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生きる意味を、知ろう。

お金のために生きるという人

お金のために生きている人は、実際、数多くあります。
これを論ずるために
まず、あなたの命とは何かを考えてみましょう。

あなたの命とは、あなたに与えられた時間です。
大まかに言えば、今の日本人は「80年」の命を生まれたときに受け取ります。
この限りある財産を、あなたは何に使いますか?

例えば、旅行をするためにアルバイトをした学生は、
働いた時間だけ、命をすり減らしたのです。
時給1,000円で働いたということは
1時間の命を1,000円と交換した、ということです。

人間に生まれたということは、平均寿命は約80年ですから、
その80年の命を何に使うかは、あなたの自由に任されています。
生きるということは、あなたの命を切り売りしているということなのです。

ロバート・アレンの『実践!億万長者入門』には、
次のような引用があります。

一度に命を投げ出すことはひどく恐れるくせに、少しずつ切り捨て ていくことには無頓着とは、なんと愚かなことか。(ジョン・ハウ)

今日も1日が過ぎていきます。
80才まで生きたとしても、
1日寝ていたとか、1日ゲームをしていた、ということであれば
寝ることやゲームに、80年のうちの1日を費やした
ということになります。

もし30年後に死ぬのなら、残り30年のうちの1日。
10年後に死ぬのなら、残り10年のうちの1日。
1年後に死ぬのなら、残り1年のうちの1日。
1週間後に死ぬのなら、残り7日間のうちの1日。
明日死ぬとすれば、2日間のうちの1日です。

その1日を切り売りして、1万円を手に入れたとします。
その1万円を、あなたは何に使いますか?

火をつけて燃やしてしまったら、何にもなりません。
飲んだり食べたりすれば、そのものの価値に変わります。

一生貯金するのはどうでしょうか。
それでは自分は使うことができなくなってしまいます。
お金は貯金するためにあるのではなく、使うためにあるのです。
そして、1万円の価値は何に使うかによって変わります。

命も何に使うかによって、その重さが決まります。
価値が決まるということです。
命が尊いというのは、尊いことに使って初めてそうなります。
命も何に使ったかによって、命の価値が決まってきます。

お金が欲しい」という時、
あなたなら、いくら欲しいですか?

1億円あげます。そのかわり命と引き換えです
こう言われたら、どうしますか?

そうなってくると、ほとんどの人が
結構です」と答えると思います。
それは、命あってのお金だからです。
もし100兆円のお金をくれると言われても、
命と引き換えなら、いりません」となります。

つまり命のために、生きるためにお金があるのであって、
お金のために命があるわけではないからです。

一方で、あなたがある病気にかかったとします。
現代の医学ではどうしようもない病気で、もう絶対に治ることはない。
ところが、つい2日前に特効薬ができました。
世界に1個しかない薬、1億円です。

そのような時に
そんなにかかるんだったら、まあいいです
と簡単に諦めたりしないと思います。
まして、全財産が1億5,000円あるとしたら
どうでしょうか。

「1億円もするなら、いいです。
そんな薬買ったら5,000円しか全財産残らないじゃないですか。
あんなに汗水たらして働いて、老後のために貯金しておいたのに」
とは言わないと思います。
何億円、何兆円のお金を積み上げても命にはかえられないけれど、
命のためなら、多額のお金をかけるのではないでしょうか。

お金は生きるためにあるのです。
お金のために命があるのではありません。
何億円のお金よりももっと価値があるのが命です。

その何億円、何兆円という価値のある命を
あなたは毎日切り売りしているのです。
それが生きるということです。
もうすでに何年切り売りしてきましたか?
あと何年残っているのでしょうか。

光陰矢の如し」といわれますが、
実は年を重ねると、実感する時間の速さは加速していきます。
晩年になってから考えても、もう遅い。
当然、使う前にこの命を一体何に使うのかを考えなければならないでしょう。

命を何に使うかによって、その命の意味が、価値が決まるのです。
お金なら「これやっぱりいらない」といって返品がききますが、
人生に返品はききません。
本当に自分は、命を使うに値するものを知っているのか
ということを考えて当然なのです。

人生の意味や目的を考えるというのは
命をかけるべきものを考えるということ
です。
では、この貴重な命を、何にかければ満足できるのでしょうか?

それは、仏教に明らかにされています。
その答えを知る鍵となる、仏教に説かれる苦悩の根元について、
電子書籍とメール講座にまとめておきました。
ぜひ一度見てみてください。

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この記事を書いた人

長南瑞生

長南瑞生

日本仏教学院 学院長
東京大学教養学部卒業
大学では量子統計力学を学び、卒業後は仏道へ。仏教を学ぶほど、その底知れない深さと、本当の仏教の教えが一般に知られていないことに驚き、何とか一人でも多くの人に本物を知って頂こうと、失敗ばかり10年。インターネットの技術を導入して日本仏教学院を設立。著書2冊。科学的な知見をふまえ、執筆や講演を通して、伝統的な本物の仏教を分かりやすく伝えようと奮戦している。

仏教界では先駆的にインターネットに進出し、通信講座受講者3千人、メルマガ読者5万人。ツイッター(@M_Osanami)、ユーチューブ(長南瑞生公式チャンネル)で情報発信中。メールマガジンはこちらから講読可能

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