仏教の5つの特徴・目次

仏教はこれまでの歴史上「人類が到達した最も深い思想」といわれます。
約2600年前にブッダが説かれてからアジア全域の数億人に広まっている世界宗教です。
科学との相性もよく、現代では欧米でもブームを巻き起こしています。
そこには他の宗教とは一線を画し、現代人の心をつかむ5つの特徴があります。
仏教とは一体どんな教えなのでしょうか?

目次

  1. 仏教とは?
  2. 仏教の色々な宗派
  3. 仏教の5つの特徴
  4. 仏教に明かされるたった1つのこと
  5. 仏教の学び方

1.仏教とは?

仏教」とは、仏の教えということです。

仏というのは本来、亡くなった人や、ご先祖さまではありません。
約2600年前、インドで活躍された、お釈迦さまのことです。

王様の子供として生まれられたお釈迦さまは、成長するにつれ、一切は移り変わって行く、この世の儚い現実を知らされます。
何をやってもやがて必ず死ぬ、心からの安心も満足もない人生の苦しみに悩まれて、29才の時に出家されました。
そして35歳のとき、仏というさとりを開かれて、80歳でお亡くなりになるまでの45年間、仏として説かれた教えを仏教といいます。

ところが、その仏教の教えが、今ではたくさんの宗派に分かれています。
一体どうしてなのでしょうか?

2.仏教の色々な宗派

仏教にたくさんの宗派があるのは、お釈迦さまが相手に応じて教えを説かれたからです。お釈迦さまは毎回同じ相手に話をされたのではなく、その時その時で、聞いている人が違いました。
一人一人顔形が違うように、人によって苦しんでいることが違いますので、お釈迦さまは、相手に応じて法を説かれたのです。

これを「対機説法(たいきせっぽう)」といわれます。
」とは、人のことですから、相手に応じて教えを説かれたということです。

その結果、お釈迦さまの説かれたすべてのお経は今日、一切経(いっさいきょう)七千余巻といわれるたくさんのお経となって書き残されています。

その一切経を後の人々がどのように整理整頓して理解するかによって、色々な宗派が分かれてきたのです。現在、日本に残っている宗派では、華厳宗法相宗天台宗真言宗禅宗浄土宗浄土真宗などがあります。

その他にも、スリランカをはじめ、タイ、ミャンマーなどに伝わったテーラワーダ仏教、チベットをはじめ、モンゴルなどに伝わってできたチベット仏教などがあります。

このような宗派の違いによって、苦しみを離れる方法にも、様々な違いがあります。
その前提としてほとんどの場合、さとりを開くために、必ず出家して、戒律を守り、修行をしなければなりません。
出家を必要としない場合でも、死んでから極楽浄土に生まれようとする教えもありますが、このサイトでは、お釈迦さまが説かれた、すべての人が生きているときに本当の幸せになれる道を明らかにします。

これらの仏教の教えには、他の宗教にない特徴が5つあります。

3.仏教の5つの特徴

仏教には、キリスト教やイスラム教などの世界宗教にも見られない、その他の各地の民俗宗教にもない、以下の5つの特徴があります。
それはどんなに時代が変わっても変わらず、価値が多様化し、混迷を極める現代では、ますます必要とされるものです。

1.科学と調和する合理性

まず第一に、仏教以外の宗教では、科学と矛盾し、科学の進歩によって信じられなくなってきているものがたくさんありますが、仏教は科学と調和します。

科学だけでなく、現代の思想にも仏教は調和すると、歴史に名を残すような知識人たちが証言しています。
例えば、ドイツの哲学者、ニーチェはこう言います。
仏教は、歴史的に見て、ただ一つのきちんと論理的にものを考える宗教と言っていいでしょう
(ニーチェ)

イギリスの有名な作家であり、歴史家であるH・G・ウェルズはこう言います。
「現在では原典の研究で明らかになったように、釈迦の根本的な教えは、明晰かつシンプル、そして現代の思想に最も密接な調和を示す。
仏教は世界史上知られる最も透徹した知性の偉業であるということに議論の余地はない」
(H・G・ウェルズ)

科学者では、日本ではじめてのノーベル賞を受賞した物理学者の湯川秀樹は、こういいます。
素粒子の研究に、ギリシャ思想は全く役に立たないが、仏教には多くを教えられた
(湯川秀樹)

また、20世紀最大の天才科学者といわれるアインシュタインは、こう言います。
仏教は、近代科学と両立可能な唯一の宗教である
(アインシュタイン)

なぜ仏教が科学と調和するのかというと、仏教は「すべての結果には必ず原因がある」という因果の道理に立脚して説かれている合理的な教えだからです。
因果の道理は七千余巻の一切経を貫いていますから、科学とも矛盾しないのです。

私たちの運命も、因果の道理にもとづいて、すべての運命は、自分の行いが生みだした自業自得であると教えられています。
自分の運命の原因は自分にあるため、その他の宗教と異なる次の特徴が出てきます。

2.神に祈らない

仏教以外のほとんどの宗教は、に祈りを捧げます。
キリスト教でも神に祈りますし、神道でも神に祈ります。

神に祈る心境としては、「困った時の神だのみ」と言われるように、苦しいときに神に助けて欲しいというものです。
さらには神の力で幸せにして欲しいとお願いします。
しかし望む結果に応じた努力をするわけではありません。

このような、行いを変えずにお願いするだけでは、苦しみはなくならず、ますます苦しくなるばかりです。
科学や医学が進歩した現代では、余程苦しんでいる人でない限り、あまり神に祈ることはなくなってきました。

ところが仏教では、すでに2600年前、当時のインドでは、神に祈るバラモン教が主流だったのですが、お釈迦さまは、因果の道理を明らかにされ、神に祈るのではなく、行いを変えるように至る所に教えられています。

例えば『涅槃経』には、「余の諸天神に帰依せざれ」とあります。
」とは、当時のインドの神を仏教で天といいます。
色々の神に帰依してはならない、ということです。

薬師経』には「余天につかえざれ」とあり、『般舟経』には、「天を拝し、神を祠祀(しし)することを得ざれ」とあります。
神につかえたり、拝んだり、まつってはならないということです。

そのほか、占いなどの迷信も否定されています。
華厳経』には「占相を離れ、正見を修習し、決定して深く罪福の因縁を信ずべし」と説かれています。
占いをやめて、正しい見方になり、因果の道理を信じなさい、ということです。
仏教には、呪術祈祷もありません。
因果の道理にもとづいて、自分の行いを変えれば運命は変わるのです。

3.すべての人は平等

当時のインドでは、バラモン教によって、生まれによって決まる厳しい身分差別がありました。
それは「婆羅門(バラモン)」という僧侶
刹帝利(せっていり)」という王族や武士、
吠舎(べいしゃ)」という商人や職人、
首陀羅(しゅだら)」という農家や奴隷の4つの階級があり、階級が違えば会話もできませんでした。
これは、征服民族が先住民を差別したもので、人種差別でもあります。

このような差別は、いつの時代、どこの国にも見られ、欧米でも黒人差別などが行われてきました。
それが20世紀に入ってようやく、アメリカの公民権運動などが起こり、少しずつ減ってきています。

ところが仏教では、2600年前の階級差別の厳しい時代にあって、すべての人は平等であると教えられています。
お釈迦さまはお経にこのように説かれています。
生まれによって賤しい人となるのではない。
生まれによってバラモンとなるのではない。
行為によって賤しい人ともなり、
行為によってバラモンともなる
」(スッタニパータ)

仏教では、人種や職業、経済力、男女、能力、年齢、体の障害などに関係なく、すべての人が平等に、本当の幸せの世界に共生できるのです。

4.この世のすべては移り変わる

もう一つ、仏教が他の宗教と違うのは、この世のすべては移り変わるという「諸行無常(しょぎょうむじょう)」を教えていることです。
諸行無常」とは、すべてのものは続かないということです。
平家物語』の冒頭にも「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」と出てくるので、日本人にとっては当たり前のように思いますが、仏教だけの特徴です。

他の宗教では必ず、神や人間の霊魂など、不変なものが出てきます。
ところが仏教では、神といっても迷いの衆生であり、死にゆくものです。
仏のさとりを開かれたお釈迦さまでも死を免れることはできません。
この世のすべては、移り変わっていきます。
湯川秀樹は、この諸行無常を現代物理学に通ずるといっています。
「インドにはしかし物質がその本質において無常なものであるという思想、仏教でいう『諸行無常』という思想もあったのであって、この点では今日の物理学の見解との間にある共通性を見いだすのである」(湯川秀樹)

この世の一切は移り変わり、すべての人はやがて必ず死んで行くという事実をふまえて、仏教では死ななくなることはできませんが、死を乗り越えた変わらない幸せを教えられています。

5.一切に実体はない

仏教では、科学と調和しながらも、科学では取り扱わない領域を解明しています。それをノーベル賞を受賞した哲学者ラッセルはこのように言っています。
仏教は、計測機器の限界から科学が取り扱えない領域へ連れて行ってくれる。それは心の領域である」(ラッセル)

また、人工知能の父と言われる、マサチューセッツ工科大学のマービン・ミンスキー教授は、人工知能の開発のために心を研究し、仏教についてこう言っています。
心の研究には仏典が比類なきテキストになる
(マービン・ミンスキー教授)

お釈迦さまは、すでに2600年前に、心を詳しく解明されていたのです。
その結果、この世界にも私たちの心にも、不変の実体はないことを明らかにされました。
これを「諸法無我(しょほうむが)」といいます。
他の宗教では固定不変な神や霊魂があり、心についてはほとんど触れられません。
怒り愚痴煩悩など、私たちの心を詳しく教えられ、しかも無我であると教えられているのは、仏教の特徴です。
特に諸法無我については非常に深く、哲学者たちが注目する、仏教の大きな特徴の一つです。

このように仏教には、
1.科学と調和する合理性
2.神に祈らない
3.すべての人は平等
4.この世のすべては移り変わる
5.一切に実体はない
という5つの特徴があります。
つまり仏教は、科学とも調和する因果律にもとづいて、一切が移り変わる実体のないこの世界で、科学では分からない心について詳しく解明されているのです。
これらの特徴をふまえ、仏教には一体何が教えられているのでしょうか?

4.仏教に明かされるたった1つのこと

仏教に何が教えられているのかというと私たちの「生きる意味」一つです。
お釈迦さまが45年間教えられたことは、これ以外ありません。

あなたは何となくむなしくありませんか?

世界でも特に豊かで高度な技術を持つ日本であっても、そこに暮らす人々は、不幸というわけではないけれど、幸福というわけでもありません。

科学が進歩しても幸せになれないことを証明したのが20世紀だった
といわれるように、科学が進歩しても、経済が豊かになっても、幸福にはなれないことに多くの人が気づき始めています。

なぜ私たちは、幸せを求めても、なかなか幸せになれないのでしょうか?
幸せを求めれば求めるほど、遠ざかって行くようです。

日本のような、経済的にも恵まれ、科学の最先端を行く国に生きる私たちでも、「人生は苦しみの花咲く木」と言われるように、なぜか、苦しみが次々とやってきます。

職場の人間関係がうまくいかないとか、
夫や妻、子供との人間関係がうまくいかないとか、
お金が足りないとか、
体調が悪くなってきたとか、色々の問題が起きてきて、
これで終わったということはありません。

周りのある大切な人との関係がうまくいかなくなってしまうと、そのことで悩んで胃が痛くなり、苦しみの花が咲きます。
何とかそれに対処して人間関係がよくなってくると、
次は、必要なものがあるのにお金が足りない、
という苦しみが起きてきます。

1つの苦しみの花咲く枝を切り落とすと、養分が別の枝へ行って、次の苦しみの花が咲くのです。

何とか頑張って働いて、お金を工面すると、次は、急に体調を崩して、病気になって苦しみます。
お金が足りないという苦しみの花を切り落とすと、また別のところへ養分がいって、今度は、病気という苦しみの花が咲くのです。

苦しみがなくならないとすれば……

このように、個別の苦しみをそれぞれ何とかすることはできますが、人生は苦しみの花咲く木なので、また次の苦しみがやってきて、どれだけ問題を解決していっても、苦しみがなくなるということはありません。

どんなに科学が進歩しても、経済が豊かになっても、心からの安心も満足もないのは、そのためです。

こうして次々起きてくる問題の対処をしているうちに、あっという間に人生は過ぎて行きます。
もし死ぬまで問題の対処だけで生きているとするならば、人はなぜ生まれてきたのでしょうか?

これでは、何のために生まれてきたのか、
何のために生きているのか、
なぜ苦しくても生きねばならないのか、生きる意味が分かりません。
苦しんで死ぬだけの人生になってしまいます。

仏教による根本解決

そこで仏教では、個別の枝も落とせるのですが、より根本的に、枝に花を咲かせる養分を吸い上げている苦しみの花咲く木の枝ではなく、根っこを断ち切って花を咲かせなくする方法を教えられています。

個別の苦しみだけでなく、苦悩の根元を断ち切って、
人間に生まれてよかったと大満足できる
本当の幸せになることを教えられたのが仏教なのです。

ですから仏教を聞けば、苦しみの根本解決ができて、本当の生きる目的が知らされ、その上、幸せな人間関係が築けたり、お金や健康にも恵まれるのです。

5.仏教の学び方

仏教を学びたい場合は、昔はお寺で開かれる法話に聞きに行ったりしたものですが、今は葬式法事がメインとなってしまい、ほとんどなくなってしまいました。

初心者向けの仏教の本では、いい話がたくさん載っているだけで、感動して終わりか、よくても処世術程度です。

また、仏教の大学で学ぼうにも、現代の日本では、仏教の教えは分からないのです。

なぜかというと大学の学問的な仏教は、西洋の歴史学の方法が全面的に取り入れられている影響です。
それは文献学といわれるもので、客観的に確認できる歴史史料にもとづいて経典の成立の歴史を推定することを目的としています。

しかし仏教は文献のない時代に説かれたものですので、文献学的方法は通用しません。目的としても、仏教は、客観的には分からない心を取り扱って、本当の幸せになることが目的ですから、歴史を学んでも分かりません。
それに、実践なしの頭だけの学問では分かるものでもありません。
仏教は、教えの通りに進んで行くと、体で知らされる面があるのです。

ですから大学に行って仏教を学ぼうと思ってせっかく大変なお金と時間を使っても、目的の違う歴史をメインとした仏教学しか分からないのが現状です。

このように、すべての人を本当の幸せにする伝統的な仏教本来の教えは、現代の日本ではほとんど知ることができないのです。

そこでこのサイトでは、仏教の歴史や行事も多少とりあげますが、特に、一人一人が幸せになるのに重要な、仏教の教えを中心に解説していきます。

仏教を正しく理解するには、少なくとも他人事として聞くのではなく、自分の人生とどう関係するのか、我が身に引き当てて聞くことが大切です。

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