モラトリアム

モラトリアムは、レミオロメンの「モラトリアム
内田真礼の「モラトリアムダンスフロア」など、人気アーティストの曲に使われる言葉ですが、
モラトリアム心理」は、現代人に広く見られる一般的な心理といわれます。

モラトリアムとは一体どんな意味なのでしょうか?

モラトリアムとは

モラトリアム」とは、もともとは、支払い猶予や、
支払い猶予期間のことです。

戦争や暴動、恐慌、天災などの非常事態が起きたとき、
金融機関の信用が崩壊して社会が混乱するのを避けるため、
国が法令によって債務や債権、つまり借金の支払いを
一定期間猶予する措置のことです。

その言葉を転用して、心理学者のフロイトは、
人間だけが長い期間の「心理・性的モラトリアム」を持つことにより、
親へ依存できるようにし、世代間の継承をしていると考えました。

そして、フロイトに師事し、
発達心理学に大きな影響を与えた
アメリカの精神分析学者のエリクソンは、
青年期を「心理社会的モラトリアム」と表現しました。

これは「大人になる猶予期間」のことで、
現在、モラトリアムといえば、エリクソンが有名です。

エリクソンの言う青年期は、
大体13歳から19歳の青春時代のことで、
要するにティーンエイジャーのことです。

子供から大人への架け橋の期間で、
自分は何者だろう
というアイデンティティーの危機を経験し、
このモラトリアムの時代に色々な探求をすることによって、
アイデンティティーが発達すると考えました。

それが、人によっては、20歳から25歳くらいまでかかる人もある
というものです。

昔のモラトリアム

昔のモラトリアムは、
大人になる前の準備段階でした。
徒弟制度であれば、修業時代です。
青二才といわれつつも、親方についてがむしゃらに技術を学びます。
そして、早く一人前になりたいと思って修業に打ち込み、
技術を習得して親方に認められれば一人前になります。

それは徒弟制度に限らず、新入社員であっても同じです。
昔のモラトリアムは半人前の準備期間なので、
早く一人前になりたいと焦り、頑張り、背伸びをする心境です。

ですから、周りからは低く見られていても、
積極的で主体的で、内心はギラギラしている人もありました。
やがて仕事を覚えて、一人でできることが増えて行き、
一人前の社会人になっていきます。

それが、中には、優秀な人や天才的な人がいて、
ノーベル賞作家のジョージ・バーナード・ショーが、
20歳で故郷を出て、5年間1日5ページを書き続け、
後に大作家となる礎を築いたように、
大きな飛躍のためにあえて準備期間を長くとることがありました。

このような昔のモラトリアムは、
苦学しながらも目標に向かって
ギラギラしているイメージです。

ところが、現代のモラトリアムは、その様子が変わってきています。

現代はモラトリアム人間の時代

1978年、日本の小此木啓吾は、
モラトリアム人間の時代』で、
モラトリアム人間」という言葉を使い、
それまでとは異なる、新しいタイプのモラトリアムが
現れていることを指摘しました。

当時、「モラトリアム人間」という言葉が流行し、
現代の社会問題の1つとして注目を集めましたが、
現在はさらに状況が進んでいます。

現代のモラトリアム人間は、当時よりもさらに期間が延長されています。
昔は大人になるのを延長するといっても25歳程度で、
多くの人は20代後半にもなれば、立派な社会人として活躍しましたが、
現代では多くの人は20代では足りません。

典型的には、まず大学に入るまでは、学力が価値基準とされ、
偏差値をあげるために受験戦争をしていますから、
モラトリアムをしている余裕がありません。

大学に入って五月病になったり、
スチューデントアパシー(学生の無気力症候群)になったりして
モラトリアムに入ります。

その大学4年間でこれというものが見つからなければ、
定職につかず、色々なアルバイトを転々とするフリーターになったり、
引きこもりやニートになる人もあります。

社会に出て定職についても、
35歳から40歳くらいまでモラトリアムの心境だったり、
一生モラトリアムの心境の人も出てきています。

モラトリアム人間の心境

それはどんな心境かというと、
現代のモラトリアム人間の向かう方向性も昔とは違います。
昔のモラトリアムは、親方から伝統的な技術を学びましたが、
現代の若者は、伝統的な技術よりも、
上の世代の人が知らない最新の流行を追いかけ、
特に半人前という引け目は感じません。

そして、早く一人前になりたいと焦りません。
昔は早く社会人になって、結婚して一人前ですが、
今では結婚する必要性も感じません。
別に結婚する必要ないじゃん
と思っています。

そんなことより、何をやっても虚しいと感じて
何をすればいいのかわかりません。

何かを習ってみても、
なんか違うな〜
と思ってやめてしまいます。
また別のものを探して習ってみても、
やっぱり違うなー
と思ってやめてしまいます。

そんな虚しさのループにはまっていて、
虚しさから脱却したいと考えています。

現代のモラトリアムでない人は、
競争社会で活躍中の人や、
組織に柔順な人で、
モラトリアム人間と二極化します。

なぜこんなモラトリアム人間が増えてきたのでしょうか?

なぜ現代人にモラトリアムが広まるのか

このようなモラトリアム人間が増えるのは、
現代のような平和でゆとりがある時代です。

もし戦国時代とか、明治維新や戦時中の場合、
ほとんどの人は、働かなければ生きていけません。
社会からも即戦力が求められており、
中学生以上は学徒動員、20歳以上は学徒出陣となります。
40歳までモラトリアムしている場合ではありません。

それが、しばらく戦争もなく、
働かなくても生きていけるゆとりの時代となると、
社会に出る必要性がありません。

自分は何をすれば満足できるのかゆっくり考える時間ができ、
それが分かるまで、社会に出るのを遅らせようとします。
そのため、大学に行っても、余裕のある人は留年したり、
大学院に行ったりして、社会に出るのを遅らせていきます。

このように、平和で豊かな時代になったからこそ、
現代は、モラトリアム心理が、
多くの人に見られるようになってきたのです。

モラトリアムからの脱却方法

モラトリアムは平和な時代の弊害なのでしょうか?
そうではありません。
次の段階へ進むためのヒントを与えるサインです。

旧来のように、社会から求められる能力があって、
モラトリアム心理をあまり経験せず、
競争社会で立派に戦っている人から見ると、
モラトリアム人間は怠け者のように感じられて、
お前ら何やっとるんじゃい、早く働かんかい
と思えてきます。

ところが、モラトリアム人間は怠けているわけではありません。
何のために働かないといけないんですか?
働く意味は何ですか?
という質問がかえってきます。

これは、競争社会で立派に働いている人に聞いても、
その人たち自身、答えは特にありません。
ただただ働いているだけです。

そのような状態でモラトリアム人間を
競争社会に引きずり出せばいいのかというと、
それは単に時代に逆行するようなもので、
より進んだ解決とはいえません。

モラトリアム人間は、怠け者だとか、
面倒だから社会に出るのを遅らせているのではないのです。

現代において新たに立ち現れてきたモラトリアム人間の抱える問題は、
自分は何者なのか
どこへ向かって生きれば満足できるのか
ということです。

それが分からないために、自分探しをしたり、
色々とやってみているだけですから、
その働く意味生きる意味さえ分かれば、
モラトリアムから進んで脱却し、
元気に力強く社会で活躍することができます。

このように、現代社会に新たに浮上してきた
モラトリアム人間の問題の根底には、
生きる意味が分からない
ことがあるのです。

生きる意味を自覚するモラトリアム人生観

では、生きる意味は何かというと、
これは大変な難問ですが、
心理学や西洋哲学で分かっていることがあります。
それは、私たちが本当の意味で生きる意味を自覚できるのは、
人間の存在自体が『死』に対するモラトリアム
と認識したときだということです。

人生に始まりと終わりがあることを思いだし、
限りのある人生を認識することによって、
その意味を問題提起することができるのです。

ところが、哲学や心理学では、問題提起はなされていても、
答えを見いだすところまではいまだに到達できていません。

フロイトは、
人生の目的に対する疑問は無限といってよいほどに
 しばしば提出されてきているが、
 ついぞ満足できるような答えが与えられたことはない

(フロイト『幻想の未来/文化への不満』)
と言っています。

これは、西洋の哲学者でも同じで、
これまで答えを出せた人はありません。

ところが2600年前から東洋に伝えられている、
仏教の中には、
人間に生まれて良かった
と喜べる本当の生きる意味が教えられています。

それはどんなものかということは、
仏教の真髄なので、メール講座と、小冊子にまとめておきました。
一度見ておいてください。

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