苦しみから離れ本当の幸せになる方法

仏教は「迷いから目覚める教え」です。

なぜ幸せを求めても、幸せになれないのでしょうか?
幸せを求めれば求めるほど、遠ざかって行くようです。

その秘密を教えられた仏教は、世界的にも注目を集めています。
「科学が進歩しても幸せになれないことを証明したのが20世紀だった」
といわれるように、科学が進歩しても、経済的が豊かになっても、
幸福にはなれないことに
多くの人が気づき始めたからです。

このサイトでは、仏教に教えられる
「幸せを求めても幸せになれない根本原因」
を中心として、みんなの疑問を分かりやすく解説しています。

目次

1.仏教とは?

2.仏教の教えとは?

3.仏教の宗派の違い

4.仏教が分からなくなる現代日本の落とし穴

5.おすすめの学び方

1.仏教とは?

仏教」とは、字からいうと仏の教えということです。

仏というのは本来、亡くなった人や、ご先祖さまではありません。
約2600年前、インドで活躍された、お釈迦さまのことです。

お釈迦さまは、一切は移り変わって行く、この世のはかない現実を知られ、
心からの安心も満足もない、人生の苦しみに悩まれて29才で出家されました。
そして35歳のとき、仏というさとりを開かれて、
80歳でお亡くなりになるまでの45年間、
仏として説かれた教えを仏教といいます。

では、何が教えられているのでしょうか?

2.仏教の教えとは

では、仏教に何が教えられているのかというと、
苦しみから離れ、本当の幸せになる方法です。

お釈迦さまが45年間教えられたことは、
これ以外ありません。

あなたは何となくむなしくありませんか?

世界でも特に豊かで高度な技術を持つ日本であっても、
そこに暮らす人々は、不幸というわけではないけれど、
幸福というわけでもありません。

日本に生きる私たちでも、
人生は苦しみの花咲く木」と言われるように、
なぜか、苦しみが次々とやってきます。

職場の人間関係がうまくいかないとか、
夫や妻、子供との人間関係がうまくいかないとか、
お金が足りないとか、
体調が悪くなってきたとか、色々の問題が起きてきて、
これで終わったということはありません。

周りのある大切な人との関係がうまく行かなくなってしまうと、
そのことで悩んで胃が痛くなり、苦しみの花が咲きます。
何とかそれに対処して人間関係がよくなってくると、
次は、必要なものがあるのにお金が足りない、
という苦しみが起きてきます。

一つの苦しみの花咲く枝を切り落とすと、
養分が別の枝へ行って、次の苦しみの花が咲くのです。

何とか頑張って働いて、お金を工面すると、
次は、急に体調を崩して、病気になって苦しみます。

お金が足りないという苦しみの花を切り落とすと、
また別のところへ養分がいって、
今度は、病気という苦しみの花が咲くのです。

苦しみがなくならないとすれば……

このように、個別の苦しみをそれぞれ何とかすることはできますが、
人生は苦しみの花咲く木なので、また次の苦しみがやってきて、
どれだけ問題を解決していっても、苦しみがなくなるということはありません。

どんなに科学が進歩しても、経済が豊かになっても、
心からの安心も満足もないのは、そのためです。

こうして次々起きてくる問題の対処をしているうちに、
あっという間に人生は過ぎて行きます。
もし死ぬまで問題の対処だけで生きているとするならば、
人はなぜ生まれてきたのでしょうか?

これでは、何のために生まれてきたのか、
何のために生きているのか、
なぜ苦しくても生きねばならないのか分かりません。
苦しんで死ぬだけの人生になってしまいます。

仏教による根本解決

そこで仏教では、個別の枝も落とせるのですが、
より根本的に、枝に花を咲かせる養分を吸い上げている
苦しみの花咲く木の枝ではなく、根っこを断ち切って
花を咲かせなくする方法を教えられています。

個別の苦しみだけでなく、苦悩の根元を断ち切って、
人間に生まれてよかったと大満足できる
本当の幸せになることを教えられたのが
仏教なのです。

ですから仏教を聞けば、
苦しみ根本解決ができて、本当の生きる目的が知らされ、
その上、幸せな人間関係が築けたり、
お金や健康にも恵まれるのです。

3.仏教の宗派の違い

たくさんの宗派に分かれている理由

ところが、その目的を同じくする仏教には、たくさんの宗派があります。
一体なぜ仏教には、多くの宗派に分かれているのでしょうか。

お釈迦さまが仏教を説かれたとき、毎回同じ相手に話をされたのではなく、
その時その時で、聞いている人が違いました。
一人一人顔形が違うように、
人によって苦しんでいることが違いますので、
お釈迦さまは、相手に応じて法を説かれたのです。

これを「対機説法」といわれます。
」とは、人のことですから、相手に応じて教えを説かれた
ということです。

その結果、お釈迦さまの説かれた
すべてのお経は、一切経(いっさいきょう)七千余巻といわれる
たくさんのお経となったのです。

あまりにたくさんあるために、
後の人々が仏教を学んで行く上で、
理解がまちまちになってしまい、
色々な宗派が分かれてきたのです。
ですから、苦しみを離れる方法にも、様々な違いがあります。

宗派の分類

そのたくさんある仏教の宗派を大きく2つに分けると、
苦しみから離れるのに、難行苦行の必要な「難行の教え」と、
難行苦行なしに、ありのままで苦しみから離れられる、
易行の教え」に分かれます。

難行の教えでは、さとりを開くには、必ず出家して、難行苦行をしなければなりません。
現代人にとっては、「出家しなければさとりは開けない」と言われても
難しいのではないでしょうか。

もし「仏教の教えは学びたいけど出家は無理」という場合には、
出家の人も在家の人も、男も女も関係なく、
ありのままの姿で救われる易行の教えがオススメです。

その易行の教えにも、死んでから極楽に生まれようとする教えと、
生きているときに苦悩の根本原因をなくして
本当の幸せになれる教えの2通りがあります。

日本で一番多くの人に広まっているのは、
どんな人でも、生きているときに本当の幸せになれる教えですので、
このサイトでも、現代人の便宜上、それを解説していきたいと思います。

4.仏教が分からなくなる現代日本の落とし穴

仏教を学ぶとき、現代の日本では落とし穴があります。

ほとんどの人は、そのために、どれだけ仏教を学んでも、
少しも仏教が分からずに混乱してしまっています。

それは、大学などで、西洋の学問的な仏教学の方法が取り入れられている影響です。
それは文献学で、歴史史料にもとづいて
経典の成立の歴史を推定することを目的としています。

しかし文献学的方法では、文字に書き残される以前に
さかのぼって何かを論ずることはできません。
そのため現存する文献に使われている言葉の語源や
当時の文化を根拠に持論を展開しますが、
仏教では、言葉に表せない真理が説かれていますので、
語源は根拠になりません。その言葉を通して表そうとされている内容が重要です。

そして、仏教の目的であるさとりを研究の目的としないので、
実践はまったく抜けて、頭だけの学問となっています。
それでは仏教は分かりません。

仏教の目的は、苦しみから離れることですから、
その目的の違う学問には十分気をつける必要があります。

仏教を正しく理解するには、
他人ごととして聞くのではなく、自分の人生とどう関係するのか、
我が身に引き当てて聞くことが大切です。

5.おすすめの学び方

仏教を学びたい場合は、昔は寺で開かれる法話に聞きに行ったりしたものですが、
今は葬式法事がメインとなってしまい、ほとんどなくなってしまいました。

また、大学に行くのも、お金と時間がかかりますし、
目的の違う学問的な内容をメインとして、
学生向けの難しい講義がされていますので、
大変です。

大学の仏教学の影響を受けた最近の仏教の本も、なかなかいい本は見つかりません。

そこで、このサイトでは、仏教に教えられる
苦しみの根本原因と、その解決をまとめた小冊子と、
人はなぜ生きるのかをまとめたメール講座を開設しています。
無料ですのでまずはそこから学んでみてください。

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