仏さまが助けてくれる苦しみとは

人間誰しも、苦しいときがあります。
しかし、苦しみから逃げ回っていては、
苦しみはどんどん追いかけてきて、もっと苦しくなります。
逃げても解決にはなりません。
苦しみから目をそらさず、深い苦しみを直視することによって、
苦しみの解決が見えて来るのです。

では仏教が助けてくれるのは、どんな苦しみでしょうか?

3つの苦しみ

苦しみといっても色々な苦しみがあります。
仏教では、種類別に「四苦八苦」という
8つの苦しみも教えられていますが、
苦しみの深さについては、浅いものから深いものまで3つに分けて、
三苦(さんく)」を教えられています。

それは、
1.「苦苦(くく)」
2.「壊苦(えく)」
3.「行苦(ぎょうく)」
の3つです。

ブッダは、表面的な分かりやすいものから初めて、
深くて根本的な苦しみを教え、
一時的ではなく、根本から苦しみを助けてくれます。

1.現在苦しいと感ずる苦(苦苦)

まず1つ目の「苦苦」とは、
現在苦しいと感ずる苦」です。
嫌なこと、会いたくないことに直面する苦しみです。

病気になって苦しんだり、
人から悪口や嫌みを言われて苦しんだり、
恋愛なら、片思いだと苦しくなります。
なぜあの人は振り向いてくれないのでしょうか。
経済的な問題でも苦しいものばかりです。
特に借金をかかえると苦しくなります。

これは、正常な感覚の持ち主なら、
誰しも感じる分かりやすい苦しみです。

この苦しみについては、
何も仏教ではなくても、
病気なら病院で治したり、
人間関係や仕事でも、色々なノウハウを学んで
苦しみを和らげたり、改善することができます。

ですが、これは対症療法ですので、
一時的な安らぎで、すぐにまた別の苦しみが起きてきます。
これでは根本治療ではありません。
仏教では、苦しみの根本解決のために、
さらに深い苦しみを教えられています。

2.楽しかったものがくずれる苦(壊苦)

次の「壊苦」は、
楽しかったものがくずれる苦」です。
苦苦」のように、いきなり苦しいわけではありません。
最初に出会ったときは、確かに楽しかったのです。
ところが、続けているうちに苦しみになります。

カレーが好きで、1週間の間、一日3食、毎食のように食べてみると
連続21回カレーです。
そこまで行くと、どんなにカレー好きでも、
他のものが食べたくなったりします。

他にも、好きな部活に入ったのに、
毎日毎日練習していると、だんだん苦しくなって、
休みの日を喜んだりします。

社会に出て、好きな仕事についたのに
終業時間が待ち遠しくなったり、
恋愛では、あの素晴らしい愛をもう一度、
と思ったりします。

これをブッダは、
苦しみの新しい間を楽しみといい、
 楽しみの古くなったのを苦しみという

と教えられています。

なぜかといいますと、
諸行無常」だからです。
諸行」はすべてのもの、
無常」は常が無い、続かないということです。

永遠に楽しいものはありませんから、
この世のすべては一時的な、はかない楽しみです。
最初は楽しいものも、一過性のことで、
結局は苦しみに変わってしまうのです。

盛者必衰(じょうしゃひっすい)」、
会者定離(えしゃじょうり)」といわれます。
どんなに栄えている人もやがては衰え、
大切な人ともやがて別れていかなければならないのです。

人生には、出会いの数だけ別れがあり、
楽しみの数だけ苦しみがあるのです。

諸行は無常ですから、どんな人も避けられません。
人生は苦なり」ということです。

ところが、さらに深い苦しみがあります。

3.無常をなげく苦(行苦)

最後の「行苦」は、「無常をなげく苦」です。
無常をなげくということは、
まだ「壊苦」のように、楽しみはくずれていないのです。

今は幸せでも、その幸せが続かないことが
分かっている苦しみです。

まったく苦しいように見えない、幸せに恵まれた人も、
特に仏縁深い人は感じる苦しみです。
これは、不安虚しさとなってあらわれます。

たとえばお金や才能に恵まれ、
恋人にも困らなかった太宰治は、
弱虫は幸福をさえも怖れるのです
と言っています。

諸行は無常ですから、
幸福はやがてくずれることは、
これまでの経験上分かっているので、
くずれる前から不安に怯えるのです。

太宰治は他にも、
トカトントン』という短編を書いています。

主人公が何かで盛り上がってくると、
頭の中で「トカトントン」という音がして、
すべてがしらけてむなしくなってしまうのです。

最初に聞こえたのは、玉音放送の時でした。
太平洋戦争に負けたことが分かったとき、
周りは悲壮な空気に包まれたのですが、
どこからともなく「トカトントン」と音がして、
しらけてもうどうでもよくなってしまいます。

次に、主人公は小説を書いていて、
過去の文豪たちの作品を参考に、
どういう結末にしようかワクワクしながら考えます。
すると「トカトントン」と音がして
むなしくなってしまいます。

次は、政治運動に参加しても、
トカトントンと音がしてやめてしまう。
誰かと恋に落ちても、トカトントンと音がして、
終わりにしてしまう。

そして、この短編小説を書いているうちにも、
トカトントン・トカトントン……とさかんに音がしてきて
読み返さずに、とにかく書き上げてしまうという話です。

このように、仏縁深い人には、
苦しいときだけでなく、楽しいときにも、
何か、むなしくなってしまう心があるのです。

仏教が助けてくれる苦しみとは?

実際、ブッダは一国の王様の子として生まれましたので、
出家される前、カピラ城というお城で、
将来は王様になれる皇太子として、
何不自由なく暮らしていました。

文武両道で、何をやっても連戦連勝、
欲しいものは何でも手に入り、
19歳で国一番の美女と結婚して、
かわいい子供にも恵まれて、
周りから見れば何もかもが順風満帆のように見えました。

ところがお釈迦さまご自身は、
少しも心が晴れませんでした。

なぜなら、どんなに健康、財産、地位、名誉、妻子、才能などに恵まれていても、
やがてすべてに見捨てられるときが来る。
どんな幸福も続かないことを知っておられたからです。

そんな人間存在そのものの苦を
知っておられたお釈迦さまは、
どうしたら、崩れない本当の幸せになれるのかと、
さとりを求め始められたのです。

そして、29才で出家されたブッダは、
私たちの想像もできない厳しい修行を6年間なされ、
35才で大宇宙最高のさとりである仏のさとりを開かれたのです。

そして、諸行無常の世界で、
どんな人も未来永遠変わらない幸せになれる道を
明らかにされました。

その教えを今日、仏教といわれます。

ですから、仏さまが特に助けようとねらいを定めているのは、
苦苦や壊苦というよりも、
一番根本にある、無常をなげく「行苦」です。
この苦しみの根本を解決すれば、
絶対変わらない、絶対の幸福になれるのです。

ではどうすれば諸行無常の世界で変わらない幸せになれるのか、
これは仏教の真髄ですので、
メール講座と小冊子にまとめてあります。

苦しみは幸福の一里塚と思い、一層奮起しましょう。

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