働く意味と目的

私たちは朝起きると職場へ行き、一日の大部分を働いて過ごしています。
人生の大部分が仕事なので
何のために働くのだろう?」と思うのは、いたって普通のことです。
一体、働く意味や目的は何なのでしょうか?

働く意味のわからない日本人

日本人は、働き者だと言われます。

戦後の混乱から、脅威の経済成長によって、
あっという間に世界第2位の経済大国になりました。

誰もが猛烈社員となってものすごく働きました。
仕事中毒(ワーカホリック)だとか、
社畜
と言われても、
過労死するほど一心に働いたのです。

そんなとき、外国人から、
何のためにそんなに働いているのですか?
と聞かれたのですが、猛烈に働いている本人も、
……何でかな?
と疑問に思ってしまって、答えられないのです。

それでも、黙々と働き続けるのが日本人です。

そのため、イエローアントとか、
エコノミックアニマルと言われて、
すり切れるまで働きました。

確かに、何のためにわからないまま黙って働き続けていては、
アリや動物と変わりません。
一体私たちの働く意味や目的は何なのでしょうか?

よくある5つの働く意味

働くのは何のため?」と聞いたとき、
よくある答えが5つあります。
それがこの5つです。

1.生活のため
2.将来の貯蓄のため
3.楽しむため
4.能力の向上・自己実現のため
5.社会貢献のため

世間でいわれる働く意味は、
たいていこのどれかに入りますので、
それぞれ「働く意味」として満足できるか
検討してみましょう。

1.生活のため

まず、何のために働くのかというと、
何かやりたいことがあって起業するわけでもなければ、
自営業でもなく、生活のために会社につとめているという人が
ほとんどです。

いわゆるサラリーマンです。
総務省の統計によれば、
日本のサラリーマンの割合は
83%です。

大半の人が会社につとめていることになりますが、
会社では、人間関係の問題をはじめ、
色々なトラブルが起き、
上司の指示で、好きでもない仕事をさせられて、
働く意味も感じられず、
できるなら仕事を辞めたいという人も多くあります。

それでも、仕事を続けているのは、
生活のためです。

言葉を変えれば、お金のためであり、生きるためです。
それはそれで、立派な働く意味ですが、
働く意味は感じられていないので、
働く意味を知りたい人に対する答えにはならないでしょう。

2.将来の貯蓄のため

1番目の生活のためというのは、
今を生きるために必要なのですが、
少し余裕が出ても、将来のために貯蓄しておく人が
多くあります。

将来、仕事がなくなったときのため、
病気や事故で働けなくなったときのため、
老後、収入がなくなったときのため、
不安は絶えませんので、
万が一のためのお金を蓄えておきたくなります。

その将来の蓄えのために働くという人もありますが、
これも1番目の生活のためと同じで、
働きたくて働いているのではなく、
生きるために働いているということです。

働くのは生きるため?

これらの2つは共通して、
働くのは収入を得るため、
収入を得るのは生きるためです。
一言で言うと、働くのは生きるためです。

図で書くとこうなります。
働く→収入」 + 「収入→生きる
=「働く → 生きる

では、働いていれば、ずっと生きられるのかというと、
そうではありません。
命には限りがあるのでやがて必ず死にます。

では働いても死ぬとすれば、
何のために働いているのでしょうか?
働くのは生きるためですから、そういう人たちにとって、
生きることに意味がなければ
働く意味もないのです。

それは、仕事を頑張って、
生きるために働く必要がなくなったとき、
明白となります。

マクロ経済学で有名なイギリスの経済学者、
ケインズはこう言います。
生きるために働く必要がなくなったとき、
人は人生の目的を真剣に考えなければならなくなる

(ケインズ)

働いても働いても暮らしが楽にならないときは、
働くのは生活のため」と思っていますが、
実は、生きる意味がなければ働く意味もないので、
早く人生の目的を真剣に考えなければならないのです。

次に、3番目の「働くのは仕事自体を楽しむため
という人はどうでしょうか?

3.楽しむため

働く意味は何か考えた時、
働くこと自体に楽しみを見い出せれば、
働く意味を感じる人もあります。

好きなことでも仕事にすれば辛くなってきますので、
働くこと自体に楽しみを見いだすのは難しいのですが、
経営学者のドラッカーは、
働くことに充実感を見いだし、
働きがいを感じるには3つの条件があるといいます。

それは、
1.生産的な仕事
2.フィードバック
3.継続学習
の3つです。

1つ目の「生産的な仕事」というのは、
無意味な仕事では、
働きがいが感じられませんから、
自分の働きによって、何か有意義なことができる必要があります。

2つ目の「フィードバック」というのは、
自分が働いた結果どうなったのかがわかるということです。
作ったものがどれくらい売れたとか、
どんな反響があったかが、
分かると充実を感じられるということです。

3つ目の、「継続学習」というのは、
常に新しいことを学んで、向上していくということです。

この3つの条件を満たすと、
働きがいが感じられますから、
このような仕事をするように心がけると、
仕事が楽しくなり、働きがいが感じられてきます。

これはどちらかというとサラリーマンには難しく、
自営業や経営者、専門家や芸術家の領域です。

仕事を楽しむ3つの条件には、
次の能力の向上や自己実現も入っています。

4.能力の向上・自己実現のため

これは、ドラッカーの働きがいを感じる3つの条件でいえば、
3番目の継続学習にあたります。
また、2番目のフィードバックもあったほうが、
当然早く向上します。

そして、仕事で収入が得られるということは、
趣味と違って、何か人に喜ばれるものを生産していますので、
実は3番目の「仕事自体を楽しむ」とほぼ同じ内容の言い換え、
または重点が条件3の「継続学習」にある表現です。

そして実は条件1の「生産的な仕事」に重点をおいた表現が
次の5番目の「社会貢献のため」です。

5.社会貢献のため

仕事というのは、
何か他の人が価値があると感じるものを生産しないと、
収入が得られませんので、収入が得られる以上、
必ず何らかの社会貢献になっています。

ですが、他の人に喜ばれ、収入が得られるからといって、
嫌々やっていては仕事を辞めたくなりますので、
働く意味を感じられません。

やはりドラッカーの3条件で、
1番目の「生産的な仕事」に重点をおいた表現であり、
ほぼ同じことです。

この表現をする人が、自分の向上よりも、
他人から認められたり、喜ばれることを
快く感じるということです。

要するに、自営業や経営者、政治家、士業、医師、
研究者、技術者、スポーツ選手、芸術家など、
何か専門技術を持った人が、
自分の好きなことをして他人に喜ばれている
ということです。

つまり、「働く意味」を大きく2つにまとめると、
生きるため」か「楽しむため」しかありません。

すでに見たように「働くのは生きるため」では
働く意味」は「生きる意味」に帰着し、その有無が問題になりましたが
楽しむため」は働く意味になるのでしょうか?

仕事を最後まで楽しめた人はいる?

働くのは楽しむため」といって、
働くことがずっと楽しめたらいいのですが、
楽しい」というのは続きません。

どんなに好きなことでも毎日やっていると、
すぐに飽きてきたり、苦しくなってきます。
これは経済学では「限界効用逓減の法則」という
何にでも言える法則です。

好きなカレーライスでも、
毎食食べていればやがて飽きて、
苦しくなってくるようなものです。

そして、スポーツ選手で顕著ですが、
やがて年老いて、能力が衰えてきます。 研究者でも誰でも、
やがて仕事ができなくなるときがやってきます。

例えば、1992年、バルセロナオリンピックの
競泳女子200m平泳ぎで金メダルを獲得した岩崎恭子選手は、
今まで生きてきた中で、一番幸せです
と言いました。

ところが4年後のアトランタオリンピックの頃には
アトランタの五輪に行けるか行けないかで悩んでいたころ、
ああバルセロナで "いちばん幸せ" なんていわなきゃよかった。
金メダルなんていらない、と思ったくらいです

と言っています。

また、印象派の画家、ルノワールは晩年、
リュウマチで手が動かなくなり、こう言っています。

手足がきかなくなった今になって、
大作を描きたいと思うようになった。
ヴェロネーゼや、彼の『カナの婚礼』のことばかり夢みている!
なんて惨めなんだ!
」(ルノワール)

楽しみは続かないのです。

実際に、専門技術で他人に喜ばれた多くの人が、
人生の最後には、働く意味が見いだせなくなっています。

例えば文豪・夏目漱石はこういいます。
今まで書いた事が全く無意味のように思われ出した
(夏目漱石『硝子戸の中』)

芸術家のピカソは晩年、こういっています。
すべて終わった。絵はわれわれが信じていたような
ものではなかった。それどころか正反対だった

(ピカソ)

ローマの皇帝で哲学者のマルクス・アウレリウスは、
こう言っています。

あなたは経験から知っているはずである。
放浪の果てのどこにも、よい人生は見つからなかったことを──そ
れは論理のなかにも、富のなかにも、栄光のなかにも、
道楽のなかにもない。つまり、どこにもないのである

(ローマ皇帝 マルクス・アウレリウス)

このように、「働く意味」を楽しみに求めているのに、
楽しさが続かず、結局楽しめないわけですから、
これでは「働く意味」は感じられません。

なぜ仕事自体を楽しめないのか

なぜ仕事を楽しめないのかというと、
楽しみの本質が、「欲望を満たす喜び」だからです。

欲望には限りがありませんので、
楽しみは続きません。

スタンダードオイルを創業したジョン・ロックフェラーは、
個人資産だけでも、現代の物価に換算すると、
60兆円を超える人類史上最高の富豪になりました。

そのロックフェラーがすでに巨万の富を築いて、
60歳より前に引退した後、ある人から、
お金はいくらあったら満足ですか?
と聞かれました。

するとロックフェラーは、
もうちょっとだけ欲しい
と答えたのです。

人類史上最高の巨万の富を築いても、
もっと欲しいのですから、
地球資源が枯渇するほど石油を採掘しても、
一人の欲望も満たしきれません。

欲望を満たした楽しみは、一時的で、
もっと欲しくなるだけです。

働く意味を見いだせる方向とは?

命が終わるまで欲望を追い続けるのは、
目の前にニンジンをぶら下げられた馬が、
同じところをぐるぐる回り続けるようなものです。

メリーゴーランドのように、どこまで行っても、
これで満足した」ということはなく、
虚しい人生で終わってしまいます。

欲望を満たす楽しみは、あとに何も残りませんから、
欲望を満たす楽しみに働く意味を見いだそうとするのは、
方向性が違うのです。

変わらない喜びを得られる方向に
働く意味を見いださなければなりません。

変わらない喜びは、生きる意味でもありますので、
働く意味」が
生きるため」という人も
楽しむ為」という人も、これさえ分かれば解決します。

ではどこに変わらない喜びがあるのかというと、
それは仏教に教えられています。
それは、仏教の真髄なのですが、
メール講座と、小冊子にまとめてあります。
一度見ておいてください。

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