さとりとは?

さとり」というと、
何かに気づいたことをさとりだと思っていますが、
そんな程度のものではありません。

一体何なのでしょうか?

さとりの種類と名前

仏教では、さとりといっても、
低いものから高いものまで、全部で52あり、
それぞれ名前がついています。
これを「さとりの52位」と言います。

それぞれのさとりはどんな名前かといいますと、
 1段目から10段目を「十信」、
(1段目を初信、2段目を二信、3段目を三信……10段目を十信)
11段目から20段目を「十住」、
(11段目を初住、12段目を二住、13段目を三住……20段目を十住)
21段目から30段目を「十行」、
(21段目を初行、22段目を二行、23段目を三行……30段目を十行)
31段目から40段目を「十回向
(31段目を初回向、32段目を二回向、33段目を三回向……40段目を十回向)
41段目から50段目を「十地」、
(41段目を初地、42段目を二地、43段目を三地……50段目を十地)
といいます。

51段目は、ほとんど仏のさとりと等しいということで、
等覚」と言われます。

そして一番上の、下から数えて52段目のさとりが
仏覚(ぶっかく)」と言われ、仏のさとりです。
これ以上、上が無い、「無上覚(むじょうかく)」といわれたり、
妙なるさとり、「妙覚(みょうかく)」とか、
阿耨多羅三藐三菩提(あのくたらさんみゃくさんぼだい)」
ともいわれ、仏のさとりには色々な名前があります。

崩れないさとり

このさとりの52位の中で、
40段目までを「退転位(たいてんい)」といい、
41段目以上を「不退転位(ふたいてんい)」といいます。

退転(たいてん)」とは、
油断するとさとりが崩れることをいいます。

ですから、2段目、3段目とさとっても、
気を抜くと、がらっと崩れて
元の木阿弥になってしまいます。

そして41段目以上の「不退転位」まで行くと、
どんなことがあっても崩れないさとりの位となります。

何をさとるの?

さとりは、1段違えば、人間と虫けらほど境涯が違うといわれます。

虫けらに、テレビやパソコンのことを教えようとしても、
とても分かるものではありません。

よく、何か気づきをえたとか、
何かがひらめいたことを、
さとった」という人がありますが、
さとりは、気づきとはまったく違います。

気づきやひらめきの内容は、
人間でも説明すれば、充分理解可能です。
さとりというのは、そんな程度ではなく、
境涯が変わってしまうのです。

そして、さとりの段階を登って行き、
最後、仏のさとりに到達すると、
大宇宙の真理をすべてさとります。

大宇宙の真理といっても、
数学的真理とか、科学的真理ではありません。
すべての人が幸せになれる真理です。
これを「真如(しんにょ)」といいます。

真如は、言葉で表せるものではなく、
言葉を離れた世界なのですが、
言葉でなければ伝えられません。

約2600年前、35歳で仏のさとりを開かれて、
真如を体得されたのがお釈迦様です。

ですから仏教は、誰かが考え出した教えではありません。
ちょうど、ニュートンが万有引力の法則を作り出したのではないのと同じです。
万有引力の法則は、ニュートンが現れる前からあったのですが、
それをニュートンが発見して法則として明らかにしたようなものです。

仏のさとりを開かれたお釈迦さまが、
すべての人が本当の幸福になれる道を発見され、
言葉を尽くして教えられたのが、仏教なのです。

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