.偉大な人間とは

ナポレオンが、人々に貢献しているときに
わずか10年でヨーロッパ全土の皇帝となり、
ヨーロッパとイギリスの通商を禁じて人々に迷惑をかけ、
ロシア遠征で多くの人を死へ追いやったときに失脚した事例を通して、
偉大な人物とは、人類の進歩に役立った人だと教えます。

同時に、人類の進歩に結びつかない強さも虚しいが、
世の中には力のない善良な人々が多いことをほのめかします。
あなたはどうしますか?

6.友人への裏切りについて

コペル君は、いじめられたとき助けるという約束を破り、
友達を裏切ってしまいます。

その罪悪感と、これから裏切った相手にどう接していいか分からず、
コペル君は、学校に行けなくなります。
叔父さんからの手紙には、
人間の苦しみとは、本来あるべき状態から外れたときに生じ、
人間の偉大さとは、本来あるべき状態へ向かうことにあると教えます。

このような状況になったとき、
あなたならどう対処しますか?

7.これからのあなたの生き方について

コペル君は、これらの事件と、叔父さんの教えによって、
自分中心ではなく、世の中の誰かのために、
自分で考え、決断して生きて行くようになりました。
あなたはどう生きますか?

問題の答えは?

物語中、貧困について考えるところで、
叔父さんはコペル君に対して、
君は何も生産していないけど、
大きなものを毎日生みだしている。
それは何だろうか?
お互い人間であるからには、
一生のうちに必ずこの答えを
見つけなければならない

と問題を出します。

そして、その答えは作品の中には書かれず、
読者の一人一人が考えることになります。

その答えは何かを考えてみると、
著者の吉野源三郎さんの考えからして、
何かを生みだしているというのは、
他の人に役立つことですので、
コペル君の存在によって、周りの誰かが
喜びを感じているということです。

それは一体何なのか、
そして、私たち自身、
日々、誰かの役に立ち、
喜びを感じてもらっているでしょうか?

最大の疑問の答え

そして、そうやって他の人に役立つよう、
どう生きるか」を考えて行くのですが、
そうやって生きて行くのは何のためでしょうか?

それは、叔父さんにも分からないと、
こう告白しています。

一人一人が、それぞれ自分の一生をしょって生きてゆくということに
どれだけの意味があるのか、どれだけの値打ちがあるのか、
ということになると、僕はもう君に教えることができない

つまり、人間が生きて行く、
生きる意味は分からないということです。

しかし、もし人生に意味がなければ、
どう生きたところで、どう生きるかも無意味です。
ちょうど、人生の意味というのは、生きる目的と同じです。
どう生きるというのは、生き方ですから、生きる手段です。

生きることを、歩くことや走ること、
飛行機で飛ぶことにたとえると分かりやすくなります。

目的なしに歩けば、どんな歩き方をしても、歩き倒れです。
目的なしに走ったら、どんな走り方でも走り倒れです。
目的地の飛行場を知らずに飛行機が飛んだら、
どんな飛び方をしても、墜落あるのみです。

目的なしに生きたら、どんな生き方をしても、
生きて死ぬだけです。

どう生きるか」よりも
なぜ生きるか」はもっと大事なのです。

では、本当の生きる目的は何だと
仏教に教えられているのでしょうか?

本当の生きる目的は、仏教の真髄ですので
小冊子とメール講座にまとめておきました。
一度目を通しておいてください。

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